それは、誰にも内緒の恋だった。
いつものように課題をこなす為、山本はツナの家を獄寺と共に訪れていた。そこに、ディーノがひょこりと顔を覗かせる。大抵リボーンに呼ばれて日本に来るディーノは、だからいつもまずツナの家に顔を出すようだった。
山本はシャーペンを握って課題に向かい唸りながら、ディーノは口を出しては獄寺に怒鳴られながら。山本がそっと向けた視線に、ディーノの視線が絡んできた。
パチパチと思わせぶりなまばたき、続けて微かな笑顔を向けてくるディーノ。それは、誰にも内緒の合図だった。
ツナの家で夕食を頂いて、もう少し居座るつもりらしい獄寺をいつものように置いて、山本は沢田家を出る。しばらくゆっくりと歩いていると、うしろから近付いてくる足音が、駆け足だからつい山本は振り返った。
「ディーノさん!」
思った通り、何かに足を取られて前のめりにこけようとするディーノを、間一髪で受け止める。腕の中にディーノの体を感じて、さっきまでと違う意味で山本はドキリとした。
「あ・・・っぶな。大丈夫っすか? ディーノさん」
「ん、平気だ・・・悪ぃな」
照れ笑いを浮かべながらディーノが離れていって、残念に思いながらも、久しぶりのその笑顔に変わらず胸が高鳴る。すぐに転ぶくせに、自分のところまで駆けてきてくれたことも、嬉しかった。
「俺の家でいいですか?」
「うん。お世話になります」
日本人式にペコリと頭を下げて、ニコリと笑うディーノに笑顔を誘われながらも、山本は自宅へと歩みを進める。
こうして二人でいると、山本はふと不思議になることがあった。この人が、自分の恋人だなんて、と。
告白したのは山本からだった。ディーノへの思いを自覚して、直球で好きですと告げた山本に、ディーノはじゃあ付き合おうかと返してきて。そうして、山本がちょっと戸惑うくらいアッサリと、この関係は始まった。
年齢も立場も何もかも違って、山本は未だにディーノがどんな仕事をしていてどうしてちょくちょく日本に来るのかもよく知らない。まだ子供の自分には話せないのだろうか、山本はそう思う。だから、隠したがるのだろうか、とも山本は思っていた。
ディーノはツナたちにも、きっと部下たちにも、山本と付き合っていることを言ってはいない。さっきだって、ただの知り合いそれ以上のやり取りは何もなく、ツナたちにわからないように数度目を合わせただけで。
それでも、山本にもその気持ちはわかる。年下の中坊の男なんかと付き合ってるなんて、普通は知られたくないだろう。だから山本は、ディーノの為に、このままツナたちにも誰にも言わずにおこうと思っていた。
家に着いて、山本の部屋でのんびりと会話して。合間に何度かキスをして。夜も更けて、そろそろ寝ようとなって、山本は自分のベッドにディーノは床に引いた布団に入る。
山本はまだ、ディーノとキスまでしかしたことがなかった。山本は勿論、ディーノに触れたいと思う。ディーノは、そうは思わないのだろうか。山本はついそう考えて、小さく溜め息をもらした。
やっぱり自分がまだ子供だから、そんな気になれないのだろうか。それなのに、付き合っているのだろうか。
ツナたちに話せないことよりも、ディーノの気持ちがハッキリとわからない、そのほうが山本にとっての悩み事だった。かといって、ディーノに面と向かって確かめるのも、怖い。自分らしくないと思いながらも、曲がりなりにも付き合っている、という形を自分から壊すことは出来ない。
多分スヤスヤ寝ているのだろうディーノのうしろ頭を見ながら、山本はつい悩んでしまった。
それから一ヶ月あまり、ツナの家でまた4人が揃った。山本とツナは課題、獄寺はそれに付き合い、ディーノはやっぱりリボーンに呼ばれてやってきたらしい。
しばらくは真面目に課題に取り組んでいたが、そろそろ投げ出したくなってきたらしく、ツナが世間話を持ち出してきた。
「そういえば、ビアンキがリボーンに頼まれて、また浜名湖までウナギ獲りにいってるらしいんだよね」
「だから、姉貴いないんっすね。ていうか姉貴のやつも、さっさとリボーンさん諦めりゃいいのに」
「うーん・・・でも、そう簡単にもいかないんじゃない?」
