「よお、ツナ!」
と、教室の入り口からそう声を掛けてきたのは、ツナの兄貴分のディーノだった。「跳ね馬!」と険しい顔をする獄寺を、山本が「まーまー」と宥める、そんなよくある光景を横目にツナはディーノに駆け寄った。
「ディーノさん! どうしたんですか? こんなところに・・・」
ツナの、こんなところ、というのは学校を指すわけではない。
ディーノは昨日、所用で日本に来たと、ツナの家に顔を出していた。そしてディーノが、雲雀に会いに学校にくるのも、予想が付く行動で。
「ヒバリさんに会いにきたんですよね?」
なのにツナの教室に来た、その理由がツナはわからなかったのだ。
「ああ。恭弥のやつが、なんか用あるらしくって、どっかいっちまったから。暇潰しがてら、弟分の学校生活でも覗いてみようと思ってな」
「へえ・・・」
相槌打ちながらも、ツナはつい、ディーノの顔をじっと見つめてしまった。正確に言うならその顔の、昨日はなかった、真新しそうな傷に。
「・・・あの、それ、やっぱりヒバリさんに・・・」
ツナが遠慮がちに聞いてみると、ディーノは頬の擦り傷を押さえながら笑う。
「ああ、そうなんだよ。あいつ、今日も絶好調に、暴力的でな」
それは決して誇張ではないのだろう。顔や半袖から覗く腕に見える、擦過傷、打撲痕。服の下にもおそらく、打ち身や痣が出来ているのだろう。ツナが見なくてもわかるのは、こんな惨状のディーノを見るのが初めてではないからだ。雲雀に会いに行ったあとのディーノは、大抵そうだからなのだ。
しかも、リング争奪戦のときのように、修行で負った傷ならともかく。答えはわかりきっているが、ツナは一応聞いてみた。
「・・・なんで、そんなことに?」
そんなツナに、ディーノは相変わらずの明るい笑顔で答える。
「うん、好きだって言ったら殴られて、愛してるって言ったら蹴られて、キスしたらぶっ飛ばされた」
「・・・・・・・・・」
やはり、いつもの答えで。毎度毎度、結果がわかりきっているのに、どうして懲りないんだろうと、ツナは不思議に思う。一方のディーノも、ドアに凭れ掛かりながら、不思議そうな顔をした。
「でも、恭弥のやつも、よくわかんねーんだよな。オレから手を出したらボコボコにしてくるくせに、自分からは普通に手を出してくるんだもんな。何が違うってんだ・・・」
「さあ・・・・・・」
雲雀の考えていることなど、ツナにはわからない。そしてディーノも、ツナに答えは求めていないのだろう。ツナに出来るのは、愛想笑いを浮かべるくらいだった。
「ディーノさんも、大変ですね・・・」
「まあ・・・」
そこで、何か言いかけたディーノは、言葉を切った。その視線を追って、ツナはつい体を硬くする。
いつのまにかそこにいる雲雀は、ツカツカと歩み寄ってきて、前触れもなくディーノの髪をガシッと鷲掴んだ。
「行くよ」
しかも、短く言い捨てて、そのままディーノの髪を引っ張って歩き出す。
「ちょ、恭弥、痛ぇーって!!」
当然抗議するディーノに構わず、雲雀は歩みをゆるめないから、そうすればディーノはおとなしくついていくしかなくなる。
仕方なさそうに腰を屈めて雲雀に引っ張られながら、それでもディーノがツナに向けてきたのは、笑顔で。
「じゃあ、またな、ツナ!」
ニコニコ笑いながら、ディーノは雲雀に引き摺られるまま去っていった。
それを、ツナはただ見送る。雲雀が怖いから、というのもあるが。ディーノは、ツナの助けなど、望んでいないのだ。
ツナにとっては理解しがたく、しかし雲雀に引き摺られていくディーノのその笑顔は、とても幸せそうだった。
しばらく行って、さすがに髪の毛は解放してくれた。それでもディーノは、おとなしく雲雀のあとをついていく。着いたのは、いつものように応接室。
ディーノが足を踏み入れ、ドアを閉めた次の瞬間、火花の飛ぶような衝撃。雲雀のトンファーが、こめかみ辺りを直撃したのだ。
「ノコノコ出歩いて、どういうつもり?」
「・・・だ、だって、おまえどっか行ったし・・・暇だし・・・」
頬を僅かに血が伝っていくのを感じながらディーノが答えると、雲雀は切れ長の目をさらに細める。
「言い訳?」
「・・・・・・すまん」
ディーノがおとなしく謝れば、雲雀はトンファーを構えた腕を下ろした。こんなやり取りは、日常茶飯事、ディーノは気を取り直す。
「もう用事はすんだのか?」
「・・・だったら?」
「だったら、って、決まってんだろ?」
ディーノは雲雀に近寄り、肩に手を掛け、その唇にチュッと素早くキスをした。
直後、ガツンと側頭部に命中してくるトンファー。さらに雲雀は、衝撃でふらついたディーノを、蹴ってソファに飛ばす。
「・・・っ!」
黒革に受け止められて、床に叩きつけられなくてよかった、と思いながら。グラグラする頭を押さえるディーノに、雲雀は圧し掛かってきて。
キスを、してくる。
「・・・・・・・・・なあ」
唇が離れていくのを待ってから、ディーノはつい声を掛けた。
「ずっと気になってたんだけど。自分だってキスしてくるくせに、なんでオレがしたら怒るわけ?」
「・・・・・・・・・」
雲雀は答えずに、もう一度キス。それから、表情の見えない瞳で、問いを返してきた。
「・・・あなたこそ、殴られるってわかってて、どうしてしてくるわけ?」
「え、そりゃ・・・したいから」
それ以外、キスする理由があるだろうか。ディーノは目の前の雲雀に、その思いのまま、キスをした。
即座に、頬を張られる。しかも運悪く、口の中を切ってしまった。
「・・・あのなあ・・・恭弥・・・」
血が溢れ出してきて、さすがに抗議しようとしたディーノの、口はすぐに塞がれた。遠慮なく舌を差し込んできた雲雀は、わざわざ傷口をつついてくる。
痛みに顔をしかめながらも、ディーノは口付けを解けなかった。
嫌がれば、殴られるから。違う。雲雀とのキスを嫌がる理由が、ディーノにはないのだ。
「・・・あなたって、本当に学習しないよね」
血の味のするキスを解いて、雲雀は薄く笑う。
「酷くされるのが、好きなの?」
「・・・おまえにされるなら、嫌じゃないぜ?」
ディーノも笑い返して、雲雀の唇に付着している自分の血を舐め取った。
「恭弥、好きだ」
「・・・・・・・・・」
相変わらず表情の読めない瞳をした雲雀は、ディーノの顎をガシリと掴んだかと思うと、遠慮なく持ち上げ、晒した首筋に歯を立ててくる。
「っつ・・・!」
顔をしかめながらも、ディーノは手を伸ばし、雲雀の頭を撫でた。優しく、愛情込めて撫でた。
傍からは、加虐趣味のあるものと被虐趣味のあるもの、需要と供給が一致しているだけのように見えるかもしれない。
だが、別にそういうわけじゃないと、ディーノ本人が一番知っていた。
殴られても蹴られても咬み付かれても、それでもディーノが懲りずに雲雀に近付くのは、雲雀のことが好きだから。雲雀の暴力の、その陰に隠れた、自分に向かう愛情に気付いているから。
ディーノは、甘い言葉、優しい態度でしか愛情を表現出来ない。
雲雀は、その逆。
それだけの話なのだ。
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