クリスマス、なんて雲雀には全く関係のない行事だった。今までも、そして今年も。
風流な行事ならともかく、騒々しい世俗の行事になど雲雀は興味なかった。それをわかっているはずなのに、毎度雲雀を付き合わせてくる男は、しかし今遠くイタリアの空の下にいるだろう。
クリスマスから新年にかけては行事がたくさんあって忙しくて、だから日本に来れるかどうかわからない、とディーノは言っていた。そしてそれ以来なんの連絡もないのだから、本当に忙しいのだろう。
おかげで雲雀は、クリスマスイブの日も浮かれているだろう世間とは違って、家で静かにいつもと変わらない過ごし方をしていた。
せっかくだから、ヒバードにケーキでも食べさせてあげればよかったかなと、チラリと思う。とはいえそれはクリスマスでなくても出来るし、単なる思い付きだからきっと来年もケーキを用意することはないだろうが。
やはりただの一日として終わろうとしていた、そのとき、雲雀の家のチャイムが鳴った。
「・・・・・・?」
雲雀には訪問者の覚えなど全くないが、もしかしたら宅配なのかもしれない。普通なら業者ももう仕事を終えている時間だが、並盛の支配者、雲雀宛ての荷物なら話は別だ。
クリスマスにかこつけたディーノからのプレゼント、などいかにもありそうに思えて、雲雀は仕方なく玄関に向かった。
そして、ドアを開き、思わずそのまま固まる。
「よう、恭弥!」
と、いつもの陽気な笑顔で、そこにディーノが立っていたのだ。
いやそれだけなら、確かにサプライズをしそうなディーノに相応しい気もするし、雲雀もそこまで驚かなかったかもしれないが。
ディーノは、帽子と上着とズボンからなる赤白2色のカラーリングの・・・要は、ありふれたお馴染みの、サンタクロースの衣装を着ていたのだ。律儀にというべきか、大きな白い布製の袋までしょっている。
何故か、なんて尋ねるまでもなく、クリスマスだからなのだろう。
「えーと、日本語でなんて言うんだっけ? クリスマスおめでとう!か?」
「・・・・・・・・・」
しかもディーノは笑顔でそんなボケた発言をするから、雲雀は一体どこからつっこんでいいのかわからなくなった。ディーノがサンタだったら、ソリか煙突から落ちて死ぬんだろうな、なんてついどうでもいいことが頭をよぎる。
取り敢えず全てにおいて呆れたことは確かで、無言でジトーっと眺める雲雀の視線になど、ディーノは全く頓着しなかった。
「ていうか、入れてくれよ。寒ぃーぜ」
「・・・・・・・・・」
ブルリと身を震わせながら言われて、どうやらしばらく居座るくらいの暇はあるらしいと、仕方なく雲雀はディーノを家に上げた。
「お、やっぱり、クリスマスっぽいことは何もしてねーんだな」
ディーノは白い大きな袋を下ろすと、そこからケーキやら七面鳥やらを取り出していく。しばらくどころか結構のんびりしていくつもりなのかもしれない。
いろいろ尋ねたいことはあるが、やっぱり一番目に付くところから指摘することにした。
「それ、脱いだら?」
似合っているような似合っていないような微妙なサンタ衣装をいつまで着ているのだろうと、雲雀は単純に、さっさと脱いで普段着に戻ったらどうかと思っただけなのだが。
「気が早ぇーよ、恭弥!」
何故かディーノは、笑顔を浮かべながらも雲雀の体をバシバシと叩いてくる。
「まずはクリスマスを楽しもうぜ!」
「・・・・・・・・・・・・」
どうしてだか叩かれて多少イラッとしながらも、若干の時間を要して、雲雀はディーノの勘違いと主張を正しく読み取った。
つまり、そのサンタの衣装はコートではなく室内着で。サンタ衣装を脱げ、というのを脱衣してセックスしようという意味に取ったらしい。
まぁ雲雀の普段の行動から、ディーノがそう思ってしまっても仕方ない面はある気もする。それでも、どうして叩かれなければならなかったのか、納得はいかないが。
ディーノ相手に、細かいことにこだわったって全く意味がないと雲雀は知っていた。
