テーマ「呼び方」 ツナ京/ヒバディノ山獄




ツナ×京 
(新婚さんです)


 新婚ホヤホヤのツナと京子には、最近日課になっていることがあった。
 互いの名を、余計なものを付けずに呼び捨てで呼び合う、練習をすることである。
 というのも、結婚までしているツナと京子は未だにこう呼び合っているのだ。
「京子ちゃん」
「ツっ君」
 と。
 さすがに結婚してまでそう呼び合うのはどうなのか、というのが二人の一致した意見であった。だが、長年そう呼び続けていた二人が、そう簡単に直せるわけもなく。
 だから二人は毎日、ふと思い出したように、互いを呼び捨てし合う時間を作るのだった。
 そう、今日も。
「・・・でさ、京子ちゃん」
「あ、ツっ君!」
 自然に京子に「ちゃん」付けをしたツナに、京子はハッと反応する。とはいえ指摘しようとする京子だって、「君」を付けてしまっているが。それに自分でも気付いたようで、京子は頬を赤くしながら口を開いた。
「・・・あの、京子だよ、つ、綱吉」
「あっ、そ、そうだったね! ・・・きょ、京子」
 慌てて言い返すツナの顔も、京子に劣らず真っ赤になっている。新婚のくせにこれだけのことで、というようなことで照れたり恥ずかしがったりするのが、この二人なのだ。付き合い始めてから、およそ10年くらい経つのに、そんなところは全然変わらなかった。
「やっぱり、つい、忘れちゃうね・・・。なんか恥ずかしいってのもあるんだけど・・・」
「うん・・・でも、こればっかりは慣れるしかないから、頑張らないとね!」
 グッと両手を握って言う京子が可愛くて、ツナはつい頬をゆるませる。すると、一緒に気合をいれて欲しかったようで、京子がちょっと唇を尖らせた。
「もう、ツっ君、何笑ってるの?」
「あ、ごめん、京子ちゃんが、か、可愛いなって思って・・・」
 正直に言ったツナも、言われた京子も、また揃って顔を真っ赤にしていく。
 目を合わせられないように視線を伏せていた二人は、パッと同時に顔を上げた。
「あっ、オレ、また言っちゃった!」
「うん、私も・・・」
 顔を見合わせて、一緒に噴き出すように笑って。いつまで経っても呼び捨てにし合えなくて、でもこんなやり取りが楽しくて、ずっと続けていきたい気もするツナだった。
「なんだか、オレ、ずっとちゃん付けで呼んじゃいそう・・・」
 あながちあり得ない話ではない、とツナは眉を下げて笑う。だが京子は意外にも、首をコクリと横に傾げた。
「それは・・・ないんじゃないかな」
「えっ?」
 てっきり、私も、と返ってくると思っていたツナはちょっと驚く。
「どうして?」
「だって・・・」
 言いかけて、しかし京子は頬を赤くしながら口を閉じてしまった。そんなふうに言葉を切られてしまうと、余計に気になってしまう。
「なんなの? 京子ちゃん」
「そ、それは・・・」
 ツナが何度か呼び掛けると、京子がやっともう一度口を開いた。視線を下げて、ようやくツナの耳に届くくらいの、小さな声で。
「だって・・・子供が出来たら、お父さんお母さんって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 子供。お父さん、お母さん。
 ツナの脳裏に瞬時に、赤ちゃんを抱く京子とその隣に寄り添う自分の姿が描かれた。ツナの得意な妄想、しかしそれはむしろ、遠くない未来にきっと実現するだろう光景。
「・・・あっ、そ、そうだよね・・・っ!!」
 ツナは同意しながら、顔だけじゃなく体中熱くなった気がしていた。京子もそうなのだろう、二人は再び目も合わせられなくなってしまう。
 しばらく俯いて、それからそっーと上げた視線が、ちょうど合って。どちらからともなく、二人して笑いをもらす。頬をピンクに染めながら、はにかんだような笑顔。
 充分幸せそうな二人にとっては、互いの呼び方なんて、瑣末な問題なのかもしれない。












