愛情表現



 エンツィオはリボーンのペット、レオンから産まれたスポンジスッポンだ。ディーノが跳ね馬として目覚めたときに、跳ね馬のムチと共に生を受けた。
 だから、レオンから産まれたとはいえ、エンツィオの主人はディーノだった。そしてディーノも、エンツィオをペットとして可愛がってくれた。実用的なレオンと違って、エンツィオにはこれといって取柄はない。どころか、エンツィオの唯一の特筆すべき点は、どちらかというと迷惑を掛ける類のものだった。
 スポンジスッポンのエンツィオは、水を浴びるとその量に応じて大きく凶暴になるのだ。ディーノにそそっかしいところがあるせいもあって、エンツィオは何度となく大きくなり暴れてきた。主人を押し潰したことも一度や二度ではない。
 凶暴化しているときは意識がないとはいえ、主人も構わず襲ってしまう自分が、そのたびに情けなくなった。それでも、懐の広いおおらかなディーノは、気にせずエンツィオを側に置いてくれた。いつだってその肩に乗せて、どこにだって連れていってくれた。
 亀だから声は勿論、鳴き声でも伝えることは出来ないが。エンツィオはディーノのことが、大好きだった。


 この日も、エンツィオはディーノの肩に乗っていた。機嫌よさそうに歩いていくディーノは、部下を連れていないから何度かつまずいたりこけたり。そのたびにエンツィオも落ちたり飛んでいったりして、よく考えれば凶暴化して迷惑を掛けるのと、これで帳消しかもしれない。
 ディーノはエンツィオを拾い上げるたびに「ごめんな」と謝りながらまた肩に乗せ、エンツィオももう見慣れた廊下を歩いていった。
 もう少しすると、応接室と呼ばれている部屋に辿りつく。跳ねるような足取りでその距離を縮めたディーノは、勢いよく扉を開いた。
「恭弥!!」
 ディーノは中にいる人物を確認して、いつもよりトーンの高い声で、エンツィオの耳に馴染んだ名を呼ぶ。雲雀恭弥、それがこの応接室の主であり、ディーノが訪ねてきた相手。恋人、らしい。
 ちなみにエンツィオは、ディーノと行動を共にすることが多いから、自然と日本語もほとんど理解していた。レオンから産まれたおかげか、知能は高いのだ。
「会いたかったぜ、恭弥!」
 そう言ってディーノが腕を広げるから、エンツィオは慌てて・・・といっても亀ペースで、居場所をちょっと変更した。下手なところにいると、思いっきり抱き付いていくディーノと雲雀の間で潰されてしまうのだ。
 エンツィオがディーノの肩のうしろ側に逃れた瞬間、ギュッと隙間なく二人は抱き合った。いや、抱き合う、とはちょっと違うかもしれない。ディーノは雲雀をその腕でしっかりと抱きしめているが、雲雀はその腕をだらーんと垂らしていた。
 要は、ディーノからの一方的な抱擁ということになる。だが雲雀が座っていたソファから何気なく腰を上げている辺り、やはりこれは双方望んでのことなのだろう。
 エンツィオは感情のわかり易いディーノに慣れているから、雲雀が何を考えているのかよくわからない。会いたかった、愛してる、何度も同じ言葉を繰り返していくディーノに、どうして何も言い返さないのかも、よくわからない。
 それでも、ディーノがとにかく嬉しそうだから、その背中にしがみ付きながらエンツィオもなんだか嬉しくなるのだ。
 しばらく突っ立ったままで抱擁とキスを繰り返していたが、しつこいと言いたげに雲雀が身を捩って、ディーノは仕方なさそうに腕を解いた。
 ソファへと移動して、やっとエンツィオの存在を思い出したように、ディーノはひょいっと掴んでテーブルに乗せる。そしてまた雲雀に目を向けたディーノは、早くもエンツィオのことを忘れてしまったかのように、その視線を雲雀にだけ注いでいった。
 実際、忘れているのだろう。ディーノは雲雀といるときは基本的に、他のものが目に入らなくなるのだ。エンツィオは大抵テーブルに置かれたっきり、この部屋を出るまでそのまま放置される。それどころか、スッカリ忘れ去られて置いて帰られたこともあった。
 それでもエンツィオは、それを不満に思ったことはない。どうせなら日当たりのいい場所に置いてくれればいいのに、と思うことはあるが。
