flirtation



 2月3日は日本では、節分、という日らしい。
「なんだそれ? 何する日なんだ? 楽しみだな!」
 と、イベント好きのディーノが、期待したおかげなのだろう。
 そんな日の夜7時頃、ディーノは雲雀と並中の応接室にいた。いつもなら、もうとっくに帰っている時間なのだが、雲雀はどうやらここで節分という行事に及ぶらしい。
 そして雲雀は、テーブルに豆らしきものが入った木箱のような容器を置きながら、唐突に切り出してきた。
「節分にする豆撒きっていうのは・・・」
「んっ?」
 つい豆に伸ばすディーノの手をはたき落としながら、雲雀が視線を向けてくる。
「古代ローマに由来する、かもしれないってこの前テレビでやってたけど?」
「そーなのか?」
 その由来どころか豆撒きという行事すら始めて知ったディーノは首を傾げるしかない。だがともかく、豆も用意されていることだし、雲雀はこれから豆撒きというものをするつもりなのだろう。
「ま、そういうことなら・・・ってわけでもねーけど、やるか! 何するんだ?」
 雲雀がしようとしているのだから、何か楽しいことなのだろうと、ディーノも乗り気になる。とはいえ、ディーノとしては雲雀と一緒に過ごすこと自体が充分楽しいことなので、何をするのかはあんまり重要ではないのだが。
 雲雀はおもむろに、豆がいっぱい入った枡を脇に抱えて立ち上がった。
「あなたが鬼ね」
「えっ?」
 どういうことだ、と聞き返す隙も与えず。雲雀は鷲掴みにした豆を、思いっ切りディーノにぶつけてきた。
「な、何すんだよ!」
「豆撒き」
「・・・・・・・・・」
 確かに、豆を撒いている。それって一体どんな行事なのだろうと、ディーノは疑問を感じながらも、まあ付き合おうかと呑気に思った。
「えっと・・・オニ?のオレは何すりゃいいわけ?」
「おとなしく無様に逃げまわりなよ」
 雲雀はそう答えながらまた豆を鷲掴みするから、ディーノも慌ててソファから腰を上げる。たかが豆だが、雲雀の手から放たれるその威力は、意外と馬鹿にならないのだ。
 逃げまわる人に豆をぶつける、なんて雲雀が考えた行事じゃないかと疑わしく思えるが。実際のところを知らないディーノは、取り敢えずそれを信じるしかない。
「鬼は外、福は内」
 などと謎の呪文みたいなものを口にしながら豆をぶつけてくる雲雀から、ディーノは言われた通りに逃げまわった。・・・ソファにぶつかったり相変わらず何もないところで転んだり、それがなくてもそう広くない室内だからそんなに逃げられず、結構豆をぶつけられ放題のディーノだったが。
「・・・恭弥、これ、一体いつまで続くんだ・・・?」
 いまいち何が楽しいのかわからないが、伝統行事とはそういうものなのかもしれない。とはいえもう疲れてきたし、ディーノがそう問い掛ければ、雲雀はようやく手をとめて呟いた。
「・・・やっぱりこういうのは、群れにぶつけたほうが楽しいね」
「なんだよ、散々ぶつけといて!」
 あんまりな一言に反射的に言い返してから、ディーノは疑わしげに雲雀を眺める。
「つか、やっぱこれ、おまえが考えたんじゃねーの?」
「違うよ、ちゃんと正式な行事」
 雲雀はキッパリと言いながら、枡は持ったままソファにゆったり腰掛けた。ディーノも隣に座ろうと、豆をどかしながらつい気に掛かる。ソファにもテーブルにも床にも、部屋中に豆が散乱しているのだ。
「これ、掃除するの大変そうだな・・・」
「だからここでするんだよ」
 すると雲雀の簡潔な返事、ディーノはなるほどと察する。応接室なら、あとで風紀委員が掃除してくれるということなのだろう。大変そうだなと思いながらも、こちらも自分で掃除するという発想があまりないディーノにとっても、他人事に過ぎなかった。
 だからディーノは、それよりも別のところに引っ掛かる。
「でも、これ、勿体ねーよな。食わねーの?」
「食べるよ」
