soddisfazione



「今日、こっちで、オレの誕生パーティーがあるんだよ」
 応接室に来るなり、ディーノがそう言ってきた。唐突さはともかく、今日はあともう数日で3月という日付だったから、雲雀はつい眉をしかめてしまう。
「・・・・・・今頃?」
「ま、こうなるともう完全に口実だけど。友好の証っつーか・・・何かにかこつけてパーティー開きたがるからな」
 ディーノは肩を竦めて言ってから、隣に座る雲雀をジッと見つめてきた。わかり易く何か言いたげなその様子に、雲雀は仕方なく促してやる。
「・・・で?」
 とはいえ、ディーノの言いたいことに大体の見当はついていた。普段ディーノは仕事の話なんて雲雀にはしない。それを、日本に来るなり話してきたのだから、簡単に予想は付くというものだ。
「・・・うん、で、だな」
 雲雀の表情を窺うように見ながらも、ディーノはズバリ切り出してきた。
「恭弥も、一緒に行かないか?」
「・・・そのパーティーに?」
 やっぱり思った通りだ、と雲雀がそれでも一応確認すれば、ディーノはコクリと頷く。
「うん。こっちでパーティーとか、そういう機会めったにねーし・・・恭弥も今からそういうのに慣れといたほうがいいと思うし・・・恭弥のスーツ姿見てみてーし・・・」
 ジッと視線を向けてきながら、理由付けをしていくディーノの、おそらく最後が一番の本心なのだろう。
「・・・やっぱ、嫌か?」
 雲雀が一向に返事を返さないから問い掛けてくるディーノは、期待半分、不安半分といった感じだ。
 確かに普通、雲雀をパーティーに誘おうなんて、思わないだろう。パーティーは言うなれば大きな群れ、束縛を嫌う雲雀がそんなものに参加して会場にとどまるなんてあり得ない。それを遠慮なく誘ってくるのは、ディーノくらいだ。
 そして雲雀は、そんなディーノへと、答えを返してやった。
「・・・・・・いいよ」
 勿論、他の誰に誘われたところで、断るが。今回は、参加してもいいと思える雲雀なりの動機があった。それを、ディーノに言う気はないが。
「・・・ホントか?」
 すぐにいい返事が貰えて、ディーノはちょっと不思議そうに問い掛けてくる。しかし、雲雀が頷けば、ディーノはすぐにパッと笑顔を浮かべた。
「やった! あんがとな!!」
 そして喜び任せにギュッと抱き付いてくるディーノを、雲雀は取り敢えずソファに押し倒そうかと思う。が、それより早くディーノは雲雀の腕を引くようにしながら立ち上がった。
「そうと決まったら、早速行こうぜ!」
「・・・・・・どこへ?」
 パーティーは夜からだろうから、時間はまだあるだろうと思う雲雀を、やっぱりディーノは笑顔でグイグイ引っ張ってくる。
「何言ってんだよ、スーツ用意しねーとダメだろ?」
「・・・・・・」
 なるほど、ディーノはその過程から楽しみたいようだ。確かに雲雀はパーティー用の服など持っていないし、仕方なくディーノに引かれるまま立ち上がった。