せっせと机の上をクリスマス仕様にしていくディーノを眺めながら、まずはということはその先もちゃんとあるというわけで、やっぱり当分少なくとも明朝まではいるのかもしれないと予想する。
ディーノの滞在時間も気になるが、しかし雲雀はどうしても、目の前のそのけったいな衣装のほうが気になった。
「で、その格好、何?」
「ん、何って、サンタクロース」
ディーノは当然のように答えてから、雲雀の眼前に立って無駄にポーズを決めてみせる。
「日本人って、こういう・・・なんだっけ、コスプレ?が好きなんだろ!?」
「・・・・・・・・・・・・」
そうだと思い込んだとして、実際にサンタの格好をしてくるのだから、この男は。雲雀にググッと湧き上がってくる感情は、呆れ、だけではしかしなかった。
ディーノは雲雀から見たら、馬鹿で間抜けで単純で能天気で、それなりに強いところくらいしか取り柄がない人間で。なのにそんな欠点たちが、自分の前で晒されるのなら、逆に何故だか好ましく思えるのだから不思議だった。
そんな心の内を、雲雀はいつものように微塵も滲ませずに、素っ気ない口調で言う。
「・・・どっちかいうと、トナカイのほうが似合うんじゃない?」
「そうか?」
「間抜け面にはそっちのほうがピッタリだよ」
なっ!とディーノが反論する前に、雲雀はさらに畳み掛けた。
「大体、男のコスプレなんて、見ても楽しくないし」
「あ、やっぱり恭弥も、そういうのに興味はあるんだ?」
「・・・・・・そうは言ってないよ」
ディーノがどうしてか話の主旨を曲がったほうへ持っていこうとするから、雲雀は軌道修正しようとする。なのにディーノは、ゴメンな!なんて笑いながら、しゃあしゃあと言った。
「オレが可愛い女の子だったら、可愛いミニスカートのサンタ服着て、可愛くサービスしてやるんだけどな!」
「・・・・・・・・・」
ハハハハと大口開けて笑うディーノは、たとえ女に生まれていたとしても、そんな可愛い真似が出来るとはとても思えない。別に雲雀は、そんなものに興味などないが。可愛い女の子のミニスカートサンタ服姿とやらよりは、目の前のサンタ服ディーノのほうが全然ましだ。
ディーノはさすがに帽子は脱いでから、雲雀の向かいにようやく腰を落ち着ける。
そして始まった晩餐は、基本的にいつもと変わらなかった。他愛ない話をしていくディーノに、雲雀が適当に相槌を打っていく。相変わらず食べ物を弾け飛ばせたり落としたり口元に貼り付けていくディーノに、雲雀が見兼ねて呆れながらも手を貸したり。ディーノがエンツィオに料理を分けてやれば、雲雀が何かする必要もなくヒバードは勝手につまんでいく。
いつも通りのようで、それでも雲雀はどこかいつもとは違う感覚だった。ずらりと並ぶクリスマス料理と、やはりディーノのサンタ服のせいだろうか。
目の前でやたら楽しそうに口を手を動かし続けているディーノを眺めて、雲雀はそっと嘆息した。
イタリアマフィアのボスが、クリスマスイブにサンタの格好をして、日本の中学生の家で呑気に過ごしている。よく考えればすごい、わけのわからない状況だと思う。しかもそれが、自分の眼前で繰り広げられているのだ。
去年のクリスマス、いやごく数時間前にだって思いもしなかった光景だった。さっきまでの静かな時間が嘘のようで。
「っておい恭弥、聞いてんのか!?」
ディーノは雲雀がちょっと気を逸らしていただけで、それを見咎めてまた巻き込んでこようとする。騒々しくて鬱陶しいくらいで、でも雲雀はそんなディーノを、何故だか放ってはおけないのだ。
「聞いてないよ。それより、どうしてあなたはそうなるの」
また見兼ねて口元を拭ってやれば、ディーノは少し恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑った。
こうやって雲雀が手を出してしまうから、ディーノの悪癖は直らないのかもしれない。そう思っても、雲雀はやっぱり我慢出来ずに、いつも構ってしまうのだ。
