「はー、腹いっぱいだ」
心地よい満腹感に、ディーノはホッと溜め息をもらした。
ロマーリオに車をまわしてもらって、雲雀と昼食を食べにいったのだが、和風割烹とかなんとかというお店の料理はとても美味しくて。満足感を味わいながらシートに身を委ね、すごく幸せな気分だった。
「日本食ってホントに美味いよな・・・ちょっと食べにくいけど・・・」
ディーノが後半ちょっとボヤくと、右隣から雲雀が呆れたような眼差しを向けてくる。だが、それはよくあることなので、ディーノは気にしなかった。
「で、また並中に戻るのか?」
「当然」
簡潔に答える雲雀に苦笑しながらも、ディーノは前の席でハンドルを握るロマーリオに声を掛けていく。
「だそうだ。頼む」
「了解」
ロマーリオもおそらく苦笑いしながら、ハンドルを切っていった。
しかし、車が進み始めてすぐに、ロマーリオの携帯が鳴る。ディスプレイを確認して、ちょうど横に見えたコンビニの駐車場に車が入っていった。
「悪い、ちょっと出る」
そして携帯を手に車を出ようとするロマーリオに、ついでだからディーノは頼んでおく。
「なんか飲みもん買ってきてくれ」
自分で行ってもいいのだが、ちょっと面倒くさい。それを読んだのか笑いながら、ロマーリオはお決まりの「了解」を唱えてドアを閉めた。
ロマーリオに完全に一任している仕事もあるし、おそらくその辺の話なのだろう、もしかしたらちょっと長くなるかもしれない。いつまでおとなしく待っているだろうかと視線を向ければ、雲雀もディーノを見返してきた。
そして、ふと呟く。
「そういえば、ちょうどいい機会だね」
「・・・何が?」
特に思い当たることはなくて、ディーノが何気なく問い返せば。
「カーセックス」
「!!」
平然とした表情の雲雀の口からそんな言葉が出てくるから、ディーノは一瞬絶句した。しかし雲雀は表情を変えず、続けてサラッと言う。
「一度やってみたかったんだよね」
「お、おまえなあ・・・」
やってみたいという嗜好の問題は一先ず措いておくことにしても、今のどこがちょうどいい機会なのかディーノには全くわからない。
「大体、ロマーリオだってすぐ戻ってくるんだぞ・・・?」
いまいちいつ戻ってくるかはわからないが、だからこそそんな状況で行為に及ぶなど出来るはずもなかった。なのに雲雀は、言い出した時点でヤル気満々なのだろう。
「まだ電話してる」
チラリと窓の外に視線をやって確かめると、だからいいだろうと言いたげにディーノを見てきた。ここで駄目だといったら、雲雀はじゃあとロマーリオにしばらく帰ってくるなと言ってその問題を片付けそうだ。
「いや、でも・・・」
そんなことされたら、雲雀との関係を知っているロマーリオに、何をするのかなんてバレバレになってしまう。それはあまりにも気まずいし申し訳ない。
それ以前に、やっぱりディーノはこんなところではしたくなかった。窓にはスモークガラスが入っていて外から車内の様子は見えないとはいえ、こちらからは当然見える。外に平和な光景が広がっている状況で、行為に及ぶのはちょっとどうかと思った。
でも雲雀はその気らしいし、一体どうすれば諦めてくれるのだろうとディーノは頭を悩ませる。だが、なかなか答えが返ってこないのに焦れたのか、雲雀がふとももに手を這わせてくるからディーノは息を呑んだ。
「っ、恭弥・・・」
その手つきだけで簡単に引き摺られそうになるディーノに、畳み掛けるように雲雀は問い掛けてくる。行為のときにしか見せない笑みを浮かべて。
「でも、確かに時間はないね。だから、早く決めなよ。僕に舐めて欲しいか・・・それとも、あなたが舐めてくれるのか」
「・・・・・・・・・」
どうやら今の段階では、さすがにこんなところで最後までするつもりはないらしい。舐める限定なのは、後始末のことを考えてなのだろう。ホッとしながらも、果たして自分がするほうがいいかしてもらうほうがいいか、ディーノは考えていった。
してもらったとしたら、「自分だけいい思いをするなんて」とか言われて最後まで持ち込まれてしまいそうな気がする。かといって、してあげたとしても結局、「まだ足りない」とか言われて持ち込まれそうだ。しかもその頃には、自分もスッカリその気になっている気がしないでもない。
