テーマ「背中」 ツナ京/ヒバディノ1/ヒバディノ2/正スパ
ツナ+京
角から飛び出してきた人とぶつかって、京子はうしろに尻もちをついてしまった。
「ちょっと! ・・・京子、大丈夫?」
謝りもせず走っていってしまった男子生徒に怒鳴っていた花が、諦めて京子を振り返り窺ってくる。
「立てる?」
「うん・・・」
大丈夫、と言い返しながら立ち上がった京子は、しかし右足首に痛みを覚えた。
「いたっ」
「あちゃー、捻ったのかもね」
京子が思わず声を上げると、花は顔をしかめてから、しかしすぐに逆に笑顔を浮かべる。
「ちょうどいいとこに来た」
「え?」
花が向いているほうへ京子も視線を向けると、ツナがこっちに歩いてきていた。めずらしく獄寺と山本と一緒ではないが、京子たちと同じく移動教室に向かう途中なのだろう。
「沢田!」
「黒川・・・と、京子ちゃん!」
途中から駆けてくるツナに、花が遠慮なく切り出した。
「京子が足を捻ったみたいでね。あんた、保健室連れてってやってよ」
「えっ、だ、大丈夫!?」
慌てて問い掛けてくるツナに、京子は曖昧に頷いて返す。
「うん・・・多分」
「だから、それを診てもらいに保健室行くんだっての。早くおぶってやりなよ」
やっぱり遠慮ない花の言葉に、今度は京子も思わず声を上げた。
「「えっ!?」」
確かに足首が痛むが、それでもツナにおんぶしてもらうなんてとんでもない。ツナも突然そんなことを頼まれて、困っているように見えた。
「大丈夫だよ、ツナ君。一人で行けるから・・・」
「ダメだよ!」
迷惑は掛けられないと京子が言えば、しかしツナはキッパリとした口調で言い返してくる。
「捻挫とかしてたら大変だし・・・オレでよかったら、力にならせて」
そしてツナは、言葉を証明するように、しゃがんで京子に背を向けた。
「・・・京子ちゃんは、嫌かもしれないけど」
「嫌じゃないよ!」
とっさに否定してから、京子はここで断ると逆に失礼かもしれないと、ツナの好意に甘えてもいいのかもしれないと思う。
「じゃ・・・あの、お願いするね・・・」
「うん、どうぞ」
ホッとしたように笑ってから前を向くツナの、肩に手を掛ける。そしてツナが立ち上がるのに合わせて、その背に体を預けていった。
「沢田、変なとこ触るんじゃないよ」
「さ、触んないよ!」
花の揶揄うような一言に、ツナは即座に否定したが、おかげで京子はつい意識してしまって、ちょっとドキッとする。父と兄以外の人におんぶしてもらうのなんて初めてで、なんだか恥ずかしいような気分だった。
「じゃ、先生には言っとくから」
「あ、ありがとう、花」
教室に向かう花に背を向けて、ツナは保健室に向けて歩き出す。すぐにチャイムが鳴って、廊下に人通りはなくなった。
誰にも見られる心配がなくなってホッとする一方で、静まり返る校舎の中でツナと2人っきり、しかもおんぶしてもらっているという状況を京子は余計に意識してしまう。
「あの・・・お、重くない?」
声を掛けると迷惑かと思いながらも、京子はどうしても気になって問い掛けた。
「あ、うん、全然・・・」
ツナはすぐに返事を返してから、続けて冗談なのか本気なのかわからない口調で言う。
「羽みたいだよ」
「それは言い過ぎだと思うけど・・・」
「そうかな」
ツナが笑うのが、体から伝わってきた。
そうしている間もツナの足はとまらないし、しっかりと京子の体を支え続けてくれている。あんまり背は自分と変わらないのに、すぐ目の前のツナの背中がとっても逞しく見えた。
京子のドキドキは、さらに募っていって。
保健室までもっと遠かったらいいのに、京子はそう思った。
ヒバ×ディノ 10年後くらい。
ギシリとベッドが揺れて、ディーノは目を覚ました。雲雀がシャワーを浴びている間に、ついウトウトしてしまっていたようだ。
数時間前に来たばかりなのに、長居は出来ないらしくすでにほとんど身支度を整えている雲雀は、ベッドの縁に腰掛け上着を羽織っていく。
その背中を眺めながら、ディーノはなんとなく思ったことをそのまま口にした。
「恭弥、大きくなったよなー・・・」
雲雀はボタンを留めていた手を一旦とめて、ディーノを振り返り揶揄うように笑う。
「年寄りくさいセリフだね」