 ディーノが雲雀の元を訪れるようになって、エンツィオにも友人が出来たのだ。黄色くてふわふわとした、ヒバードと陰で呼ばれている、その名の通り雲雀の飼っている小鳥。
 今日もテーブルの上でモソモソと体を動かしているエンツィオのところへ、ヒバードがどこからともなく飛んできて、その背で羽を休め始めた。
 亀と鳥、会話が成立するというわけではないが。会話したりくっついたりしているお互いの飼い主を横目に、なんとなく通じ合うものもあるのだ。
 ディーノの楽しそうな声や幸せそうな空気を感じながら、まったりとするのがエンツィオのこの部屋での過ごし方だった。
 だが今日は、途中で雲雀が部屋を出ていってしまう。ディーノが残念そうにしながらも引き止めないのだから、おそらく仕事なのだろう。
 雲雀がいなくなって、手持ち無沙汰になったディーノは、携帯を取り出した。電話を掛けてイタリア語で喋ったり日本語で喋ったり、取り留めのない世間話を繰り返して、そのうち飽きたのか携帯を放り出す。
 そして、未だ甲羅にヒバードを乗せたままのエンツィオを、身を屈めて覗き込んできた。
「おまえたち、仲良いよなー」
 つんつんと、交互につつきながら、ディーノは嬉しそうに顔を綻ばせる。途中でまるで同意するようにヒバードがピィと鳴いて、その笑顔は益々深くなった。
 そんなふうに鳴き声で伝えることが出来るヒバードを、エンツィオはちょっと羨ましく思う。エンツィオには体を動かしたり頭や尾を振ることでしか感情を表現出来ないのだ。一応鳴くことも出来るが、ギャアなんて鳴き声では好意もまともに届かない気がする。
 それでもディーノは、全部わかってると言いたげに、いつもエンツィオの頭を撫でてくれた。慈しむように愛でるように優しく、今も。
「・・・でもさ、おまえたちが仲良いのってさ」
 ディーノはふと思い付いたように、目を瞬かせてから、また眦を下げて笑った。
「やっぱ、飼い主同士が仲良いからかな!」
「・・・・・・何、してるの?」
 朗らかに言い切ったディーノの言葉に、雲雀の怪訝そうな声が続く。帰ってきた早々、動物に向かって語り掛けているディーノが目に入って呆れた、と言いたげな表情だ。
「恭弥、おかえり!」
 ディーノは雲雀のそんな反応を気にした様子もなく、笑顔で迎えて。
「何って、話し掛けてんだよ。おまえだって、この鳥にいろいろ言葉教えてるだろ?」
「・・・・・・そんな、どうでもいい言葉は向けないよ」
 やっぱり呆れたように言う雲雀は、ディーノの隣にストンと腰を下ろした。そうすればディーノが纏わり付いてくるとわかっているのに、ということはやっぱりそうされることを、消極的にであれ望んでいるのだろう。
「どうでもいいって、なんだよ。オレと恭弥が、すっげー愛し合ってるって、大事なことだろ?」
「・・・・・・・・・馬鹿じゃないの?」
「あ、ひっでー!」
 会話だけ聞いているとディーノが全く相手にされていないように思えるが、実際ディーノが伸ばす腕を雲雀が振り払おうともしていないのだから、ただのじゃれ合いにしか見えなかった。
 ハッキリとした言葉ではなく、そういう少しだけの態度で、ディーノはちゃんと雲雀から自分に向かう感情を読み取っているのだろう。
 物言わぬ亀エンツィオの愛情を、ちゃんと感じてくれているように。
「冷てーよな、恭弥は。あの鳥も、よく嫌になんねーよな」
「こんなふうにベッタリ構われるなんて、あの亀は気の毒だよね」
「あ、それもひでー」
 エンツィオたちを引き合いに出しながらも、ディーノの瞳はやっぱり雲雀だけを映していた。多分、雲雀のほうも。
「でも残念だけど、そんなふうに言ったって、じゃあ構ってやんねー、なんて言わねーからな」
 などと言いながら、寄せていくディーノの唇を、雲雀は拒まない。しっかりと口付け合いながらやがてソファへ沈んでいく二つの体を見て、今日も長くなりそうだと、エンツィオは一眠りする為に目を閉じた。




 END
あんまりベッタベタな様を見せ付けさせるのも可哀想かと思って、雲雀側の糖度をちょっと低めにしてみました …(当社比)
別名、エンツィオになってこんなヒバディノを見守りたい、小説です(笑)