ディーノはそれが決まってから、すぐに雲雀に連絡を取った。
「恭弥も聞いてっか? ツナたちが忘年会やるらしくってな、オレも30日に日本に行けることになった!」
『・・・・・・ふぅん』
幸いすぐ電話に出てくれた雲雀からは、気のない返事しか返ってこない。予想通りとはいえ、もう少し反応を返してくれてもいいのに、とディーノは苦笑した。
クリスマスから年末年始、その前後のおよそ一ヶ月間はイベントづくしで忙しく、とても日本へ遊びにいく余裕なんてないはずだったのだ。
それが日本に行って、雲雀の顔を見る機会にも恵まれたのだから、ディーノはとても嬉しかった。雲雀も、少しは喜んでくれている、と思いたい。
『・・・忙しいんじゃなかったの?』
「ん、ああ・・・忙しいことは忙しいんだけどな」
やっぱり感情を覗かせない声色で、でも雲雀のほうから問い掛けてきてくれたのだからちょっとは興味持ってくれているのだろうと、ディーノは答える。
「リボーン直々のお誘いだったからな。うちのファミリー、リボーンには頭が上がらねーから」
なんせ、傾いて存亡の危機ですらあったキャバッローネが、見事立ち直りここまでになったのは、リボーンの力によるところも大きいのだ。
「鶴の一声、って言うんだっけ? あいつの気まぐれには、困ることも多いんだけど、今回はオレとしては嬉しーぜ」
リボーンの頼みなら、キャバッローネの誰も断ることは出来ない。おかげで遠慮なく日本に行くことが出来るのだから、ディーノは益々リボーンに頭が上がらなくなりそうだった。
リボーンがディーノを喜ばせようと誘ってくれたのかはわからないし、本人に聞いても適当な答えしか返ってこないだろうが。元家庭教師が意外と自分には甘いところがあるのだと、今のディーノは知っていた。
まあそもそも、ディーノはリボーンに雲雀との関係を話したことなどないのだが、リボーンのことだから全てお見通しな気がする。そんなところも含め、本当にリボーンには頭が上がらない。
『ふぅん・・・赤ん坊ね』
「そう、だから恭弥も参加するんだろ?」
雲雀が興味を持つ数少ない人物、リボーンの誘いなら雲雀も受けるのだろうとディーノは思った。しかし雲雀は、アッサリ答える。
『しないよ、そんな群れなんかに』
「えっ、しねーのか!?」
『当たり前でしょ』
当然、と答える雲雀は、確かに忘年会なんかに参加するタイプではないが。
「・・・いや、でも、せっかくだから・・・恭弥も来ればいいじゃねーか」
ディーノはつい、諦められず誘ってしまった。
予定の詰まっているディーノは、7時から始まる忘年会に合わせて来日する。それから翌朝の始発の飛行機までは日本にいるから、夜中は雲雀と過ごすつもりではあるのだが。
「今回は日本にいられる時間、短いし・・・少しでも、恭弥と一緒にいたいんだけど・・・」
ツナたちとの忘年会もそれだけで楽しみだけど、そこに雲雀がいたらもっと嬉しい。少しでも長く雲雀の姿を見ていたいと、ディーノは正直に言った。
『・・・・・・・・・』
電話の向こうの雲雀は、少しの間沈黙して。それから、溜め息まじりにディーノの期待した答えを返してくれる。
『・・・仕方ないね』
それは同時に、予想通りの答えでもあった。
とはいえ雲雀のことだから、本当に来てくれるかどうかあやしくて。その日、日本に着いたディーノはキッチリ雲雀を迎えにいった。
やっぱりこんな日でも並中の応接室にいた雲雀を、挨拶もそこそこにさっさと連れ出して車に詰め込む。ゆっくりしていたら、雲雀と二人っきりで過ごしたくなってしまいそうだからだ。
「・・・別に、迎えなんて頼んでないけど」
「とかいって、放っといたら来ねーだろ」
おとなしくシートに身を預けてくれながらもそう言う雲雀に、ディーノは言葉を返しながら自然と身を寄せていった。
「それに、この短い時間も、貴重だしな」
雲雀を抱き寄せ、指通りのいい黒髪に触れていると、雲雀のほうからキスしてきてくれる。しっかりと唇を合わせて、久しぶりの感触をじっくり味わう、暇はしかしなかった。
学校から忘年会会場の竹寿司までは、車で数分しか掛からない。ゆっくり停車する感覚に、ディーノはウットリ閉じていた瞳を開けながらつい溜め息をもらした。
「・・・僕は、このまま続けてもいいけど?」
その熱い吐息を見逃さず雲雀が言ってくるから、ディーノはグラリと揺れそうになる気持ちを必死で抑える。
「そ、そういうわけにもいかねーってば。この為に日本に来たんだから」
それに嫌々呼び付けられたわけではなく、ツナたちと会うのだって楽しみにしていたのだ。未練を振り払うようにディーノが車を降りれば、雲雀も小さく肩を竦めてからそれに続く。
すでに賑わっている様子の竹寿司の戸に手を掛けると、隣で雲雀が呟くように言った。
