想定内ロマンチスト



 雲雀が放課後いつものように応接室にやってくると、そこにはディーノがいた。とはいえ、来ると連絡があったから、別に驚きもしないが。もっと言えば、連絡なしに突然来たって、そんなに驚くべきことでもない。
 ソファに座ってペンを握りテーブルに向かっていたディーノは、雲雀に気付いてパッと顔を上げた。
「恭弥! 久しぶり!」
 ポイッとペンを投げ出したディーノは、嬉しそうに笑って雲雀に飛び付いてくる。会いたかったとか愛してるとか、いつものように言いながらいつものように、抱きしめてキスして。すっかりお決まりになった行動を一通りし終えて、ようやくディーノは雲雀から離れた。
 それからソファに隣り合わせに座る、そこまでを決まりきった、と言うべきかもしれない。またペンを手に取ったディーノは、しかし背凭れに身を預けた。
 テーブルの上を見ると、縦長の長方形で皺のよった、薄い黄緑色をした紙切れが一枚。季節柄、それが何かは雲雀にもすぐにわかった。七夕の、短冊だろう。
「・・・どうしたの、それ」
「あー、さっきツナん家に寄ったときに貰ってさ。願い事書いたら、叶うんだろ?」
 ディーノはそう言いながら、ズボンのポケットから紙切れを数枚取り出した。テーブルに並べられた、皺のよったカラフルなそれらは、やっぱり短冊。
「ついでにおまえのぶんも貰ってきたから、なんか書けよ」
 そしてディーノは、首を傾げながら真剣な顔で、おそらく願い事でも考えているのだろう。どうやらイベント事が好きらしいディーノは、こうやって日本の行事を知るたびに、嬉しそうに参加してきていた。そして毎回、雲雀もそれに付き合わされることになるのだ。
 ちょっと気になるから、短冊の皺を伸ばしてみる雲雀に、ディーノは瞳を輝かせながら語り掛けてきた。
「そうそう、七夕の話をママンに聞いたんだけどさ。オリヒメとヒコボシの話。日本人って意外とロマンチストだよなー!」
「・・・何が?」
 諦めて短冊を放りながら、雲雀は問い返す。自分も随分と付き合いがよくなったものだと思いながら。
「だって、一年に一度しか会えない、とかさ。悲劇的で、でもだからこそ、燃え上がる恋心! うん、ロマンだな!!」
「・・・・・・・・・・」
 そういう見方も出来ないでもないが、雲雀には理解しがたかった。その話のどこがロマンチックだというのか。
「怠け者が罰を受けた、それだけの話じゃない。そういうの、自業自得って言うんだよ」
「そう言うなよー。怠けたのだってさ、新婚でちょっと浮かれてて、仕事が手に付かなかっただけかもしんねーじゃん」
「・・・・・・・・・」
 一体どうしてディーノが織姫と彦星の肩を持ちたがるのか、雲雀には全くわからない。おそらく甘いディーノのことだから、不遇の恋人たちに同情しているだけなのだろうが。
 願い事を考えるのはどうなったのか、ディーノはしつこくその話題を引っ張る。
「でもさ、そいつら年に一回で、よく我慢出来るよな」
「・・・我慢とかそういう問題じゃないでしょ。罰なんだから」
 それに言葉を返してあげる自分は、やっぱり相当付き合いがいいと思いながら、特に今はすることがなくて暇なのも確かだった。雲雀は手持ち無沙汰で、再び短冊の皺でも伸ばそうかと思う。
 そんな雲雀を、しかしディーノがグイッと抱き寄せてきた。
「でもさ、オレは我慢出来ねーな、おまえと一年も会えないなんて」
 呟くように言いながら、ディーノは雲雀をさらにギュッと抱きしめてくる。ディーノの腕にスッポリ収められてしまった雲雀は、まぁいいかと好きにさせた。自分より体温が高いディーノだから、ちょっと暑苦しくもあるのだが。
「一ヶ月会えないだけで、つれーのに。オレがそいつらだったらさ、絶対会いにいくけどな。アマノガワ・・・だっけ? それだって越えて」
「・・・台無しだね。一年に一度だから盛り上がる、ロマンじゃなかったの」
 思わず言い返した雲雀の顔を、ディーノは眩しいくらいの笑顔で覗き込んできた。
「でもさ、年に一度会いにいくよりもさ、会いたいから川越えるほうが、ドラマチックでロマンチックじゃね?」
「・・・・・・・・・」
 そしてディーノは、疑問文で言ったわりに、さっさと雲雀の口を塞いでくる。それは、わかりきったわかり易い、行動ではあるのだが。
 雲雀が腕を回し返すと、ディーノの顔がさらに嬉しそうに綻ぶ。それも、わかりきった反応。