二人が会話していく隙に、山本はディーノに視線を向けてみる。今日はまだ、合図を貰えていなかった。
一人だけテーブルから少し離れツナのベッドに背を凭れさせているディーノは、山本の視線に気付いて構っていた亀から顔を上げる。
OKなら笑顔、ダメだったら首を横に振る。ディーノの返答を、山本はいつものように、祈るように待った。
果たして答えは、ふわりとした微笑み。嬉しくてつい顔を綻ばせそうになった山本は、しかしドキッとした。
「それで、山本は?」
と、ツナが話を振ってきたのだ。
「え、あ、なんだっけ?」
「てめー、10代目の話聞いてなかったのかよ!」
「まーまー。あのね、山本は好きな人、いないのかなって・・・」
ツナは少し頬を赤くしながら尋ねてくる。ビアンキとリボーンの話をしていたから、そこから恋の話にでもなったのだろう。
「えっと、俺は・・・」
山本は頭を掻きながら、少し悩んだ。ツナの好奇心を含んだ視線と、獄寺の10代目の問いに答えないなんて許さないと言いたげな視線と、山本が一番気になるのはディーノの視線で。でも、気になるからこそ、ディーノを見ることが出来なかった。
好きな人ならいる。すごく好きな人が、いる。
山本は迷ってから、あまり待たせると不審に思われるだろうから、口を開いた。
「俺も別に、いないぜ」
どうせツナたちに、ディーノと付き合っていることを話すことは出来ないのだ。だったら、いる、なんて答える意味ないだろうと山本は思った。
「そっか、山本もか・・・」
どうやら獄寺にもいないと言われたらしいツナは、自分だけにいるというのが居心地悪いのか、今度は最後の一人に矛先を向けていく。
「そういえば、ディーノさんは? やっぱり大人だから、いるんですか?」
いる、という返事を期待しているようなツナの視線がディーノに向いた。山本も、ついディーノを見つめる。一体どんなふうに答えるのか、おそらくツナよりもずっと、山本のほうが期待していた。
「えっ、あ、オレは・・・」
突然問いを向けられたディーノは少し狼狽えたように、しかしすぐにいつもの朗らかな表情に戻って、スルリと答えを口にする。
「オレもいねーな」
それはごく自然な、誰もが本当にそうなんだと信じてしまう口調で。山本の胸が、途端にズシリと重くなった。
好きな人はいない、即ちディーノは、山本のことも好きだとは思っていないのだろうか。ディーノが自分の恋人だなんて、山本は何度もどうしてだろうと半信半疑にすらなった。だから、ディーノは別に自分のことを好きではない、それは充分あり得ることに思えて。
それでも、山本はやっぱりショックだった。好きでもないのに、どうして付き合おうなんて言ったのか。どうして、キスしたり思わせぶりなことをしたりするのか。
多分、深く追求されるのを避けようと、いないと答えたのだろう。それだけのことだろうと、冷静に考えようとしても、やはり気分は浮上しなかった。
つい恨みがましい視線を向けてしまう山本を、ディーノも見返してくる。その表情が、山本が何を思っているかなど気にも掛けていないような、涼しげなものに見えて。
山本はつい、プイッと視線を逸らした。こんな態度を取ってしまうところこそ、子供じみて見えるのだろうとわかっていても、面白くない気持ちは抑えられない。
せっかくディーノと久しぶりに会って、このあとも一緒に過ごすことが出来るのに。果たしてそれまでに気分を変えられるだろうか、山本は不安で俯けていた視線を、また上げた。
「・・・悪い、ツナ。オレ、帰るな」
ディーノがそう言って、立ち上がったのだ。まさかさっき視線を逸らしたから、ディーノが気分を害したのだろうか、そう思えば山本は心臓がギュッと締め付けられるようだった。
いつもの穏やかな表情で、ディーノが山本を見下ろしてくる。そして、真っ直ぐ見返せない山本の腕を、おもむろにディーノが掴んできた。
「・・・えっ、ディーノさん、何?」
「いーから、おまえもこい」
その声も穏やかなもので、しかし山本の腕を掴んでくる、その力は痛いくらい強いものだった。