「・・・言っておくけど、長居する気はないから」
これから忘年会だというのにすでに詰まらなさそうな表情で、でもディーノはそんな雲雀につい同意してしまう。
「オレも、早くおまえと二人になりてーからな」
ツナたちとは顔を合わせ少し話せれば満足だが、雲雀とはそれだけでは足りないのだ。
「だから、早退しようぜ」
ディーノは苦笑まじりに言ってから、引き戸を開けた。7時を少し過ぎているから、もうみんな揃っているようで、途端に楽しそうな声が溢れる。
「あっ、ディーノさん!」
らっしゃい、と山本の父の威勢のいい声が掛かり、すぐに気付いたツナが駆け寄ってきた。
「来てくれて嬉しいですけど・・・リボーンが無茶言ってすみません」
「いや、オレもこっちに来れて嬉しいよ。リボーンにも感謝してる」
ディーノが正直に言えば、ツナはホッとしたように笑う。が、その顔はディーノのうしろにいる雲雀に気付いて、すぐに引き攣った。
「ひ、ヒバリさん・・・」
反射的にだろうビクリとするツナを一瞥してから、雲雀はスタスタと店の奥に向かいテーブル席に陣取る。
その様子を見ていたツナは、半分感心したように半分心配するように言った。
「・・・ほ、本当に来たんですね、ヒバリさん」
「ああ、心配すんな。暴れだす前に、ちゃんと連れて帰るから」
ツナの気持ちもわかるので、ディーノは冗談めかしてそう返す。それから、チラリと見れば雲雀はリボーンと話しているようだし、ディーノは少しの間ツナや山本たちと会話を楽しんだ。
そして、リボーンが雲雀から離れると同時に、ディーノもツナたちと別れる。向かいに腰を下ろせば、雲雀がどうでもよさそうに問い掛けてきた。
「もう、群れなくていいの?」
「言ったろ?」
どうせ放っておいたら機嫌を損ねる雲雀に、でもディーノは違う、正直な答えを返す。
「少しでも、一緒にいたいって」
ついでにキスもしたい気分だが、さすがにこの場では抑えて、笑い掛けるだけにとどめておいた。
ちょうどそこに、山本の父がお寿司を持ってきてくれる。やっぱり変な真似しなくてよかったと思いながらも、ありがたく迎えるディーノに、山本の父が笑顔で尋ねた。
「そっちの兄ちゃんは、成人だよな? 日本酒でも、いくか?」
「あ、じゃあ頂きます」
ディーノはそっちの好意もありがたく受け入れて、こちらは伺うこともなく雲雀の前に置かれた湯飲みとお猪口を合わせて乾杯する。
「んー、酒も寿司も美味いし、日本っていいな」
「・・・そう思うんなら、もっと綺麗に食べなよ」
「それは、だって、こいつが食いにきーし・・・」
そんなやり取りをしていると、ついここがどこか忘れそうになってしまって。お酒は控えめにしたほうがいいかもしれない、と思いながらもディーノが手を伸ばしていったお猪口に、雲雀が先に触れた。
「一人で飲んでもつまらないでしょ」
「ダメだ、未成年」
飲ませることは出来ないとディーノがすぐに取り返せば、雲雀がムッとしたように眉をしかめる。
「・・・意外と、硬いんだね」
「うん、まあ、そんなに普段は気にしねーけどな」
そもそもマフィアである時点で、立派なことなど言える立場ではないという自覚はあった。嫌味まじりの雲雀の言葉に、苦笑いしながらディーノは答える。
「信頼、ってマフィアでも大事な言葉なんだぜ」
山本の父親は成年だからとディーノにお酒を出してくれたのだから、それを未成年の雲雀に飲ませるわけにはいかなかった。
雲雀にしてみれば、それも納得出来ない理由なのだろうが。
「ま、飲みたかったら、またあとでな」
「・・・・・・・・・」
雲雀は面白くなさそうな顔ながら、仕方なさそうにお茶を啜った。勿論、憎まれ口は忘れない。
「一人で飲んで、無様に酔い潰れないでね」
「そうなったら、恭弥に介抱してもらう」
「しないよ」
軽口で返したディーノに、雲雀も小さく笑って言った。
「多分そのまま、イタリアに連れて帰られるだろうね」
「ハハハ、じゃ潰れないようにしねーとな」
それでは日本に何しに来たのかわからない。それは御免だと、ディーノも笑ってお猪口を呷った。
美味い寿司で腹を満たし酒は徳利一本に抑え、一時間そこそこでディーノは雲雀と竹寿司を出た。
みなはまだまだ盛り上がっていたが、雲雀が一緒だからディーノも引きとめられることもなく、予定通り早退してきたのだ。
店を出ると途端に、冬の冷たい空気が襲い掛かってくる。アルコールが入っているディーノは、それも心地よかったが、雲雀はどうなのだろうと心配になった。
雲雀は相変わらずの、何故かツナたちとは違う制服姿で、見ているだけで寒々しい。
「恭弥、寒くねーのか?」
「別に」
雲雀は平気そうな表情と声色で答えるが、ディーノはやっぱり放っておけなかった。
