かなわない。
表向きはランボの退院祝い、その実勿論リング争奪戦祝勝会は、とっても盛り上がった。
昼過ぎに始まったのに、気付けばもう7時近く。
「じゃあそろそろ、ハルと京子ちゃんは帰りますー」
ハルが元気にそう宣言したから、オレは慌てて食べ掛けだった鉄火巻きを飲み込んだ。
「もう帰っちゃうんだ・・・あの、今日は来てくれてありがとう」
「ハルのほうこそ感謝です! お寿司とっても美味しかったです! ね!」
「うん、美味しかった!」
京子ちゃんと顔を見合せて笑ってから、ハルが扉を開ける。
「あ、じゃあ送って・・・」
結局まだ京子ちゃんにお守りのお礼をまともに言えてないから、オレは慌ててそう言おうとしたんだけど。
「心配してくれてハルは感激です!」
「でも、大丈夫だよ!」
と、笑顔でさえぎられてしまって、二人は帰って行ってしまった。
はぁ、もうちょっと京子ちゃんと一緒にいたかったな・・・なんて。会話も出来なかった頃を思えば、贅沢な悩みだけど。
ついついガッカリしながら手近な椅子に座ると、ちょうど隣の椅子に掛けていたディーノさんがオレに声を掛けてきた。
「ははーん、ツナ」
「・・・え・・・?」
何やら知った顔をするディーノさんに、オレは思わずどきっとする。もしかしてディーノさんには、京子ちゃんに片思いしてることがバレてるんだろうか・・・。オレはそう心配したんだけど。
「昨日の今日だし、心配なんだろう。でも、あいつらが手を出してくることはもうないから、心配すんなって!」
ディーノさんは明るく笑いながら言って、オレの背中をパシパシ叩いた。
「は、はい・・・」
オレはそういうことにしといて頷きつつ、ホッとした。どうやらバレてるわけじゃないみたいだ。
でも確かに、ディーノさんって恋愛のイメージないよなぁ。イタリア人なのに、マフィアのボスなのに。
いつも部下のいかついおじさんばっかり引き連れてるからかもしれないけど。そもそも、イタリア男の伊達なイメージは、ディーノさんのせいだけでなく結構崩れちゃってるわけだけど。
ともかく、京子ちゃんとハルが帰ったってことは、この場にはリング争奪戦のことを知ってる人ばかりになるわけで。当然、これからもう一盛り上がりしようというムードになった。
「そういえば、ヒバリさんとクロームたち、来なかったね」
オレはついもらしてしまう。そりゃあ来るとも思えないけど、でもせっかく一緒に戦ったんだし、という思いもあった。
「あいつらが来るわけないじゃないっすかー」
とか獄寺君がすぐさま返してくるのも尤もだと思う。でもそこで、隣のディーノさんが思いもしないことを言った。
「恭弥なら、もうすぐ来ると思うぜ」
「えっ?」
オレは目を丸くした。兄弟子の言葉でも、さすがに信じられない。あのヒバリさんが、こんな場に現れるなんて。・・・暴れていく可能性はあるけども。
「呼んだのか?」
リボーンがディーノさんの右肩に飛び乗りながら聞いた。ちなみに、ディーノさんの左肩にはペット?の亀エンツィオが乗っている。
「あぁ、7時ごろに来いって言っといた」
「・・・・・・」
リボーンが何か言いたげに見えるような・・・。
それにしても、なんでディーノさんはわざわざヒバリさんを呼んだんだろう。そりゃあ一応師弟って関係になるわけだけど、だからこそヒバリさんの性格わかってると思うんだけどなぁ・・・。
そういえば、ヒバリさんのことを親しげに「恭弥」なんて呼んでるのディーノさんくらいだよな。やっぱりディーノさんって、大物だ。
それはともかく、でもやっぱり、ヒバリさんが呼び出し通りにここに来るなんて、あり得ないよなあ。
そう思いながらオレは、ディーノさんの視線を追って、時計がちょうど7時になるのを目にした。
それと同時に、竹寿司のドアがガラガラと音を立てて開く。
「・・・ワオ、こんな狭い所に、よくもここまで群れたもんだね」
中を見渡して、ヒバリさんはいつものように馬鹿にしたような口調で言った。でも、いつもよりももっと、その顔が不機嫌そうに見える気がするのは気のせいだろうか・・・。
ていうか、なんで来ちゃったんだろう・・・?
