告白



 傷口から、血がどんどん失われていくのがわかる。動くのも億劫で、ディーノは横たわったまま、やばいなぁと考えていた。
 銃弾は心臓を捉えたのか、酷く痛い。このままこんなところで一人死んでいくのかと、マフィアのボスの最期にしては情けないような、しかし相応しい気もした。
 ごめんなと部下たちに謝って、親しい人たちの顔を思い出して。そしてディーノは最後に、雲雀恭弥を思い浮かべた。会いたいなぁと思いながら、自分は結構本気だったんだなと、この期に及んで思い知る。
「恭弥・・・」
「・・・・・・・・・呼んだ?」
 返事のように聞こえてきた声が、幻聴なのではないかとディーノは思った。しかし、すぐに抱えるようにして上半身を起こされ、すぐ目の前に雲雀の顔が見える。
「見付け易い場所にいてよね」
「・・・無茶、言うな・・・」
 雲雀らしい言い様に、ディーノは自然と笑いをもらした。こんなふうに口を開けば可愛くないことを言う雲雀が、可愛くて堪らなくなったのは一体いつからだったのだろう。
「・・・最期に、恭弥の・・・顔が見れて、よかった・・・」
「・・・・・・何、言ってるの」
 片腕でディーノを支えながら、携帯を取り出し連絡を取ろうとする雲雀の手を、ディーノは掴んだ。
「恭弥・・・頼む、聞いてくれ・・・」
「・・・・・・・・・」
 体が妙に寒くて痛みすらもうおぼろげになりながらも、ディーノは気力を振り絞って口を開いていく。
「恭弥・・・好きだ」
 自分や雲雀の立場、いろんなことを気にして今まで伝えられなかった気持ちを、これが最後だと思えばようやく言葉にすることが出来た。
「ずっと・・・多分、初めて会った頃から・・・おまえのこと、好きだった・・・」
「・・・・・・・・・」
 こんなことを、死んでいくやつに言われるのはさぞいい迷惑だろう。だが、先がないディーノはそんなこと構ってられない。
 こんなときでも読めない表情で見下ろしてくる雲雀を、ディーノは目に焼き付けるように見つめた。
「・・・恭弥・・・愛してる」
「・・・・・・・・・」
 相変わらず何も返してくれない雲雀の、口がようやく少し開く。何か言うのかと思えば、また閉じてしまった唇が、ゆっくりと近付いてきた。
 そして、浅い呼吸を繰り返すディーノの口を、優しく塞いでくる。冷える体で触れ合う部分だけがあたたかいようで、ディーノは心地よさと喜びを感じながら目を閉じた。
 雲雀は同情でもしてくれたのだろうが、そんなふうに雲雀に思わせられたことは充分嬉しい。たった一度でも、キスしてもらえて嬉しい。最期を看取ってもらえて、嬉しい。
 マフィアなんてやっているから、ディーノは自分がまともな死に方が出来るとは思っていなかった。それなのに、こんなふうに好きな人の腕の中で終われるなんて。
 ああ幸せだなぁと思いながら、ディーノの意識は薄れていった。


