成り行き、というやつだとディーノは思う。
あれから、なんとなく雲雀についていって、何故か今ディーノは雲雀の家でお雑煮をご馳走になっていた。ツナの家でも食べたが、家庭によって味や具が違うらしく、これもとても美味しい。
ありがたく頂きながら、ディーノは向かいの雲雀をそっと眺めた。モチと格闘するディーノと違って、早々と食べ終えている雲雀は、頬杖ついてどこかに視線を投げ何をするでもなくボンヤリとしている。
思えばディーノが雲雀と顔を合わせるときは、初対面のときから例外なく戦っていた。こんなふうに部屋に二人っきりで、穏やかとまでは言わないが、なかなか平和的な気がする空気は初めてだ。
まさか雲雀とこんなふうに過ごせるなんてと、不思議なようなくすぐったいような気分になりながら、ディーノは雑煮を食べ終えた。
そして、さあこれからどうしよう、と思う。ディーノはなんとなくここまでついてきてしまっただけで、別に目的などない。それに対して雲雀は、どうなのだろう。
ディーノがまたそっと視線を向けてみると、雲雀と目が合った。雲雀は一体いつからこっちを見ていたのだろうかと、ディーノは僅かに動揺してしまった自分に気付く。
ジッと見つめてくる黒い瞳に、何故だか少しだけ心拍数を上げてしまうディーノへ、雲雀は静かに問い掛けてきた。
「・・・お雑煮、美味しかった?」
「え、ああ・・・すげー美味かったぜ」
素直に答えれば、そう、と雲雀は小さく呟いて。ゆっくりと腰を上げるから、ディーノがつい視線で追えば、雲雀は隙のない動きですぐ隣までやってきた。
そして、ディーノの右腕を掴んでくる。
「・・・恭弥?」
どうしたのだろうと不思議がるディーノの視線も気にせず、雲雀は着物の袖を少し捲り上げて、転んだときに擦り剥いた肘をジッと見つめてきた。
「・・・別に、なんともねーぜ?」
もしかして心配してくれているのだろうかと、たいした怪我じゃないと言ってみても、雲雀は聞く耳を持たず。また、顔を近付け、ペロリと傷へ舌を這わせた。
「っ、恭弥!?」
とっさに腕を逃がそうとしても、やっぱりしっかりと掴まれていて動かせない。全力を出せば引き剥がすことも可能だろうが、そこまで過剰に抵抗するのもおかしい気がして、ディーノは困惑しながらもその行為を受け入れた。
さっきのは「消毒」のつもりだったとしたら、今のこれはなんのつもりなのか、雲雀はかさぶたになりかけている傷口を舐めていく。
そして、微かにむず痒いような感覚を与えてくる雲雀の舌が、ゆっくりと傷から逸れ始めた。
「恭弥・・・そこは、怪我してねーぞ・・・?」
ジワリと湧き上がってくる危機感のようなものを打ち消すように、ディーノは静かに問い掛けた。それでも雲雀はやめる気配なく、赤い舌が怪我も何もないただの肌を移動していく。
とめなければ、と思うディーノを、不意に雲雀が見つめてきた。黒い瞳と視線が合った瞬間、ディーノの心臓がドクリと跳ねる。
「・・・っ!!」
弾かれたように、とっさに腕を取り戻そうと動かせば、今度はアッサリと逃がすことに成功した。と同時に、ディーノの背中が床に触れる。
90度変わった視界を、覆うように真上から覗き込まれて、ディーノは自分が雲雀に押し倒された形になっているのだとようやく理解した。
「ど、どうしたんだ? 恭弥・・・っ!?」
何かの事故かと、そう思いたくて問い掛けるディーノの口が、雲雀によって塞がれる。ディーノが驚いて息を呑む間にも、雲雀は明確な意思を持ってディーノの唇を舐め、さらにその舌は強引さで以って口内まで入り込んできた。
「・・・・・・・・・」
やはり自分の身の上に起きていることをなかなか理解出来ないディーノは、首筋を雲雀の指に撫でられてようやく、自分に圧し掛かる体を押し返そうと動く。
「きょ、恭弥・・・待てよっ!」
しかし雲雀は、ディーノの抵抗も抗議もものともせず、指を添わせた首筋へと今度は唇を落としてきた。チュッと吸い付かれ自然と体が僅かに震えたディーノは、ギクリとさらに体を強張らせる。
雲雀の手が、袴の帯をゆるめ始めたのだ。
「恭弥! やめろ!」
叫ぶように訴えれば、ようやくディーノの言葉に応えるように、雲雀が視線を向けてくる。
「・・・抵抗する気?」
「・・・そ、そりゃ・・・」
