「明日だね、ツナ君の誕生日」
一緒に下校しているとき、隣で京子がそう言ったから、ツナはつい顔をゆるませそうになった。
明日自分の誕生日、運よく学校が休みの日で、京子とデートの約束をしている。京子に誕生日を祝ってもらえるなんて、初めてではないがツナにとっては何度目でも堪らなく嬉しいことだった。
「だらしねー顔になってるぞ」
「えっ!」
傍目にもニヤニヤしてしまっていて、しかもそれを京子に指摘されてしまったのかと焦ったツナは、しかしすぐに気付く。さっきの声は、京子のものなんかじゃなかった。
「リボーン!」
そしてハッと視線を向ければ、リボーンがすぐ足元に立っている。一体いつのまに、と無駄に気配を殺して近付いてくる家庭教師にツナは思わず溜め息をついた。
せっかく京子と楽しく下校してるんだからじゃましないで欲しい、とも思うが、一方の京子はそんなリボーンにニコリと笑い掛ける。
「あ、リボーン君。誕生日おめでとう!」
そしてカバンから取り出した可愛くラッピングされたものを、しゃがみ込んでリボーンへと渡した。
「リボーン君、コーヒー飲むの好きだから。マグカップ、よかったら使ってね」
「ああ、ありがたく使わせてもらうぞ」
リボーンの返事に何様のつもりだよと内心つっこみつつ、ツナはこうやってリボーンにまで毎年プレゼントをあげる京子はやっぱり優しいなあとつい表情をゆるませる。
しかし、次にリボーンが切り出してくる話題に、ツナは今度は目を丸くした。
「明日の夜、ツナの誕生パーティーするんだ。京子も来るか?」
「いいの?」
「勿論だ。ママンも喜ぶぞ。獄寺や山本も来るしな」
「いつのまにそんな話になったんだよ」
主役なはずなのにそんなの全く知らなくて、ツナは思わず口を挟む。獄寺も山本も、そんなこと全然言ってなかったし、と思うツナにリボーンはサラリと言った。
「サプライズパーティーだ」
「・・・今言ったらサプライズになんないだろ!?」
「京子、どうする?」
思わずつっこむツナは放置してリボーンが再度尋ねると、京子は少し考える素振りをみせて、それから笑顔で答えた。
「じゃあ・・・おじゃましようかな」
「うん、歓迎するよ!」
聞いてなかった話ではあるが、京子も参加してくれるのなら、こんなに嬉しいことはない。だから嬉々としてそう言うと、何故かリボーンに足を思いっきり踏んづけられた。
「いってー!!」
「おめーが言うな」
「なんでだよ!!」
相変わらず理不尽な奴だ、とツナは思うが、リボーンはやっぱり気にした様子もなく。またサラリと、京子に向かって言った。
「んで、ついでに泊まってけ」
「「・・・えっ?」」
ツナと京子の声が、綺麗にはもる。何を言い出すんだと焦りそうになるツナだが、リボーンはいつもの飄々とした口調で勝手に話を進めていった。
「夜中まで盛り上がる予定のパーティーだからな」
「でも・・・」
「フゥ太やランボも喜ぶぞ」
「・・・・・・・・・」
またちょっと考える京子を、ツナは今度は口を挟まず黙って見つめる。京子が泊まっていってくれたら、一緒にいられる時間が長くなるから、ツナとしてはそのほうが嬉しかった。
「あ、勿論、夜はツナのベッドで一緒に寝ればいいしな」
「なわけないだろ!!」
しかしリボーンが変な冗談言うから、ツナはつい顔が赤くなりながらも、慌てて否定した。そしてリボーンは、またしてもそんなツナを放置して、京子に問い掛ける。
「どうする?」
「・・・じゃあ」
京子が口を開きながらチラリと視線を送ってくるから、ツナはドキッとした。期待があんまりにも顔に出ていないだろうかと不安にもなったが。
「そうしようかな・・・」
「!」
その誘いに乗ってくれる返事に、ツナは反射的に顔を綻ばせた。すると京子も笑顔を返してくれるから、ツナは益々嬉しくなる。
「じゃ、そういうことだな」
京子の返事を聞いたリボーンは、そう言って去っていった。
「あ、そうだ・・・」
それを見送りながら立ち上がった京子が、ふと切り出してくる。
「ケーキ、作ろうと思ってて・・・いつ渡そうかと思ってたんだけど、夜のパーティーのときに持ってってもいいかな?」
「・・・う、うん、勿論!」
