2日もしっかり寝込んだツナは、ようやく体調を取り戻して学校へ向かっていた。
今度こそ、京子に告白しよう。そう心に決めて。
獄寺が届けてくれた京子からの手紙、そこに書いてあった話というのも気にはなっている。京子が一体自分になんの用件があるのだろうか。それでも、京子に伝えたいことがあるツナにとっては、それは二の次だった。
京子と顔を合わせて会話して、ぬるま湯のような関係に居心地のよさを感じてしまえば、また往生際が悪く言い出せなくなりそうで。
学校に着いて京子の姿を見付けるなり、ツナは声を掛けていった。
「京子ちゃん、おはよう!」
「あ、ツナ君、おはよう! 風邪は・・・」
「あの!」
もう平気?と尋ねてこようとしただろう京子の言葉をさえぎって、後戻り出来ないようにツナは切り出す。
「オレ、京子ちゃんに言いたいことがあるんだ・・・!」
「え、あ・・・うん、私も・・・」
「ひ、昼休みに・・・いい?」
「うん・・・」
しっかりと京子が頷いてくれるだけで、ツナの心臓が跳ね上がって。午前中の授業は、いつも以上に頭に入ってこなかった。
梅雨の晴れ間で、今日は青空が広がっている。自然と、足は屋上に向かっていた。
「・・・今日はいい天気だね」
「うん・・・もう風邪は大丈夫なの?」
「うん・・・京子ちゃんが引かなくてよかったよ」
他愛ない会話をしながら、辿りついた屋上は運よく誰もいない。京子と二人っきり、そう思うとツナは緊張しながらも嬉しかった。
こうやって二人きりになることも、京子に声を掛けることすら、昔は出来なかったのに。そっと遠くから顔を見られるだけで、満足だったのに。
贅沢で欲張りなのかもしれない。それでもツナは、もう一歩、踏み出したかった。
チラリと視線を向ければ、京子は少し俯き加減で、なんだかちょっと緊張しているように見える。ツナの思い違いかもしれないし、もしかしたらツナの緊張が移ってしまったのだろうか。
ドキドキと脈打つ心臓の音が、京子にも聞こえてしまいそうなほど大きいような気がした。ツナは小さく深呼吸を繰り返しながら、言い出すタイミングを計る。
相合傘をしながら、告白しようとしたとき、京子はツナの言葉を待っているように見えた。都合のいい思い込みかもしれない、どちらにしても、京子からどんな答えが返ってくるとしても、今日告白しようという思いは変わらない。
そう心に決めてはいても、なかなか最初の一言が出てこなかった。
自分の上履きの先を見つめながら、それでもツナは気力を振り絞る。そして、ようやく顔を上げて口を開いた。
「「あの!!」」
タイミングがよかったのか悪かったのか、ツナと京子の声がキレイにハモって、視線もピタリと合う。また、ツナの心臓が大きく跳ねた。
せっかく勢いに乗せて言おうと思っていたのに、ツナは出鼻を挫かれたようで、つい言葉を澱ませてしまう。
「・・・あ、京子ちゃんも、話があるんだっけ・・・?」
「えっ、あ、うん・・・・」
京子は困ったように視線を彷徨わせてから、笑顔でプルプルと首を横に振った。
「つ、ツナ君の話から・・・どうぞ!」
「い、いいよ・・・京子ちゃんから!」
ツナも首を手をプルプル振って、互いに押し付け合ってしまう。こんなことしてちゃダメだ、そう思うのにツナに根付いた臆病な部分がいざとなれば首をもたげてきた。
固く決意していたはずなのに、もしかしてまた告白しそびれるのだろうかと、ツナは他人事のように悲観したくなる。
「・・・じゃ、私から」
「やっぱり!」
しかし、少し間を空けて京子がそう言った瞬間、ツナはとっさに口を開いていた。
「・・・やっぱり、オレから・・・!」
死ぬ気弾なんかに頼ったり、こんな大事な場面で躊躇ったりせず、今の自分なら京子に気持ちを伝えることが出来るはずだ。2年前の自分とは違うし、言えなくて言葉を飲み込んだ数ヶ月前の自分とも違う、ツナはそう思った。
しかし京子は、また首を横に振る。
「ダメだよ、私から!」