雲雀がしようとしているのが、想像通りのことなら、抵抗しないはずがない。普通誰だって、するだろう。
だが、そんな常識など通じない雲雀は、解きかけの帯を手に薄く笑った。
「するなら、縛るよ」
「なっ!?」
堂々と言ってのけられて、ディーノはつい絶句する。今日は随分とおとなしい気がした雲雀だが、やっぱり獰猛さも傲慢さも相変わらずらしい。
修行で身に沁みて知っているディーノは、しかし雲雀の性質がこういう方向にも発揮されるなんて、思ってもいなかった。その上、その対象が自分になるなど、想像の範囲外で。
全く不測の事態に、ディーノはどうすればいいかわからなくなった。
「縛る」なんて脅されたとしても、やっぱり普通なら逃げないはずないだろう。本気で抵抗すれば、雲雀をとめることは可能だろう。
なのにディーノは、そこまで抵抗するだけの理由を、見付けられなかった。そんなわけないはずなのに、雲雀を拒めない。
帯をゆるめた雲雀は着物の前を寛げ、手で口でディーノの胸や腹に触れてきた。呼応するように、ディーノの体が熱を持っていく。
「・・・・・・ん・・・」
雲雀の指や舌が肌の上を這うたびに、ゾクリと湧き上がる感覚は、不快さとは程遠かった。それでも、雲雀の行為を受け入れる理由には、ならないはずなのに。
「・・・っ、あ・・・!」
雲雀の手が着物を掻き分け、下着の中に入り込んできた。指を添わされて、そこがもう反応しかけていると、自覚させられると共に雲雀にも伝わっただろう。ふ、と雲雀が小さく笑うから、ディーノは羞恥に襲われた。
「・・・恭弥、オレ・・・っん!」
耐えられず、何を言うのかもわからず開いた口を、雲雀に塞がれる。舌を絡め取られながら、雲雀の指に刺激を加えられ、ディーノの体は素直に反応した。
「・・・っふ、ん・・・!」
遠慮なく扱かれ、ゾクゾクと快感が奔り抜けていく。息苦しくなって顔を背けようとしても、雲雀は逃がしてくれなかった。吐息で逃がせない熱がディーノの体内に渦巻き始め、頭がクラクラする。
「はっ、ん・・・んっ・・・!」
深く口内を侵され、限界を訴えることも出来ず。高められていくまま、ディーノはやがて雲雀の手の内で達してしまう。
指に張り付いた精液をこれ見よがしに眺めて笑われ、ディーノはさっきよりも強い羞恥を感じた。ごまかすように、声を上げる。
「き、着物・・・借り物だって言ったろ!」
皺になったり汚れたら困るとディーノが訴えれば、雲雀は少しだけ考える素振りを見せた。
ディーノは自分が、雲雀がやめてくれることを期待していたのか、それともこうなるだろうと思っていたのか、よくわからない。
雲雀は袴をズルリと脱がすと、さらに手際よく、「忘れ物」と下着も取り去られてしまった。
肌蹴ているとはいえ全部着たままの上半身と、足袋だけの下半身という自分の姿に、ディーノはなんだか眩暈のような感覚を覚える。
雲雀は改めてディーノに覆いかぶさり、唇を重ねてきた。そうしながら、指でディーノの後孔を探り始める。袴も下着も脱がされたときから、それこそもっと早い段階で、もう予想は付いていた行動ではあるが。
「・・・っ、恭弥!」
いざ実行されれば動揺して、思わず声を上げるディーノは、またすかさず雲雀に口を塞がれた。そのままねっとりと口内に舌を這わせながら、雲雀の指が体内で蠢いていく。馴染ませるように出し入れされる指の与えてくる、異物感や痛みから気を逸らすよう、ディーノは自然と雲雀とのキスに夢中になっていった。
押し返すつもりだったはずの雲雀の肩を掴んだ手は、抵抗しないのなら、縋り付いているのと変わらない。
「・・・っは、あ」
ようやく口を解放されると同時に、指も抜けていくから、ディーノはホッと息を吐いた。しかしすぐに、脚を抱え上げられ、あられもない体勢に羞恥を覚えながらもギクリと身を竦ませる。
これも予想は付いていたことで、そうとわかっていて碌に抵抗もせずにきたのはディーノで。それでもこの期に及んでは反射的に逃げようとする体を、雲雀はしっかりと抑え付けてきた。
そして、遠慮なく強引に、ディーノへと入り込んでくる。
「っあ、・・・っ!!」
その衝撃に、とっさにさらに逃げたがるディーノの体は、しかし強張り身動きが取れなかった。
「・・・う・・・・・・っく、ん・・・」
