フゥ太はディーノの頬に手を添え、ゆっくりとキスをした。唇のやわらかさを味わい、それから口内に入り込んで益々しっかりディーノを味わう。
こんなキスは、初めてではなくて。それでもフゥ太にとって、今日のそれは特別だった。
今日のキスには、その先があるのだ。
フゥ太も14歳の誕生日を迎え、ようやくディーノに手を出せるようになった。そしてこうやって、ベッドの上で向かい合っている。
「・・・はぁ、なんだか緊張するね」
フゥ太が呟くように言うと、ディーノはフゥ太の額をつついてきた。
「嘘つけ。そんな顔、してねーぞ」
「そりゃあ、ね・・・」
緊張だって、勿論している。だがそれ以上に、嬉しさや期待のほうがずっと大きいのも、確かだった。
「このときを、僕はずっと待っていたんだから」
ニコリと笑い掛けてから、フゥ太は再びディーノにキスをした。同時に、ディーノをうしろへ押し倒していく。ディーノは素直に、フゥ太のするに任せてくれた。
「・・・こんなふうにディーノ兄を見下ろすのって、なんだか不思議な気分」
真上からディーノを見下ろして、フゥ太はついそう言う。未だにフゥ太の身長はディーノには及ばず、基本的にいつもディーノを見上げることになるのだ。
だからちょっと嬉しくなるフゥ太を、ディーノはどことなく気まずそうな表情をしながら、軽く睨んでくる。
「ディーノ兄、はやめろって、言ってるだろ」
「・・・それもそうだね」
そんな呼び方、恋人という関係にも、そしてこれからする行為にも、相応しくない。
かつて兄のように慕っていたディーノと、こんなふうになるなんて、そう思うとフゥ太としてはむしろ軽く興奮するが。逆にディーノは、やはり複雑なものもあるのだろう。
この場でディーノに変な躊躇いを覚えてもらっても、フゥ太としては困る。
「ディーノ・・・」
だからそう名を呼んで、フゥ太はディーノに恋人同士しかしない濃厚なキスをした。ディーノの腕がゆっくりと背に回ってきて、フゥ太は嬉しい。
「ディーノ、好きだよ。大好き」
フゥ太はディーノの顔にチュッチュと口付けていった。やわらかい髪に指を通しながら、今度はこめかみ辺りに鼻先にを押し付けた、そのとき。
「・・・なんか、懐かしーな」
小さく笑いながら、ディーノがそう言った。
「・・・・・・え?」
フゥ太はつい、顔を上げる。見下ろしたディーノは、しまった口が滑った!という顔をしていた。
思い返したのがフゥ太のことだったら、こんな反応はしないだろう。おそらく、昔の誰かとの行為を思い出したのだろうと、フゥ太は思った。
「・・・気にすることないよ、ディーノ。その年で女性経験があるのは当然だし」
「え・・・・・・あ、うん、だよな・・・!!」
微かな嫉妬を押さえ付けて言ったフゥ太だが、慌てて同意してくるディーノに、引っ掛かりを覚える。
「・・・ディーノ、もしかして・・・」
「・・・・・・・・・」
心なしか、ディーノがビクリとした気がした。視線もフゥ太から逸れていってしまっている。
「もしかして、その・・・相手は女性・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・じゃ、ないんだね」
ディーノの反応から、フゥ太は薄々嫌々わかってしまった。
「いや、あの・・・」
「・・・いいって、ディーノ」
勿論、本心では嫉妬するし悔しいが、今さらだとフゥ太は思おうとした。
「ディーノは魅力的だもん。僕以外とそういうことがあっても、おかしくないよ」
「・・・ち、違うって! そうじゃなくて・・・」
しかしディーノは、否定しながら、言いあぐねるように困った顔をする。
「・・・ディーノ」
フゥ太は、もうそんなことはいいから、大事なのは今これからだから、そう言うようにディーノの名を呼んだ。だが、ディーノの表情は戻らない。
「だから、そうじゃなくってだな・・・」
迷うように頭を掻いてから、ディーノは何やら思い切ったようだ。
「あー、もう、どうせそのうちわかるんだしな!」
そう言って、フゥ太の下から抜け出していったディーノは、向かい合うように座る。
「・・・あのさ、聞いてくれるか?」
「・・・・・・・・・」
フゥ太としては、ディーノのそんな過去のことなんて、聞きたいわけがない。だが、ディーノは何故か、フゥ太に聞いて欲しそうで。
ここは、うんと年下だけど懐は広いんだということを見せる場面なのだろうかと、フゥ太は悩んだ。
だがなかなか、じゃあ教えて、とは言えず、しかしディーノは勝手に話し始める。
「あのな、その相手ってのはな・・・」
「・・・・・・」
ずばり相手が誰だったかを教えようとしているのだろうか。フゥ太はディーノの身近にいた人たちをつい思い浮かべながら、心の準備をした。
そしてディーノは、口にする。