何事かと不思議そうなツナに見送られ、山本はそのままディーノに引っ張られていってしまう。
「おまえの家でいいか?」
「え、は、はい・・・」
いつもとは反対にディーノからそう切り出してきて、反射的に頷けば、いつもと同じ道筋を辿っていった。その間も、ディーノは山本の腕を掴んだままで。人目を気にする余裕はないのだろうか、こんなときなのに、山本はその僅かなディーノの体温が嬉しかった。
早足で歩くからいつもよりも早く着いて、山本の部屋へと駆け込む。そしてようやく腕を解いて振り返ったディーノは、見慣れた穏やかな表情ではなかった。
機嫌が悪そう、と表現出来るような、眉をしかめて口を引き結んだ顔。こんなディーノの顔が自分に向けられたのは初めてで、山本はもしかしてディーノに嫌われたのだろうかと不安になった。
「・・・な、なんですか・・・?」
そう喉から言葉を搾り出しながらも、別れ話だったらどうしようと目の前が暗くなりそうになる。そんな山本に、向かってくるディーノの声はやはりいつもの朗らかなものではなく、しかし意外にも少し拗ねたようなものだった。
「それは、こっちのセリフなんだけど」
「・・・え?」
山本が思わずパッと顔を上げれば、首を傾げているディーノは、怒っているというふうではない。
「オレ、おまえに睨まれるような覚え、ねーけど?」
「それは・・・」
そんなに険しい表情をした覚えはなかったが、そう見えたということは、やはり面白くない思いが相当顔に出ていたのだろう。山本は、この際だからディーノにぶつけてしまおうと思った。
子供じみた行為だが、事実山本はまだ子供で。だからこそ、今後何事もなかったかのように振舞うことなんて出来そうにない。
「だって、ディーノさん・・・好きな人いないって、言うから」
「・・・おまえだって、そう言ったじゃねーか」
だから責められる覚えはないと、そう言うディーノのほうが正しいと、山本もわかっている。それでも、ずっと燻っていた疑念が、山本の口を開かせた。
「でも・・・俺がどう返事してたって、ディーノさんはそう言ったでしょ!?」
「・・・・・・山本?」
語尾を荒げた山本を、ディーノが少し驚いたように見つめてくる。その、何もわかっていなさそうな顔が、山本はなんだか悔しかった。自分はこんなにも、不安で、悩んでいるのに。
「そんなに俺とのこと、バレたくないんですか? そんなに、恥ずかしいんですか?」
「な、何言ってんだ?」
「そりゃ俺はディーノさんよりずっと年下で、ただの中学生で、まだ全然子供で・・・」
引け目や劣等感を、忘れるくらいディーノといると嬉しくて楽しくて幸せで。好きで好きで堪らなくて、だからこそ失いたくないと、願う気持ちがいつしか不安とすり替わってしまった。
どうしてディーノは、自分と付き合ってくれているのだろうか。誰にも内緒にしたくらい、うしろめたいのに。胸を張ってディーノのことが好きだと、山本はいつでも誰にだって言いたいのに。そんなこと出来ないくせに、ディーノはどうして。
山本の不安は、責めるような言葉となって、ディーノに向かった。
「だったらなんで、俺なんて相手してるんすか!? そんなに、好きでもないのに・・・!!」
吐き出すように言って、山本は今すぐこの場から逃げたくなる。ディーノの返事なんて怖くて聞きたくない、表情を確かめることも出来なかった。
ふらつきそうになる足で、踏み出そうとする山本を、しかしディーノが引き止めてくる。両腕をガシリと掴まれたかと思うと、力任せに壁に背を押し付けられた。
「っ・・・!?」
痛みに眉をしかめながらとっさに顔を上げた山本に、ディーノの顔が近付いてくる。重なってきた唇が、入り込んでくる舌が、触れる僅かな部分が熱くて熱くて、山本に眩暈を起こさせた。
「・・・・・・っは」
「・・・オレが」
ようやく解放されて一息つく山本を、ディーノが真っ直ぐ見つめてくる。
「好きでもない男に、こんなふうにキスして、そんでおまえを揶揄ってたとでも?」
「・・・・・・・・・」
低くその口から言葉を紡ぎ出していくディーノを、山本はただ見返した。そこにあるのは、紛れもない怒りの表情。
「ふざけんな!!」
