愛しい人との日常で10のお題






2・変わらない君
 (スク×ディノ)


 連絡があってから30分少々、ディーノに窓を叩く音が聞こえてきた。駆け寄りカーテンを開けると、やはりバルコニーにスクアーロが立っている。
「よく来たな」
「おぉ」
 扉を開けると、夜の空気と共に部屋に入ってきたスクアーロから、僅かに血の匂いがした。おそらく任務帰りなのだろう。
「腹、減ってるか?」
 どこにも寄り道していないのならそうだろうと、問い掛ければやはり肯定が返ってきた。
「あぁ、腹ペコだぁ」
「じゃ、用意させるから、その間にシャワー浴びてこいよ」
「あぁ」
 スクアーロはディーノの言葉に従ってバスルームへ向かい、ディーノは食事の用意を頼んでから、お先に一人でワインを飲んで待っている。大体これが、夜中スクアーロが訪ねてきたときの流れだった。
 スクアーロはたまにこうやって、ディーノを訪ねてくる。「今から行っていいか」と携帯から連絡が入り、ディーノが大丈夫だと言えば、それから1時間もしないうちにこうやって窓からやってくるのだ。
 近くまで来てから連絡をしてくるスクアーロに、もしダメだと言ったらどうするのだろうと思うが、幸いにも今までにそんなことはなかった。多忙で屋敷を離れることも少なくはないディーノだが、スクアーロが訪ねてくるのはあまりないことだからかもしれない。
 シャワーから出たスクアーロは、ディーノのバスローブを拝借し、自然にディーノの隣に座ってきた。そして早速料理を摘まんでいくスクアーロにワインを注いでやってから、ディーノは思わず呟く。
「風呂に食事にお酌に・・・オレ、すげー尽くしてるやつみたいだな」
「・・・ま、否定する材料もねぇかもなぁ」
「んだよ」
 ニヤリと笑って言われるから口を尖らせて返すと、スクアーロは再度ニヤリと笑いながら、唇を重ねてきた。昔は照れ屋でぶっきらぼうなやつだったのに、とつい思いながらも、久しぶりだからディーノも応える。
 しばらくキスを楽しんでから、スクアーロはまた食事に手を伸ばしていった。男らしくガツガツ食っていく横顔を見ながら、ワインを傾ける合間にディーノはなんとなく口にする。
「・・・でもさ、スクアーロ」
「・・・あぁ?」
「今日、任務の帰りなんだろ?」
「あぁ」
 視線を向けては来ずに答えるスクアーロに、前々からちょっと不思議に思っていたことを問い掛けていった。
「こういう、夜中までかかる任務って、ちょくちょくあるんだろ?」
「まぁなぁ」
「なのに、こうやってここに来る日と、そうじゃねー日って、何か違うのか?」
 スクアーロにも事情があるだろうから、毎回来いなどとは思っていない。ただ、任務が終わって、会いたいと思ってくれるのはどういうときなのだろうと、気にはなっていた。
 しかし、もしかしたら任務内容に関係するのかもしれないし、だったら自分には言えないだろうと、ディーノは話題をずらしていく。
「しかも、連絡ある日に限ってちゃんとオレがいるわけだから、不思議だよな」
「・・・・・・・・・」
 タイミング合うってことはオレたち相性いいのかな、なんて他愛ない結論に、ディーノは持っていこうとしたのだが。
 何故かスクアーロが、料理に伸ばしていた手をピタリととめて、押し黙ってしまった。
「・・・スクアーロ?」
「・・・・・・別に、ただの・・・偶然だぁ」
 搾り出すように言ったスクアーロは、さらにディーノからプイッと顔を逸らす。まだ濡れている銀髪から僅かに覗いた耳は、微かに赤くなっていた。
「・・・え、偶然じゃねーのか?」
「偶然だって言ってんだろうがぁ!!」
 慌てて振り向き怒鳴ってくるスクアーロに、つまり・・・と理解したディーノは、思わず噴き出してしまう。そういうことだったのかと、今度はディーノのほうが揶揄うように、ニヤリと笑ってスクアーロを覗き込んでいった。
「なあ、もしかして・・・オレがいるのを確認してから、連絡してきてるとか・・・?」
「・・・・・・・・・」
「で、連絡してしばらく時間潰してから、今着いたって装って姿見せてんのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
 また押し黙りそっぽを向いて、スクアーロはその態度で全てを肯定する。
 つまり、スクアーロから連絡があったとき、偶然ディーノがいつも家にいたわけではなくて。ディーノが家にいるのを確認してから、連絡し偶然都合が合ったことにして会いにきてくれていたのだ。そしてディーノが不在だったときは、黙って引き返していたのだろう。
「ハハッ、可愛いことしてくれるなあ!」
 そんなスクアーロを想像したら堪らなくて、ディーノはグイッとスクアーロを引き寄せキスしていった。
「スクアーロは変わんねーな」
 苦々しい表情のスクアーロに、ディーノはニコリと笑い掛けていく。
 大人になって少しは洗練されたところもあるけれど、照れ屋でちょっと不器用なところは、全然変わっていない。
「・・・生意気言ってんじゃねぇぞぉ・・・!」
 スクアーロは照れ隠しだろう、怒った顔をしてディーノに襲い掛かってくるから形だけの抵抗をした。
「ハハッ、やめろって!」
「おとなしくしろぉ!!」
 ソファの上でじゃれるように絡み合いながらも、間を縫って口付ける。次第に、唇を合わせる頻度が増え、時間が長くなっていった。
「・・・ん、ぁ」
 最後の濃厚なキスに、離れるときディーノが思わず熱い息を吐けば、スクアーロは得意げに笑う。
「これでも、変わってねぇって言うのかぁ?」
「・・・・・・・・・」
 その男らしくも艶っぽい表情にドキリとしながら、しかしディーノは少し考えてから笑って答えた。
「いや、やっぱ変わってねーな」
「・・・・・・・・・」
 スクアーロは面白くなさそうにムッと顔をしかめる。それから、再度挑むように口付けてきた。その、負けず嫌いでギラギラしているところも、やっぱり昔と変わっていない。
 変わらないところも、そして変わったところも。全てが愛しくて、ディーノはスクアーロをギュッと抱きしめていった。



キャバッローネ屋敷のセキュリティーは、スクアーロはフリーパス、なんだと思います(笑)









3・手をつないで歩こう
 (山+ディノ)