 ようやく、思い付いたらしい。ディーノは短冊を前に、ペンのキャップを外した。
「なあ、やっぱ、日本語で書かないと意味ねーかな?」
「・・・・・・そうじゃない?」
 全然そんなことはないだろうが、イタリア語で書かれてしまうと、雲雀には読めない。だから雲雀がそう言って、せっかくだからと筆ペンを差し出せば、ディーノは少し興味深そうに筆先を見てから短冊へと取り掛かった。
 相変わらずヘタクソな字が、慣れない筆ペンのせいでさらに歪みながら、それでもなんとか読める。『ファミリーのみんなが』その出だしを見れば、もうどんな願い事なのかは見当がついた。
 その雲雀が思い浮かべた単語の中の一つを、ディーノが口にする。
「な、健康、ってどう書くんだっけ?」
「・・・わからないなら、平仮名で書いたら」
「そうだな・・・日本語って難しいなぁ・・・」
 ぼやくように言いながら、ディーノは続けて『けんこうでへいわ』などと書き綴っていった。健康はともかく、マフィアが平和を願ってどうするのだろうと、雲雀は呆れる。
 それでも、いかにもディーノが願いそうなことだと、納得しか出来ないが。しかし一応、今日の話の流れから、雲雀は口を挟んでみた。
「ロマンがなんだって言ってたわりに、そういうこと書くんだ」
「・・・・・・」
 すると書き終えた短冊を満足そうにかざしていたディーノは、クルリと丸くした目を雲雀に向けてくる。そして、少し考えるような顔が、すぐにパッと笑顔に変わった。
「あ、恭弥、妬いてんのか? おまえのこと書かなかったから、拗ねてんのか?」
「・・・・・・・・・」
 自分に都合よく解釈しようとするディーノが、あんまりにも予想通りで、雲雀はつい笑ってしまう。
「わかってるよ。どうせ、願うまでもないから、なんでしょ?」
 天の川だって越えて会いにいく、と言ったディーノだ。そんな人間が、一体何を天に願うことがあるだろう。
 とはいえディーノのことだから、まだ余っている短冊に、どうせ何か書くつもりなのだろうが。
「まーな」
 ディーノはアッサリ笑って肯定してから、チュッと雲雀にキスしてきたかと思うとすぐ離れ、今度は新しい短冊を摘む。そのせわしい動きは、予期した通りとはいえ、見ていて面白かった。
「でも、せっかくだし、おまえのことも書いとくけどな!」
 雲雀の機嫌を取ろうなんて毛頭なさそうな、ただ願い事を短冊に書き付けるという行為が楽しいんだという表情。願い事という形で、雲雀への愛情を表現出来ることが嬉しい、という表情。
 ディーノは弾んだ様子で、短冊に筆ペンをぎこちなく滑らせていった。
『きょうやとずっと仲よくする』
 文章もぎこちないそれは、願いではなく決意になっている。まぁそこはいいとして、相変わらず汚い字もいいとして。一応つっこんでおくべきかと雲雀は口を開いた。
「僕の名前、書けないんだ」
「あっ、いや・・・」
 ギクリとした様子を見せたディーノだって、どうせ雲雀が本気で咎めても不機嫌になってもいないとわかっているのだろう。それでもバツは悪いらしく、眉を下げて笑った。
「見ながらだったら書けるんだけどさ・・・」
 日本語ってホントに難しいよな、なんて言いながら、ディーノは雲雀の目の前のテーブルに白紙の短冊を置いてくる。
「恭弥もせっかくだから、なんか書けよ」
 はい、と向けられた筆ペンを反射的に受け取ってしまった雲雀は、確かにせっかくだから何か書こうかと思った。
 思い付くことは、一つ。ディーノとは違ってサラサラと、短冊に文字を書き付けていく。
『並盛安泰』
 なかなか達筆に上手くかけて満足する雲雀に、ディーノは覗き込んできて首を傾げた。
「これ、この2文字、なんて意味?」
「・・・平和」
「ふーん」
 興味深そうに眺めていたディーノは、しばらくしてまた雲雀の前に白紙の短冊を置いてくる。
「じゃ、こっち、オレ用な!」
 ニコニコといい笑顔で、雲雀に期待する視線を向けてきた。願い事という形で、雲雀の自分への愛情を、引き出したいのだろう。
 とはいえ、天の川越えてくると豪語するディーノが相手では、一体何を願えばいいというのか。
「それこそ、願うまでもないんじゃない?」
「ハハ、そうだけどな」
 雲雀の言葉がお気に召したらしく、ディーノは笑って雲雀を抱き寄せた。そしてキス一つで、また離れる。
「でもまー、せっかくだからさ」
「・・・・・・」
 書いて、と表情でもねだってくるディーノに、仕方なく雲雀は筆ペンのキャップを再び外した。
 別に天に祈るようなことはないけれど、だからといって断るのも、無粋というものだろう。どうせならと、さっきと同じ4文字で。
『最低月一』
 一ヶ月会えないだけでつらい、のならそれ以上の頻度で来ればいいのだ。なんて、わざわざ解説してやるつもりはないが。
「えーっと・・・どういう意味だ?」
 たった4文字からは読み取れず首を傾げるディーノに、だから雲雀は別の、ディーノが好みそうな言葉に変えて言ってやった。
「要は、天の川渡って来い、ってことだよ」
 あなたがね、と小さく笑う雲雀を、少し目を丸くして見返してから。ディーノは今度は目を細めて、笑い返してきた。
「なかなかロマンチックなこと言うじゃねーか!」
 やっぱりとっても嬉しそうなディーノは、またギュッと雲雀に抱き付いてくる。
「・・・あなたに合わせただけだよ」
 素っ気なく言ったのは、ロマンチックだなんて思われるのは御免だからだ。でも、この男のロマンチック気取りなところは、まぁ嫌いではない。
 だから雲雀は、ちょっとくらいなら付き合ってやるのだ。
「せいぜい、溺れて流されないようにしなよ」
「そしたら、おまえが引っ張り上げてくれんだろ?」
 首を傾げて、笑顔で問い掛けてくるディーノは、雲雀とこういう会話が出来るだけで充分嬉しそうだが。次にどうすれば、ディーノがもっと喜ぶかなんて、わかりきっている。
 雲雀は肯定するように笑って、ディーノにキスをした。




 END
ディーノがそんなにロマンチストになってない気がしますが。

なんでしょうこのバカップル(笑)

ちなみに4枚の短冊は、翌日(実は7/6の話でした↑)沢田家の笹にぶら下げられました。堂々と。


(08.07.15up)