今年はもっと・・・



 元旦、京子は例年のように、母に振り袖を着せてもらった。
 髪の毛も丁寧にセットし、鏡の前でつい念入りにチェックする。
 そして、紋付き袴姿になって気合が入ったのか、新年早々庭で何やら励んでいる兄を横目に、京子は家を出た。
 花は家族でハワイだそうで、いない。京子には勿論、他にも友達はいるのだが。京子の足は、綱吉の家へと向かっていた。
 去年も振り袖姿で会いに行ったが、その頃京子は綱吉のことを意識していなかった。せっかく着飾ったのだから、綱吉に見て欲しい、そんなふうになんて去年は思ってもいなかったのだ。
 京子の胸は、期待とも不安ともつかないもので高鳴る。
 綱吉の家が近付くにつれ、やっぱり兄を連れてくればよかったかなと京子は思った。いきなり訪ねて行ったら、綱吉は一体どう思うだろう。兄に無理やり引っ張られて、とかそんなわかり易くあり得そうな理由で繕えばよかったと京子は後悔した。
 振り袖姿で会いたかったから、なんて理由を、京子は綱吉にとても伝えられない。
 だが今さら家に戻って兄を連れてくるわけにもいかないし、京子は思い直すことにした。綱吉の家には、きっと自分の他にもハルや獄寺なんかが集まっているだろう。だから、そこに自分が現れても、おかしくないはずだ。
 そう考えてから、京子は少しおかしくなった。綱吉のことを意識していないときだったら、きっと何も考えずに遊びに行ったり出来たのに、と。


 綱吉の家に着くと、予想通りすでにハルたちが来ていて、賑やかそうにしていた。
 ハルたちがいればいいと思っていたくせに、いざたくさんの人がいるのを目にすると、ちょっと残念な気がしてしまう。
 だが、せっかくの正月に不景気な顔をしていても仕方ない。何より、綱吉の前では笑顔でいたかった。
「ツナ君!」
「京子ちゃん!!」
 京子が明るく声を掛けると、綱吉はすぐに気付いて、駆け寄ってきてくれた。
「明けましておめでとう。ツナ君、今年もよろしくね!」
「うん、よ、よろしく」
 答える綱吉の視線が、自分の振り袖姿を見ている、気がする。似合うね、とかそんな言葉でも、きっと舞い上がってしまうくらい嬉しいだろう。京子はドキドキしながら綱吉の反応を待った。
「沢田!」
 のだが、綱吉が何か反応を返してくれる前に、京子のうしろから聞き慣れた声がする。京子が振り返ると、いつのまにやら、兄の了平がそこに立っていた。
「今年も極限によろしくな!!」
 了平は綱吉に暑苦しい了平流の挨拶をしてから、京子のほうを向く。
「しかし水臭いぞ、京子! 沢田のところに来るつもりなら、何故オレも誘わん!?」
「・・・えっ? お兄さんに引っ張られて来たんじゃないの?」
 綱吉までこっちを向いて、京子は焦った。
「あ、あの」
 兄を誘わず一人で綱吉のところに来たと、ばれてしまった。確かにそれが事実なのだが、そうなんだと思われるのはなんだか恥ずかしい。
「ここに来たらハルちゃんたちにも会えるかなって思って・・・!」
 だから京子は、慌てて口から出まかせを言った。一応、ハルたちも来てるだろうな、と思ったのも本当だし。
「あ、う、うん・・・」
 すると綱吉は、そうなんだ、というふうに頷いて、あっさり納得してしまった。そうなると、それはそれでちょっと残念な気もする。
 本当のことを言う勇気もないのに、勝手な感想だと、京子にもわかっているのだが。
 京子はちらりと、ハルを見た。みんなで初詣に行くことになって、その道中、ハルは綱吉の隣をキープして、積極的に話し掛けている。
 京子は、すごいなぁと思った。
 ハルは明るくて楽しくてかわいくて、京子から見てとても魅力的な女の子だと思う。
 そしてハルは、綱吉への好意を隠さず、綱吉に好きになってもらう努力をかかさない。
 そんなハルが、京子は羨ましいと同時に、不安だった。今のところ綱吉は、ハルに応える様子を見せていないが、あんなふうに好いてくれる女の子をいつ好きになってもおかしくない。
 それなのに、綱吉に気持ちを伝える勇気がまだ持ててない自分が、京子は情けなかった。
 並盛神社に着いて、お参りの順番が来る。京子は手を合わせて祈った。
 今年は、今より少しでも、勇気が出せますように。