「せめて、これでも巻いとけよ」
肩に掛けているだけだったマフラーを外して、ふと思い付きながら雲雀に巻き付けようとしていく。
「そうだ、クリスマスプレゼント代わりに、やるよ」
「いらない」
しかし雲雀は迷惑そうに振り払おうとしてくるから、ディーノはちょっと眉をしかめた。
「ああ、香水の匂いとか、移ってるかもな」
それなら嫌がられても仕方ないと、匂いを嗅いでみようとしたマフラーが、今度は逆に雲雀に引っ張られていく。スルリとディーノの手から離れたマフラーは、雲雀の首元に正しくおさまった。
「・・・まぁ、貰ってあげてもいいよ」
「そっか?」
突然気を変えた雲雀に、ディーノは少し首を傾げてから、多分やっぱり寒かったのだろうと納得する。雲雀がマフラーをしているという初めて見る姿、加えてそれが自分のものだと思えば、ディーノはなんだか嬉しかった。
「もっと長いマフラーだったらよかったな」
「・・・どうして」
「だって、そしたら二人で巻けただろ」
恋人巻き、ってやつ?とディーノが言えば、雲雀は表情も変えず静かに撥ね付ける。
「巻き添え食って死にたくないから嫌だよ」
「なん・・・・・・」
だよそれ、と文句を付けようとしたディーノは、しかしちょうど躓きそうになってしまい口を閉ざした。確かに、どちらかが転んだら・・・雲雀がそんな真似するなんて考えられないが、マフラーで繋がっていたら危ない。
でも、嫌がる理由がそれなのだろうかと、ディーノは思った。勿論言うまでもない、身長差があるから不可能だと、雲雀は絶対に口にしないだろうが。
でもその2点がクリア出来れば、雲雀としては別にしてもいいのだろうか。
「手も、冷てーだろ」
ディーノがちょっと調子に乗って、手を繋いでいくと、雲雀はチラリと視線を向けてきた。でも、そのまま振り解かれないから、ディーノは益々嬉しくなる。
やっぱり冷たい雲雀の手と、アルコールのせいもあってあたたかい自分の手が、馴染むように同じ温度になっていくのが心地よかった。
なんとなくゆっくりとした歩調で歩いていると、神社らしき建物を通り掛ってディーノはふと思い出す。
「そういえば、日本人って正月に、こーいうところに初詣ってやつするんだよな」
つい興味を引かれて立ち止まると、雲雀が問い掛けてきた。
「寄る?」
「いや・・・」
ちょっと行ってみたい気持ちもあるが、正月ではないのだから今でなくてもいいだろう。
「年明けて、またこっち来たとき・・・連れてってくれるか?」
「・・・いいよ」
雲雀を振り向いてねだれば、そんなに躊躇もなく返事が返ってきた。ディーノは嬉しくて、その気分のまま体を屈めてキスしていく。
「・・・口も寒いの?」
唇を離すと雲雀がそう言うから、ディーノはもう一度触れさせながらどういうことだろうと考えた。そういえば、さっき冷たさを手を繋ぐ口実に使ったのだと思い出す。
「うん、そう」
だから、なんて不必要な理由付けだけれど。せっかくだから肯定するディーノに、今度は雲雀からキスをしてきた。
片手は繋いだまま、雲雀のもう片方の手がディーノの髪をかきまぜながらうしろ頭を抱いてくる。
雲雀にとってはあんまり面白くないのだろうが、ディーノは立ったままキスするのが好きだった。身長差の分、雲雀のほうから腕を伸ばしてきてくれる、それが嬉しい。
ジワリと胸に広がる幸福感を、は、と息を吐いて、ディーノは言葉にした。
「・・・あったけーな」
自然顔を綻ばせるディーノに、雲雀は少し眉をしかめて一言。
「酒臭い」
「なっ!」
確かに日本酒を飲んだしそう言われても仕方ないが、でも今わざわざ指摘しなくても。恨みがましく言いたくなるディーノは、雲雀が笑うから言葉を切った。
「酔ってしまいそうだよ・・・」
囁くような声で言って、再度キスしてくる。今度はさっきよりもしっかりと口付けながら、繋いだままの手に自然と互いに力が篭っていた。
「じゃ、ちょうどいいだろ。酒、飲みたがってたから」
「・・・そうだね、でも、今はお酒なんていらないよ」
もう一度軽く唇を重ね、それから不意に雲雀が歩き出す。何も言わずに手をグイグイ引っ張っていく雲雀の、考えていることはディーノにもわかった。同じことを、ディーノも考えているからだ。
もう、キスだけじゃ足りない。
ディーノの手を引く、最初冷たかった雲雀の手は、今はもうすっかり熱くなっていた。湧き上がる愛しさに、背を押されるように早足になりかけるのを、でもちょっと抑える。
一分一秒も惜しくて早く抱き合いたいけれど、こうやって雲雀と手に手を取り合って歩くのも、とても贅沢で大事な時間だとディーノは思った。
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