 連れていかれたいかにも高級そうな服屋で、ディーノは雲雀を引っ張りまわしていった。シャツやジャケットを雲雀に合わせては、嬉しそうに似合う似合うと連呼していく。
 そんなディーノの楽しそうな様子に、悪い気はせずはしばらく付き合ってやろうかという気分になった。のも一瞬で、雲雀はすぐに面倒で鬱陶しくて堪らなくなる。
 だから雲雀は、慣れた黒色のスーツを適当に選んで、ディーノに押し付けた。
「これでいいよ」
「えっ、いや、もっといろいろ試そーぜ!」
 まだまだ気の済んでいなさそうなディーノだが。
「パーティーに付き合ってあげるだけで充分だと思わない?」
 と雲雀が言えば、その通りです・・・、と納得してくれた。どうやらディーノのスーツはもう用意してあるらしく、それからいつものように取ってある駅前のホテルへ移動する。
 部屋に入るなり、ディーノは早速買ったスーツを雲雀へと手渡してきた。
「な、早く着て見せてくれよ!」
 ディーノは期待に瞳を輝かせ、何がそこまで楽しみなのだろうと雲雀は疑問に思う。だが、そういえば自分もディーノのスーツ姿など見たことがないと気付けば、その気持ちもわからないでもない気がした。
 どうにしても、おそらくパーティーまでそう時間もないだろうし、雲雀はおとなしく制服からスーツへと着替えていく。あまり確かめずに選んだスーツは、ディーノの部下たちの黒服とそんなに変わらないように見えた。
 それでも、着替えをジッと見守っているディーノは、どんどんと顔を上気させていく。
「すげー似合う!」
 そして着終えると同時に、満面の笑顔で言った。
「カッコいいぜ恭弥! 惚れ直す!」
 手放しで褒めてくるディーノは、ちょっと体をウズウズさせている。おそらく、感激に任せて抱き付いたりキスしたりしたいが、スーツに皺が出来たら困るから我慢しているのだろう。
 そんなディーノを見ていると雲雀もなんだかウズウズしてくるから、気を逸らそうと言葉を掛けた。
「あなたも、早く着替えなよ」
「ん、そーだな。ちょっと待ってろ」
 ディーノも気を変えるようにそう返して、どうやら寝室に衣装があるらしく、隣の部屋に引っ込んでいく。雲雀は、慣れないスーツ姿ではソファに座っても形が崩れそうな気がして、立って待っていることにした。
 そこに、そろそろ出る時間なのかディーノの側近ロマーリオが入ってくる。
「お、なかなか男前な仕上がりじゃねーか、坊主」
 ロマーリオは感心したように言ってから、にしても、と不思議そうに首を傾げた。
「どういう風の吹き回しなんだ? おまえがパーティーに出るなんて」
「・・・・・・別に」
 それを、この男に言うつもりはない。雲雀が素っ気なく対すれば、ロマーリオは肩を竦めてみせる。
「でも、パーティーってのはいわば、でっかい群れだ。ボスの連れなんだから、暴れてもらっちゃ困るぜ?」
 彼の立場から、そう心配するのは当然だろう。雲雀としては、自分のせいでパーティーが目茶苦茶になるのは全然構わなかった。だが、その後始末のせいで日本滞在中にディーノの仕事が増えるのは、好ましくない。
「我慢出来なくなったら帰るよ」
「そうしてくれ」
 ロマーリオは苦笑いして、さらに続けた。
「それから・・・愛想を振りまくのも、ボスの仕事のうちだからな。悪く思うなよ」
「・・・・・・」
 それは雲雀に対するフォローというよりは、ディーノに対する、なのかもしれない。それには答えるつもりはなくて雲雀が視線を動かすと、ちょうど奥のドアが開いた。
「悪ぃ、待たせたな」
 軽く謝りながら、着替え終わったディーノが戻ってくる。
 雲雀がディーノのフォーマルな衣装を見るのは、これが初めてで。きっちりしたスーツ姿も、跳ねている横髪を抑えシュッとうしろに撫で付けた様も、見慣れないものだ。雲雀はつい、ジッと視線を向けてしまった。
 するとディーノは雲雀の視線を受け、張り切ってポーズを決める。
「なんだ、見蕩れたか?」
「・・・・・・・・・」
 さらに笑顔で問い掛けてくる、いつも通りのディーノに、雲雀はついハァと溜め息をついた。
「・・・馬子にも衣装、だね」
「な、なんだよ!」
 相変わらず日本語をよく知っているディーノは、ムッとしたように睨んでくる。散々雲雀にスーツが似合うと褒めてきたディーノは、自分のことも褒めて欲しかったのだろう。
 勿論雲雀はそんなセリフも、思わず見蕩れてしまったことも、ディーノに言うつもりはなかった。
「それより、ネクタイちゃんと締めたら?」
「あ、うん・・・」
 おそらく一人では上手く結べなかったのだろう、ディーノは手に持っていたネクタイを改めて装着しようとしていく。だが、いつのまにか黒服はいなくなっていて、覚束ないディーノの手つきでは待っていてもいつまで経っても用意が整わなさそうだ。
「・・・仕方ないね」
 雲雀はネクタイに変な皺がつく前に手を伸ばしていった。いつもとは逆だから少しやりにくいが、それでもすぐに締め終わる。
「上手ぇーな、恭弥」
「制服で慣れてるからね」
 これでようやく、お互いにスッカリ準備が整った。飽きずにジッと雲雀を見てくるディーノは、やっぱり少しウズウズしていて。せめてこれだけ、と頬に軽くキスしてきた。