ヒバ→ディノ


「よし恭弥、ちょっと休憩するか」
 本日は海辺での修行。雲雀の動きが少し鈍っているのに気付いたディーノは、そう言って鞭を引いた。最初は休憩なんて言っても聞いてくれなかった雲雀だが、そのうちに渋々だが従ってくれるようになっていた。おそらく、そのほうが結果的に思う存分戦えると気付いたからだろう。
 だが、今日の雲雀は、すっとトンファーを下ろしてはくれなかった。
「・・・ねえ、それ、やめてくれない?」
「・・・・・・それ?」
 雲雀の殺気が消えないから身構えながらも、ディーノは首を傾げて問い返す。すると苛立ったように、雲雀の眉がしかめられた。
「人の名前を呼び捨てにするの、やめてって言ったよね」
「・・・まあ・・・そーだけど」
 ディーノは益々首を傾げたくなる。確かに数日前にそう言われたが、それ以降もディーノは気にせず雲雀を恭弥と呼び続けていたのだ。あれ以来特に何も言われなかったから、てっきり雲雀も諦めたと思っていた。
 どうして今さら、と思うディーノに、雲雀はトンファーを振りながら歩み寄ってくる。
「僕が勝ったら、やめてよね」
「・・・・・・まあ、いーか」
 雲雀の考えていることがよくわからないが、それはいつものことのような気もして。おとなしく付き合ってやろうと、ディーノは改めて鞭を握り直した。

 それからしばらくの攻防の末、ディーノは疲れの見えていた雲雀の手からトンファーを叩き落した。
「・・・オレの、勝ちだな」
「・・・・・・・・・」
 今度こそ引き寄せた鞭を束ねていくディーノを、雲雀は荒い呼吸を整えながら睨んでくる。その視線は、ディーノも思わず後退りしたくなるようなもので。
 普段から剣呑な視線を向けてくる男ではあるが、しかしそんなに気に入らないのだろうかとディーノは考えた。
「・・・わかったよ、これからは恭弥って呼ばねーよ」
 そんなに自分に名を呼ばれるのが嫌なのかと思うと、ちょっと先生として悲しくなるディーノだが。無理に呼び続けて雲雀の機嫌を損ねては意味がない。
「な、雲雀」
「・・・・・・・・・・・・」
 ディーノが口に馴染まない名で呼び掛ければ、しかし何故か、雲雀の表情がさらに険しくなった。
「・・・・・・いらない」
 それから呟くように言ってくるから、ディーノは目を丸くする。一体何がいらないのか、全くわからない。そんなディーノを、雲雀は相変わらずの不機嫌顔で睨め付けてきた。
「憐れみ? そういうのが一番、気に入らないんだけど」
「・・・・・・・・・」
 一番、ということは名前を呼び捨てにされるよりも、ということだろうか。雲雀の言うことはいちいち、ディーノにとっては解釈しづらい。
「つまり、恭弥って呼んでもいいってことか?」
「そう、言ってるじゃない」
 いや、言ってはいない、と心の中でついつっこみながら。でもどうせ雲雀のことだから、またそれを理由に勝負を挑んでくるのだろうと、ディーノは半分諦めながら思った。
 のだが、意外な言葉が雲雀の口から出てくる。
「・・・あなたには、呼ばせてあげる」
「・・・・・・・へっ?」
 まるで許すような言い方に、ディーノは驚いた。思わず雲雀にパッと視線を向けたディーノは、さらなる驚愕を覚える。
 さっきまで随分と不機嫌そうだったはずの雲雀が、何故か笑っていたのだ。好戦的なときの笑顔とは少し違う気がする、しかし何か挑むような笑顔が、ディーノに向けられている。
「責任は、ちゃんと取ってね」
「・・・・・・・・・はあ!?」
 さらにそんなことを言われて、ディーノは何がなんだかわからない。呆気にとられるディーノを置いて、雲雀は休憩を取る為かさっさと歩き出した。
「え、いや・・・なあ、恭弥?」
 展開が全く理解出来ないディーノは、そんな雲雀を取り敢えず追い駆ける。だが隣に並んでも、雲雀はディーノのほうを見ようともしないし、口を開こうともしない。
 首を傾げるしかないディーノだった。




「恭弥」
 と呼ばれるたびに、なんだか胸がザワザワするようで、不快だった。
 だから呼ぶのをやめてもらおうと思ったのに、負けてしまった上に。
「雲雀」
 だなんて、呼んできて。それを望んでいたはずなのに、嬉しくなんてなくて。それは、勝手に譲歩するような態度が気に障ったわけではなく。
 おかげで、気付いてしまった。名を呼び捨てにされること、それが気に入らないわけではなかったのだ。むしろ、その逆だったのだと。
 そうとわかれば、あとは本人に責任取ってもらうだけ。
「恭弥」
 この世でただ一人、そう呼ばせてあげる理由に、早く気付きなよね。




しかし何気にロマーリオにも、「恭弥」と呼ばれてますが・・・ (そこには 目を 瞑る)