 そして再び、ディーノの意識が浮上してくる。
「・・・・・・・・・あれ?」
 視界に映るのは見慣れた自分の部屋で、ディーノは一瞬全部夢だったのだろうかと思った。だが、体を起こそうとすると全身特に左胸が痛んで、あれは現実のことだったのだと思い知る。
 どうやら死に損なったらしい、ディーノがホッとして喜んだのも、一瞬だった。
「・・・・・・やばい・・・」
 無理はせずベッドに背を預けながら、ディーノは頭を抱える。
 もうここで自分は死ぬんだと思ったから、後先考えず雲雀に告白したのだ。何事もなければきっとこの先ずっと言葉にすることはなかっただろう思いを、もうこれで最後だと思ったからこそ。
 なのに、おめおめと生き延びてしまった。勿論、そのこと自体は嬉しいのだが、やはりディーノはどうしようと思ってしまう。
 言い逃れなんてとても出来ないほどハッキリと、好きだと言ってしまった。この先雲雀に一体どう接すればいいのだろう、ディーノは引き続き頭を抱える。
 しかも、あのキス。今冷静に考えるなら、あんな状況だろうと雲雀がそんなことをしてくれるとは、とても思えない。だったらやっぱり、自分の願望が見せた幻だったのだろうかと、益々居た堪れなかった。
 雲雀に合わせる顔がないと、ディーノはつい呟く。
「・・・・・・死にてぇ・・・」
「・・・・・・せっかく、助かったのに?」
「・・・・・・・・・」
 耳に届いた呆れ交じりの声に、ディーノはついガバッと身を起こした。
「恭・・・っ痛!!」
 途端に傷が痛んでズルズルとベッドに戻りながら、ディーノは内心とても焦る。雲雀と会ったらどうしようか、まだ考えていないのに。
 それなのに、一体いつ部屋に入ってきたのか、雲雀は益々呆れたような表情をしながら、扉を離れゆっくりと近付いてきた。
「・・・銃弾は心臓を逸れて貫通していたし、他の傷も全部、致命傷には程遠い。何が、最期、なの?」
「・・・・・・・・・・・・」
 全く言葉を返せず、ディーノは羞恥で顔が赤くなっていくのを感じる。たいした傷でもないのに死んでしまうんだと思い込んでいたことも、さらにその上で雲雀に告白してしまったことも、恥ずかしくて堪らなかった。
「あなたって本当に、愚かだよね」
「・・・・・・・・・・・・」
 すぐ真横まで来て見下ろしてくる雲雀は、盛大に呆れているように見えるし、同時にどこか酷く怒っているようにも見える。
 勝手に死ぬと思い込んだ男に好きだ愛してるだと言われれば、そりゃ迷惑だろうし雲雀が気分を害するのも当然だと思えた。
「・・・・・・その・・・悪い・・・」
 大変申し訳ないと思いながらも、忘れてくれと、ディーノは言えない。思い返すとかなり恥ずかしいが、でもせっかく言えたのだからなかったことにするのは勿体ない、と思ってしまう自分に呆れた。
 さすがに、雲雀が答えを返してくれることなど、期待はしないが。雲雀は眉をしかめて、ディーノを見下ろしてくる。
「・・・許せると、思う?」
「・・・・・・・・・・・・」
 やはり雲雀は怒っているようだ。そんなに自分に告白されたことが不快だったのかと思えば、ディーノはやっぱりちょっと悲しい。
 でも、こんな雲雀の反応は想定内で。だからそれもあってずっと言えなくて、あんな機会がなければきっと、一生言えなかった。
「・・・ごめんな、恭弥」
「・・・・・・・・・・・・」
 まるで睨むような鋭い雲雀の視線から、逃れるように顔を背ける。しかし、ゆっくりと身を屈めてきた雲雀が、ギシリとベッドを鳴らして、ディーノはつい視線を戻した。
「・・・恭弥?」
「本当に・・・許し難いよ」
 ディーノの顔の両脇に手をついて、すぐ真上から見下ろしてくる雲雀が、ふと顔を歪める。それは、怒りの表情でも嫌悪の表情でもない気がした。たとえるなら、痛みに耐える、そんな。
「・・・恭」
 つい名を呼ぼうとしたディーノの口は、雲雀に塞がれてしまった。その感触に、ディーノは意識を失う直前のキスを思い出す。あれは、勝手に都合よく見た幻ではなかったのだろうか。
 そのときよりもしっかりと、強引に押し付けてくるような口付けは、しばらく続いた。まるで、何かを訴えるような、繋ぎとめるような確かめるような。そんなキスだった。
「・・・ん・・・恭、弥・・・?」
「・・・・・・・・・」
 すぐに息が上がってしまいながら、ディーノはやっと解放された唇で問い掛けようとする。しかし、雲雀は無言で、そんなディーノの左胸に肘を落としてきた。
「・・・っ!!!」
 傷口をもろに突かれて、ディーノはベッドの上で身悶える。痛みに自然と涙が滲みながら、雲雀を睨み付けていった。
「なっ・・・何、するんだよ・・・!」
「当然の報いだよ、死に損ない」
 雲雀はサラリと答えると、身を引いてベッドから離れ、そのまま部屋を出ていこうとするからディーノは慌てる。
「ま、待てよ・・・どわっ!!」
 痛みをおしながら引き止めようとガバリと体を起こしたディーノは、勢いでベッドから転げ落ちてしまった。その衝撃に、全身が半端なく痛んで、ディーノは起き上がれなくなる。
「・・・きょ、恭弥・・・し、死ぬ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 ディーノが半分本気で言うと、足をとめた雲雀が大きく溜め息をついて、戻ってきてくれた。
「死にたいんじゃなかったっけ?」
 そう呆れたように言いながらも、雲雀はそっとディーノの体を起こして、その腕で支えてくれる。あのときと同じような体勢だと思いながら、ディーノは雲雀を見上げた。
 そっと伸ばした手で雲雀の頬に触れながら、自然と口にする。
「恭弥・・・好きだ、愛してる」
「・・・そうやって」
 雲雀は苦々しげに、眉をしかめた。
「言うだけ言って・・・また、死ぬ気?」
 やっぱり怒っているような不機嫌そうなその表情と、苦しくなるくらいに唇を押し付けてきたキスと、そこに篭っている感情は同じなのだろうか。
 ディーノが死んでしまうと、多分雲雀も思いながら、キスしてきたあのときの気持ちは。死を覚悟したディーノが、雲雀にどうしても好きだと伝えたかった、その気持ちと同じなのだろうか。
 ディーノは相変わらずのしかめっ面を見上げた。
「うん・・・今度こそ多分死ぬから、その前に返事、聞きたい」
「・・・・・・あなた、本当に腹立たしいね」
 雲雀は忌々しそうに呟いて。
 それから、ディーノへゆっくりと、口付けてきた。




 END
すみません、そもそもディーノに何があったのかは、全く考えていません(笑)


(08.12.09up)