yes, my boss
「ロマーリオ!」
突然声を張り上げたディーノに、用件をすぐに察したロマーリオは即座に返した。
「だめだ、ボス」
「・・・・・・・・・」
何やら先回りされて、一瞬虚をつかれたディーノは、しかし再度口を開く。
「なんだ、って聞いてもくれねえのか?」
「聞かなくてもわかっちまうよ、残念ながらな」
「・・・・・・」
じゃあ言ってみろよと視線を向けるディーノに、ロマーリオは肩を竦めてみせた。
「そろそろこの辺で休憩しねえか? ・・・どうだ、ボス?」
「・・・・・・・・・」
ばっちり言い当てられて、ディーノはぐっと、言葉を詰まらせた。
マフィアのボスの仕事は、何も外で腕を振るうだけではない。地味な書類仕事も立派な責務で、ディーノは今まさにそれに取り組んでいる真っ最中だった。
ボスになってもう何年も経つので、慣れたといえば慣れたのだが。しかし昼食を挟んで朝からずっとではさすがに嫌気もさす。
加えて、隣の席でロマーリオが同じように万年筆を握っていれば、勝手に適当に休むことも出来なかった。そしていい加減辟易してきたディーノは、この状況を、逆に利用してやろうと思ったのだ。
「そういうことだからな、休憩、な?」
ねだるように語尾を上げてみたが、ロマーリオは無言で首を振るだけ。ロマーリオがあっさり許可してくれないことはわかりきっていた。だからディーノは諦めない。立ち上がって、ロマーリオの座る椅子の背凭れに手を掛けた。
「ロマーリオ、オレさあ、そろそろ補給したいんだけど?」
「・・・・・・」
何を、か少し興味を引かれたようでちらりと視線を向けてくるロマーリオに、ディーノはにっこり微笑んでみせる。
「ロマーリオ!」
「・・・・・・・・・」
はぁ、と溜め息ついてロマーリオは視線を戻してしまった。ディーノは口を尖らせながら、そんなロマーリオの座る椅子を勝手にくるりと回して、顔を覗き込む。
「ロマーリオは、足んなくなんねーの? オレに触りたくなんねー?」
「・・・・・・・・・」
意識的に上目遣いしてみせ、しかしロマーリオには指一本触れない。自分からではなくロマーリオから動いた、という事実がのちのち重要になるのだ。自分が一方的に唆したわけじゃなく乗ったお前も悪いだろう、と自己弁護する為に。
「なあ、ロマーリオ?」
笑い掛けるディーノの、頭をしかしロマーリオはバシッと書類の束ではたいた。
「仕事が先だ」
「・・・・・・」
全く以て素気ない。挫けそうになりつつも、ディーノはロマーリオの持つ書類と、自分の机を指して、でもよと口を開く。
「ほら、あとそんだけだろ? オレもあとこんだけだし、今日中には終わらせられるから、ちょっとくらい休んでもいいだろ?」
「・・・それこそ、こっちをさっさと終わらせて休憩とったほうが、有意義に過ごせると思うが?」
「・・・・・・・・・」
確かにそれが正論である。ディーノにもわかっている。それでも、いやだからこそか、ディーノは足掻きたくなるのだ。
「まあ、いいじゃねえか。少々後回しにしたってよ」
「・・・ボス」
言い募るディーノに、ロマーリオははぁと溜め息をついて返す。
「どうしてそう後回しにしたがるんだ。これくらいの書類、このキャバッローネを数年で立て直したあんたなら、すぐに終わらせられるだろう?」
「・・・でもよ、それだって」
作戦変更、ディーノはロマーリオの肩に腕を回し、顔を寄せた。確かにこんな問答をやってるよりも、さっさと仕事を終わらせたほうが早いと、ディーノも気付いているのだが。ここまできたら意地だ。
ゆっくりとロマーリオの頬を指で撫でおろしながら、触れるすれすれのところに持っていった唇で囁く。
「おまえが、いてくれたからこそ、だろ?」
「・・・・・・」
すぐに言葉を返さないロマーリオの顔つきが、若干変わった気がした。仕事のときのものから、プライベートなときのものへ。
だがそこはロマーリオ、すぐに体勢を立て直す。呆れたような声色で返してきた。
「色仕掛けか? ボス」
「おまえにはそう映るか?」
それなら思うつぼだと、ディーノはここぞとばかりにとびきり色っぽい表情で笑い掛けた、つもりだったのだが。
「残念だが、効かねえよ」
「・・・むっ」
あっさりと跳ね返されて、ディーノは当然面白くない。顔をしかめるディーノに、ロマーリオは肩を竦めながら言った。
「それくらいでよろめいてちゃ、四六時中ボスの側にいられないだろう。それに・・・」
そしてロマーリオは、今までの完全に仕事モードの表情を、一瞬にして脱ぎ捨てた。
「これ以上を、オレは知ってるからな」
ディーノの頬を指でゆっくり撫でながら、ロマーリオはにやりと笑う。
その表情は、男の色気に満ちた、言い換えるなら大層いやらしいものだった。ベッドの上でしか、見せない顔。
「・・・・・・・・・」
ディーノは思わずごくりと喉を鳴らした。惚れた男にこんな表情をされてしまうと、つい体が期待で熱くなってしまう。
が、今すぐにでもロマーリオの唇に食い付きたくなったディーノは、しかしぐっと堪えた。
ロマーリオを色気で落とそうとして失敗したのに、そのロマーリオに色気で落とされるなんて、癪どころではない御免だ。
これではおとなしく書類仕事に戻る他ない。
ディーノは、どうせそれがわかっててやっただろうロマーリオを軽く睨みつけてから、体を離した。自分の席に戻ってどすんと腰をおろしてから、せめてもの悔し紛れに笑顔を作ってロマーリオに向ける。
「すぐに終わらせるから、そしたら相手してやってもいいぜ、ロマーリオ」
「・・・・・・」
そんなディーノに、ロマーリオは仕方なさそうに、しかしどこか愉快そうに、くくくと喉で笑って言った。
「了解だ、ボス」
END ロマーリオのキャラを間違ってる気がとってもします…
ちなみにタイトルは、イタリア語だと「si, il mio capo」になるらしいですが、
違うかもしれない上にパッと見意味がわからないので英語にしときました。