doesn't know



 久しぶりに日本に降り立ったディーノは、空港の店の至るところに見えた「マザーズデイ」の文字に目を引かれた。聞けば、ちょうど今日が「母の日」と言って、母親に感謝の意を表す日らしい。
 ちょうどいいと、どうせツナの家に寄るつもりだったディーノは、奈々に日本に来るたびにお世話になっているし、その習慣に倣ってみることにした。
 花屋に寄って、定番だというカーネーションを買って。それからディーノは、ふとあるものに目を留めた。
 5日が雲雀の誕生日だったことは知っていた。どうしても都合が合わずその日には来れなかったが、数日遅れでも祝いたいとは思っている。そして雲雀に贈る花を、ディーノはどうしようかと悩んでいた。
 恋人の誕生日には、やはり赤いバラの花束を贈りたい。でも、雲雀にそんなもの贈ったって迷惑がられるだけな気がした。
 そこに、ジャムを作る用なのだろう、バラの花びらばかり詰まった瓶を見付けて。これなら、雲雀もそう嫌がらない気がした。
 ディーノはよしこれにしようと決めて購入する。洋菓子屋で焼き菓子の詰め合わせも買って、ツナの家へ向かった。
 玄関先で奈々に渡せば、まだツナも帰ってきていないし上っていくように勧められるが、用事があるからと断って。ディーノはおよそ一ヶ月ぶりに愛しい恋人に会う為に、学校へと向かった。