山×獄


「なあ、獄寺」
「・・・んだよ、野球バカ」
 隣を歩く連れ人に呼び掛けた山本に、獄寺は少し経ってからようやく返事を返してくる。いつもの、呼び名で。
「なー、それ、どうにかなんねーの?」
「あー?」
 苦笑いしながら問い掛ける山本に、獄寺はチラリと視線を向けた。不機嫌そうな、いつもの表情で。
「ほら、野球バカ、って呼び方」
「野球バカは野球バカだろうが」
 にべもない獄寺の返答に、山本はさらに苦笑いを深めるしかない。
「そう言わずにさあ」
「・・・つーか、今さらなんだよ」
 今さら、山本は獄寺のその主張もわからないではない。獄寺は会った早々に、野球バカ、と山本を呼び始めて。それからもう、2年は経つ。
 だが、山本には山本の主張というものもあった。
「でもさ、むしろ今だからこそ、とも思わねー?」
「・・・・・・はぁ?」
 意味わかんねーと言いたげにしかめられたその顔が、次にどうなるのか、容易く想像が付きながら山本は口を開く。
「だってさ、せっかくオレたち、付き合い始めたんだしさ」
「なっ!」
 山本の思った通り、獄寺の顔が瞬時に真っ赤になった。それから、プイッとあさっての方向を向いてしまう。
「べ、別に! 付き合ってなんかねーし!!」
「ふーん・・・」
 わかり易い獄寺の照れ隠しに、山本は面白いからしばらく付き合ってみた。
「そっかー。獄寺は、付き合ってもないやつと、キスとか出来んだな」
「!!」
「てゆーか、付き合ってると思ってたの、俺だけだったんかな」
「・・・・・・・・・」
 ハッとしたように山本のほうを向いてきた獄寺が、しかしまたパッと視線をそむける。
 しまった、と思いつつも、どう訂正していいかわからないから困って。もしかして山本を傷付けたんじゃないかと思うと、不安で。
 そういったところだろうと、山本は見当をつけた。
 だったら最初から素っ気ない態度を取らなければいいのに、でもそれが獄寺で。悪いと思ってるなら謝ればいいのに、それがなかなか出来ない、それが獄寺で。
 そもそも別に傷付いてなんてない山本は、そんな獄寺の頭をポンポンと叩いた。
「な、何すんだよ!!」
 弾かれたように山本のほうを向いてくる獄寺は、やっとこっちを向ける口実が出来たとホッとしている、ようにしか見えなくて。笑ってしまいそうなのを、山本はどうにか堪えた。
「わかってるって、ちゃんと、な」
 山本がニッと笑って言うと、獄寺は小さく口元で呟く。別にいらねー、とか、なんのことだ、とか。言葉をはねつける一方で、獄寺は頭に乗ってある手をはねのけようとはしなかった。
 それを嬉しく思いながら、しかしあんまり調子に乗ると臍を曲げられてしまうし。山本は、最後に数度銀髪を撫でてから、手を離していった。
 そのとき獄寺が一瞬見せる表情が、別にやめろって言ってないだろ、と言いたげに少し不満そうなものだと、山本はようやくわかるようになっていた。
「それにさ、俺、実はそんなに嫌いじゃねーのな」
「・・・・・・何がだよ」
 どうでもいいけど、と続けながらもちゃんと話に付き合ってくれる獄寺に、山本は正直に話す。
「お前に野球バカって呼ばれるの」
「はあ?」
 眉をしかめた獄寺に、山本は対照的にニッコリ笑い掛けた。
「だって獄寺、大事なときはちゃんと、山本って呼んでくれるしな」
 たとえば咄嗟のときだとか、たとえば腕の中にいてくれるときとか。
 山本の嬉しそうな笑顔の理由が、わかってしまったらしく、獄寺はまた顔をさっと赤くしていった。
「・・・・・・べ、別に、わざわざ使い分けてるわけじゃねーよ!!」
 そう怒鳴るように言う獄寺は、わざとじゃないからこそ嬉しいのだ、ということまではわかっていないらしい。
「うん、わーってるって」
 思わず笑ってしまいながら、山本はつい我慢出来なくて、もう一度獄寺の頭を撫でた。さすがに今回は、やめろと振り払われるかと思えば。
 意外にも獄寺は、嫌がらず山本の手をおとなしく受け入れる。だから山本は、これだからやめられないんだ、と思いながら獄寺の頭をそのまま引き寄せた。
 素直じゃなくて捻くれものの獄寺の、言動にそっと潜む自分への愛情表現を見付け出したとき、ほらこんなにも楽しくて嬉しい。