欲張り



 骸の役に立つ、自分の存在意義はそれだけだと、クロームはそう思っていた。
 それでも、クロームにも仲間と呼べる存在が出来て、大事に思う人も骸だけではなくなって。
 そしてそれ以上に、クロームは自分の中の変化を感じていた。骸の力になって、たまに「夢」の中で言葉を交わして。それだけでは足りない、といつのまにか思うようになっていたのだ。
 骸に自分のほうから何かを望む、なんて身の程知らずのことだとわかっているのに、そんな気持ちがそれでもクロームの中でどんどんと育っていって。
 クロームはそんな自分に、戸惑っていた。


 骸と会える唯一の場所へ、クロームはいつも意識を向けていた。骸は力を制限されていて、いつでも出歩けるわけではないらしい。骸に会える機会を、一度だって無駄にしたくなかったのだ。
 その日も、骸の気配を感じたクロームは、すぐに「そこ」へ向かった。
「骸様!」
 駆け寄っていけば、骸はすっと視線をクロームに合わせて、優しく微笑む。
「クローム・・・会いたかったですよ」
「骸様・・・」
 いつものように、大きな木の根元に並んで座りながら、クロームはずっと骸を見つめていた。
「私も・・・」
 会いたかった。顔を合わせるまでは、会いたい、それだけを思っていたのに。
 実際にこうして会えてしまえば、やはりクロームに喜び以外の感情も湧き上がった。こうして会える、それだけでは足りない。
 つい言葉を続けられなくなったクロームを、骸は少し困ったように笑って覗き込んできた。
「クローム・・・もう、ここへ来るのが嫌になってしまいましたか?」
「いえ!」
 クロームは慌てて首を振って否定する。ここで骸と会えることはとても嬉しい。嬉しいからこそ、それ以上を、望んでしまいそうになるのだ。
「・・・逆、です」
「クローム?」
 少し首を傾げる骸の、手にそっと自分の手を重ねる。こうして骸が側にいさせてくれる、その気持ちだけでどうして満足出来ないのだろうか、クロームは自分がわからなかった。
「骸様に会いたい・・・触れたい」
「クローム・・・」
 つい正直に言ってしまったクロームは、しかし骸がなんだかつらそうな表情をしているように見えて、慌てて手を引いて俯く。
「ごめんなさい・・・」
 クロームは悪い癖だと思った。骸が好き好んで囚われているわけではないと、わかっているのに何度もどうしても、ここではなく現実で会いたいと思ってしまう。直に、触れたいと思ってしまう。
「・・・我儘ですね、私」
 自分はいつからこんなふうになってしまったのだろうと、益々俯いてしまうクロームの頭を、骸がゆっくりと撫でてきた。
 そろりと視線を向ければ、骸は微笑み掛けてくれている。
 いつだって骸は、こんなふうにクロームを、優しくあたたかく包み込んでくれた。そんな骸にとって、自分はどんな存在なのだろうか。妹みたいに思ってくれているのだろうか。でも、それもちょっと自分の望みとは違う気がすると、クロームは思った。
 少し首を傾げそうになったクロームの、頭を引き続き頭を撫でながら、骸が言う。
「僕も、早くおまえに会いたいですよ。ここでは、プレゼントも碌に贈れませんしね」
「・・・え?」
 どういうことだろうとクロームが目を瞬かせると、骸はふっと笑った。
「今日は、おまえの誕生日でしょう?」
「・・・・・・え!?」
「違いましたか?」
 つい驚いてしまったクロームは、骸がおやという顔をするから、首を横に振る。確かに今日は、もう日付も変わってクロームの誕生日だ。
 骸はクロームの誕生日を知っているし、それでも骸が暦をちゃんと把握出来る状況に置かれていると思っていなかったから、クロームは不思議だった。
「よく・・・わかりましたね」
「ええ、僕の誕生日から、頑張って数えていました」
 ニコリと笑って言う、骸のその言葉がどこまで正しいのかはわからないが、クロームにとってはもうどうでもいいことで。
「クローム、おめでとうございます」
「・・・ありがとうございます」
 骸が誕生日を祝ってくれる、クロームはそれがとても嬉しかった。
「千種たちは、祝ってくれそうですか?」
「はい・・・犬がこの前、駄菓子屋に一緒に行ったときに、麦チョコくれました・・・」
「おや、先を越されてしまいましたね」
 骸は残念そうに言ってから、クロームを覗き込んでくる。
「何か、望みがありますか? プレゼント代わりに、可能なことならなんでも、叶えますよ?」
「・・・・・・・・・」
 望みを、聞いてくれている。クロームはなんだか、ドキリとした。
 クローム自身よくわかっていない、それでも骸に何かを望みたがっているような気持ちを、見透かされたような気がして。骸はただクロームの誕生日を祝ってくれようとしているだけだろうに。
「クローム? 正直に言えばいいのですよ?」
「・・・・・・・・・あの」