 応接室に駆け込むなり、ディーノは雲雀をギュッと抱きしめキスしていった。久しぶりだからしっかりと味わいたいのに、雲雀が腕の中で身動ぎをする。
「・・・これ、何?」
 そして問い掛けてくるから、ディーノも仕方なく視線を向けた。雲雀は指先で、赤い花びらを摘まんでいる。
「あー、これ、カーネーションの花びらだよ。ママンに贈ったんだけど、ついてきたんだな」
「・・・誰に?」
 ディーノが花びらを引き取りながら答えると、雲雀の眉が寄った。自分が誰に花を贈ったのか気になるのだろうか、引っ掛かりを覚えて尋ねてくる雲雀に、ディーノはちょっと嬉しくなる。
「気になるか?」
「・・・・・・下らないよ」
 なのに雲雀は、溜め息をもらしながら、アッサリと答えを導き出した。
「どうせ、草食動物の母親に母の日だから、その辺りなんでしょ」
「・・・正解」
 ちょっと面白くないが、誤解されたいわけでもないので、ディーノは素直に事情を説明する。
「たまにツナん家に泊まってくとき世話になったり、飯食わせてもらったりしてるからな、感謝を込めてな」
「ふぅん・・・よく知ってたね」
「空港で偶然知ってさ。だからここに来る前に、花買ってツナん家に寄ったんだよ」
 雲雀との会話がいつもより繋がって、なんだかディーノは嬉しかった。似合いそうだと雲雀の頭上に降らせた、カーネーションの花びらはすぐに払い落とされてしまったが、それも気にならない。
 ついちょっと欲が芽生えて、ディーノは話題を引っ張って言ってみた。
「でも、ツナのママンって、ホント素敵な女性だよな。さすが家光が選んだ人っていうか・・・優しいし料理上手いし・・・さすがツナを育てた人だ」
 これだけ言えば、どこかに引っ掛かって少しくらい妬いてくれるかと思ったのに。雲雀は下らないと言いたげに、今度は言葉にすることもなく、ただ興味なさげにソファの背凭れに体を預けていった。
「・・・オレ、お嫁さんにするならああいう人がいいぜ」
 ディーノがさらに続けて言っても、雲雀はやっぱりなんの反応も返してくれない。ディーノのほうを見てもくれなかった。
「・・・妬いてくれねーの?」
「どうして僕が」
 ついディーノが問い掛ければ、こういうときだけすぐに冷たい言葉が返ってくる。ディーノはさっきから一転して、なんだか悲しくなった。
 せっかく久しぶりに会ったのに、どうして雲雀はこんなにも素っ気ないのだろう。雲雀に振り払われ絨毯に落ちた花びらに、つい自分を重ねたくなった。
 雲雀が人に優しい言葉を掛けたりするタイプでないことはわかっている。それでも、自分には少しでも特別な感情を見せて欲しいと、望むのは当然のことではないだろうか。
「・・・うん、でも・・・マジな話」
 ディーノはつい口を開いていた。雲雀といるときには使ったことのない、低いトーンの声で言えば、チラリと視線が向いてくるのを感じる。
 だからディーノは、そのままの口調で、続けてしまった。
「いつかはオレも、身を固めねーといけないしな」
 今まで雲雀の前でしたことはなかったが、ディーノは本心を隠すのは得意だ。心にもないことだって、平然と言える。
 どこまで何を言えば、雲雀は反応を返してくれるのだろう。それを探るように、ディーノは言葉を継いでいった。
「いつまでもおまえと、こんな関係続けてられないし・・・」
「・・・・・・・・・」
 自分をジッと見てくる雲雀が、僅かに目を見開く。その些細な反応さえ嬉しくて、ディーノは表面に笑顔を貼り付けて言葉を重ねた。
「そうだ、恭弥。ママンみたいな素敵な女性知ってたら、紹介してくれよ」
「・・・・・・・・・嫌だよ」
 ようやく口を開いた雲雀の、声の端が少し震えている。そこから、紛れもなく雲雀が動揺していることが伝わってきた。
「自分で、探しなよ」
 そんなふうに言って、平然さを装おうとしているのに、出来ていない。ディーノは言い過ぎたかと、しかめられた雲雀の眉の間に、つい指を触れさせていった。
「恭弥、人を殺しそうな顔してるぜ?」
「・・・・・・・・・・・・」
 雲雀は途端に不愉快そうな表情になって、ディーノの手を振り払った。立ち上がって離れていこうとする雲雀を、ディーノは慌てて腕を伸ばし引きとめる。
 うしろからギュッと抱きしめれば、雲雀は足をとめてくれた。
「悪ぃ、怒るなよ」
 雲雀はそう思っているのかもしれないが、ディーノに揶揄うつもりなんてなかった。ただ、反応を返して欲しかっただけなのだ。
 雲雀が自分の言葉に動揺を示してくれるのが嬉しくて、つい心にもない言葉を並べてしまった。勿論悪かったと思っているから謝りながら、でも嘘だと見抜いて欲しかった、ともディーノは思う。
 半端な気持ちで、雲雀と付き合っているわけがないのに。
「こー見えてもオレ、呑気におまえに流されてなんとなく、ってわけじゃねーんだぜ?」
「・・・じゃ、何考えてるっていうの?」
 やっぱり雲雀からはそう見えていたのか、何か考えているのなら言ってみろ、とばかりに問い掛けられた。
「それは・・・10年後も、恭弥がオレの側にいたら、教えてやるよ」
「・・・・・・・・・」
 ディーノの答えに、はぐらかされたと思ったのだろう、雲雀はムッと顔をしかめた。
 確かにちゃんと答えたわけではないが。それは、ディーノが10年後も雲雀と一緒にいたいと思っているということだと、そんな気持ちでこうして側にいるのだと。やっぱり、雲雀は気付いてはくれない。
 ディーノは自分の気持ちや感情を、雲雀には素直に見せるほうだ。それでも、言えないこともあった。
 いつか伝えられればいいのに、雲雀がわかってくれればいいのに、ディーノはそう思う。
「あ、そうだ、恭弥」
 せっかく久しぶりに会っているのだから、こんなやり取りを続けていても仕方ないと、ディーノは気分を変えることにした。
「誕生日、おめでとう!」
「・・・・・・・・・」
 抱き寄せながらディーノが言うと、雲雀がちょっと丸くした目を向けてくる。
「5日、だったんだろ?」
「・・・・・・・・・」
 知っていたのか、と驚いたような表情が。知っていたのに、と責めるような表情に変わった気がした。
「拗ねてる?」
「・・・わけないでしょ。離してよ」
 言葉では撥ね付けながらも、雲雀の表情は否定しきれていない。一度無反応を崩したからか、僅かに感情が滲み出していた。
 そして、身動ぎをする雲雀を構わずギュッと抱きしめていると、そのうちに抵抗がやむ。こんなふうに雲雀がおとなしく腕の中にいてくれる、それはディーノにとって嬉しいことだった。
 それで充分だと思うべきなのかもしれない。それでもディーノは、雲雀がいつもとは違う反応を見せてくれたことが、堪らなく嬉しかった。
 もっともっと、いろんな表情や反応を見せて欲しい。ディーノが強くそう思っていることを、雲雀はきっと知らない。




 END