「・・・まあ、確かに老けたけどさ」
今だって、起き上がる気力もなくてだらしなく寝そべったままだ。対する雲雀は、全く疲労感を感じさせず余裕の表情を浮かべている。
「おまえ、元気だよなー・・・」
「あなたよりはね」
「そりゃ・・・7つも違ぇーし」
オレだって十年前は、なんてつい考えるディーノに、雲雀が手を伸ばしてきた。そして、ディーノの髪をふわりと撫でながら、僅かに微笑んで言う。
「あなたは変わらないよ」
「・・・だから、老けたっての」
苦笑して返しながらも、ディーノも雲雀がどういう意味で言ってくれているのか、なんとなくわかっていた。おそらく、内面の話をしているのだろう。
「まあ・・・変わらないって、褒め言葉かそれとも逆か、微妙だけどな」
変わらないということは、逆に言えば進歩や成長がないということだ。勿論、雲雀が好意的に変わらないと言ってくれたのもわかっている。
「恭弥は・・・変わったよな」
大きくなり大人びた外見だけではなく、出会った頃と比べて、雲雀は随分と変わった。ディーノは昔を振り返りながら、つい溜め息まじりに言う。
「正直、懐かしくなることはあるんだよな。人の話は聞かないし乱暴ものだし何考えてんのかわかんねーし・・・そういう恭弥が、さ」
「ふぅん・・・」
雲雀は引き続きディーノの髪を撫でながら、小さく笑った。
「それは、申し訳ないことをしたかな」
「・・・・・・・・・」
その、触れてくる手も向けてくる表情も声も、優しい。こんなふうにわかり易く、自分が特別なのだと感じさせてくれるなんて、昔の雲雀ではあり得ないことだった。
勿論、それはディーノにとって、幸せな変化だ。
だからこそ、あの頃の雲雀をただ懐かしく微笑ましく、思い返すことが出来るのだろう。
「でも、変わってないところもあるけどな。たとえば・・・おまえは相変わらずオレより小さいし」
「・・・そうだね」
ディーノが冗談めかして言うと、雲雀は昔とは違って軽く流してくれるのかと思えば。髪を撫でていた手を滑らせて、ディーノの頬を思いっきり抓ってきた。
「い、イテっ!」
ディーノは反射的に逃れるように、雲雀の手を振り解いて体を起こす。
「何するんだよ・・・」
「乱暴ものの僕が好きなんでしょ?」
ディーノが頬を押さえながら恨みがましい視線を向ければ、雲雀はシレッとそう言った。
しかし、今度伸ばしてきた手は、優しくディーノに触れてくる。続けて、ちょっと赤くなっている頬に、軽くキスしてきてから。
「やっぱり、あなたも変わったよ」
雲雀は、さっきの自分の言葉を否定してきた。
「昔ほど騒々しくなくなったし、煩わしくなくなったし、面倒くさくなくなったし」
「・・・やっぱ、褒められてんのか逆なのか微妙だな・・・」
昔は一体どう思われていたんだと、ディーノは素直に喜んでいいものかと思う。
だが、次の雲雀の言葉に、ディーノは雲雀から自分に向かう深い愛情を感じた。
「・・・あなたを鬱陶しく感じなくなったってことは、やっぱり僕は変わったんだろうね」
「・・・・・・・・・」
本当にその通り、互いに相手に添うように変わってこれたのならいい。ディーノはそう思いながら雲雀に手を伸ばしていった。
まだ少し湿っている黒髪に指を通せば、雲雀のほうから近付いてきて、軽く口付ける。しかしすぐに離れていくと、付けたばかりの腕時計を確認していった。
「・・・そろそろ、行かないと」
「あ、ちょっと待ってくれ」
すぐに立ち上がる雲雀を、ディーノは慌てて引き止める。そして促すままにもう一度近寄ってくる雲雀へ、今度はディーノのほうからキスを贈った。
「行ってこい、恭弥」
「・・・行ってくるよ」
雲雀は、ディーノの言葉を自然に受け止め、自然に応えてくれる。
それから部屋を出ていく雲雀の背中を、ディーノは見送った。こんなとき、寂しくはあっても不安に思うことがなくなったのは、二人の関係が変わったからだろう。
次、を疑わず待つことが出来る、10年二人で築き上げた絆を信じられる関係へと。
ヒバ→ディノ (修行中)
「おっと、悪い、抜けるぜ」
携帯に出ていたディーノの部下が、そう言って場を外す。戦闘に集中していた二人にとって、それは唐突といえることだった。