「・・・実は、・・・おまえ、なんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
フゥ太は、ポカーンとした。そんなこと、あるわけない。
「・・・・・・ディーノ?」
「あ、ほら、疑ってんだろ。言っとくが、本当だからな」
「でも・・・・・・え、どういうこと・・・?」
ディーノが嘘を言っているようにも見えなくて、でもそれが本当のことだとも到底思えなくて。さっぱりわからないフゥ太に、ディーノはどこか躊躇う様子で、教えてきた。
「・・・ほら、昔ツナの家に、ボヴィーノの子供、いただろ?」
「ランボのことだよね?」
「そんで、10年バズーカとかなんとかいうの、持ってたろ」
「うん・・・」
そこまで聞いて、フゥ太はもしかしたら、と思う。同時に、でもまさか、とも思った。そのまさかを、ディーノは口にする。
「それで、つまり、当時のフゥ太の10年後のフゥ太に・・・だな・・・」
「・・・・・・え、でも・・・」
それなら、当時の自分は10年前に行ったわけで。だがフゥ太には、そんな記憶はなかった。それに、10年バズーカの効果は5分だけで、そんなことをしている時間なんてとてもないはずだ。
「オレもよくわかんねーんだけど、ほら、ジャンニーニっているだろ」
「う、うん・・・」
ジャンニーニといえば武器チューナーで、今ではだいぶマシになったが、当時は彼が整備した武器はことごとく変になっていた。
「・・・まさか、ジャンニーニのせいで10年バズーカがおかしくなっちゃって・・・てこと?」
「たぶん・・・な。あんときのフゥ太は、10年後に行った様子なかったし。それに、10年後のフゥ太は、5分どころか2日くらいいたしな」
「そんなことが・・・」
嘘のような話だが、それを言うならそもそも、10年バズーカの存在自体がでたらめだ。第一、ディーノが嘘をついてはいないと、その表情を見ればわかる。
つまり、こういうことなのだろう。ディーノは数年前、当時でいう10年後のフゥ太と、そういうことをした。
「・・・言っとくけど、そんときだけだからな。オレが、その・・・そーゆーの、したの・・・」
ディーノは恥ずかしそうにちょっと頬を赤くしながら、ボソボソと言った。ディーノとしては、フゥ太以外の男と経験はない、ということを言いたかったのだろう。
しかしフゥ太は、事情を飲み込んで、そして思わず言っていた。
「ずるい・・・」
「・・・え?」
「なんでそんなことになったんだよ! なんでさせちゃったんだよ!!」
フゥ太は、未来の自分が恨めしくて堪らなかった。ディーノが言うことはつまり、そのときが初めてだったということで。つまり、ディーノの初めてを、未来の自分に奪われたわけで。
自分相手に嫉妬するのも複雑だが、しかし悔しいのだから仕方ない。思わず駄々を捏ねるように言ったフゥ太に対して、ディーノは何やら不満顔で。
「あのな、オレに言うなよ!!」
怒鳴るように言ってから、ディーノは恨みがましく続ける。
「オレはいいなんて、一言も言わなかったんだぜ? なのに、おまえ・・・っていうかあいつが、無理やり、や、やったんじゃねーか!!」
「・・・無理やり?」
「・・・8・・・7割方は」
答えるディーノの顔は、思い出して腹を立てているのか、それとも恥ずかしいのか、赤くなっている。
いくら未来に起こることとはいえ、そんなディーノの記憶を今自分が共有出来ていないことが、フゥ太はやはり悔しかった。
「・・・やっぱり、ずるいよ・・・」
「フゥ太・・・」
つい肩を落とすフゥ太を、ディーノは気の毒に思ったのだろうか。
「ほ、ほら、考えようによっちゃあさ・・・」
元気付けるようにフゥ太の肩を掴んで、明るい口調で言ってきた。
「何年後かに、おまえ本人が、昔のオレと・・・その、で、出来るわけだしな・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・!!」
フゥ太は、ハッとした。
今自分が貰えると思っていたディーノの初を、未来の自分に奪われてしまっていたわけだが。つまりそれは、そのうち他ならぬ自分が、ディーノの初を頂けるのだということなわけで。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・フゥ太?」
心配そうに覗き込んでくるディーノの肩を、フゥ太はガシッと掴み返した。
「ディーノ! それっていつの話だったわけ!?」
「へ・・・? え、あ・・・えーっとだな・・・」
フゥ太の勢いに圧されながら、ディーノは考えて答える。
「確か・・・4年くらい前か? オレが23のときだ」
「23歳だね!!」
それを確認して、フゥ太はパーッと顔を綻ばせた。何故すぐに気付かなかったのだろう、と思う。