 頭上には晴れ渡る青空。並中の屋上のフェンスに背を預け、雲一つないなと思いながらディーノは口を開いた。
「山本さ・・・」
「なんすか?」
 明るく笑って応える山本に、ディーノも口調だけは明るく、真面目に問い掛ける。
「おまえ、いつから気付いてたわけ? マフィア“ごっこ”じゃないんだってことに」
「・・・・・・さあ、いつからっすかね」
 屋上の真ん中に立って、山本は肩を竦めながらやっぱり明るく笑った。まだ中学生でありながら、飄々としていて簡単に心中を読ませない山本に、ディーノは苦笑する。
「ディーノさんは、マフィアのボス、なんですよね?」
「・・・・・・・・・」
 きっと山本は、長いことディーノのことを、ただのツナの親類のお兄さんだと思っていた。
 それが変わったのは、山本たちが未来から帰ってきたときだっただろうか。もしかしたら、そのもうちょっと前からだったのかもしれない。
 どちらにしても山本は、ツナたちを取り巻く世界を理解した。綺麗ごとだけではない、血生臭い裏の世界。そしてディーノもまたそこに属する、マフィアの、ボスなのだと。
 まだ、彼らの前ではもうちょっと、たびたび日本に来るちょっと暇なイタリア人、として振舞っていたい気持ちもある。
 それでも、もうこれ以上は繕えないだろうと、真っ直ぐ見据えてくる山本から視線を落としながらディーノは答えた。
「・・・ああ、そうだ」
 ここまで巻き込まれたとはいえ、山本は、まだ片足を突っ込んだだけだ。ツナは自らのことも含め、こっちの世界に入ることに抗い続けるだろう。
 だが、ディーノはもうどっぷり浸かっていて、もう抜け出せないしそのつもりもない。
 果たして山本がどちらの世界を選ぶのか、そろそろ答えを出すときなのかもしれない。そして自分は一体どちらを望んでいるのだろう、そう思うディーノは、近付いてくる山本の足先に気付いた。
 視線を上げれば、今日の空のように曇りのない笑顔で、山本が言う。
「俺・・・ディーノさんのこと、好きです」
「・・・・・・・・・」
 ディーノは思わず、目を丸くしてから笑いをもらした。
「・・・脈絡ねーな」
「そうでもないっすよ」
「そうなのか?」
 もう一度ちょっと目を丸くして首を傾げるディーノに、山本が両手を伸ばしてくる。ドキリとして僅かに硬くした体の、両脇に手をついて山本はちょっと癖のある笑みを浮かべた。
「だって・・・前に俺がふられたのって・・・俺が、なんにも知らなかったからですよね?」
「・・・・・・・・・」
 見事に言い当てられて、ディーノは小さく息を呑む。
 出会って数ヶ月経った頃、ディーノは山本にストレートに「好きです」と告白された。でも、住む世界が違う。そのときディーノは、山本本人の人間性や自分の感情などは脇に置いて、それだけで答えを出したのだ。
 だからディーノは性別や年齢を持ち出してやんわりと断って、山本もそれを受け入れた。少なくとも今まで、ディーノはそう思っていた。
 しかし山本は、あと20センチほどまで近付けた距離で、ディーノを見つめながらもう一度口にする。
「俺、やっぱりディーノさんのこと好きです」
「・・・・・・・・・」
「今度こそ、ディーノさんの返事、聞かせてもらえます?」
「・・・・・・・・・」
 何も知らない山本には応えられない、ディーノはそう思っていた。でも、その枷が取れたら。
「・・・オレと深くかかわると・・・もう、陽の当たる道を歩けなくなるかもしれないぜ?」
「問題ないです」
 山本は即答すると、両腕を広げ笑顔で言い放った。
「俺にとっては・・・ディーノさんが、太陽みたいなもんですから!」
「・・・・・・・・・」
 突拍子もない想定外の言葉に、ディーノは思わず噴き出す。
「気障ったらしいセリフだな!」
「ははっ・・・俺もそう思いました」
 頭を掻いてちょっと照れくさそうに笑う山本が、やけに眩しく見えて、ディーノは目を眇めた。太陽だなんて、山本のほうがずっと。
 ディーノは山本へ腕を伸ばし、フェンスから背を離す。
「わっ、ディーノさん!?」
 腕に抱き込んだ山本が、一瞬ビックリしたように体を震わせたが、すぐにおずおずと腕をまわし返してきた。
 まだ少年の腕は、それでも力強い。
 山本がどの世界で生きるのかは、本人が決めることだ。自分の為にこっちの世界に来る、なんて自惚れるつもりもない。でも山本は、ディーノと付き合うことで自らも少なからず闇を背負うことを、覚悟している。構わないと笑ってくれている。
 そこまでの気持ちを、真っ直ぐぶつけられて、ディーノは嬉しかった。
 本当にいいのだろうかという思いもまだあって、それでもディーノは山本から腕を離せない。
「ディーノさん・・・いい匂い」
「っ!」
 しかし耳元でそう聞こえて、思わずパッと離れると、笑いながら山本は追ってきた。フェンスに背が触れると同時に、唇が軽く触れる。
 そしてすぐに離れ、もう一度近付いてくる唇を、ディーノは今度は目を閉じて受け止めた。
「・・・・・・ディーノさん、その・・・」
「・・・・・・・・・」
 やはり触れるだけだったキスと、期待で頬を紅潮させている山本の、腕からスルリと抜け出してディーノはわざと淡々とした口調で言葉を並べる。
「そうと決まったら・・・山本の親父さんに挨拶しにいかねーとな」
「・・・えっ?」
「一発殴られる覚悟はしとかねーと・・・あ、こういうとき手ぶらってわけにはいかねーか。それから、ビシッとスーツ着て・・・こっちに合わせて着物のほうがいいかな」
「・・・・・・・・・」
 一息に言って振り返れば、山本はディーノをちょっと呆然と見返している。それから、どう受け取っていいかわからず困惑したように眉をしかめた。
「・・・マジっすか?」
「マジだぜ?」
 これから山本は、うしろ暗い事情を少なからず抱えることになる。そんな中で親にさえ、隠してうしろめたい思いを山本がしなければならないのなら、やっぱり付き合うわけにはいかなかった。
「恥ずかしくて言えないか?」
「・・・いえ!」
 ディーノが用意した最後の壁を、しかし山本は容易く乗り越えてくる。
「むしろ自慢したいくらいっす! 親父と言わず、誰にでも!」
「・・・・・・・・・」
 どの世界にいても山本は、こうやって笑っている。自分の隣にいてもきっとそれは変わらない、確信に近くディーノにはそう思えた。
 晴れやかに笑いながら、山本はディーノの手を掴んでくる。
「じゃ、行きましょう!」
「・・・・・・山本、オレも」
 そしてそのまま弾む足取りで歩き出す、山本の手をギュッと握り返しながらその背に向かって、ディーノはようやく告白の返事を口にした。









4・「また明日」 (ロマ×ディノ)