「っ!」
怒鳴り声に合わせて、掴まれた両腕が、きつく締め付けられて痛んだ。それ以上に、ディーノの言葉が、山本の心臓を締め上げていく。
「確かにおまえは、オレよりずっと年下で、ただの中学生で、まだ全然子供で・・・」
怒っていたはずのディーノの顔は、いつのまにか、泣きそうな表情に変わっていた。山本の両腕を掴む手は僅かに震え、項垂れたようにそれでも言葉を搾り出していく。
「でも、それでも・・・好きだって、そう思うから・・・だからオレは・・・!」
「・・・・・・ディーノさん」
年齢差や立場の違いは痛いほどわかっていて、躊躇もあってうしろめたさもあって、それでも。好きだから、と。
この人の何を見ていたのだろうと、山本は深く悔いた。ディーノは山本の思いを受け入れて側にいてくれた、それが全てだったのに。
「もういい・・・!」
「・・・ディーノさん!!」
激情のまま飛び出していこうとする、クルリと向けられたディーノの背を、山本はとっさにうしろから抱きしめた。ギュッと強く、抱きしめた。
「・・・好きです」
ディーノに言わなければならないことがたくさんあるはずだが、山本の口からは他の言葉が出てこなかった。
「俺、ディーノさんのこと、好きです」
腕の中の、何があっても失いたくない人に、自分の一番の思いを伝える。言葉と、さっきのディーノのように、痛いくらいの力強さで。
「好きです・・・好きです」
「・・・・・・・・・」
何度も繰り返していく山本の腕に、やがてディーノの手がそっと触れてきた。
「・・・オレも、だよ」
「ディーノさん・・・」
ディーノが身動いで、山本の腕の中で方向を変える。正面から見つめて、少しどんな顔をしていいか迷うように、それからディーノはふわりと微笑んだ。
「好きだ、山本」
「ディーノさん・・・っ!」
山本は堪らず、改めてディーノをギュッと抱きしめていった。ディーノの腕もまた、山本の背をしっかりと抱き返してくれて。心臓がキュッと竦み上がるような、幸せな痛みを山本は感じた。
不安が消えていって、山本の頭の中は、ディーノを好きだという思いだけで一杯になる。自分より長身の体は、それでも腕に馴染んで。肩に顔を凭れさせれば、鼻腔を擽るいい匂いがして。ずっとこうして・・・というよりもっと、ディーノに触れたいと思う。
「・・・そういえば、ディーノさん」
山本は、せっかくだからついでに確かめてみることにした。
「どうして、寝るときは別々じゃなきゃなんないんっすか?」
「は? ど、どうしてって・・・」
少し目を丸くして山本を見下ろしてきたディーノは、それからそろりと視線を逸らしていく。
「・・・一緒に、寝るわけにもいかねーだろ」
「なんでですか?」
「な、なんでって・・・へ、変な気分になるだろ」
律儀に答えを返してくるディーノが、なんだか困ったような顔をしていて。めずらしい表情に、山本はもっと見たいと、問いを重ねていった。
「・・・なったらマズいんっすか?」
「そ、そりゃ・・・」
居心地悪そうに視線を彷徨わせるディーノに、山本は体温が上昇していくのを感じながら、素直に自分の気持ちを言葉にして伝える。
「俺はずっと、ディーノさんに触りたいって、思ってました」
「・・・・・・・・・」
ディーノはさっと頬を赤くしながら、山本の腕から逃れたそうにもがくが、山本が離すはずもなかった。
「お、おまえまだ、中学生だろ」
「そうですけど・・・」
好きな人に触れたいと思うのに、年齢は関係ないだろう。山本は欲求のままに、ディーノの肩に手を乗せ、少し伸びをして口付けた。
至近距離で見つめたディーノの瞳が、一瞬丸くなって、それから閉じられる。山本も目を伏せて、そのまましっかりと唇を触れさせた。ディーノの言う、変な気分、に二人でなりたいと思う。
「・・・ディーノさん」
ねだるように名を呼ぶと、ディーノがまた困ったように眉をしかめた。そして、小さな声で呟く。
「・・・おまえが中坊だからって、我慢してたオレはなんなんだ」
「・・・なんだ、我慢してたんですか」
「繰り返すな!」
赤い顔して怒鳴ってくるディーノが、堪らなく可愛く思えて、山本はまた唇を重ねていった。