「・・・フゥ太?」
ディーノは不思議そうにしているが、落ち込んでいたフゥ太を逆に興奮すらさせてくれたのは、さっきディーノ本人が言ってくれたことなのだ。
「つまり、こういうことだよね!」
「おう?」
「つまり僕は、あと数年後に、23歳のディーノを抱けるわけだね!!」
「だ、抱・・・た、たぶんな・・・」
気が進まなさそうにだが、ディーノは肯定する。それはフゥ太にとって、これ以上ない朗報だった。
ニコニコ笑うフゥ太を、ディーノは理解出来なさそうに見てくる。
「・・・なんか、嬉しそうだな、フゥ太」
「だって、23歳のディーノだよ? 僕がちょうど好きになった頃のディーノ兄だ。あの頃のディーノ兄を抱けるなんて・・・!!」
「・・・・・・・・・」
喜色満面のフゥ太に対して、ディーノはどう反応していいかわからなさそうにしている。
「わからない?」
「・・・わかんねー・・・っていうか」
あんまりわかりたくない・・・とかディーノは呟く。フゥ太は不思議だった。こんなに素晴らしいことはないと、自分はこんなにも思っているのに。
「だって、ディーノが23歳の頃、僕は10歳だから、ちょっと無理あったし」
「・・・そんな頃から、そういうこと考えてたのか・・・?」
「そりゃあ、ハッキリした願望があったわけじゃないよ。でも、だからこそ・・・」
若干引いている気がするディーノに構わず、フゥ太はこぶしを握って力説した。
「あの頃のディーノ兄を思い出して、なんかすごく勿体ないことしてたなって、つい思っちゃってたんだよね! だって、あの頃のディーノって、当時の僕からしたら大人に見えたけど。今思えば、若くてピチピチでまだちょっとあどけなくもあって!! そんなディーノ兄を・・・!!」
フゥ太は考えるだけで興奮してくる。そんなフゥ太に、ディーノはついといったかんじでポツリともらした。
「・・・・・・ピチピチって・・・まるで今は枯れてるみたいじゃねーか・・・」
呆れたような視線を向けてくるディーノが、しかしフゥ太には違うふうに映る。
「あ、ディーノ、勘違いしないでね!」
フゥ太は慌てて、ディーノを真正面から見つめ、思いを込めて言った。
「僕にとっては、今目の前にいるディーノが、最高に魅力的だよ?」
「・・・別に、そういう・・・・・・まぁ、いーけど・・・」
ディーノは途中で溜め息つきつつも、照れたように頬を染める。その表情が、あんまりにも愛らしくて、フゥ太はつい引き寄せられるように、ディーノにキスをした。
そうしながら、そういえば今どういう状況だったかを、思い出す。
未来の話は、一先ずどうでもいい。今、これからディーノを抱ける、その喜びに勝るものなどなくて。
フゥ太は繰り返し口付けながら、改めてディーノをベッドへ押し倒した。
それから、でもやっぱり、今さらだがちょっと気になって、フゥ太は切り出してみる。
「・・・あの、僕は謝ったほうがいいのかな? 未来の僕の所業について」
ディーノの言い分を信じるなら、どうやら未来の自分は当時のディーノを強姦紛いに抱いてしまったようで。ディーノが怒っているとしても当然だし、むしろ今こういう関係になれていることが、不思議で堪らない。
さらに言うなら、きっと数年後自分は、間違いなく無理やりにでもディーノを抱くだろう。たとえ今、ディーノに絶対やめろと言われていても。
だから、今のフゥ太は全くの潔白でも、なんだか申し訳ない気がしたのだ。
「・・・や、別に・・・今さらっちゃ、今さらだし・・・」
しかしディーノは、首を小さく振ってから、少し言いにくそうにしながらも、口を開く。
「それに・・・あのことがなかったら、フゥ太のことを意識なんて、一生しなかったかもしれねーしな」
だから、あれも今の自分たちにとっては必要なことだったのかもしれない。
そう言ってくれる、ディーノの愛情が、フゥ太は嬉しかった。
「わかったよ、ディーノ」
思わずディーノの頬にキスしてから、フゥ太は張り切って言う。
「ディーノ兄に意識してもらえるように、僕、頑張るね!」
「・・・・・・まぁ、その・・・なるべく、優しくしてやってくれ、な」
すでにフゥ太がどう頑張ったか知っているディーノは、なんとも複雑そうな表情をしてから。
そんなことさえも、許し受け入れるように、フゥ太に笑い掛けた。
「・・・ディーノ」
引き寄せられるように口付けると、ディーノの腕がフゥ太の背に回ってきて。
その、やっぱり自分よりも大きなディーノの手に、フゥ太はちょっと思った。
そのうち来る、23歳のディーノを抱ける機会。それまでには是非とも、ディーノよりも大きくなっていよう、と。
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