「え、でも・・・オレから!」
「ツナ君、私からでいいって言ったじゃない!」
「京子ちゃんこそ!」
さっきとは打って変わって、今度は二人とも譲らずに言い合ってしまった。
ツナがこんなふうに京子に言い返すのは初めてで、そして京子がこんなふうにツナに言い返してくるのも初めてのことだ。ツナはようやく、京子が自分にしたいという話が気になってきた。
それでも、京子の話がなんだろうとやっぱり、譲る気にはなれない。
自分が先だ、というやり取りを何度か繰り返してから、京子がちょっと溜め息まじりに言った。
「・・・ツナ君って、意外と強情なんだ・・・」
「京子ちゃんこそ・・・」
ツナも意外だなぁと思いながら返して、それからなんだか可笑しくなってつい噴き出してしまう。同時に、京子も笑い声をもらして、二人でしばらく笑い合った。
そうしながらも、京子のその屈託のない笑顔に、ツナは何度でも思い知る。こんなにも、京子のことが好きだと。こんな京子の笑顔を、一番近くで見ていたい。
「・・・京子ちゃん、ごめんね。でも、オレに先に言わせて欲しいんだ」
笑いが収まり呼吸を整えてから、ツナはそう切り出した。
「いい・・・?」
「・・・・・・うん」
ジッと見つめて尋ねるツナを、見返して京子が小さく頷く。
こんなふうに視線を合わせることすら、昔のツナには難しいことだった。それなのに、こうして真っ直ぐ合わせられるようになって。二人の関係も変わったし、自分自身も変わったのだと、自惚れなどでなくそうなのだと、ツナは思った。
相変わらず心臓が馬鹿みたいに高鳴って、ツナは一度深呼吸をしてから、改めて京子を見つめる。
「・・・オレは、初めて見たときからずっと・・・」
その太陽のような笑顔も、ちょっと天然なところも、意外と芯が強いところも、挙げればキリがないほど全部。
「オレは、京子ちゃんのことが・・・好きです」
2年前は死ぬ気じゃなければ言えなかった言葉を、それから今まで言いたくてもずっと言い出せなかった気持ちを、ツナは初めて自分の意思で自分の力で京子に伝えた。
「・・・・・・・・・」
大きな瞳で見つめ返してくる京子から、ツナは視線を逸らさずに答えを待つ。
告げると、恥ずかしくて逃げ出したいような気分になるのかもしれないと思っていた。だがツナは今、どこかスッキリとした、晴れ晴れしいような気分だった。
勿論、振られてしまうだろうかと考えると、嫌だし怖くて堪らない。それでも、一歩踏み出さなければ何も変わらないのだ。
そして2年とちょっと、それだけの間ずっと胸であたためていた思いを、京子に。伝えられたということ自体が、幸せなことにツナには思えた。
僅かな、ツナにとっては長く感じられた時間ののち、京子がゆっくりと口を開く。
「・・・じゃ、今度は私の番だね」
「・・・・・・・・・えっ?」
しかしその口から出てきたのは、何故かツナの告白に対する返事ではなかった。ツナが思わず目を丸くして、「返事は?」と問うより早く、京子が少し視線を伏せながら語り始める。
「最初は、正直に言うと、ただのクラスメイトとしか思ってなくて・・・」
「・・・・・・・・・」
それは、京子がツナに言いたかったことであり、ツナへの返事でもあるのだろう。
「でもね、段々・・・特別な存在になっていったの」
そして京子は、顔を上げツナを見つめると、ふわりと微笑んで言った。
「私は、ツナ君のことが、好きです」
「・・・・・・・・・・・・」
真っ直ぐ自分に向けられた、京子の言葉、笑顔。
ツナはグッと込み上げてくるものが、感情だけではないと気付いて慌てた。
「ちょ・・・ご、ごめん!」
とっさに顔を押さえながら背を向けると、京子は当然不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
そして近寄ってくるから、ツナはさらに慌てて逃げるようにしゃがみ込んだ。
