今年もディーノは、「またボンゴレ式ファミリー対抗正月合戦やるぞ」とリボーンに日本に呼び付けられた。それもなんとか無事終わって、今はみんなで初詣に来ている。
初めて体験する行事に、ものめずらしさもあってディーノはキョロキョロと辺りを見回していた。そして、参拝客たちの群れの中に、意外な姿を見付ける。
「恭弥!」
まさかこんなところでその姿を目にするとは思わず、ディーノはビックリした。同時に、新年早々予期せず会えて、なんとなく嬉しなりながら雲雀に駆け寄っていく。
どうやら風紀の取り締まりをしているらしく、雲雀はこんなときでも相変わらずの制服姿だ。
「よっ! 明けましておめでとう、今年もよろしくな!」
そして日本風に挨拶すれば、雲雀は振り返って、顔をしかめた。ディーノの上から下まで不躾に眺めて、言い放つ。
「それ、なんの仮装?」
「・・・新年一言目がそれかよ・・・」
相変わらずの減らず口にガクリとするが、かといって雲雀が「明けましておめでとう」なんて返してくれる気もしていなかった。それに、「仮装」というのも、確かにその通りのような気もする。
ディーノは日本の伝統的な衣装、紋付羽織袴というやつを借りて着ているのだ。
「そんなに似合わねーか?」
そりゃイタリア人の自分に着物なんて似合ってはいないだろうが、と首を捻って問い掛けるディーノを、雲雀はやっぱりジロジロと見ながら口を開く。
「・・・どうしたの、それ」
「ん? ああ、これ、家光のだって」
何年か前の初詣の写真で家光が着ていて、ものめずらしくてしげしげと眺めていたディーノに、奈々が着てみる?と声を掛けてくれたのだ。
「・・・家光?」
「知らねーっけ? ツナの親父さん」
「ふぅん・・・」
会話の間も、雲雀はやっぱり、ジッとディーノの全身を見つめている。確かに見知らぬ人々の視線も結構感じるし、そんなに注目を集めるほど変なのだろうかと、ディーノは不安になってきた。
「・・・なあ」
そんなにおかしいか?と問い掛けようとしたところに、ちょうどさっき名が挙がったばっかりのツナがやって来る。
「ディーノさ・・・ひっ、ヒバリさん・・・!?」
ツナのディーノに向けていた笑顔が、雲雀に気付いた途端に引き攣った。ビクリと怯えたような素振りを見せながら、ツナは敢えて雲雀の存在を無視するように、ディーノに声を掛けてくる。
「あ、あの、そろそろ帰ろうって・・・」
「そっか」
じゃ一緒に帰ろう、と思ったディーノは、しかし着物の袖をグイッと引っ張られた。
「えっ、恭弥?」
なんだと問い掛けるのも待たず、雲雀は無言で袖を掴んだまま歩き出すから、ディーノも仕方なく足を踏み出す。
「悪ぃ、ツナ、またな!」
「あっ、はい・・・無事だったらまたあとで!」
と、心配そうなツナの不吉な言葉に見送られながら、ディーノは雲雀に引っ張られるままついていった。おとなしくついていっているのに、雲雀は袖を離してくれる気配が一向にない。
グイグイと遠慮なく引っ張られて、足袋に雪駄という慣れない足元のディーノは、危険を感じて慌てて声を掛けた。
「恭弥、ちょっと離してくれねー? なあ、マジでヤバ・・・っギャ!!」
案の定、雲雀のペースについていけなくて、ディーノは雪駄を滑らせてしまう。こんなときこそ袖を引いて助けてくれればいいのに、雲雀はアッサリ手を離して、ディーノは砂利の敷き詰められた地面に顔から倒れ込んでしまった。
「・・・何やってるの」
「おまえが引っ張るからだろ!!」
呆れた様子の雲雀に言い返しながら、ディーノは立ち上がって着物についた汚れを払う。
「これ、借り物なのに、どうしてくれるんだよ・・・」
ついディーノがボヤくと、雲雀は反省した気配など全くない言葉を返してきた。
「・・・もっと、汚して欲しい?」
それも悪くないと言いたげな雲雀に、ディーノは呆れてしまう。
「新年早々戦う気かよ。おまえ、今年もホント、相変わらずだな・・・」
「・・・・・・・・・」
まさか本当にその為の場所に行くわけではないだろうが、また雲雀が袖を掴んでこようとするから、ディーノは他に雲雀の興味を逸らそうとした。
「あ、なあ、あれってなんだ?」
指した方向、人々の何か小さな紙を見て楽しそうな様子に、すぐにディーノのほうが興味を引かれてしまう。
「なあ、何やってんだ?」
「・・・・・・おみくじ」
「へー、それなんだ? オレたちもやろーぜ!」
今度はディーノが雲雀の手を引いて、そのおみくじとやらの場所まで連れていった。
「な、あれ、金払うのか? オレ持ってねーんだけど」
「・・・・・・・・・」
じゃ諦めなよ、なんて言われるだろうかとディーノは思ったのだが。雲雀は仕方なさそうに溜め息をついてから、ディーノに百円硬貨を一枚くれた。