 豪華な、パーティーなんだろうと思う。基準も比較対象も知らない雲雀には判断がつかないし、そんなことはそもそもどうでもよかった。
 口実とはいえディーノの誕生日パーティーという名目だから、主役のディーノは常に人に囲まれている。壁に背を預けながら、雲雀はそれを見ていた。
 並盛から離れたこの地で、おそらく裏の世界か表の世界の著名人たちばかり集っているこの場で、雲雀のことを知っているものはいない。それでも近寄りがたい空気を感じ取って、誰も雲雀に声を掛けてこなかった。
 ただチラチラと興味深そうな視線を向けてきたり、あとは定期的にロマーリオが様子を窺うように見てきたりしている。それを気に留めず、雲雀はディーノをジッと眺めていた。
 パーティーに誘われてそれを受けたのは、一つには興味があったからだ。雲雀はディーノがイタリアでどんな暮らしをしているのか全く知らない。仕事のことだって詳しく知らない。だから、見てみたかった。ディーノの、マフィアとしての、仕事をしているときの顔を。
 愛想を振りまく、と言っていた通りにディーノは誰にでも笑顔を向けている。雲雀と二人のときはいまいち子供じみているディーノは、こうして見れば確かに大人の男に見えた。
 雲雀には馴染みのないその姿を、パーティーが始まってから1時間は眺めていたが、しかしさすがにそろそろおとなしくジッとしておくのもしんどくなってくる。
 いくら目的があっても、やっぱりこんな群れの中にいるなんて雲雀にはそう耐えられることではなかった。もう我慢の限界だと、歩み寄っていけば、気付いたディーノからも近付いてくる。
「帰る」
「え、もうか?」
 ディーノはまだいて欲しそうだが、人目のあるこの場では引き止めようと駄々を捏ねることもないだろうと、雲雀はさっさと踵を返そうとした。
「あ、待てよ、恭弥」
 しかしディーノは、穏やかに呼び止めながら、死角を作ってそっと雲雀に何か渡してくる。意図を読み取って雲雀もすぐにしまったが、おそらくはカードキーなのだろう。
「せっかくだから、上に部屋とってる。たまにはこういうところもいーだろ」
「・・・待たないよ」
「わかってる、オレも早めに行くから」
 ポンポンと雲雀の肩を叩くと、ディーノはまた華やかな群れの中へ戻っていった。
 雲雀もすぐに会場をあとにし、部屋に向かう。ディーノが用意していたのは、当然のように最上階の、雲雀にもその豪華さが一目でわかるような部屋だった。
 とはいえどうせベッドと風呂くらいしか使わないのだから、無駄な豪華さだと雲雀は思うが。たいした意味もなく盛大なパーティーを開きたがる人たちだから、たいした意味もなくこういう選択肢になるのだろう。
 雲雀は今晩お世話になるだろうベッドに、おとなしくしていたせいで逆に疲れた体を預けた。寝心地のよさはさすがだと思いながら、やることもないししばらく寝ることにする。
 パーティーで溜まった鬱積は、帰り道に適当に咬み殺そうと思っていたが、そうもいかなくなった。ならディーノにさっさと来てもらうしかないが、あの様子ではあと数時間は抜けられないと思える。
 となればやっぱり寝るしかないと、雲雀は目を閉じた。
 それから、どれくらいの時間が経ったのか。物音に意識を浮上させられた雲雀は、時計を見てあれからまだ一時間経っていないのを確認した。
 部下の誰かが様子でも見にきたのだろうかと思えば、遠慮なく開いた寝室のドアからディーノが顔を覗かせる。
「悪ぃ遅くなった!」
「・・・・・・・・・」
 雲雀はつい上半身を起こしながら、会場から走ってきたのか少し息を切らしているディーノを見つめた。
 口実とはいえ、一応はパーティー主役なのに、簡単に抜けてこられるものなのだろうか。いや、おそらく簡単でないのだろうが、それを決して口にしないディーノに指摘は出来なかった。
「・・・上出来じゃない?」
 だから代わりにそう言えば、ディーノは嬉しそうに笑う。そして駆け寄ってくるとその勢いのまま抱き付いてくるから、雲雀は再びベッドに背を沈ませることになった。
 ギュッと腕をまわし抱きしめてくるディーノの、髪をかきまぜいつも通りに戻しながら、雲雀は一応問い掛けてみる。
「・・・スーツが皺になるよ?」
「もう構わねーよ」
 パーティー前に我慢していた分、なのだろう。アッサリ言って、ディーノは今度はしっかりと唇を合わせてきた。深くキスし合いながら、同時に思うまま体を摺り寄せていく。
「・・・恭弥」
 ハァとすでに熱い息をもらしながら、ディーノは一旦顔を上げると嬉しそうに笑った。
「今日、付き合ってくれてありがとうな。スーツもだけど・・・仕事中なのに恭弥の姿見れて、すげー得した気分だった」
「・・・・・・」
 その仕事も結局こうして抜け出してきて、適当だと思うが雲雀にしてみればむしろ好都合だ。
 もうスーツには気を遣わなくていいと言うし、雲雀はクルリと体勢を入れ替え、ディーノを見下ろす。
「じゃあ、今度は僕の言うことを聞いてもらう番かな?」
 とはいえ、命じるまでもなさそうだが。ディーノは笑いながら、自ら手を伸ばし雲雀の背を抱いてきた。
 その、ディーノが自分に向ける笑顔と、仕事相手たちに向ける笑顔は、やっぱり全然違う。それを確認して、雲雀は満足した。
 誰にだって笑い掛けるディーノが、それでも他の人には決して見せない笑顔を、雲雀には向ける。それはディーノにとって自分が特別だという、何よりの証だ。
 当たり障りのない笑顔など、誰にくれてやろうと構わない。愛情と、欲望の篭ったこの笑顔が、自分だけに向けられていればいい。
 そう思いながら雲雀もまた、ディーノにしか向けられない笑顔を自然と浮かべていた。




 END
スーツとかパーティー描写が全力でやる気なくてすみません…。
雲雀は嫉妬深そうですが、何故かなかなかしてくれないです(笑)


(09.03.15up)