「なあ、ロマーリオ」
 声に出してから、ディーノはハッとして視線を向けた。やはり、イワンがニヤニヤ笑ってこっちを見ている。
「ボス、ロマーリオはいねーぞ」
「・・・わかってるよ」
 揶揄うような口調のイワンに言われるまでもなく、ディーノだって部下の動向は把握している。ロマーリオはちょっと前から、仕事でイタリアを離れていた。
 今までに全くなかったことではないが、しかしロマーリオはディーノの側についていることが多い。だからついつい、それを忘れて呼び掛けてしまうのだ。
「ハァ・・・」
 ディーノが思わず溜め息をつけば、イワンは笑いに揶揄うような口調も加えて言ってくる。
「ボスが寂しがってるからさっさと帰ってこい、ってロマーリオに言っとくか?」
「勘弁してくれ・・・」
 実際そういう思いもあるが、個人的な感情を仕事に持ち込むわけにいなかいし、イワンたちにそう思っていると思われるのも嫌だ。
 もう一度溜め息をついてから、ディーノは切り替えることにした。ロマーリオがいなかったから仕事がはかどらなかった、なんて思われるのは御免だ。
「イワン、ここの資料が欲しぃーんだけど」
「どれ・・・了解、すぐ持ってくる」
 イワンもすぐに仕事モードに戻って、ディーノはロマーリオがいない寂しさを埋めるように仕事に没頭していった。


 煙草を嗜んでいるロマーリオは、いつも煙草の香りを纏わせている。あまりいい匂いではないはずだが、幼い頃からそれがロマーリオの匂いだったディーノにとっては、何よりも馴染むものだった。
 そんなロマーリオの香りを、嗅いだ気がする。ゆっくり目を開いたディーノは、目の前にロマーリオの顔が見えて、まだ夢の中なのだろうかと思った。
 しかし髪を撫でてくる、その感触が現だと教えてくれる。
「悪い、起こしたな。顔だけ見るつもりだったんだが・・・」
「ロマーリオ・・・」
「ただいま、ボス」
「・・・おかえり」
 ベッドの縁に腰掛け見下ろしてくるロマーリオに、ディーノは体を起こして抱き付いていった。
 おそらく仕事が速めに片付いて当初の予定より早く帰ってこれたのだろう。余計に寂しくなりそうで連絡を取っていなかったから、そんなことも知らずまだ数日先になると思っていて、その分ディーノは嬉しかった。
「・・・会いたかった」
「たった数週間、離れてただけだろ?」
 ロマーリオはしっかり抱き返してくれながらも、苦笑する。
 毎日のように一緒にいてたった数週間離れただけ、確かに贅沢な悩みだろう。
「そーだけどさ・・・」
 でも、寂しいものは寂しかったのだ。ロマーリオはそんなふうに思わなかったのだろうかと、ちょっと不満に思うディーノに、苦笑まじりの声が聞こえてくる。
「まあ・・・こうやって、帰って早々顔だけでも見にきたオレも、人のこと言えねーか」
「ロマーリオ・・・」
 ディーノはもう一度ロマーリオにギュッと抱き付いてから、今度はキスしていった。深く口付ければやはり煙草の味がして、ホッと安堵すると同時に、欲が湧き上がっていく。
 このまま抱き合いたい、とディーノは自然に思ったが、ロマーリオは僅かに体を離していった。
「ボース、ダメだ」
「・・・なんでだよ」
 ディーノが不満を隠せず言えば、ロマーリオは苦笑する。
「もう明け方が近い。今日はおとなしく寝ろ」
 そう言って、あやすようにやわらかいキスを額にしてきた。
「また明日、な」
「・・・うん」
 確かに寝る時間がなくなってしまうのは困るし、明日からはまたたくさん一緒にいられるのだ。ディーノが頷くと、優しく頭を撫でられる。
「いい子だ」
「子供扱いするなよ・・・」
 ずっと幼い頃のようなやり取りに、ディーノが決まり悪くてつい軽く睨めば、ロマーリオは揶揄いまじりに笑った。
「一人で寝られないって言うんなら、子供って言われても仕方ないぜ?」
「・・・・・・」
 わざとらしい言葉に、しかし反発するよりも欲求のほうが上まわってしまう。
「・・・だったら、子供でいい」
 素直にそう言って、ディーノはまたギュッと抱き付いていった。その答えがわかりきっていたのだろう、ロマーリオは躊躇わずディーノを腕に抱いたままベッドに横になっていく。
「おやすみ、ボス。いい夢、見ろよ」
「ああ・・・おやすみ」
 おやすみのキスを頬に受け目を閉じながら、でもロマーリオがすぐ側にいる現実に勝る幸せは、夢の中にだってないだろうとディーノは思った。










5・そっと触れる唇 (ザン×ディノ)