ジリジリと、雲雀の熱がディーノを侵食していく。裂かれるような痛みに対抗するように、ディーノの体は苦痛以外の僅かな感覚を鋭敏に感じ取っていった。
「・・・は、あ・・・っあ、」
「・・・・・・ふ・・・っ・・・」
目を閉じ耐えていたディーノは、ふと、気付く。自分の呼吸音とは違う荒い呼吸、見上げれば雲雀の、戦っているときに似た興奮した顔つきが映った。雲雀の頬を伝う汗がディーノに落ちてきて、それを追うように口付けが降ってくる。
吐息まじりのキスに、ディーノはドクリと昂る自分を感じた。
雲雀に揺さぶられるのに合わせて、痛みか快感かもわからないものがせり上がってきて、ディーノを追い詰めていく。
「っあ、ん・・・恭、弥ぁ・・・!」
「ん、・・・っく・・・は」
ブルリと身を震わせた雲雀が、熱い吐息と共にディーノの内側へと精を放った。それにつられるように、ディーノもまた上りつめる。
「あ、っん・・・は、ぁ・・・はぁ」
「・・・ねぇ、あなた」
雲雀は、息も絶え絶えのディーノの、乱れに乱れた着物姿を見下ろして。
「こうして見ると・・・着物も、似合ってるね」
そう言って笑う雲雀の、熱っぽい眼差しにジッと見つめられ、ディーノは自分の体がまた熱を帯びていくのを自覚した。
自然と覚醒したディーノは、少し肌寒くて身を縮めた。それもそのはず、ディーノは素っ裸で、昨日何があったかを簡単に思い出させてくれる。
着物はおそらく酷い有様だろうから着るものもないし、ディーノは布団へはみ出ていた手と足を戻していった。
すぐ隣の雲雀は、キッチリとパジャマを着込んでいて、ディーノが身動ぎしたせいでか目を覚ましたようだ。
「・・・なあ、恭弥」
眠そうな雲雀は放っておけばまた寝てしまいそうで、ディーノはその前にと問い掛けた。
「なんで・・・あんなこと、したんだ?」
昨日のことは単なる事故のようなものだから忘れてしまおう、なんて、ディーノには出来そうにもない。雲雀の気持ちが、知りたかった。やりたい快感を得たいだけなら、もっと乱暴に力任せに犯せばよかったはずだ。でも、昨日の雲雀のやり方は、そうではなかった。
ディーノの視線を受けて、雲雀はゆっくりと口を開く。
「・・・着物、脱がせたかったから」
「・・・・・・・・・」
それは、単に着物という衣服を脱がせてみたかっただけなのか、それともディーノの服を脱がせたかったのか。
「・・・それって、どう捉えりゃいいんだ?」
「言葉の通りだよ」
「・・・・・・・・・」
やっぱり雲雀はよくわからない、とディーノは匙を投げるような気分で思ってしまった。
「ていうか、あの着物、借り物だって言ったろ」
「・・・着ているあなたが悪い」
「は? なんだそりゃ・・・」
本当に、ディーノには雲雀が全くわからない。ちゃんと答えてくれないし、どうしてあんな行為をしたのか、全然わからない。
わからない・・・本当にそうだろうかと、ディーノは首を捻った。昨日、何度も自分を抱いてキスしてきた雲雀。あのときの息遣いや眼差しや、そこに、答えは見えているのではないだろうか。
ディーノがつい雲雀をジッと見つめれば、目を閉じて眠りに入るのかと思われた雲雀が、ふとまた目を開けた。そして、ディーノに視線を戻してくる。
「・・・あなたこそ」
「なんだ?」
「相手が沢田綱吉でも家光でも、許したの?」
「なっ! んなわけねーだろ!!」
ディーノがとっさに言い返せば、雲雀が確認するように繰り返した。
「・・・ないんだ」
「・・・・・・・・・」
そう、ツナや家光となんて、考えられない。なのに、何故か雲雀とならよかったのだと、ディーノは今頃気付いた。
今まで雲雀をそういう目で見たことはなかったが、驚いて戸惑いながらも碌に抵抗も拒めもしなかったのは、嫌ではなかったからだろう。肌を合わせて繋がり合うことが、少しも嫌ではなかった。
ということは、もしかして自分は、雲雀のことが好きなんだろうか。
そんな考えが浮かんだ次の瞬間、ディーノはハッと雷に打たれたように自覚してしまった。雲雀のことが、好きだったのだ。だからきっと、そもそもこんなところまで、ついてきてしまったのだろう。
「・・・・・・・・・」
自覚すればなんだか恥ずかしいような、体が熱くなって顔も赤くなっている気がして、ディーノは雲雀から顔を背けてうつ伏せた。
そんなディーノに、今度は雲雀がゆっくりと距離を詰めてくる。