「恭弥、そろそろケーキ食おうぜ!」
ディーノが最後の締めにとケーキに手を伸ばしていくから、雲雀は先手を取って手元に引き寄せた。これこそ、ディーノに任せたら大変なことになってしまう。
ケーキをディーノとついでに鳥と亀にも取り分けてやりながら、そういえばサンタ服のせいで聞きそびれていたことを、雲雀はようやく問い掛けた。
「ところで、忙しいんじゃなかったの?」
「ああ、そうそう」
ディーノはケーキを頬張って、また生クリームまみれになりながら、ぼやくように言う。
「忙しーんだよな、いろいろ。明日も、帰ったらすぐパーティーだし・・・」
そしてディーノはやっと、雲雀にとっては一番重要なところを伝えてくれた。
「あ、明日の朝、帰るな。日本のほうが8時間も進んでてよかった、って初めて思ったぜ」
まあそもそも時差なんてない近距離だったら一番よかったんだけどな、とディーノは笑う。だが実際は、そんな笑い事でもないのだろうと雲雀は思った。忙しい時期に、往復で約24時間も飛行機の中で過ごす余裕など、本当はないはずなのに。
また手を伸ばしてディーノの口元を拭い、指先についた生クリームを舐めれば、馴染みのない甘さが口に広がった。
そんな雲雀の動作を見ていたディーノが、ふと美味しそうに食べていたケーキを途中で放り出して、近寄ってくる。
「・・・次は、正月過ぎまで来れねーからさ」
そして、そう呟きながら、雲雀をギュッと抱きしめてきた。
「・・・何?」
「恭弥溜め」
よくわからないことを言いながら、さらに腕に力を篭めるディーノを、雲雀もつい抱き返す。
「・・・もっと長く、会えないこともあったと思うけど?」
「うん・・・でもさ、この期間ってパーティーとかいろいろあって、いつもより多く人に会うんだよな」
群れるのが好きそうなディーノは、しかしめずらしく低いトーンの声で言った。
「なのに、恭弥には会えないから・・・余計に寂しくなりそうだ」
「・・・・・・・・・」
だから今のうちに、しっかり話して触れて抱き合っておきたい。
その為に半日に満たない時間の為に、24時間も使うなんて馬鹿げている、呆れたようにそう思うのが雲雀の普段の感覚で。それなのに、ディーノを抱きしめる腕の力は自然と強くなっていた。
しかし、ディーノは一旦雲雀にまわしていた腕を解いてから、ニコリと笑い掛けてくる。それは強がりなどではなく、今そんなふうに沈んだ気持ちでいるのは意味がないし勿体ない、と思ったのだろう。
雲雀もそれには同意する。間抜けにもまだ口周りに付いているクリームを舐め取っていけば、ディーノが少しくすぐったそうに笑った。
「要するに、充電ってわけだね」
「そうそう!」
その通り、と言ったディーノの唇が重なってくる。すぐに深くなる口付けは、やっぱりケーキの甘い味がした。
「・・・一晩で、足りるの?」
「うーん・・・それは恭弥次第、かな」
少し揶揄うように言えば、おまえ次第だと返事が返ってきて、遠慮なくディーノを床に押し倒していく。赤と白の衣装に手を掛けながら、何度も口付け、その合間。
「頑張ってあげてもいいけど、あなたこそ、その衣装に相応しいサービス、したら?」
せっかくこんなもの着込んできたディーノにそう言えば、満面の笑みで答えが返ってきた。
「勿論!」
その格好で、その笑顔で、その返事。とても二十歳を過ぎた男しかもマフィアのボスとは思えない姿に、雲雀はやっぱりちょっと呆れてしまう。
でも、それ以上に。
「・・・期待してるよ」
そう答えて、やっぱり嬉しそうに顔を綻ばせているディーノに、キスしていく雲雀の口元もゆるんでいた。
忙しい合間を縫ってサンタの格好なんてして会いにくるディーノが、雲雀は本当は、可愛くて愛しくて堪らないのだ。
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