 ヴァリアーのアジトに来たディーノは、道順を思い出しながら通路を歩いていた。すると、スクアーロと出くわす。
 その、満身創痍に近い姿に、予想は付きながらもディーノは問い掛けていった。
「よお、スクアーロ。どーしたんだ、それ」
「別に・・・なんでもねぇ」
 傷だらけなのにそう言ったスクアーロは、無愛想にそのまま立ち去ろうとして、しかし気を変えたのか一度立ち止まる。
「・・・テメェも、タイミング悪ぃときに来たなぁ」
「ああ・・・やっぱ、ザンザスがまた暴れてんのか」
 思った通りで、ディーノはつい苦笑した。スクアーロが傷を負っているとき、その5割以上はザンザスの仕業なのだ。大抵は取るに足らない理由らしいが、軽傷で済んでいないスクアーロを見たかんじでは、今回はそれなりの原因があるのだろう。
「一体何があったんだ?」
「・・・ボンゴレのジジイ共が、ちょっとなぁ」
「ああ・・・」
 スクアーロは言葉を濁したが、ディーノはそれだけでなんとなく理解した。
 融通が利かなくてちょっと嫌味な、ボンゴレの古株たち。でも、ザンザスたちがかつてボンゴレに刃向かい9代目を命の危険に晒したのは事実。それを思えば、9代目が許しているとはいえ、多少風当たりが強くても仕方ないだろう。
 それがわからないわけではなく、そして9代目に迷惑を掛けるわけにもいかないので、ザンザスは部下に当たっているといったところか。
「ま、でも、これでわかったぜ」
「あ゛ぁ?」
 訝しげに眉をしかめるスクアーロに、ディーノはそもそも今日ここへ来た理由を教えた。
「ベルに、ザンザスの機嫌取ってくれって、頼まれてな」
「・・・・・・・・・」
 あの馬鹿、と言いたげな表情になったスクアーロは、しかしベルと同じ気持ちもあるのだろう。
「・・・期待してるぜぇ」
 小さくそう言って、若干体を引き摺りながらも去っていった。ベルはともかく、スクアーロまでそう言うとは、今回ばかりは自分の身も危ないかもしれない。
 そう思いながらザンザスの部屋に着くと、扉の向こうから激しい物音が聞こえてきた。本当に相当荒れているなと、身構えながら扉を開ける。
「ザンザ・・・うわっ!」
 その途端に何かが飛んできて、慌ててよけようとしたディーノは、足を取られてこけた。
 分厚い絨毯のおかげであんまり痛くなかった顔を押さえながら、上体だけ起こしつつ一体なんだったんだろうと振り返る。すると、おそらくさっき飛んできたもの、レヴィが床に倒れ込んでいた。
 可哀想に、とディーノは思わず同情したが、ザンザスはさらにレヴィを部屋の外へ蹴り飛ばす。それから扉を閉めると、ディーノの腕を引いて起こしそのまま引っ張っていった。
「ザンザス?」
 不機嫌そうな顔をしたザンザスは、声を掛けても応えず、ソファにどかっと腰掛けてからディーノの腕を離す。
「・・・荒れてるみたいだな」
 ディーノは立ったまま、そんなザンザスの頭に手を伸ばした。触れるもの全てを拒むような空気を持っているザンザスは、しかしディーノの手をいつも受け入れる。
 今もザンザスは、髪を撫でられるのを撥ね退けるわけでもなく、反対にディーノの腰に腕をまわし引き寄せてきた。
「・・・・・・・・・」
 ディーノもザンザスの頭を胸元に抱き寄せながら、思わず呟くように口にする。
「たまには・・・オレに当たってくれても、いーんだぜ・・・?」
 ザンザスはディーノに、多少手荒いことはあっても、暴力を振るったことはなかった。別に、痛めつけられたいわけではないが。ザンザスが怒りの感情を自分には向けてくれないことを、寂しく思うような感覚がディーノにはあったのだ。
「・・・てめーには関係ねー」
 しかしザンザスは、そう返してくる。腕を受け入れてくれても、どこかで疎外されているような気がして、ディーノは益々寂しく思った。
 確かにディーノは、ヴァリアーでもボンゴレでもない。それでも、ザンザスの感情に、少しでもたくさん触れたかった。他の誰よりも。
「そりゃ・・・そーかもしれねーけど・・・」
「・・・・・・・・・」
 つい拗ねるような口調になったディーノを、不意にザンザスがソファへと組み敷いてきた。無造作であっても乱暴ではなく、しかし驚きで目を丸くしたディーノを、ザンザスは見下ろしてくる。
「しけた面、してんな」
「・・・・・・・・・」
 その自覚はあって、でもディーノは正直に全部を言えない。気まずい心地で視線をずらすディーノに、ザンザスは軽いキスを額や頬に落としてきた。
 機嫌を取りに来たはずなのに、逆に取ってもらっている気がして、ディーノは益々居た堪れなくなる。
 ともかく普通に戻ろうとザンザスを見上げれば、ザンザスはめずらしい・・・困ったような表情をしていた。
「・・・別に、わざとじゃねー」
「・・・え、何が?」
「・・・・・・・・・」
 まだ話題が続いているとは思わず尋ねたディーノに、ザンザスはちょっと口篭ってから。
「てめーの面見ると、そういう気分じゃなくなるだけの話だ」
「・・・・・・・・・」
 きっと、どうして自分には当たってくれないのだろう、とディーノが言外に滲ませたことに対する答えなのだろう。
 つまりザンザスは、ディーノには怒りを見せないようにしているわけではなく、ディーノを見ると怒りが消えるということだろうか。
「・・・なんでだ?」
「知るか」
 自分のことなのにアッサリと切り捨てて、ザンザスは再度口付けを落としてきた。ちょっと視線を横にずらせば酷い有様な室内が見えるのに、自分に触れるザンザスの手も唇も、やっぱり優しい。
 未だ、僅かな疎外感は残っているが。他の誰にも見せない優しさを、自分だけに向けられて、嬉しくないわけがなかった。
「・・・今度は、何笑ってやがる」
「なんだよ、笑い掛けてやってんじゃねーか」
 ディーノがまた頭を撫でてからその手を背に添わしていけば、ザンザスはニヤリと笑う。機嫌がいいときの表情だ。
 特に何をしたというわけでもない気もするが、どうやらベルの頼みは果たせたらしい。
 ザンザスと、スクアーロたちヴァリアーのような結び付き方は出来なくても、特別な繋がり方が出来るのならそれでいいとディーノは思えた。
 何より。こうしてザンザスに優しく触れられることが、ディーノは結局やっぱり好きだった。










6・話題は尽きることなく
 (リボ&ディノ)