 お参りの列を抜けると、すぐ近くに綱吉の姿が見えた。
 京子はつい、その周辺も見回したが、ハルたちはいないようだ。ハルたちには悪いけども、少しの間綱吉と二人で過ごせると、京子は嬉しく思った。
 声を掛けようとすると、それより早く、綱吉のほうも京子に気付いて、駆け寄ってくる。
「京子ちゃん!」
「ツナ君!」
 京子は嬉しくてつい笑顔になりながら、でもあんまりはしゃぐと変に思われるだろうかとちょっと心配になる。
「よかった、みんなどこに行っちゃったのかと思った」
「うん、よかった」
 綱吉も、どこか嬉しそうに見えた。でもそれは、自分に都合よくそう映っているだけなんだろうか、京子にはよくわからない。
 綱吉が、自分といるから嬉しそうなのだ、そう自信を持って思えたならどんなに幸せだろう。そんなふうに、今年はなりたい。
 それには行動あるのみなのだが、やっぱり京子はすぐにその勇気を持てなかった。
「そういえば、ツナ君は何お祈りしたの?」
「・・・えっ!?」
 取り敢えず当たり障りのない話題を持ち出してみた、つもりだったのだが、綱吉はなんだか動揺したように見える。
「あ、えっと・・・き、京子ちゃんは?」
 しかし、逆に同じように聞き返されて、京子も動揺しそうになってしまった。何を、なんて綱吉に言えるわけない。
「・・・私は、受験のこと」
 京子はちょっと考えて、それらしいお願いを口にした。そういえばもう高校受験について考えなければならないのだ。
 とはいえ、京子はもう並盛高校に進学すると決めている。たぶん綱吉もそこに行くだろうと思うからだ。
「京子ちゃんは、並盛高校に行くつもりなの?」
「うん、そのつもり」
 だから、京子は即答したのだが。
 ふと、考えてしまった。
 もし綱吉が、たとえばハルと付き合うことになったら・・・とても、同じ高校には行けなくなってしまう。
「・・・でも」
 その思いが、京子の口を迷わせる。
 だが京子は、思い直して、願いを込めて言った。
「一緒の高校に、行けたらいいね!」
「うんっ!!」
 すると綱吉はすぐに笑顔で同意してくれて、京子は嬉しくなる。
 同じ高校に入って、そこで当然のように綱吉の隣にいられる自分になりたい。京子は強くそう思った。
 ただ、やっぱりその為の行動が、まだ取れそうにない。だから今は、せめて綱吉との時間を楽しみたいと、京子は思った。
「あ、ツナ君、お守り売ってるよ!」
 お守りの販売コーナーを見付けたので、京子が足を向けてみると、綱吉はすぐに並んで歩いてくれる。
「いろいろ売ってるねー!」
「うん!」
 いろんな種類のお守りを、二人で見て回る。まるでデートのようで、京子は嬉しかった。
 そのうちに京子の目は、自然に恋愛成就のお守りに向かう。だが、綱吉が隣にいるから手を伸ばせない。また今度、買いにこようと、京子は決めた。
 一方綱吉は、ひょいっと、学業成就のお守りに手を伸ばす。
「オレは・・・学業成就かな、やっぱり・・・」
 青色のお守りを手に取る綱吉につられるように、京子も同じ学業成就のお守りへ手を伸ばした。
「私も・・・」
 いつもの癖でピンク色を取ろうとして、しかし考えて青色のお守りにする。同じ高校に行けますように、そう願うなら、お揃いのお守りのほうが効き目がありそうな気がしたのだ。
 それに、並盛高校に自分は入れると思うが、綱吉の成績が結構あやしいと京子も知っていた。だから、余計なお世話かもしれないが、こっそりと綱吉が並盛高校に入れるように祈らせてもらおうと思う。お守り二つなら、効力も二倍だろう。
 綱吉が会計をする間に、京子は巾着から財布を取り出した。それからなんとなく辺りを見渡したところ、ハルたちを見付ける。
 京子は、丁度いいと思った。
「あ、ハルちゃんたち!」
 そう言えば、綱吉は京子が差すほうに視線を向け、ハルたちもこっちに気付く。
「ツナ君、先に行ってて」
 二人で過ごす時間が終わってしまって残念だけれど、京子は綱吉を先に行かせてから、会計前にもう一つお守りを手に取った。
 ピンク色の、恋愛成就のお守り。
 少しドキドキしながら買うと、京子はお守りを大事に巾着にしまった。
 それから急いでみなに合流する。次はハルの提案でおみくじを引くことになった。
「見ろ京子! 中吉だぞ!!」
 引いた了平が嬉しそうにおみくじを見せにくる。去年大量に大凶と凶を引いてしまったことを何気に気に病んでいたから、中吉だったのがとても嬉しいのだろう。
 だが、ハルも獄寺も山本も大吉を引いているから、やっぱりちょっとついていない気がしたが、京子はせっかく喜んでいる了平に何も言わないでおいた。
 それよりも、と京子は自分もおみくじを引く。ハルも大吉を引いて「恋愛は成就する」とはしゃいでいるから、大吉を引いておきたい。京子はドキドキしながらおみくじを開いたのだが。
「あ、吉だ・・・」
 京子はがっくりした。「恋愛 楽しむ程度なら吉」などと書かれていて、ちっとも嬉しくない。
「え、京子ちゃんも!?」
 だが、京子の言葉に反応して、綱吉がぱっと振り返ってきた。
「・・・ツナ君も?」
 みんないいのを引いてるのにまさか、と京子が目を丸くすると、綱吉は自分のおみくじを少しばつが悪そうに掲げる。
 京子も同じようにおみくじを綱吉に見せた。
 吉、と書かれたまったく同じおみくじ。京子は自然に笑顔になってしまう。新年早々のこの偶然が、嬉しかった。
「お揃いだね!」
「うん、京子ちゃんと一緒で、安心した!」
 満面の笑みで綱吉が言うから、京子はさらに嬉しくなる。
 大吉を引いている人がたくさんいるのに、その中で二人揃って吉。そのことに、運命さえ感じてしまいたい。
 こんな気持ちを、いつか綱吉に伝えられたら。
 そう思いながら、京子はおみくじをこっそりと、恋愛成就のお守りにそっとしまっておいた。




 END
バレンタインにはもうちょっと勇気だしてアッピール出来るといいですね!(他人事のように…)
京子ちゃんはハルとは反対に、恋愛には奥手そうな気がするなぁと思いました。


(08.01.12up)