放課後になれば、肩を並べて下校。京子と付き合い始めて、2ヶ月も経てばようやく、約束をしなくても自然に出来るようになった。
春の陽気の中を歩きながら、来年も同じクラスになれたらいいね、なんて会話していると。すれ違ったカップルから、どこどこの桜がとても綺麗だった、そんな声が聞こえてきた。
ツナは京子と顔を見合わせ、そしてすぐに、簡易お花見をしようという話になる。進路を変えて、途中のコンビニで食べ物飲み物を買って。
件の桜は、並盛神社の隅のほうに、たった1本だけ生えていた。それでも、力強い幹とは対照的な可憐な桜の花びらが綻ぶ様は充分美しい。
だが、おかげであまり知られていないのだろう。人の姿は全くなくて、満開の桜が舞い散る風景を存分に楽しめそうな場所だった。
「わあ、すごいね、ツナ君!!」
京子はツナに笑い掛けてから、改めてその光景に見蕩れている。
ツナは、桜よりもそんな京子の笑顔に、見蕩れてしまった。付き合い始めても一向に、ツナは京子の笑った顔に慣れることが出来ないのだ。
桜の木の下に置かれているベンチに座って、桜を眺めながらお団子をぱくつく。そうしていると、一際強く風が吹いて、辺りに桜が舞った。
一瞬目の前がピンク色に染まって、そんなツナの視界の真ん中にいるのは、相変わらず京子で。京子ちゃんに桜ってすごく似合うなぁ、とウットリするように思った。
「・・・あ、ツナ君」
ポーっと見つめていたところに、京子が視線を向けてきたから、ツナはドキリとする。さらに京子は、ツナに手を伸ばしてきた。
「ついてるよ」
ツナの髪に僅かに触れて、離れていった京子の指から、桜の花びらが1枚ひらりと飛んでいく。
いかにも恋人、というかんじの京子の動作に、ツナは嬉しくなった。
「あ、京子ちゃんも」
京子の髪にも同じように花びらがついているから、自分も取ってあげようと思う。こんな口実でもなければ、ツナはまだ京子に手を伸ばすことは出来ないのだ。
ちょっと緊張しながら、京子の髪に手を伸ばすと。花びらに指が当たって、はらりと落ちてしまうから、つい慌ててそれを追い指を下げて。
「・・・・・・ぁ」
思わず声をもらしたのは、ツナだったのか、それとも京子のほうだったのか。
ツナの指が、僅かに京子の唇に、触れたのだ。
気のせいではないらしく、京子の頬が一瞬でピンク色に染まる。
京子の目線が、ツナの指から瞳へ。ツナの視線が、京子の唇から瞳へ。二人はそのまま、見つめ合った。
ツナは心臓がドキドキ言うのを感じる。これはもしかして、キス出来る流れなんじゃないか、そう思えてしまう。
ツナと京子は、まだキスをしたことがなかった。ツナが思い切れないせいもあるが、なかなかそんな雰囲気にならなかったのだ。
だが今、ベンチに並んで座って見つめ合い、辺りには桜吹雪が優しく舞っていて。初めて訪れた、絶好のチャンスだ。
「・・・・・・きょ、京子ちゃん・・・」
だが京子がどう思っているのか、やはり確かめないと踏み切れないツナは、京子に呼び掛けた。
「・・・・・・・・・」
返事を返さない京子は、心なしか頬を染め、ツナから視線を外さない。
いや、不意に京子が目を伏せた。それから、もう一度ツナを見上げ、そして・・・目を、閉じた。
「・・・・・・・・・!!」
京子も、期待している。
ツナは激しく脈打つ心臓を嫌でも意識しながら、そろりと京子の肩に手を掛けた。
ピクリ、と反応した京子は、しかし目を開けず、そのままツナを待つ。
ついに訪れた、このとき。
ツナは京子とのキスを今までに何度も妄想したし、シミュレートもしたことだってある。だが、自信など全くなかった。
あるのは、京子とキスしたいという欲求、そして京子を好きだという思いだけ。
小さく深呼吸してから、ツナも目を閉じた。京子の肩に乗せた手につい力を込めてしまいながら、上手なキスをイメージして顔を少し傾ける。
そして、ゆっくりと顔を近付けていった。