「他の人間にもさせたら、許さないから」
「だから、しねーって!」
またとっさに言い返してから、そういえばこんなふうに言ってくる雲雀は、自分のことをどう思っているのだろうかとディーノは改めて思った。
「なあ、恭弥は」
尋ねようと顔を上げたら、思ったよりもすぐ近くに雲雀の顔があって。ディーノがつい言葉を途切れさせた隙に、口を塞がれた。
「・・・・・・これって、なんかごまかされてんのか?」
すぐに離れていった雲雀に、ディーノはつい問い掛ける。
「それとも・・・」
人と感性がいろいろ違う雲雀のキスは、普通の人のキスする理由とは違うのだろうか。それとも、同じなのだろうか。キスなんて普通、好きな人にしかしない。普通、好きな人しか抱かない。普通、は雲雀にも通用するのだろうか。
「なあ、恭弥」
どうしても確かめたいディーノを、雲雀がさえぎって逆に言ってくる。
「・・・自分は何も言わないで、人にだけ言わせる気?」
「え? あ・・・」
そういえば、雲雀の気持ちが気になって忘れていたが、ディーノも雲雀に何も言っていない。
こんな状況で、こんなことになってからというのも、なんだか間抜けな話だが。
「・・・恭弥、オレ、おまえのこと」
ディーノは相変わらずジッと見つめてくる黒い瞳を、どうにか見返しながら言葉にした。
「・・・好きだ。・・・・・・多分」
何ぶん、ついさっき自覚したばかりなので、言い切ることは出来ない。それでもディーノがそう伝えると、雲雀は無言でしばらくそのままディーノを見つめてくる。
「・・・・・・ふぅん」
そして雲雀は、ようやくそう小さく反応すると、クルリとディーノに背を向けて布団に寝転がってしまった。
「・・・・・・って、おい!! 返事は!?」
それはないだろうと雲雀の背に掴みかかろうとしたディーノだが、急な動きに体、とりわけ昨日酷使した局部が傷んで思わず静止する。
それを見通したように、雲雀から言葉が飛んできた。
「おとなしくしてなよ」
「・・・・・・・・・」
確かに、体は痛いし寒いし、ディーノは言われた通りおとなしく布団に入る。そして、こんなふうに雲雀と一つの布団で寝るなんて不思議な状況だと改めて思った。一匹狼で誰とも群れない雲雀が、自分には許してくれているんだろうか。
「・・・なあ、恭弥。そろそろオレ、ツナん家に帰ろうかと思うんだけど」
また少し体を起こして、ディーノが試しにそう言ってみると、雲雀からすぐに返事が返ってきた。
「着る服、ないでしょ」
言外に、帰るという選択肢を潰してくる。
「・・・そーだけど、でも」
ディーノはさらに言葉を継いだ。別に、そこまで帰りたいわけではない。どちらかというと、このままここにいたい。
ただ、ストレートに聞いても答えてくれない雲雀の、反応が知りたかったのだ。
「それだといつまで経ってもオレ帰れないんだけど。着替え、持ってきてもらえばいいだけだし」
「・・・・・・・・・」
雲雀は億劫そうに体を起こして、ディーノへと手を伸ばしてくる。そしてついドキリとしながら待つディーノの、うしろ頭を掴んで力任せに、布団へと押し付けた。
「ぶっ!!」
やわらかい布団に顔をぶつけられて、痛くはないが呻くディーノに、雲雀の声が降りてくる。
「だから、おとなしくしてて、って言ってるでしょ」
「・・・・・・・・・」
そして雲雀はまた、ディーノに背を向けながらもすぐ隣、布団に横になった。おとなしくしていろと言いながら自分も動かない雲雀は、ディーノにここに側にいろと言っているようで。
わかりにくい雲雀は、裏を返せばすごくわかり易い気がディーノはしてきた。
「・・・なあ、恭弥。オレ、ちょっと寒いんだけど」
そう言うだけでは反応を返さない雲雀に、ディーノはそろりと近付く。そして、その背中にうしろから抱き付いてみた。
雲雀がまだ眠っていないことは、呼吸音でわかっている。それでも雲雀は、しっかりと腕をまわし張り付いていくディーノを、拒まないし何も言わなかった。
昨日、ディーノが雲雀を拒めなかったように。そうなんだったら、と考えて、嬉しくなってしまうディーノは。多分でもなんでもなく、雲雀のことが好きなんだろうと思った。
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