 雲雀はその為に残しておいたのだろう、枡の中の豆を一粒ずつ、テーブルのお皿に乗せていった。
「歳の数だけ、ね」
「ふーん・・・」
「数え年だから、あなたは・・・何歳だっけ」
 ふと手をとめて問い掛けてくる雲雀に、ディーノはそういえば歳の話なんてしたことなかったなと思いながら答える。
「22だ。明日23になるんだけどな」
「・・・明日、誕生日なの?」
 勿論その話もしたことがなくて、雲雀は確認しながら今度は顔も向けてきた。
「ああ。だから、パーティーとか予定が詰まってて、明日の朝すぐ向こうに戻んなきゃなんねーんだよな」
「ふぅん・・・」
 仕方ないとはいえ慌しく帰らなければならないことに、つい嘆息してしまうディーノへと、雲雀の言葉が届く。
「・・・誕生日、おめでとう」
「えっ!?」
 まさか雲雀が即座に祝ってくれるなんて、思ってもいなかったディーノは目を丸くしてしまった。しかし、喜びが込み上げてくる前に、雲雀が台無しな言葉を続ける。
「って、言って欲しい?」
「・・・なんだよ、言ってくれたんじゃねーのかよ・・・」
 ただの質問なのかと、ディーノはガックリした。雲雀が誕生日を祝ってくれるような性格ではないと思っていたから、それを伝えたことはなかったのだが。偶然にでも知ってもらえたら、「おめでとう」の言葉一つくらい期待しても当然だろう。
 なのに雲雀は、わざわざ問い掛けてきた。
「だから、聞いてるんじゃない」
「・・・・・・」
 そういうのは普通、聞かずとも言われたいものだとわからないものか、とディーノはちょっと呆れる。だが、雲雀らしいとも思うし、期待に添ってくれるつもりはあるのだろうかと、素直に答えてみた。
「そりゃ、言って欲しいけど?」
「ふぅん・・・」
 そうなんだ、と言いたげな相槌を打った雲雀は、要望を聞いておいて無視するのか、はたまたおざなりに言ってくれるのか。
 どうせその辺なのだろうと思ったディーノに、しかし雲雀は笑い掛けてきた。
「おめでとう」
 そして距離を詰めながらハッキリ言うと、ディーノの唇にチュッとキスしてくる。思いもかけない祝福に、ディーノは驚く以上に感激して、雲雀にガバリと抱き付いていこうとした。
「恭弥っ!!」
「それはともかく」
 だが雲雀は、スッと体を引いてディーノをかわすと、素っ気ない言葉で甘くなりそうだったはずの空気をぶち壊す。
「今日は節分だよ」
「・・・・・・」
 確かにディーノの誕生日はあくまでも明日だが、雲雀のあまりの引き際のよさにディーノはちょっと悲しくなった。そして、今夜0時を過ぎたら、せっかくなのだからしっかり祝ってもらおうとそっと決意する。
 そんなディーノには構わず、雲雀は淡々と皿に豆を一粒ずつ置いていった。
「つまり、あなたは23個だね」
「・・・そういやなんか言ってたな。かぞえどし・・・?」
 歳の数だけで22歳と言ったのに何故23個なのだろうと、首を傾げながら問い掛けたディーノに、雲雀は視線を向けても来ずに答える。
「説明が面倒だから、聞かないで」
「・・・・・・」
 冷たい、と思いながらも、ディーノはおとなしく目の前に置かれた豆をボリボリ食べていった。そして、時間的にはもう夕食の時間、おなかが減っていることに気付く。
 まさか節分の夕飯はこの豆しか食べてはいけないとか・・・と、ディーノが心配になっているうちに、ディーノより7つ少ない豆を雲雀は食べ終えた。
 そして、そういえばテーブルの上に最初からあった風呂敷包みを解いていく。現れたのは重箱で、夕飯は別にあるのかと豆を食べ終えながらディーノはホッとした。
「次は、これ」
 雲雀はそう言いながら、蓋を開け中身を皿に移す。
「・・・寿司?」
 何度か食べたことのある巻き寿司の、切り分ける前のぶっとい状態でドンと皿に置かれたそれを、ディーノはものめずらしくて眺めた。