冷静なうちに冷静な判断をしなければと思うディーノは、そもそもしない、という選択肢に思い当たらない辺り充分すでに冷静ではなかった。
ともかく、迷っている時間はない。ディーノは結論を出した。
「じゃあ・・・オレがする」
雲雀をスッキリさせてやって、その間に自分が変な気にならなければいいのだ。足りないなんて言われないように、しっかり搾り取ってやればいいのだ。
そうと決めたら、ディーノは椅子に掛けたまま上体を屈めていった。シートに背を預けている雲雀の、ベルトを外しズボンと下着をずらして、取り出す。
そして目を閉じ舌を這わせていけば、雲雀の右手がディーノの髪を撫でてきた。そうなれば、もういつもの行為と変わらない。
「ん・・・ぁむ、・・・っふ」
自分が変な気にならないように機械的に、なんて考えていたはずなのに、ディーノはいつのまにか雲雀の反応を確かめながら熱心に口を動かしていった。雲雀の呼吸が熱くなっていくのを感じながら、舌に感じる質感やピチャピチャ鳴る音にディーノもまた興奮を煽られていく。
「・・・っ、いくよ」
やがて、一声掛けてから雲雀がブルリと身を震わせ、溢れ出してくるものをディーノは零さないように飲み干した。そして丁寧に舐め取ってから、熱い息を吐きながら顔を上げると、途端にディーノの視界に窓の外が入ってくるからハッとする。
こんなところでその気になっている場合じゃないと、落ち着かなければと思うディーノに、しかし雲雀は遠慮なく触れてきた。
「恭弥っ・・・!」
「我慢、出来ないんじゃないの?」
「・・・・・・・・・」
反応しかけている自身を布越しに触りながら問い掛けられれば、ディーノも否定しづらい。ディーノだって、もうこのまましたいのは山々なのだが。
「ダメだって・・・さすがにもう、ロマーリオが帰ってくる」
むしろ、よく最中に戻ってこなかったなと、今さらに安堵する。しかし雲雀はそれに対し、妙に自信ありげに言った。
「あの男なら、しばらく帰ってこないと思うよ」
「え、なんでだ?」
どうして雲雀にそんなこと断言出来るのかと首を傾げれば、思いがけない答えが返ってくる。
「あなたがしてくれてる間、窓を少し開けておいたら目が合った。多分、察してくれたよ」
「・・・い、いつのまに・・・」
一体いつ窓を開けそして閉めたのか、ディーノは全く気付いていなかった。それってどうなんだと思うと、雲雀は小さく笑いながら鋭くそこを指摘してくる。
「そんなに、夢中になってたの・・・?」
「・・・・・・・・・」
さっきまで自身を咥え込んでいた唇をスルリと撫でてくる雲雀に、ディーノは返す言葉もなかった。そんなディーノにゆっくりと口付けながら、雲雀の手がもう一度ズボンの上から硬くなり始めているものを刺激してくる。
「ねぇ、早くしたほうがいいんじゃない?」
「・・・・・・」
そして問い掛けてくる雲雀に、ディーノはまた考えを巡らせた。
確かに、ロマーリオならそりゃもう気を利かせてくれるだろうが、長く待たせるわけにもいかない。というか、何やってるのかバレバレの状態で待っててもらうのも相当気まずいし、さらにこのあとロマーリオはまたこの車に乗るのだ。
せめてここで切り上げていたほうがいい、のは明白なのだが。やっぱりディーノに、冷静な判断なんて出来るわけがなかった。
「・・・仕方ねーな、さっさと終わらせるぞ」
ディーノは再び決心すると、迷いを振り切ってベルトを外し、ズボンごと下着を脱いでいく。それから相変わらずシートに腰を落ち着かせたままの雲雀へと跨っていった。やっぱり後始末のことを考えれば、この体勢が一番マシだろう。
しかし頭が天井に当たるなと思うと、雲雀がシートをうしろへ大きく倒した。そして合わせて前屈みになるディーノに、雲雀はポケットから取り出したものを目の前に掲げて見せる。
それは、確かにこの状況では非常に便利な、コンドーム。
「おまえ・・・」
普段は全く使おうとしないくせに、こういう機会を狙って携帯していたのだろうか。
「随分と、準備がいいじゃねーか・・・」
「まぁね」
ちょっと呆れるディーノだが、雲雀はやっぱり平然としたものだった。ゴムの包みを口に咥えると、早速ディーノに手を伸ばしてくる。
「・・・っく、・・・・・・ん、ぁ・・・」