「遅ぇーぞ」
 沢田家のリビングに入るなり、リボーンから飛び蹴りが飛んできた。そう来るかなとちょっと構えていたのに直撃してしまったディーノは、かろうじて転ばずその場に踏みとどまる。リボーンへのお土産も、なんとか落とさずにすんだ。
「ったく、荒っぽい歓迎だな」
「よけれねーおめーが悪い」
 リボーンはバッサリ切り捨てながらソファに戻って、その小さな手でコーヒーカップの取っ手を掴み口元へ持っていった。そんな優雅な姿に苦笑しながら、ディーノも向かいに腰を下ろす。
 そして奈々がディーノの分のコーヒーと、お土産に持ってきた焼き菓子を出してくれるのを待ってから、大事に抱えていた紙袋をテーブルに置いた。
「ほら、ご所望のキャバッローネスペシャルだぜ」
「サンキュー」
 リボーンは満足そうに笑って、めずらしく感謝の言葉を口にする。ディーノが持ってきたそれは、キャバッローネお抱えシェフの特製ブレンドコーヒー豆で、リボーンのお気に入りだった。
 だからリボーンは、ちょくちょくディーノにこの豆を持ってこいと催促してくるのだ。
「おまえくらいだぜ、マフィアのボスをこんな用件で呼び出すなんて」
「誰のおかげでなれたと思ってんだ」
「それがよーくわかってるから、遥々来てんだろ」
 リボーンがディーノをボスとして鍛えてくれ、そしておかげでキャバッローネがここまでになれたのだと、ディーノをはじめファミリーの誰もが知っている。だから、どんな用件だろうとリボーンに呼び付けられればディーノは出向くし、ファミリーは送り出してくれるのだ。
 まあ、リボーンの無茶振りに、困ることがないと言えば嘘になるが。思わず溜め息をもらすディーノに、リボーンが言ってきた。
「それに、たまには教え子の顔が見てーしな」
「・・・・・・」
 リボーンがそういうことを言うのは本当にめずらしくて、ディーノはちょっと嬉しくなってしまう。とはいえ、そう思うなら会いにこいよ、とも思った。
「そこで、自分が来るんじゃなくて、呼び付けるところがさすがリボーンだよな」
「褒めるな、照れるぜ」
「褒めてねーっつの!」
 即座につっこんでからハァと溜め息をもらしたディーノは、焼き菓子を一つ手に取ってソファに凭れていった。
「まぁオレも、たまには会いてーしな。おまえにも、ツナたちにも」
「昔のおまえ並にへなちょこなツナにか」
「いちいち一言多いっての」
 人をおちょくるのが趣味の一つなリボーンを軽く睨んでから、齧ったクッキーが弾け飛ぶから慌ててかけらを集めながら苦笑する。
「でもなあ・・・昔の自分と比べると、ツナは全然しっかりしてる気がするけどな」
「そうかもな。少なくともツナは、おめーみてーにことあるごとに泣きべそかいてないな」
「そ、そこまでじゃなかったぞ!」
 断じてことあるごとにではなかったが、しかしちょくちょくそういうこともあったのは確かで、ディーノは気恥ずかしくなりながら話を進めた。
「それはともかく。でも、ちょっとツナが羨ましいんだよな・・・」
「なんだ、またオレに鍛えられてーのか?」
「それは丁重に辞退する」
 ありがたかったと思ってはいるが、かといってもう一度なんて絶対に御免だ。キッパリ答えてから、ディーノはリボーンにだから、正直な思いを口にする。
「オレにはロマーリオたちファミリーがついてたけど・・・ツナには山本とか獄寺とか、同世代の・・・ファミリーってよりは友達、がいてさ」
「そーだな、おめーはマトモに友達いなかったもんな」
「そう言われると傷付くな・・・」
 ズバッと言ってくるリボーンに、否定しては返せず、ディーノは代わりに昔の自分をフォローするように言葉を並べた。
「でも、あんなマフィアだらけの学校でマトモな友達なんて、そりゃ出来なくて当然だし・・・結局、途中で辞めたしさ・・・」
「そうそう、いじめに耐えかねて逃げるように学校辞めたんだよな」
「違ぇーだろ!」
 いちいち茶化してくるリボーンに話の腰を折られまくりながらも、ディーノは心優しく人を和ませる雰囲気を持っている弟分を思い浮かべながら、つい想像する。
「オレがもうちょっと遅く生まれてたら、ツナたちともいい友達になれたのかな・・・」
 本気でそうだったらよかったと思ってはいないが、ツナたちを見ているとちょっと羨ましいような気分になることがあるのも事実だった。
「そしたらオレにカテキョーしてもらえねーから、おめーはへなちょこのままだったろうな」
「うっ・・・そーだけど・・・」
 そういうことじゃねーだろ、とつっこむのもそろそろ面倒になってきて、ディーノは要は何が言いたいのかさっさとそれを伝えることにする。
「ま、ツナたちに力貸し見守れる、このポジションもいーもんだ。それもこれも、まあおまえのおかげっていうか・・・なんだかんだ言ってさ、おまえにはすげー感謝してる。真面目にな」
 リボーンが自分にとってどれほど大きい存在か、年が経つにつれ実感することが多くなった。その気持ちを真剣に伝えるのは、長年の付き合いだからこそ照れくさくて難しい。
 でもたまには、と言葉にしたディーノに、リボーンは問い掛けてきた。
「なりたくねーって泣き喚いてたマフィアになっちまったのに?」
 つい、喚いてはねーよ、と言い返したくなったが、ディーノは気付く。口調こそいつもの飄々としたものと変わらないし、言い方にも一癖あるが、めずらしくリボーンの本心からの問いだった。
 確かにディーノにはマフィアになりたくないと思っていた時期がある。リボーンにはいつも一蹴されてしまっていたが、当時ディーノにとっては本気の気持ちだったから、リボーンも多少の引っ掛かりを感じてくれていたのかもしれない。
「そうだな・・・マフィアになんかなったらお先真っ暗だ、って思ってたけど。でも、おまえに鍛えられまくって、多少のことには動じないようになったしな・・・」
 今だから確信を持って言えることを、ディーノはニッと笑ってリボーンに伝えた。
「ま、おかげさまで、毎日楽しいぜ」
「・・・この幸せもの!」
「・・・・・・だから、いちいち冗談で落とすなよ!」
 ここにきてキャラを作って言うリボーンに、ディーノはやっぱりつっこまずにはいられず、怒鳴ってからハァと肩を落とす。
 この師はどうしていちいち水を差すのだろう、そう思ったディーノは、ふと思い付いて問い掛けてみた。
「・・・それとも、もしかして、照れ隠し?」
「調子に乗んな」
「ぎゃっ!!」
 飛んできた蹴りをよけられずマトモに食らったディーノに、すぐに元の場所に戻ってからリボーンはニヒルに笑って言う。
「ふっ、まだまだだな」
「ち、ちくしょー・・・すぐ暴力に訴えるんだもんな」
 ちっちゃな足から繰り出されたとは思えない威力に、ディーノは直撃した頭を押さえてぼやきながらついぼやいた。
「生意気言いやがって」
 そんなディーノに、リボーンは冷たく言ってきたかと思うと。
「それでこそ、オレの教え子だ」
「リボーン・・・」
 ニッと笑って続けられた言葉に、ディーノは思わず目を丸くした。めったにほとんど褒めてくれない家庭教師に、認めるようなセリフを言われると、喜ぶより前に驚いてしまう。
 そしてジワジワ嬉しさが湧き上がってこようとしていたとき、沢田家の玄関が開き誰か入ってくるのが伝わってきた。時間的に多分ツナだろう、とリボーンもディーノと同じ予想を立てたようだ。
「おっ、せっかくだからツナにおめーのダメダメエピソードを教えてやるか。下には下がいたって、励みになるだろ」
「か、勘弁してくれ・・・」
 冗談か本気か判別付きかねる口調で言うリボーンに、がっくり肩を落としながらも笑いをこぼして。リボーンには敵わない、でもずっとそうであって欲しいとディーノは思った。









7・小さな幸福感 (ツナ+ディノ)


