Later Feelings



 翌日、顔も腕も膝も、それから勿論口に出したくもないところまで、ジクジクと痛んで。
 ディーノは当然のように、起き上がることすら困難だった。
 こんな状態で、修行なんて、とても出来るはずない。それに、雲雀に一体どんな態度を見せればいいのか、ディーノはわからなかった。
 何事もなかったかのように平然としていればいいのか。それとも、ちゃんと怒ったほうがいいのか。
 それに、雲雀を思い出すと、合わせて雲雀の言葉も思い出してしまって。
『僕、あなたのことが、好きみたいなんだけど』
 戸惑いすら正直に込められた、雲雀の言葉。そのときの表情。
 それを思い出すと、ディーノは何か居心地悪いような、胸が騒ぐような感覚に襲われた。だから、雲雀を直接目にしたら、余計にどうしていいかわからなくなりそうで。
 そんなこと、本当なら一方的な被害者のディーノが悩むことではない気がするのだが。そう、ディーノは雲雀に無理やり犯されてしまったわけで、怒って修行だって投げ出してもいいくらいで。
 それに普通なら、マフィアのボスにそんなことをしたら、命はない。ロマーリオたちに知られれば、間違いなく雲雀は命を狙われるだろう。部下にも犠牲を出したくないし、だから絶対に知られるわけにはいかなかった。
 そんな、マフィア事情は措いておくにしても。あんなことをしてくれた雲雀を、しかしやっぱり、ディーノは許せないとは思えなくて。
 好きだから、なんて理由があったとしても、それは全く免罪符にはならないはずなのに。
 何故かディーノは、雲雀の行為を、許してしまっていることに気付いていてた。喉元過ぎれば、というわけではないと思うが。実際今だって、昨日の行為の余波がディーノの体を苛んでいる。
 見放してしまう気になれないだからこそ、雲雀にどんな態度を取ればいいのかわからない、というのもあった。
 ついモヤモヤと考えていたディーノは、しかし、だからどうして自分がこんなことで悩んでいるのだろうと、首を傾げる。
 ロマーリオに、今日の修行は中止だと伝えてもらったことだし。体をいたわって、おとなしく布団の中で寝込んでいようと、ディーノは思い直した。


 しばらくして、安らかに眠っていたディーノは、不意に気配を感じて目を覚ました。
 ディーノの寝所まで入ってくる人は限られるから、きっとロマーリオ辺りだろうと思いながら、目をこすりつつディーノは気配のほうへ視線を向ける。
 そしてつい、目を丸くした。
「・・・・・・恭弥・・・?」
 思わず疑うように問い掛けたが、やはりそこにいるのは、雲雀のようで。いつもの無表情で、ディーノを見つめている。
 取り敢えず体を起こそうとして、しかしやっぱり体が痛むから、そのまま寝ておくことにしながら。ディーノは、問い掛けてみた。
「・・・・・・どうしたんだ?」
 雲雀が、こんなところまで来るなんて。ディーノは大変不思議な気分だった。
 それに対して、雲雀は淡々とした口調で。
「・・・・・・お見舞い?」
「・・・なんで疑問系なんだよ」
 思わず言い返しながら、ディーノは意外に思った。雲雀には一応、酷いことをしたという自覚があるのだろうか。だとしても、こうやって様子を見に来てくれるなんて、ディーノは思ってもいなかった。
 ディーノがこうして寝込んでいるのは雲雀のせいで、だからおかしいと思いつつも。ディーノは、なんだか嬉しく思えてしまう。
 ただ単に、修行が中止になってしまったから、暇を持て余しているだけなのかもしれないが。そう思えば、修行をキャンセルしてしまったことがちょっと申し訳なくも思えてしまう。その原因を作ったのは紛れもなく雲雀本人だと、わかっているのだが。
「・・・まあ、見ての通り、今日は修行はなしだから。悪ぃな」
 つい、謝ってしまったディーノに、雲雀は短く問い掛けてくる。
「・・・・・・明日は?」
「え?」
 ディーノは思わず、雲雀をまじまじと見上げた。
 自分を見下ろす雲雀は、いつもの無表情、のような気もするが。ディーノはなんとなく、違うものを感じ取った。
 もしかして雲雀は、あんなことをしてしまったから、もう修行に付き合ってくれなくなるんじゃないかと、心配しているのだろうか。
 まさか雲雀がそんなことを考えるだろうか、かなり疑わしい気もするのに、ディーノには何故かそう思えてしまった。
「・・・そーだな。たぶん明日からはまた、付き合ってやれると思うぜ?」
「・・・・・・そう」
 無関心そうに答えた雲雀が、ホッとしているように、ディーノには見えてしまう。
 そう見える自分がどうかしているのか、それとも雲雀本人がどうかしているのか。どちらにせよ、なんだか可笑しくて、ディーノは笑ってしまった。
「・・・何?」
「いや、なんでもない」
「・・・・・・」
 眉をしかめてディーノを見下ろす雲雀は、それからゆっくりと歩み寄ってきて。体を屈め、両脇に手をついてくるから、ディーノは何をするつもりだろうと思った。
 わからないが、昨日あれだけのことをされたのだから、もう別に何をされてもどうってことない。ついそう思ってしまいながら、ディーノはおとなしくしていた。
 雲雀はさらに顔を近付けてきて、至近距離からディーノを見つめ。そして、ゆっくりと、口付けてきた。
 それは、昨日のやたら手馴れた様子のセックスとは対照的に、軽く触れるだけのキス。
 すぐに離れると、雲雀はひらりと身を翻し、部屋を出て行ってしまう。残されたディーノは、それを半ば呆然と見送った。
 それから、自然と指が唇にいっていることに気付いて、なんとなく慌てて離す。
 そういえば昨日は、キスはされなかった。あれだけのことをされていて。
 昨日されたことに比べたら、なんて些細な接触。それなのに、どんな痛みより、どれほどの快感よりも、ディーノを揺さぶった。
 そう、昨日、好きだと言われた、そのときのように。
「・・・・・・どうかしてんな、もう」
 ディーノは思わず呟いてから、ハァと息を吐く。
 その溜め息は昨日のよりも、熱を持っている気がした。




 END
よく考えたら、リング争奪戦真っ最中なわけで、そんなときに何やってるのかな…てかんじですね !


(08.05.20up)