しばらくして、ツナの口に触れたもの。それは、京子の唇・・・ではない気がした。
「・・・・・・あれ・・・!?」
慌てて顔を離しながら目を開けると、京子も目を丸くしている。パチリパチリとまばたきしてから、自分の鼻に人差し指で触れた。
どうやら、ツナは目測を誤って、京子の鼻先にキスしてしまったようだ。
「・・・・・・あ、あの・・・っ!」
キスを失敗してしまったショックと、それ以上に、京子に呆れられてしまうのではないかという恐怖。焦って弁解の言葉に詰まるツナだったが。
「・・・・・・っ、あはははは!」
京子から返ってきたのは、笑い声、笑い顔。勿論馬鹿にするような笑いではなく、ツナの好きな、パッと花が咲いたような笑顔で。
引き寄せられる、まさにそんな感覚だった。
笑顔を形作っている京子の唇に、ツナは自然とキスをしたのだ。
「・・・・・・・・・」
それは何分間にも渡る長いものだったようにも、たった一瞬の短いものだったようにも、思える。
ゆっくりと離れたツナは、そこでハッと我に返った。
京子はさっきよりももっと、目を真ん丸くしてツナを見返している。
「ご、ごめん!!」
とっさに謝ってから、京子に嫌われたらどうしよう、とツナは思った。同時に、そんなこと考えてる場合じゃないと思いつつも、無意識だったせいでキスの感触を全く覚えていないことにガッカリしたり。京子とキス出来たことは嬉しいし、そんなことをしてしまった自分に驚いたり。
いろんな感情が駆け巡って固まってしまうツナに、京子はゆっくりと口を開いた。
「・・・謝らないで。それよりも・・・」
そして京子は、小さな、風が吹いただけで聞こえなくなるくらいの小さな声を、ツナに届ける。
「・・・も、一回」
「・・・・・・・・・」
言ってすぐに視線を伏せた京子の、赤く色づいた頬、薄ピンクの艶やかな唇。
ゴクリとつい喉を鳴らして、ツナは再び京子に顔を近付けた。今度は、緊張でかスカートの上でギュッと握り締められた京子の手に、自分の手を重ねる。
直前でどうしても耐え切れなくて目を閉じたけれど、もう失敗はしなかった。
ふわり、触れた京子の唇、そのやわらかさをツナはきっと一生忘れないだろうと思う。この痛いくらいの胸の高鳴りも、幸福感も、そしてこんなにも京子のことが好きだという思いも、きっと一生忘れない。
どちらからともなく、離れてまた、もう一度軽く。
距離を戻しても、しばらくは目を合わせることも、視線を上げることすら出来なかった。
ツナは京子の手を握る自分の手に力が入り過ぎていると気付いて、パッと離し、それからまたそっと重ねてみる。
おそるおそる目線を上げると、一瞬遅れで京子も、視線を上げて。見つめ合ったまま、しばらく何も言葉に出来なかった。
京子のことが好きだ、溢れそうな思いは、でも口にしたら安っぽくなりそうで。それに、見つめ合う瞳、触れ合う手が伝えてくれているような気がした。
ときがとまってしまったような空間に、不意にまた強い風が吹いて、桜吹雪が入り込んでくる。
途端にまた目の前がピンク色に染まって。やっぱり、その中心には京子がいて。
はにかんだように笑った京子は、頬をピンク色にしている。それは、桜色、と言えるほど薄くはなかった。
だがツナも、きっと自分だってトマトのように真っ赤になっているだろうと思う。
「・・・なんだか、ロマンチックだね」
「・・・うん」
ちょっと恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに言う京子に、ツナも頷いて返した。
桜吹雪の中の、初キス。確かに、なんてロマンティックなのだろう。
理由がまた増えて、やっぱり一生忘れられないキスになりそうだと思った。
だったら・・・ツナは、さらに願う。
この恋も、一生ものでありますように。
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