 リボーンに呼び付けられて沢田家にやってきたディーノは、奈々に促されてツナの部屋の前までやってきた。すると、中からツナとリボーンの会話が聞こえてくる。
「だから、イタリア語なんて無理だって!」
「情けねー声出すんじゃねー」
 続けてドカッと鈍い音とツナの呻き声が聞こえてきて、それだけでどんな状況なのか想像が付いた。まるでそのまま昔の自分とリボーンのやり取りのようで、ディーノはつい苦笑する。
「そんなおめーの為に、心強い家庭教師を呼んどいてやったぞ」
「え、どうせ獄寺君とかビアンキだろ? やだよ! 第一、オレにイタリア語なんて必要ないし・・・」
「そうか・・・じゃ、帰ってもらうしかねーな」
 とっくに自分の気配を察しているだろうリボーンのセリフに、このタイミングだろうとディーノはドアを開けた。
「なんだよ、せっかく来たのに、もう帰らされんのか?」
「・・・ディーノさん!?」
 目を丸くして驚いているツナに気付きながら、ディーノは悪巧みに乗ってリボーンと会話していく。
「仕方ねーだろ、ツナがいらねーって言ってんだから」
「そっか、残念だな・・・」
「・・・え、あっ、家庭教師ってもしかしてディーノさん!?」
 ツナはディーノとリボーンを交互に見比べ、それからようやく呑み込んだ途端、慌てブンブン首を振った。
「いや、そんな、いらないなんてこと!!」
「ハハッ、冗談だって」
 そんなツナに笑いながらディーノが部屋に入っていけば、入れ違いにリボーンが出ていく。
「じゃ、頑張りやがれ。くれぐれも、変な気起こすんじゃねーぞ」
「当たり前だろ!!」
 リボーンの余計な一言に、顔を真っ赤にしながらも怒鳴ったツナは、しかしハッとディーノに視線を向けてきた。
「あ、いや、あの・・・」
 ごまかしたいのにどう繕っていいかわからない、そんな様子のツナに、ディーノは揶揄いたくもなる。
 ツナが自分にほのかな好意を抱いていると、鋭いリボーンは勿論、ディーノも気付いていた。しかしツナは行動に出るわけではなく、もしかしたら認められてもいない段階かもしれないから、まだそっとしておくべきだろう。
「久しぶりだな、ツナ」
「あ、はい!」
 ディーノが改めて挨拶すれば、ツナはホッとしたように、嬉しそうに笑った。それから座布団に促してくるから、腰を下ろしエンツィオを肩からテーブルへ移動させるディーノに、ツナは首を傾げて問い掛けてくる。
「でも、本当にこの為に呼ばれたんですか?」
「まあ、そんなとこかな」
 まさかという思いと、リボーンだからもしかしてという思いを半々浮かべているツナに、ディーノは曖昧に返した。
 リボーンにその為に来いと言われたのは確かだが、ついでにこっちでいくつか仕事をするつもりだ。そう言ったほうが恐縮しないのならいいが、未だマフィアを嫌っているツナに仕事のことを言っても引かれるだけな気がする。
 だからディーノは、話題を変えようと明るく声を上げた。
「じゃ、早速やっか!」
「うっ・・・」
 途端に嫌そうな顔をする、ツナの気持ちはディーノにはよくわかる。
「その気持ち、すげーよくわかるけどな。オレも何度逃げ出そうとしてリボーンにしばかれたかわかんねー・・・」
 リボーンに英語やら日本語やらを叩き込まれた頃を思い返して、軽く地獄だったなと思わずハァと溜め息ついてから。でも、とディーノはツナを見つめた。
「おかげでツナともこうやって話せるんだから・・・勉強してよかったって思ってるぜ」
「ディーノさん・・・」
 ツナはちょっと頬を赤くし嬉しそうに顔を綻ばせてから、ハッと表情を引き締めて力強く言う。
「オレも、頑張ります!」
「よし!」
 上手くツナのやる気に火をつけられたようで、ディーノもツナにイタリア語を教えるのは楽しみだから、張り切って早速レッスンを開始した。


 硬い文法からというのも苦手意識が強くなるだろうかと、簡単な日常会話から教えていって、しばらく。
「ちょっと、休憩するか」
「はい・・・」
 一息入れようとディーノが提案すると、ツナはホッとしながら頷いた。せっせとメモしていたシャーペンを置いて、手を解しながら疲れたように呟く。
「イタリア語って、難しいですね・・・」
「日本語だって、相当難しいぜ」
 未だにディーノは、漢字はあんまり読めなかった。日本語のほうが難しいと思うが、それはイタリア語がネイティブだから言えることなのかもしれない。
「まあ・・・習うより慣れよ、って言葉あるんだろ? あっちに行くようになったら、そのうち嫌でも身につくさ」
「は、はは・・・。でも、ほんとディーノさんって日本語上手ですよね・・・」
 ツナはちょっと引き攣ったように笑ってから、後半は感心し尊敬するような眼差しをディーノに向けてきた。この頃は意識しているからか多少ぎこちないことも多いツナに、純粋な思いで真っ直ぐ見つめられると、ディーノはなんだか嬉しいようなこそばゆいような気分になる。
「・・・ま、ほら、リボーンに散々叩き込まれたからなー」
「ああ・・・オレ、ディーノさんでよかった・・・」
 やはり誰よりも共感できるリボーンのスパルタさに、また乾いた笑いをもらしながら、ツナは呟いた。
 リボーンにしごかれるよりはディーノに教えてもらったほうがいい、それは自然な流れの思考だが、しかしツナはすぐに言葉を付け加えてくる。
「あ、ディーノさんはリボーンみたいに暴力的じゃないし厳しくないし、だから・・・」
 自分に言い聞かせたいのか、それともディーノに悟られないようにしようとしているのか。ぎこちない態度を向けられるのも、それはそれで面映い気分だった。
 何も気付かなかった振りをしようと視線をずらして、ディーノはふとカーペットの上に転がっているものに目をとめる。何枚か散らばるCDのうち、タイトルがディーノに馴染みのあるイタリア語で書かれているものがあった。
「へえ・・・熱烈じゃねーか」
「え?」
 手に取ったCDをツナに向け、書かれてあるイタリア語を、日本語にして口にする。
「あなたを愛しています、って」
「あっ、それは!」
 ツナはまるでまずいものでも見付かったかのように、顔を真っ赤にしながら居心地悪そうにそわそわし始めた。まだそこまでの思いではないだろうが、似た気持ちを向けるディーノに指摘されて、気持ちを見透かされたようで落ち着かないのだろう。
 実際ディーノは知っているのだが、ツナはやはりごまかすように言葉を並べていった。
「・・・あの、でも・・・イタリア人って、そういうの言ったり・・・得意そうですよね」
「誰でも口説いて気障なセリフをペラペラ言うイメージ?」
「え、ええ・・・いや、まあ・・・シャマルみたいな・・・」
 イタリア人と多く知り合ってそうでない例も多く知っているからだろうが、ツナは自分から言い出しておいて曖昧に濁す。
「・・・まあ、確かに日本人に比べたら、感情表現がおおげさなくらいかもしれないな」
 ディーノは軽く肯定してツナの気を楽にしてから、CDをテーブルに置きながら、ちょっと迷ったが口にしていった。
「でもな、この言葉は、本当に大事な・・・本当に愛してる恋人にしか言わないんだぜ」
「そうなんですか・・・」
 へえ、と興味深そうに相槌を打ったツナの、CDに向けた視線が自分に移動してくるのを待って。
「Ti amo, Tsuna.」
「・・・・・・・・・」
 目を丸くしたツナに微笑み掛ければ、すぐに顔が真っ赤になり、それから慌てて口が開いた。
「って、じゃ、オレに言っちゃダメじゃないですか・・・!」
「・・・ハハッ、これくらい言えるようになったら、ツナも一人前だな!」
 ツナに合わせて、ディーノも冗談の振りをする。明るく笑い飛ばすと、ツナはホッとしたように息を吐いて、しかしそこには僅かに残念そうな色も含まれていた。
「オレは、まだまだそういうのはいいです・・・」
 苦笑いをしたツナは、一瞬、ひたむきな瞳でディーノを見つめる。でも、いつか。ツナが口にしなかった言葉が、聞こえてきた気がした。
 やっぱりすぐに視線をずらすツナに、せっつきたくなる気持ちをディーノは抑える。まだまだ成長途中の少年を、今はただ見守る時期だろう。
「そうだな、まずは日常会話がペラペラになんねーと。もうちょっと頑張るか!」
「うっ・・・」
 ツナはちょっと引き攣った顔をしたが、決意するように頷いてから再びシャーペンを握っていった。その様子を微笑ましく見ながら、次は何を教えようかと考える。
 ディーノにとってツナは、特別な存在だ。リボーンという家庭教師を共に持つ兄弟弟子、だという以上の意味で。
 そしていつか、ツナが正面から自分を見つめ思いを伝えてくれる、その日を待つのが今のディーノの楽しみだった。