部下がいないところでは、ディーノは運動神経がガタ落ちになる。手合わせするようになってずっと一緒にいるから、雲雀もすでにそれを察していた。
強い彼を咬み殺さなければ意味がない。だから雲雀は、部下がついていないディーノとは戦わないことにしていた、のだが。
部下はすぐに木々の間に紛れて見えなくなり、今まさに振り下ろしたトンファーをとめることは出来ず、そしてディーノは部下がいなくなった途端に律儀に鞭を落とし足を滑らせて。
雲雀のトンファーは、勝手に倒れようとするディーノの背中に、追い討ちをかけるように命中した。
「・・・い・・・ってー!!」
雲雀の手には確かな手応えがあって、やはり相当ダメージがあったのかディーノが声を上げる。そしてそのまましゃがみ込んでいくから、雲雀はつい様子を窺った。軽傷ならともかく、当分戦えなくなったらつまらない。
「あー・・・あ、いや、そこまで痛ぇってわけでもねーけど」
ディーノは気を遣ったのか振り返ってそう言ってくるが、雲雀は構わずすぐ背後に膝をついた。そして血が滲み出しているTシャツを捲り上げる。
「・・・どーだ?」
やっぱり気になるようで尋ねてくるディーノに、やっぱり雲雀は構わずその背をジッと見つめた。
ディーノの背中なんて、見るのはこれが初めてだ。自分よりも大きな背中には、今出来たばかりの傷以外にも、いくつも傷跡があった。
ここのところ雲雀が付けた傷もあるが、ほとんどがずっと以前に付いたのだろう跡だ。マフィアなんてやっているらしいし、実際に戦ってその強さを思い知っていてなお、ディーノの普段の呑気な様子には似つかわしくないように思える。意外に多い傷跡はそのまま、雲雀の知らない今までのディーノの人生を象徴しているような気がした。
そこに今自分が傷を付けたのだと思えば少し嬉しいが、それもそのうち治って消えるのかもしれない。跡として残っても、その他多くと同じように、すぐに忘れ去られてしまうのだろうか。
「恭弥? どうしたんだ?」
ちっとも反応を返さない雲雀に、ディーノが聞いてくる。前を向いたままのうしろ頭を少し見つめてから、雲雀は真新しい傷に指を触れさせた。
どうすればディーノに、忘れられない無視出来ない跡を残せるのだろうか。そんなふうに思いながら、雲雀は傷を抉るように爪を立ててみた。
「痛ぇーよ、恭弥!」
途端に抗議してくる声は、しかし切実さなど少しもない軽いものだ。痛みなんて、ディーノにとっては取るに足らない感覚なのかもしれない。
爪を立てたせいでまた血が溢れ出した傷口へ、雲雀はなんとなく近付いて、今度は唇で触れてみた。触れているのは指だと思っているのだろう、ディーノの反応はない。
隙間から僅かに入り込んでくる、血の味が、妙に甘く感じられた。
「恭弥、だからどうなんだって」
ずっとおとなしくしていたディーノが、さすがに待ちくたびれたようで、そう言いながら振り返ってくる。雲雀は寸前で顔を離し、そのまま立ち上がった。
「・・・別に、どうもなってないよ」
「そっか」
雲雀の答えに、Tシャツを元に戻しながらディーノは軽い口調で答える。そして何事もなかったかのように、落とした鞭を拾っていった。
やはりディーノには、その程度の傷なんて、次の瞬間には忘れる程度のものでしかないのだろう。
ディーノに背を向けながら、雲雀はつい、自分の唇に指を触れさせた。ディーノに触れた、僅かな感触も味も匂いも、すぐによみがえってくる。
ディーノに、何かを残したいと思っていたのに。結局、また一方的に自分の感覚が、感情が波立つだけだった。
ディーノには何も残らず、自分ばっかり忘れられずとらわれているようで。気に入らなかった。そんなのは、許さない。
だったら何をすればディーノに自分を刻めるのだろう、雲雀はそれを考えながら、まだ甘さが残っている気がする唇を舐めた。
正×スパ
二人で何かをする、というわけではなくても、なんとなく側にいるのが心地よくて。同じ部屋にいながら正一とスパナは、特に言葉を交わすことなく互いの作業に没頭していた。
論文を読み漁っていた正一は、一区切りついたところで手をとめ、大きく伸びをする。それから視線を移せば、スパナは部品の組み立てに夢中になっていた。
それを見て、正一は思わず声を掛ける。