「おっ、あんがとな!」
ディーノは早速、他の客に倣って、おみくじを引いてみる。そして、何か文字がビッシリ書かれた紙切れを手に、雲雀のところへ戻った。
「で、これ結局、なんなんだ?」
「・・・今年の運勢、みたいなもの」
「ふーん・・・」
占いみたいなものなのかと、しげしげと眺めてみるが、漢字が多く使われていてディーノにはいまいち読めない。
「・・・これ、なんて読むんだ? ・・・なか・・・きち?」
「・・・中吉」
「それってなんだ?」
「上から二番目の運勢、ってこと」
「へー、いいってことだよな、やった! じゃ、これは?」
いちいち読めなくて聞いていくディーノに、雲雀はしばらく付き合ってくれた。しかし、何度か繰り返すうちに、面倒になったらしく答えてくれなくなる。
付き合いきれないと思う雲雀の気持ちもわかるが、漢字があまり読めないディーノは自分一人では内容がわからず、ちょっと困った。せっかく引いたおみくじなのだから、内容が知りたい。
「・・・ま、あとでツナに聞こ」
だからそう呟いたのだが、雲雀が僅かにピクリと眉を動かした。そして、ディーノの手からおみくじを奪うと、綺麗に細長く畳んでまた戻してくる。
「それ、さっさと結んできなよ」
「ん? あ、これ?」
雲雀が指すほうを見れば、おみくじと思われるものを木の枝に結び付けている人たちの姿があった。まだ全部読んでいないが、持って帰らず結ぶのがしきたりなら仕方ない。
ディーノはその木に近寄って、見よう見真似で結び付けようとしたが、細かい作業でなかなか上手くいかなかった。なんだか自力で出来る気がしなくて、近くのお嬢様方にでも頼もうかなと思い始めた頃、うしろからニュッと腕が伸びてくる。
ディーノからおみくじを取り上げた雲雀の手が、簡単に枝に結び付けていった。
「お、あんがとな!」
ディーノは礼を言ってから、しかしつい首をちょっと傾げてしまう。
「でも恭弥って、よくわかんねーとこで優しいよな」
自己本位で優しさなんて欠片も持ち合わせていなさそうなのに、たまに手を貸してくれたり、おみくじ買ってくれたり、ちゃんと言葉を返してくれたり。
変なの、と呟くディーノを一瞥してから、雲雀はまた歩き出した。
「もう、気は済んだよね」
「あ、うん・・・」
スタスタと歩いていく雲雀を、それってまたついてこいってことだろかと思いながら、ディーノは取り敢えず追い駆ける。
相変わらずよくわからないやつ、とか考えながら雲雀の頭を追って歩いていたせいか、ディーノは石道の石に足をとられてまた転んでしまった。
「痛ってー!!」
「・・・何やってるの」
またしても砂利の敷き詰められた地面に倒れ込んだディーノに、心底呆れた声が降ってくる。
馬鹿にしながらも、少し開いていた距離をわざわざ戻ってきてくれた雲雀は、やっぱり無愛想で素っ気ないだけではない気がした。
掴みどころのない男だと思いながら、ディーノは立ち上がる。また汚してしまったと着物を払っていると、右の肘にチリッとした痛みを覚えた。見れば、擦り剥いて血が滲んでいる。
これくらいなら放っておいていいかと、日頃から生傷の絶えないディーノは考えたのだが。雲雀がディーノの腕を掴んで引き寄せ、傷口をジッと見つめた。
どうしたんだろうと、つい眺めるディーノの視線の先で、雲雀が傷口へと口を寄せる。そして、ペロリと、舐めた。
「っ、恭弥!?」
ビックリしてディーノはとっさに腕を引こうとしたが、見掛けより力の強い雲雀の手にしっかりと掴まれていて、動かせない。
「・・・・・・・・・」
ディーノの困惑をよそに、雲雀は毛繕いをする猫のような仕草で、ディーノの腕に舌を這わせていった。傷をなぞるように、一通り舐めてようやく、ディーノの腕を解放する。そして、一言。
「消毒」
「・・・・・・・・・え?」
だから、傷口を舐めたというのだろうか、雲雀が他人の。大体、修行中なんてこの程度の怪我はしょっちゅうだったのに。
やっぱりなんかおかしくないか?と思うディーノを置いて、雲雀は歩き出した。また取り敢えず追い駆けるディーノだが、雲雀が神社から出ていこうとするから、これ以上はついていかないほうがいいのだろうかと迷う。
ツナの家に行けば、きっと日本の伝統的な正月料理をまたご馳走になれるだろうし、この着物だって返さなければならない。
何より、これ以上雲雀についていく、理由はディーノにはないはずだ。
そう思った絶妙のタイミングで、雲雀が足をとめたディーノを振り返る。
「どうしたの?」
「・・・・・・いや、なんでもねー」
よくわからないが、ディーノはやっぱり雲雀を、追い駆けた。
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