断る理由なんてなかった。自分の為に京子がケーキを作ってくれる、なんてツナにとってはそれだけでプレゼント代わりになるくらい嬉しいことだ。
「本当は、驚かせたかったんだけど・・・あ、お店のみたいに立派なのは作れないと思うから、期待しないでね」
「う、うん・・・」
そうは言われても。京子が作ってくれるケーキ、それ以外にも昼はデートだし夜は泊まっていってくれるし。誕生日への期待は、募るばかりだった。
デート帰りに、一旦京子の家に寄ってケーキを持って。二人はツナの家に帰ってきた。
「そういえば、ツナ君の家に泊まるの、初めて。ちょっとドキドキする」
「そ、そうだね・・・」
笑って言う京子に、ツナも笑って答えながら。他に人がたくさんいるとはいえ、同じ屋根の下で一夜を過ごすのだから、ツナはちょっとどころじゃなくドキドキしていた。
しかしそれを紛らわせながら、めずらしく鍵の掛かっている玄関を開ける。すると、騒々しい常と違って、家の中が何故か静まり返っていた。
「あれ?」
「みんな、どこか行ってるのかな・・・」
京子が下げている視線を追うと、確かに玄関にはいつもはたくさんある靴が、ほとんどない。京子の言う通り、どこかに出掛けているのか。それともこれもサプライズの一種で、リビングに入った瞬間驚かされるとか・・・と、ツナは警戒した。
身構えながらリビングにそっと入ったが、しかしそこにも誰もいない。テーブルの上にはすでに料理は並んでいるが、作りかけなのか、大人数でパーティーするには全然足りない量だった。
首を傾げながら近付いていったツナは、テーブルの上にメモが置かれているのに気付く。母かと思えばリボーンの文字で書かれた、それを読んで、ツナは唖然とした。
『ダメツナへ ママンたちは今夜は帰ってこねー。せいぜい京子と二人っきりの夜を楽しめ。オレからの誕生日プレゼントだ』
さらに追伸に、とどめのような一言。
『大人の階段、上れるもんなら上ってみやがれ』
「・・・なんだこれー!!」
ツナが思わず叫ぶと、横から京子がひょいっと覗き込んでこようとした。
「何?」
「あっ、いや!」
ツナは慌ててメモを隠してから、動揺しながら一体どうやって説明すればいいのだろうと困りながらも、口を開く。
「なんか・・・みんな、出掛けちゃったみたい・・・」
「そうなんだ・・・いつ頃帰ってくるんだろうね」
可愛く首を傾げる京子に、ツナは何気なくサラリと言ってみた。
「うん・・・今日は帰ってこないみたい」
「・・・・・・え?」
すると京子が目を丸くして見上げてくるから、ツナもやっぱりとても落ち着いていられなくて慌てて言葉を継いだ。
「・・・・・・ご、ごめんね! なんか、困るよね! あの、遠慮なく、帰っていいよ!」
京子が帰ると言い出す前に、と。帰られるのと帰すのでは、やはり気分が違う。
「でも・・・ツナ君、一人になっちゃうよ?」
「う、うん、そうだけど・・・」
確かに、誕生日の夜に一人っきりというのは寂しい気がする。しかし、京子に泊まっていって、なんて言えるわけない。
にしてもリボーンはなんてことしてくれたんだ、とツナは思った。確かに今となってみれば、京子と山本と獄寺を呼んでおいて、京子の兄了平を呼んでいないのも、ちょっと不自然だったが。でも、そもそも山本と獄寺も呼ばれていなくてまさか京子と二人っきりにされるなんて、思ってもいなかった。
とんでもない赤ん坊だとツナが内心グダグダ考えていると、京子がふと口を開く。
「・・・あのね、ケーキ、お店のに比べたらたいしたことないと思うけど、でも頑張って作ったんだ」
「・・・うん・・・?」
突然どうしてケーキの話になったんだろうと、不思議に思いながらツナは相槌を打った。京子はツナからちょっと視線を外したまま、続ける。
「だから、ツナ君に食べて、感想も聞きたいんだ」
「うん・・・」
「それに、もう泊まってくるって言っちゃったし・・・だから・・・」
言葉を並べてい京子が、そこで詰まらせて、頬を赤くして俯いた。ツナはようやく気付く。京子は、今夜泊まっていく理由を探しているのだ。
「・・・・・・あの!」
ツナだって、京子が帰らず泊まっていってくれるなら、それが一番嬉しい。でもそれを京子に言わせるなんて男として情けないと、ツナはとっさに声を上げた。