8・振り向けば君がいる (フゥ×ディノ)


 シャワーから出たディーノに、フゥ太がミネラルウォーターのボトルを差し出してくれる。それを受け取って喉を潤しながら、ソファに腰を下ろしてホッと一息ついていると、フゥ太が髪をタオルで丁寧に拭いてくれる。
 あらかた乾かし終わると、フゥ太はそれを手にしてニコリと笑い掛けてきた。
「耳かき、してあげるよ」
「お、サンキュー」
 ディーノはありがたく、フゥ太の膝を枕にしてゴロリと寝転ぶ。フゥ太は早速耳かきを動かし始め、その繊細さにディーノは心地よさを感じた。
「フゥ太って、甲斐甲斐しいよな・・・」
 しかもやることすべてにそつがない、とディーノは感心してつい呟く。
「そりゃあ、ディーノにだからね」
「・・・・・・」
 ディーノもフゥ太が自分の世話を仕方なくではなくむしろ嬉々としてやっていることは知っているが。年上なのにこうも一方的に世話されていると、それを受け入れておいてなんだが、ちょっと微妙な気分になることもある。
「なんか、どれかっていうと・・・介護されてるかんじ?」
「そうかな。でもゆくゆくは、ちゃんとしてあげるよ」
「・・・・・・・・・」
 即答してくるフゥ太を、ディーノは見上げた。13歳年下の恋人が浮かべている笑顔からは、いまいち本気かどうか読み取れない。
 でも日々の甲斐甲斐しさから、あながち全く口からでまかせとも思えなかった。
「・・・フゥ太って、ホント、物好きだよな」
 13歳年上の男の世話をせっせと焼いて何が楽しいのだろう、とディーノが呟けば、フゥ太からはやっぱりすぐに返事が返ってくる。
「ディーノはよくそう言うけどさ・・・本当にそう思ってる? だとしたら、ディーノって、ホント、自分をわかってないよ」
「んなわけねーだろ。そう言うフゥ太のほうこそ、自分わかってねーよ」
「そうかな」
「そうだって・・・っハハ」
 言葉の途中で、ディーノは思わず噴き出してしまった。こんなやり取りを、今までに何度しただろう。
「いつもながら、不毛な会話だな」
「だね」
 フゥ太も微笑んで、耳かきを退けてから。
「要は、僕は昔からずっとディーノに夢中、ってことだよ」
 体を屈めて、チュッとキスをしてきた。やっぱ物好きだ、と思いながらディーノは言われるままに、向きを変えて今度はフゥ太の腹側に顔を持ってくる。
 またくすぐったさまじりの心地よさを耳に感じながら、ディーノはなんとなく会話を継いでいった。
「そういえば、ずーっと前からフゥ太はオレの怪我の手当てとかもしてくれてたよな・・・昔って、その頃から?」
 フゥ太は小さい頃から面倒見がよく器用な子で、ディーノもちょくちょくお世話になったが、さすがにその頃から特別な意味はなかっただろう。
 ディーノが冗談まじりに問い掛けると、しかしフゥ太からは意外な答えが返ってきた。
「そうだよ」
「・・・・・・えっ?」
 ディーノが思わず見上げれば、今までに何度も聞いたことある言葉を、ちょっと苦笑しながらフゥ太が繰り返す。
「ずっと前から好きだった、って言ってるじゃない」
「そーだけど・・・」
 そのずっと前というのが正確にはいつからか、なんてディーノは確認したことがなかった。まさか、と思わず体を起こして問い掛ける。
「え、いつから?」
「初めて会ったときから」
 ニッコリ笑って答えるフゥ太に、そりゃさすがに冗談だろうとディーノはまたゴロリと横になった。
「よく言うよなー」
「あ、本気にしてないでしょ」
「だって、会ったときなんて、フゥ太はこんくれーだったじゃねーか」
 手で当時のフゥ太の身長をあらわして、同時にあの頃のフゥ太を鮮明に思い出しやっぱりあり得ないとディーノは思う。
「人を好きになるのに、そういうのって関係ないと思うけど・・・」
 フゥ太はそんなディーノに、ちょっと不服そうに呟いてから、トーンを明るくして言ってきた。
「そんなときからずっとディーノのことを思ってた僕って・・・要は、ストーカーだよね」
「・・・いや、一途、とか言っとけよ」
 自分でそんな言い様をするフゥ太に、ディーノは笑ってしまう。いつからかはハッキリとわからないが、フゥ太が長く自分を思ってくれていたのは事実だ。
「つまり、ずっとオレのこと見守ってくれてたってことだよな」
「そう、悪い虫がつかないようにね」
「ハハッ」
 相変わらずどこまで本気かわからないフゥ太に、合わせてディーノも言葉を返す。
「で、まんまとおまえに捕まったわけだな」
「そう、思うつぼってやつかな」
 フゥ太がニコリと笑いキスしてきて、耳かきは終了した。
「サンキュ、じゃ今度はオレがやってやるよ」
 お礼にキスして、一応言ってみれば、やっぱりいつものようにやんわり断られる。
「ああ、僕はさっき自分でやったから」
「・・・オレには世話させてくれねーよなあ」
「僕は尽くすほうが好きなんだよ」
 溜め息をつくディーノに、片付けを終えたフゥ太が隣に座り笑い掛けてきた。
「勿論、ディーノにだけね」
「・・・・・・」
 その甘い言葉と笑顔で、フゥ太はいつもディーノの世話を甲斐甲斐しく焼き甘やかしてくる。
 それに心地よさを感じ、このままでは抜け出せなくなってしまいそうだ。でもニッコリ笑っているフゥ太に、それもこのうんと年下の恋人の思うつぼというやつなのかもしれない、という気にさせられる。
 でもまあそれも悪くないかと、フゥ太に引き寄せられるまま身を預けながらディーノは思った。