「スパナ・・・猫背、酷いよ?」
スパナの背中はその名の通り猫のように丸まっていて、あまりに不健康な姿に正一はつい指摘してしまったのだ。
とはいえ熱中しているスパナに声は届かないかとも思ったが、少し間を空けてからスパナが正一を振り返ってきた。
「・・・正一も」
そして指差して言われ、正一は自分も思いっきり背を屈めているのに気付く。確かに正一も人のことを言えないくらい猫背の癖があった。熱中するあまり前のめりになるのはメカニックの習性なのだろうか。
「そうだよ・・・だから、戒めも兼ねてというか・・・」
答えて一応背を真っ直ぐ伸ばしながら、でもいつもいつのまにか曲がってるんだよなぁと正一はぼやくように思う。
するとスパナが立ち上がって、部品と工具を手にしたまま、そんな正一に歩み寄ってきた。そして、どうしたんだろうと見守る正一の背に、自分の背を預けるようにしてしゃがみ込む。
「・・・スパナ?」
そのまま作業を再開するスパナに、正一はどういうことかと顔だけで振り返った。
「これなら、猫背にならない」
「・・・・・・」
そりゃあ、正一の背中に凭れさせていれば、スパナの背中は前屈みにはならないだろうが。
「・・・僕が、なるんだけど・・・」
スパナからの圧力もあって、正一の背中はすでにすっかり曲がってしまっていた。ちょっと困る、と遠まわしに苦情を言えば、スパナからは簡潔な返事。
「頑張れ」
「・・・・・・・・・」
正一は、諦めたようにはぁと溜め息をついた。部品を弄っているスパナは、こうなれば自分から動いてくれることはないだろう。だったら正一が移動すればいいのかもしれないが、せっかくスパナと背中合わせなのだと思えば、勿体なくて離れがたかった。
とはいえ、猫背がこれ以上酷くなるのも防ぎたいから、正一は出来る限り背をピンと伸ばしてみる。そうしてみれば、互いに支え合い凭れ合うこの体勢は、意外と楽かもしれないと正一は思った。
そこからまた、正一は論文にスパナは部品に、それぞれ没頭する。
それでも、背中が触れ合っているから、正一はスパナの存在をさっきまでよりも強く感じた。勿論それは、じゃまなんかではなく、心地よいもので。
背中から伝わってくる、ゆるやかな呼吸や体温。それらは安らぎをもたらし、次第に正一は眠気に襲われていった。
論文をめくる手もいつのまにかとまり、半分夢の世界に足を突っ込んで、うつらうつらとし始める。すると、それまで無意識にバランスを取っていた背が、スパナの背とずれてガクッと体が倒れそうになった。
「・・・うわっ!」
ハッと目が覚めて正一が慌てて手を床につき体を支えると、同時に背後でスパナの体がゴロリと倒れ込む。
「ご、ごめん、スパナ!」
正一が謝りながら覗き込めば、仰向けに転がったスパナは、ボンヤリと目を開いた。
「・・・・・・うん」
口調もいつもよりボンヤリとしていて、どうやらスパナもウトウトしていたらしい。一応工具は手にしたまま、それでもスパナは起き上がることなく目をショボショボさせていた。
「・・・眠いのかい?」
研究に夢中になっているときは平気で寝食も忘れるのにと、自分もそうだが、正一はちょっと不思議に思う。
「うん・・・なんか、気持ちいい」
「・・・・・・・・・」
それはもしかして、正一がスパナと背中合わせの体勢に心地よさを感じた、それと同じなのだろうか。
それぞれ作業に夢中になっていたはずなのに、揃って眠くなってしまうなんて、なんだか正一は嬉しかった。
「僕も・・・なんだか眠くなってしまってね」
どこまで読んだのかハッキリしない論文は、あとまわしにすることにして。
「ちょっと、昼寝しようか」
「・・・・・・うん」
素直に頷いたスパナは、目を閉じてそのままスッと眠りに入っていってしまった。正一も眼鏡を外してから、スパナの隣に横になる。
すぐ真横に見えるスパナの寝顔を眺めながら、でも背中合わせのさっきより、距離が離れてしまった気がして。
せめて僅かでも触れ合いたいと、ドライバー握ったままのスパナの腕にそっと腕を絡めながら、正一も心地よい眠りに引きずり込まれていった。
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