それから、キスだけで、終わるはずもなく。
翌朝、山本は昨夜散々味わった体をうしろから抱きしめて、幸せに浸っていた。腕の中のディーノが身動ぎして、そろそろ起きたのかと声を掛けてみる。
「あ、おはよう、ディーノさん」
「・・・あ、あぁ・・・おはよう」
ボンヤリした声が返ってきて、山本はそれだけでまた幸せを感じながら、ディーノの髪を撫で益々体を摺り寄せていった。
ディーノは、山本の好きにさせてくれながら、ゆっくりと話し掛けてくる。
「・・・あのな、山本。昨日の話だけど」
「・・・・・・なんっすか?」
すっかり満足している山本は、まだ何かあったっけと首を捻った。ディーノが苦笑するのが伝わってくる。
「おまえ、言っただろ。そんなに俺とのことバレたくないのか、って」
「あ・・・」
昨日八つ当たりするように言った自分の言葉を思い出して、山本は少し恥ずかしくなった。
「その・・・すいません。そんなの、当然のことっすよね」
男同士で年齢も離れていて、ディーノには社会的立場もあるのだから余計に、秘密にしておきたいと思うのは当然だろう。ディーノの自分への思いを確かめた今、みんなに認めてもらいたいだなんて過分な望みだと山本は思い直していた。
だがディーノは、思いもしない言葉を返してくる。
「・・・バーカ」
「・・・えっ?」
「ツナたちに、バレたくないんじゃないかって、気を遣っててやったのは、オレのほうだっての」
溜め息まじりに言いながら、ディーノは一旦山本の腕を振り解くと、向かい合うように再び身をベッドに沈めた。
「言っとくけど、オレ」
そして、山本にとっては予想外の事実を、サラリと告げてくる。
「部下にはおまえとのこと、話してっから」
「・・・・・・・・・えぇ!?」
まさか誰にも言えないだろう、と決め付けていた山本は驚いた。
「ほ・・・ほんとっすか?」
「本当」
なかなか信じられない山本に、ディーノは簡潔に肯定して返してくる。そして、ニコリ、と笑い掛けてくるから。あぁこの人には敵わない、疼くような幸せと共に山本はそう思った。
喜びのまま抱き寄せようと伸ばした腕が、しかしとまる。ディーノの携帯が鳴って、取りにベッドを降りていってしまったのだ。
「・・・ツナん家からだ」
ディーノは掛けてきた相手を口にしながら、山本が寂しく思っているのに気付いたからか、ベッドに戻ってきてくれる。端に腰掛けるディーノに、山本も体を起こして、背後から抱き付いていった。
ベッタリ張り付く山本に、仕方なさそうに笑いながら、ディーノは通話ボタンを押す。
「ツナか?」
『あ、ディーノさん。昨日、山本と出ていって・・・何かあったのかなって、気になって』
山本も携帯に耳を寄せていけば、ツナらしい心配そうな声が聞こえてきた。何か答えようとしたディーノから、携帯を取り上げる。
「ツナだろ?」
『山本っ!?』
ツナの驚いた声が耳に響いて、山本がつい笑うと、ディーノも同じように笑顔を浮かべていた。
「あのさ、昨日の質問の答え。訂正するな」
『あ、え・・・うん?』
戸惑ったようなツナに構わず、山本はディーノにしっかりと腕を巻き付けながら、昨日は言えなかった本心を口にする。
「俺、好きな人、いる」
『あっ、そ、そうなんだ』
「ていうか、付き合ってる人が、いる」
『えっ、そうなんだ!?』
またツナの驚いた声が携帯からもれて、山本はディーノと顔を見合わせて笑った。
『・・・ていうか、なんでディーノさんの電話に、山本が出るの?』
「それは・・・」
どんなふうに答えようかと迷いながら口を開けば、ディーノがお返しのように山本の手から携帯を取り上げる。
「また今度、説明するな」
『ディーノさん・・・えっ? 説明?』
わけがわからない、と言いたげなツナには申し訳ないが。
「悪いけど、またな」
ディーノはあっさりと携帯を切って、ポイッと投げ出した。勿論、山本にも異論はなく。
振り返って微笑み掛けてくるディーノへと、山本は肩越しにキスを贈った。
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