「恵方巻き。節分の日に恵方・・・今年は東北東、の方向を向いて、願い事をしながら目を閉じてこれを無言で完食する、ってわけ」
「・・・え、なんだって?」
 一息で言われて、一遍で理解出来なかったディーノに、雲雀はもう一度だけ繰り返してくれる。ふんふんと頷きながら聞いてから、ディーノはハァと息を吐いた。
「難しそーだな・・・」
「そうでもないよ」
 アッサリ否定してから、雲雀は恵方巻きをリコーダーのように両手で持つ。
「ちなみに、東北東はこっち。日頃から騒々しいあなたには難しいかもしれないけど、あくまでも無言で、だからね」
「うん・・・」
 重ねて言われると、絶対に守らなければならないような気がして、ディーノはなんとなく構えてしまう。お寿司をそーっと手にするディーノの隣で、雲雀が先んじて目を閉じ恵方巻きにかぶり付いた。
 そしてモグモグ食べていく、雲雀のそのなんだかめずらしい姿を、ディーノはついジッと見つめてしまう。
「なんか、可愛いな」
 思わずポロッと呟いてから、文句か嫌味で返されるかとディーノはついいつもの癖で身構えた。しかし雲雀は、視線どころか目蓋一つ動かさず、無言で食べ続ける。
 ちょっと寂しさを感じてしまいながらも、ディーノも恵方巻きを咥えた。その時点で具がこぼれ始めるから、目を閉じて食べたら酷いことになりそうだと、ちょっと心配になる。でもどうせ豆も散らばっているし、そういう決まりらしいので、気にしないことにして目を閉じかぶり付いた。
 口を動かしながら、ディーノはそういえば願い事をしながらと言っていたなと思い出す。願い事なら雲雀のことからファミリーのことからいろいろ思い浮かぶが、やっぱり雲雀と一緒にいる今はと、ディーノは心の中で呟いた。
『来年も、こうやって恭弥と一緒に、えほう巻きとやらを食べたい』
 時間は充分あるから、ディーノは何度も願い事を繰り返す。
 そして食べ終わったのは、意外にも雲雀とほとんど同じだった。ディーノの恵方巻きの具は半分くらい落下してしまったからだ。
 ディーノは足元の哀れな残骸にチラリと視線を向けてから、気にしないことにして雲雀に問い掛けた。
「恭弥は何願ったんだ?」
「・・・あなたが食べ物を粗末にしませんように」
「なっ!?」
 そんな願いかと非難したくなるような、今それを言われると弁解のしようもなくギクリとするような。二の句を継げないディーノに手を伸ばし、雲雀はその頬に張り付くかんぴょうを剥がした。
「嘘だよ。内緒」
 そう言ってから、かんぴょうを自分の口に運ぶ。内緒、なんて言われたら余計に、ディーノは気になってしまった。ディーノの願い事なんて、雲雀になら全然言っても構わないのに。
「もしかして、言っちゃダメなのか?」
「そういうわけじゃないと思うけど・・・言わないよ」
「オレのこと?」
「言わない、って言ってるでしょ?」
 しつこく問うディーノの唇を人差し指でふにっと押さえて、雲雀はキッパリと言いながら笑った。その笑い方は、ディーノくらいにしかわからないだろうが、冷たいだけのものとは違う。
 そんなふうに雲雀に笑い掛けられるのが好きなディーノは、まあいいかと追究するのを諦めた。自分や雲雀が何を願おうと、こうやって一緒に過ごしているのが現実なのだ。
「な、もう、節分の行事は終わったんだろ?」
「・・・だったら?」
 確認すれば、雲雀はディーノの考えなどお見通しなのだろう、また小さく笑った。
 願ったことは違うかもしれないが、今考えていることはきっと同じだろうとディーノは思う。
「だったら・・・」
 ディーノもニッコリ笑って、さっき拒まれた腕は、今度はすんなり雲雀に届いた。




 END
「flirtation」は「戯れ、いちゃいちゃ」て意味です。
それだけの話ですみません…(笑)(そのわりに、そんなに甘くはない気がしますが…)

※節分イベントは、全部忠実に正確にはやってないです。


(09.02.07up)