入り込んできた指が早急に解そうと内側を掻きまわしていくが、行為に慣れたディーノの体はすぐにその動きにも馴染んでいった。いつもよりも乱暴なのに、いつもよりも快感が募るのが早い気がする。
「・・・ふ・・・ぁっ・・・、あ・・・?」
「ん」
指を増やしながらも、雲雀は咥えたままのコンドームをディーノへ向けてきた。何を促されているのか、ディーノもすぐに察する。
顔を近付け端に噛み付くと、互いの歯を利用して包みを開けた。そして取り出したそれを、もうしっかりと勃ち上がっている雲雀へとかぶせていく。
それから改めて跨ろうとしたところで、ディーノはギリギリ思い出した。ティッシュ箱に手を伸ばし、数枚取り出すと雲雀の手に持たせ、自身へと引っ張っていく。
「こっちは任せた・・・」
この体勢だと、被害を受けるのは雲雀のほうなのだ。だから雲雀もそのまま手を添え、ついでに指で悪戯をしてくる。
「こら・・・おとなしく、してろ・・・」
その些細な刺激にもゾクゾクしながら、しかしもっと強烈な感覚を求めて、ディーノは雲雀を受け入れていった。
「は・・・ぁ・・・、あ」
全てを収めると雲雀の両脇に腕をついて、でもあまり安定はせず上手く動けない。雲雀もまた自由に動けるわけではなく、いつものような激しい抜き差しとはいかなかった。
「・・・っぁ、・・・っん、ん・・・」
それでもディーノは、常にない痺れるような感覚に襲われる。いつもと違うゴム1枚越しの感覚、ガラス1枚越しに見える平和な午後の光景に、ディーノは紛れもなく興奮していた。
雲雀もまた、いつもと違う状況を楽しもうと囁き掛けてくる。
「・・・ふ、外からは・・・見えないけど、声は、聞こえるかも・・・しれないよ?」
「っ、う・・・ぁ・・・っん・・・!」
思わず声を詰まらせたところにわざとらしく中を掻きまわされ、余計に性感が高まるのを感じた。
「・・・恭弥、・・・っあ、ん・・・もっ・・・!」
「・・・・・・は・・・っく、いい、よ」
雲雀も興奮あらわな声で応えると、唇を合わせ舌を絡ませながら。ティッシュ越しにも刺激されるのに、耐えられずディーノは昇りつめていった。
後始末をして、身支度を整えて。窓を開けてから、ディーノと雲雀は車の外に出た。しばらく換気をしなければならない。
やっぱりとっくに電話は終わっていたようで、ちょっと離れたところで缶コーヒー片手に煙草ふかせていたロマーリオが笑いながら声を掛けてきた。
「ようやく終わったか、お疲れさん」
「・・・・・・・・・」
うるさいとか放っとけとかいつもなら言い返すところだが、締め出してしまった今日はさすがに返す言葉がない。
「運動したら小腹減ったろ、ほら」
「・・・どーも」
コンビニ袋をありがたく受け取って、あんまんだか肉まんだかを取り出し雲雀にも渡した。ふわっとした生地を齧っていけば、意外にもピザの味に出会う。
「やっぱ日本食って美味いな」
感心してディーノが言うと、そんなことより、とロマーリオが呟いた。
「あとどれくらいで、元の車内に戻るのかねぇ・・・」
「・・・さーな」
嫌味ったらしい口調の言葉は軽く流して、ディーノはコーヒーでピザまんを飲み込む。
するとそれを待っていたのか、こちらはとっくに食べ終えてる雲雀が、ディーノの腕を掴んできた。なんだろうと視線を向けるが、雲雀はめずらしくロマーリオに答えを返していく。
「数時間待てばいいんじゃない?」
そして、ディーノの腕を引いたまま歩き出した。
「おい、恭弥?」
「僕はそんなに待ってられないよ」
つまりロマーリオと車を置いて、並中へ戻るのかそれとも、ディーノを連れていくのだからしけ込むつもりなのかもしれない。
「いや、それはさすがに・・・!」
締め出した上に放置するなんて、ロマーリオに悪すぎるというものだ。
なのにディーノは、雲雀の手を振り解けない。雲雀がまだ足りないと思っているのなら、ディーノも同じ気持ちだった。
だから引っ張られるままになりながら、ディーノが振り返ると。
「車でもう一回、よりはマシだ。とっとと行ってくれ」
手を追い払うように動かしながら、ロマーリオは苦笑していた。すごく申し訳ないし恥ずかしいが、この埋め合わせはまたすることにして。
「悪ぃ!!」
やっぱり自分の気持ちには逆らえず、ディーノは雲雀についていった。
|