9・温かな微笑み
 (バジ×ディノ)


 そのパーティーに出た目的は、とある取引先社長のちょっとしたご機嫌取りで。覚悟していたとはいえ仕事と割り切っているとはいえ、あまり親しくしたくない類の男の話に延々付き合わされて、ディーノはすっかり疲れてしまった。
 もう目的は果たしたし、気分転換をしようと、バルコニーへ出る。
「あー・・・」
 ぼやきの一つでも言いたいところだが、どこに人の耳があるかわからないから、持って出たグラスのシャンパンと共に飲み込んだ。
 馴染んだ味にもあんまり気分は浮上せず、もう帰ろうかなと視線を近くに控える部下に送る。苦笑気味に頷いたロマーリオが、車の手配をしてくれているのを眺めながら、ディーノはホッと息を吐いた。
 ローマ市内でのパーティだからとても屋敷に帰ることは出来ないが、今晩はホテルでのんびり過ごそうと決める。
 シャワーを浴びて美味しいワインを飲んで・・・そう考えていったディーノは、ついバジルを思い浮かべた。今バジルと会えたら、きっと和んで癒されて疲れも吹っ飛ぶんだろうなあと思う。
 とはいえ会うなんてどう考えても無理で、でもせめて声でも聞けないかと、ディーノは携帯を取り出した。
 最後にもう一度会場に戻って挨拶をしなければならないが、その前にとコールする。バジルは隠密行動も多いから連絡がつかないことも多く、今日はどうだろうと思ったが幸いすぐに繋がった。
『はい、バジルです!』
 聞こえてくるいつもと変わらず快活な声に、ディーノは自然と笑みを浮かべながら一応確認する。
「今、大丈夫か?」
『はい、全く問題ありません!』
「よかった、ちょっと声が聞きたくなってさ」
 正直に言いながら、でも声を聞いたら今度は会いたくなってしまった。バジルの持つあたたかい空気に触れたい。
「・・・バジル、今、どこ?」
 唐突だなと思いながらも、ディーノは問い掛けた。会える距離にはいないだろう、それがハッキリしたらきっと諦めもつく。
 しかしバジルから、思いもしなかった答えが返ってきた。
『拙者はローマに来ております。任務は終わって、明日には本部に戻りますが』
「・・・・・・ホントか!?」
『は、はい・・・』
 思わず声を大きくしたディーノに、バジルはちょっと驚いた様子ながらも肯定する。
 自分の本拠地から離れたところにいるディーノと、こちらも任務に出ているバジルが、同じ都市にいるなんて。
 運命的なほどの偶然に驚きながら、ディーノも自らの所在を口にした。
「オレも今、ローマ・・・」
『それは奇遇ですね!』
 すぐにバジルの嬉しそうな声が返ってきて、ディーノに期待感が湧き上がっていく。無理だと思っていたことが、叶えられるかもしれないのだ。
「・・・任務、終わったって言った?」
『はい。これからホテルに戻るところです。ディーノ殿は?』
「オレは・・・」
 ディーノがチラリと視線を向ければ、もうとっくに車の準備は出来ていると合図が返ってきた。あとは挨拶をして会場を出れば、バジルに会えるかもしれない。ディーノはついそう考えたが、しかしバジルにだって都合があるだろう。
 切り出すのを躊躇して、それでもディーノが口を開こうとしたとき、携帯の向こうからバジルの声が聞こえてきた。
『・・・あの!』
「ん?」
『これから・・・お会い出来ないでしょうか!?』
「・・・・・・・・・」
 まさに自分が言おうとしていたセリフに、ディーノは驚きで一瞬頭が真っ白になってしまう。だからすぐに反応出来ないディーノの、気持ちをバジルは逆に取ってしまったようだ。
『あっ、む、無理ですよね! 申し訳ありま』
「いや、無理じゃねーよ!」
 謝って引き下がろうとするバジルを、ディーノは慌ててさえぎった。無理どころか、ディーノだってすごく会いたい。
「ちょうど、これからパーティーから帰ろうと思ってたところ。会おーぜ」
『は、はい!』
 嬉しそうなバジルの返事に顔を綻ばせながら、ディーノが自分の宿泊場所を告げれば、30分も掛からない場所にいるという。
「着くのオレのほうが遅いと思うけど・・・」
『はい、お待ちしております!』
「ああ!」
 ディーノは張り切って携帯を切ると、今日はこれで失礼すると主催者たちへ挨拶をしてから、パーティー会場を出た。


 ホテルに着くとバジルはもう到着していると言われ、ロマーリオたちに手早くおやすみと告げて部屋に飛び込む。
「バジル!」
「・・・ディーノ殿!」
 ソファに腰を下ろすことなく立って待っていたバジルは、ディーノに視線を向けると花が綻ぶように笑顔になった。
 待たせてごめん、と謝るのはそっちのけで、ディーノはそんなバジルに駆け寄り抱きしめていく。ギュッと腕に力を篭めれば、バジルもそろりそろりと腕をまわし返してきた。
「・・・あの」
 しばらくそのまま抱き合っていたが、ふとバジルが声を掛けてくる。もしかして苦しいのだろうかとちょっと腕をゆるめながら、ディーノはバジルの顔を覗き込んでいった。
「・・・申し訳ありません、その、我儘を言ってしまって・・・」
「んなことねーよ、嬉しかったぜ?」
 確かにちょっと驚いたというのはある。全く同じ気持ちだったこともだが、バジルが自分からそう言い出してきたことにだった。
 バジルは実直な少年だが、同時に控え目であまり自己主張をしない。だから、こんなふうに会いたいと言ってくれたのはほとんど初めてで、ディーノはすごく嬉しかった。
 しかしバジルはやはり申し訳なさそうに、そして正直に頬を赤らめながら言う。
「ディーノ殿が近くにいるなんて思ってもいなくて・・・もしかしたらと思ったらどうしても会いたくなって、気付けば口にしていました・・・」
「バジル・・・」
 本当に全く同じように思っていたのだとまた嬉しくなったディーノは、そういえば自分はその気持ちを伝えていないと今頃気付いた。
「オレも、近くにいるってわかって、すげー会いたくなった。おまえが言ってなかったらオレのほうが言ってたけど・・・おまえから会いたいって言ってくれて、嬉しい」
 ディーノが頬を包み込み軽くキスを落とすと、バジルは益々顔を赤くする。
「こ、光栄です・・・」
 そして彼らしい言葉と共に、はにかむような笑顔を浮かべた。
 それだけでディーノにあたたかい感情が満ちていく。思っていた通りパーティーでの疲れなんていつのまにかすっかり吹き飛んでいて、ディーノは自然と笑みながらもう一度バジルにキスしていった。



門外顧問とかキャバ屋敷とか、一体どの辺にあるんでしょう…








お題配布元:原生地さま。