「誕生日なのに一人っきりは、ちょっと嫌だし・・・だから、あの・・・」
やっぱり、ズバリと男らしくは言えなくて。それでもツナは勇気を振り絞って、どうにか言葉にした。
「と、泊まって・・・ってくない!?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
泊まってかない?と、泊まってく?がまざって、変な言葉になってしまった。こんなところで噛むなんて、ツナは情けなくて恥ずかしくて顔が赤くなるのを感じる。
居た堪れない思いで俯いたツナに、聞こえてきたのは京子の笑い声だった。
「ふふっ、おかしい、ツナ君」
「・・・あ、あははは!」
つられて笑いながら。こういうとき、呆れたり馬鹿にしたりせず、こうやって屈託なく笑ってくれる京子が。好きだと、ツナは改めて思った。
「じゃあ・・・そうするね」
そして京子は、今度ははにかむような笑顔で、そう言う。一瞬和んだ気分になったツナは、また一気にドキドキし始めてしまった。
リビングのソファに座って、ツナは一人で顔を赤くして緊張していた。
夕飯を食べて、京子が作ってくれたケーキも食べて。プレゼントも貰って、すごく幸せな時間を過ごして。
そして今、京子はお風呂に入っていた。微かに聞こえてくる水音に、ツナはこれ以上ないくらいドキドキしている。
が、京子が戻ってくると、さらにもっと心臓が持つか心配になるくらいバクバクし始めてしまった。
ピンク色のパジャマを着た、風呂上りの京子が、さらにツナの鼓動を早める。
「・・・お、おかえり・・・?」
何か言わないと間が持たない気がして、取り敢えず口にした言葉に、自分でなんだそれと内心でつっこみを入れる。
「・・・うん、ただいま」
でも京子はツナに合わせてそう答えてくれると。ツナの隣に、ゆっくりと腰を下ろしてきた。
少しソファが揺れてツナの体も揺れて、それだけでなんだかドキリとしてしまう。
自分たち以外誰もいない家は、しんと静まり返っていた。ツナはとても京子に視線を向けられない。視界に京子のパジャマが映るだけで、頭の中が沸騰しそうだった。
元々はそのつもりなんてなくても。付き合っていて、二人っきりで夜を過ごすことになれば、やっぱり期待してしまう。でも心の準備もしていなかったし、自信だってないし、だけど欲求だってある。
いろんな思いがグルグル頭を巡らせるツナの隣で、京子もしばらく何も言わずジッとしていた。自分から何か言ったり行動しなければならないのだろうかと、思えば思うほどツナはどうしていいかわからない。
しかしふと、隣で笑う気配がした。
「なんだか、不思議・・・」
「・・・え?」
ツナがつい視線を向ければ、京子は頬を染めながら微笑んでツナを見つめている。
「今、自分がこんなふうに、ツナ君と並んで座ってるなんて」
「・・・そ、そうだね」
ツナだって、京子が自分の隣にいることが不思議になるなんて、しょっちゅうあることだった。こんなふうに、夜二人っきりで、なんてなおさら。
「・・・あのね、ツナ君」
京子はジッと見つめてきながら、口を開いた。二人の間に、京子がついた手が、まるでツナに触れられるのを待っているように見える。
「好きだよ」
「京子ちゃん・・・」
ピンク色の頬で微笑んだ京子に、ツナはそっと手を重ねながら、顔を近付けていった。
「オレも・・・好き」
思いを言葉にすると同時に、キスを。
何度触れても、いつもこの瞬間ツナの心臓は例外なく高鳴った。やわらかい感触、少し首を傾げて受け止めてくれる京子。
堪らなく嬉しくて、堪らなく愛しくて、ツナは自然と京子を抱きしめていった。パジャマ越しの京子のやわらかさぬくもりに、鼓動はこれ以上なく早まっている。
ツナはまだ、京子と触れ合う程度のキスしかしたことがない。付き合い始めてからもう結構な月日を重ねているのに、情けないがどうしても勇気が出なかった。そもそも、一体どんな流れでそっちに持っていっていいのかも皆目見当が付かなかったのだ。
それでも、自分に自信はないが、だからそこ京子に受け入れてもらいたいという思いもある。それにツナにだって、京子に触れたいという欲求はずっと前からあった。
そして、京子も同じように思ってくれているのなら。
「・・・あの、オレ・・・京子ちゃんのこと、大事にするから」