 優しく問い掛けてくる骸に、このままでは自分が何を言ってしまうかわからない気がして、クロームはとっさに答えた。
「骸様のときと・・・同じでいいです」
「・・・それでは、嬉しいのは僕のほうになってしまいますよ?」
「そ、そんなことないです・・・」
 クロームがプルプルと首を横に振れば、骸はそうですか、とまた優しく微笑んで。頭を撫でながらゆっくりと顔を近付けてきて、クロームは間違ってしまっただろうかと思った。さっきよりもずっと、心臓が高鳴ってしまったのだ。
 距離がぐっと近付いて、つい目を閉じてしまうクロームの頬へと、やわらかい感触が触れてくる。
 その瞬間、またクロームの胸がドクリと跳ね上がった。他では味わったことのない、不思議な感覚。ドキドキして、苦しいのに、同時にとても嬉しい気がした。
 ついハァと息を吐きながら、クロームは離れていく骸を見つめる。すると、骸がもう一度、顔を近付けてきた。そして今度は、唇に、そのやわらかい感触を感じる。
「・・・・・・えっ?」
 やっぱり触れたのは一瞬で、つい目を丸くしてしまうクロームへと、骸は笑い掛けてきた。
「して、欲しそうに見えましたよ?」
「・・・そ、それは・・・」
 そんなこと思ってもいなかったクロームは、違うと、それでも否定出来ない。頬にキスされたとき以上に、おかしくなりそうなほどドキドキしていて顔も体も熱くって、でもやっぱりなんだか嬉しい気がして。
 骸の言った通り、自分は望んでいたのだろうか、クロームにはよくわからなかった。
「・・・嫌でしたか?」
「い、いえ!」
 それは間違ってもないから、クロームはプルプルと首を振る。
「う、嬉しいと・・・思います・・・」
「・・・・・・・・・」
 益々顔が熱を持つような気がしながら、クロームが呟くように返すと、骸は少しの間をおいてからハァと息をもらした。
 溜め息に何か呆れられたのだろうかと思えば、骸が優しく髪を撫でてきてくれるからクロームはホッとする。
「クローム、僕はね・・・」
 骸の指が髪を梳き、そのままゆっくりと、クロームを抱き寄せてきた。ギュッと強くその腕に背を抱かれて、クロームは胸が締め付けられるような感覚を覚える。
「おまえよりもずっと・・・欲深いんですよ?」
「・・・え?」
 ちょうど耳元で囁かれるように、すぐ側から骸の声が聞こえきた。
「僕のほうがずっと、おまえに会いたいと思っています。おまえを、この腕で抱きたいと・・・」
「・・・・・・・・・」
 いつも優しく接してくる骸の、その今までにない腕の力強さに、クロームはなんだか泣きたいくらいの昂りを感じる。
 会いたいと、触れたいと、そんなの過ぎた望みだと思っていたのに。骸も、同じように思ってくれている。
 クロームは堪らなく嬉しかった。
「・・・私も・・・同じ、です」
 そろりと腕を伸ばして、クロームは少し迷う。本当にいいのだろうか、骸に自分から手を伸ばしても、何かを望んでしまっても。
 怖くて不安で、それでもクロームは、骸が自分を受け止めてくれると、信じたかった。
 腕を、骸の背にそっと添わせて、そのまましがみ付く。ギュッと、クロームが力を込めるのと同時に、骸の腕もまたその力強さを増した。
 少し苦しいくらいに抱きしめられて、それ以上に心臓がどうにかなりそうなくらい痛くて、嬉しくて。
 なのにクロームは、思ってしまった。これ以上ないくらいに、今幸せなはずなのに。
 今度は、生身の骸に、抱きしめてもらいたい。直に、触れたい、触れて欲しい。
 どんどん湧き上がってくる欲求に、クロームは胸が詰まりそうになった。こんな自分は、知らなかった。
「骸様・・・私、苦しいです・・・」
「・・・おや、すみません」
 正直に言えば、骸が体を離していこうとするから、クロームは慌てて腕で引き止める。
「クローム・・・?」
「苦しいのに・・・嬉しくて、幸せです・・・」
「・・・・・・そうですか」
 ふと息をもらすように、骸が優しく笑ったのが伝わってきた。
「僕も同じですよ、クローム」
 囁くように言って、骸はクロームをまたしっかりと抱きしめてくれる。
 充分幸せなのに、まだ足りない気もして、でもやっぱり幸せで。骸にギュッと抱き付けば、胸が締め付けられるようで、なのに何故か心地いい。自分で自分がよくわからないような感覚は、やっぱりクロームを戸惑わせた。
 でも、こうやって抱きしめられていると、そんな自分も含めて丸ごと骸が受け止めてくれているような気がする。
 そうだったらいいのに、なんて望むのはやっぱり欲張りだろうかと思いながらも、クロームは骸の腕の中から出ることが出来なかった。




 END
ムックロの骸は紳士ぶってるのがなんか気持ち悪くなる原因なのではないかと思いました。
勿論、骸のほうが断然、欲深いです(笑)
(クロームがいろいろ鈍くてわかっていないので、骸もいろいろとどこまで手を出していいものか悩むようです)


(08.12.07up)