京子の言葉は、ずっと片思いしていたツナにはすぐには信じられないくらいで、それでも確かに紛れもない現実で。混乱しながらも堪らなく嬉しくて、不覚にも涙が出そうになってしまったのだ。
情けない限りだが、京子の告白を聞くなりこの態度で誤解されたくはないから、ツナは目元を押さえながらも正直に言った。
「ちょっと・・・感動して・・・」
「・・・・・・・・・」
京子はツナの向かいにひょいっとしゃがんで、顔を覗き込んでこようとしながら問い掛けてくる。
「・・・泣いてる?」
「な、泣いてないよ!」
実際、泣きそうだが。そこは正直に言うことが出来なくて、ツナはブルブルと首を横に振った。
すると京子がスクッと立ち上がるから、もしかして呆れられただろうかと心配になる。ツナがそーっと視線を上げれば、自分に向かって真っ直ぐ伸ばされている手が見えた。その向こうには、京子の笑顔。
そっとその手を取り立ち上がったツナは、ドキドキしながらも繋いだままで京子を見返した。
「あの・・・」
まだ何か言わなければならないことがある気がすると思いながらも、ツナはまだ頭が真っ白になったままのようで言葉が出てこない。そんなツナに、京子のほうからニコリと笑って言葉をくれた。
「これから、よろしく、ね」
「うん・・・よろしく!!」
つい勢い込んで答えてから、ツナは京子につられて顔を綻ばせる。京子のやっぱり太陽のような笑顔を、これから誰よりも近くで見つめ守っていくことが出来るのだ。
ツナが思わず握り締めた手にギュッと力を篭めると、京子もギュッと握り返してくれた。
夢見心地のような気分になるツナを、現実に引き戻すようにそのとき、予鈴のチャイムが鳴り響く。
「・・・そろそろ、戻らなきゃいけないね」
「うん・・・」
残念だけれど手を離して、屋上を出ようと歩き出しながら、それでもツナの心は浮き立ち晴れやかだった。
まるで青く澄み渡った今日の空のようだなぁ、なんて思いながら振り返り空を見上げて。
「あれっ、曇ってる・・・!」
ツナはビックリして、思わず声を上げた。さっきまで一面晴れていたのに、いつのまにか西の端のほうに灰色の雨雲が掛かり始めている。
なんだか幸先悪い・・・と思ってしまうツナに、京子がさらに教えてくれた。
「あれ、知らないの? 今日は夕方から雨なんだよ」
「えっ! そうなんだ・・・」
数日前に失敗をしたばかりなのに、ツナは今朝晴れていたから傘を持ってきていなかったのだ。
同じ間違いを繰り返すなんてと思いながらも、この前はおかげで京子と相合傘が出来たしとも思うツナに、京子が問い掛けてくる。
「もしかして、傘持ってきてないの?」
「あ、うん・・・」
また、と京子は呆れてしまうだろうかと心配になりながらも、ツナが控え目に頷けば。京子は微笑みながら、手を差し伸べてきてくれた。
「私、持ってきてるから・・・雨が降ったら、入ってく?」
「・・・うん!」
嬉しい申し出に即座に首を縦に振って、それからツナは、なんだかさっきから京子の言うことにただ頷いてばっかりだと気付く。
いつまでも惚けてはいられない、せっかく一歩踏み出せたのだ。
「・・・あの!」
ツナは声を上げながら、先に階段を降り始めていた京子に追い付いた。やっぱりすぐには、高望みな言葉なんて言えないし大それた行動も取れないけれど。
「雨が降らなくても・・・一緒に帰ってくれる?」
それは、告白し合った今でも、ツナにとっては勇気のいる問い掛けだった。でも胸がドキドキしているのは、きっと、不安よりも期待が大きいからだろう。
そして京子は、眩しいくらいの笑顔をツナに向けてくれた。
「もちろん!」
「・・・ありがとう!」
ツナは嬉しくて思わずそう言ってから、でももうちょっと、と欲張ってみることにする。
今度は自分から手を伸ばし、人目に触れるまであと少しだけ、そう思いながら京子の手を握っていった。
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