だから、とそれを言い訳にしてねだっているように聞こえただろうかと、言葉にしてからツナは心配になった。しかし京子から、思わぬ反応が返ってくる。
「・・・なんだか、プロポーズされてるみたい・・・」
「えっ!?」
そんなつもりなかったとか、いや勿論将来的にはそのつもりだけどとか、そんな言葉もツナはとっさに言えなかった。それより前に、京子の囁くような小さな声が、届く。
「・・・嬉しい」
「・・・・・・・・・」
一体どんな表情で言ってくれているのだろう、それを知りたくて顔を覗き込めば、京子は微笑んでいた。
湧き上がる喜びや愛おしさを、ツナはやっぱり言葉に出来ない。代わりにそっと口付けると、もう一度ギュッと抱きしめていった。
そうしながら、このままいいのかな、とツナは思う。ソファでというのはどうかとも思うが、仕切り直してベッドで、なんてこととても出来そうにない。それよりは、このまま自然な流れで臨みたかった。
「・・・京子ちゃん」
とはいえ、京子にそのつもりがなければツナも何も出来ない。でもどう確かめていいかもわからなくて、ツナはただ名を呼んだ。
すると、京子がコクリと頷く。それはツナが問いたいことへの返事だったのかはわからなくて、でもツナにとってはそれで充分だった。
「っ、京子ちゃ・・・ん!?」
勢いに任せ共にソファへ倒れ込もうとしたツナは、しかし何故か次の瞬間グルリと視界がまわる。
「うわっ!」
「きゃっ!」
体勢を崩したツナは、しかも京子まで巻き込んでしまって。せめてとっさにかばって京子を腕の中に抱いたまま、ツナは背中から床に落下した。
ソファからだからたいした衝撃ではないが、全く痛くないわけでもない。顔をしかめるツナを、京子が慌てて上から退きながら覗き込んできた。
「ツナ君、大丈夫!?」
「き、京子ちゃんこそ! ごめ・・・っ」
自分のことより京子のことが気になって体を起こそうとしたツナは、しかし右手を床についた途端痛みが奔って再度顔をしかめる。
「どうしたの、ツナ君!?」
「ちょっと・・・手首捻ったみたい・・・」
心配そうな京子に、隠し通せるものでもないのでツナは正直に話した。
京子は救急箱を取ってきて、手当てをしてくれる。すっかり、さっきまでのいいムードは吹っ飛んでしまっていた。
せっかくの機会をドジ踏んでぶち壊してしまった自分が、不甲斐なくて情けなくて。でもツナは、正直なところ少し安堵もしていた。思わずホッと溜め息をつきそうになるのを、京子の手前抑える。
「・・・でも、・・・ごめんね」
「・・・え?」
そんなとき、ツナの手首にシップを貼りながら、京子がそう口を開いた。京子が謝るようなことなんてないはずなのに、首を捻りたくなるツナに、京子は少し躊躇いがちに続ける。
「こうなって・・・ちょっと、ホッとしてるの」
「・・・・・・・・・」
それはつまり今晩は何もなくてよかったということで、つまり京子はそのつもりなんかなかったってことで・・・と、ツナは一気に青褪めそうになった。
だったら土下座でもなんでもして謝らなければ、と思ったツナにしかし京子は赤い頬で微笑み掛けてくる。
「心臓がね、ドキドキし過ぎて苦しくって・・・どうしていいかわからなかったから」
「・・・・・・」
ツナは、嬉しかった。胸が痛いくらいにドキドキしていたのは、自分だけではなかったのだ。
「・・・実は、オレも同じだった」
「一緒だね」
情けないから隠しておいたほうがいいのだろうかと思いながらもツナが正直に言えば、京子は嬉しそうに笑ってくれる。
「京子ちゃん・・・」
捻った手首にそっと触れている京子の手に、ツナは左手を重ねていった。
京子はいつだってどんな自分も笑顔で受け止めてくれる、だからツナも笑顔でいられる。京子が好きだ、好きで好きで堪らない、何度でもツナはそう思った。
そんな京子に、これからもずっとずっと一緒にいて欲しい、毎年誕生日を祝って欲しい。いつか、全部を受け入れて欲しい。
でも今はこれで充分だと、握った手に力を篭めて。微笑む京子に触れるだけのキスをすれば、それだけで早まる鼓動をツナは感じた。
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