「あ、あの、こんばんは。ヒバリさんもお寿司食べます・・・?」
戸口に立ったままのヒバリさんに、誰も声を掛けなさそうなので、気が引けながらもオレは声を掛けてみた。
するとヒバリさんは、オレにちらっと視線を向けて、でもあっさりと無視して戸に凭れ掛かる。
「・・・で、どういうつもり?」
ヒバリさんの鋭い視線は、ディーノさんに向けられている。隣にいるオレも無駄に竦み上がりそうになるのに、平然と受け流しているディーノさんは、すごいのか単に無頓着なだけなのか。
「見ての通り、お祝いパーティーやってんだ。おまえも寿司食ってけ」
「・・・・・・・・・」
ひー、ヒバリさんの目が肉食獣みたいに・・・!
相変わらず、なんでそんなに機嫌悪いのかわからないけど。嫌なら来なきゃいいのに!
いつのまにか寿司屋の中は、ヒバリさんの次の行動を固唾を飲んで見守るように、静まり返っていた。山本辺りは楽しんでるのかもしれないけど。
リボーンも勿論いつものクールな表情で、でも何かを予期するようにディーノさんの肩からうしろのカウンターへと飛び退いた。
「・・・約束、果たしてくれるんじゃないの?」
「そうだっけ?」
どんどん鋭くなっていくヒバリさんの視線にも、ディーノさんは全く動じず、いつものように朗らかに笑う。
そしてそのまま、片やニコニコ片やムッとしたような表情で、二人とも黙りこんでしまった。
「じゅ・・・10代目! この空気なんなんですか!」
獄寺君が小声で、どうにかして下さい!と訴えてくる。そ、そんなこと言われても・・・。
あ、そういえば、約束ってなんなんだろう?
「あの・・・約束って・・・?」
オレはディーノさんにともヒバリさんにともつかないかんじで疑問を口にしてみた。
「さあ? 恭弥に聞いてみたら?」
ディーノさんが相変わらず笑いながら言うと、ヒバリさんは戸口に凭れ掛かったまま腕組みをした。
「忘れたとは言わせないよ。あなた言ったよね、今回の件が片付いたら・・・」
・・・・・・たら? ディーノさんはヒバリさんをリング争奪戦に参加させる為に何を約束しちゃったんだろう。たぶんディーノさんはオレの為にやってくれたことで、場合によってはオレにも関係するわけで・・・。
心配になるオレを、震えあがらせることを、ヒバリさんは薄く笑って言った。
「あなたを、グチャグチャにしていいって・・・」
ひー!! なんて約束しちゃってるんだディーノさん!!
オレは一応他人事ながら、ぞっとした。ヒバリさんはやるっていったら絶対にやるよ! ヒバリさんに思い切り殴られた経験のあるオレは、ヒバリさんの凶暴さを身をもって知ってる。
そんなオレは、勿論グチャグチャにするってのをボコボコにするって意味で取ったんだけど。それとは違うニュアンスを含んでるなんて、オレに気付けるはずもなかった。もしかしたら、山本辺りは感付いていたのかもしれないけど。
ともかくヒバリさんがそんな恐ろしいことを言ったっていうのに、ディーノさんはやっぱり笑顔を崩さなかった。
「そうだっけ? でも、恭弥」
平然と脚を組みかえたりもして、まるでヒバリさんのことを煽ってるかのようにも見える。
「おまえはその為に頑張ったわけ? 目の前に餌ぶら下げられた馬みたいに」
ひーー!! 小馬鹿にしたようなディーノさんの言葉に、ヒバリさんの眉がぴくりと動いた。次の瞬間にもこの場が血の海に変わってもおかしくないと思える。
でもヒバリさんは、意外にもトンファーを構えもしなかった。
「どうにせよ、約束は約束でしょ?」
ヒバリさんが悠然と言って、それからまた、二人は視線を合わせて黙り込んでしまう。もう、なんなんだろうこの二人!
こっちが勝手に耐えられなくなって、何か口を挟もうとしたそのとき、ヒバリさんが凭れていた扉から背を離した。
「まあ、今日はおとなしく帰ってあげるよ。こんなところで群れるなんて、趣味じゃないからね」
その一言に、オレはホッとするよりもギョッとした。ヒバリさんが呼び付けられて素直に来たばかりか、馬鹿にするようなことを言われて、それなのに暴れたりもせずに帰るなんて! いや、暴れられても困るわけだけど。
でも、なんかあとが怖いような・・・。
それなのにディーノさんは、そんなこと気にならないのか、やっぱりニコニコ笑顔のままヒバリさんに手を振った。
「そうか、じゃあな」
「・・・・・・・・・」
ヒバリさんはその笑顔を片眉を上げて見据え、それから体を動かしたから、そのまま帰ってくれるのかと思えば。
踏み出したヒバリさんの足は、真っ直ぐディーノさんに向かった。
ひー! 隣にいるオレが無駄にビビってしまう!
「10代目、やばくないですか!?」
と心配そうな獄寺君の向こうで、山本が成り行きを楽しむように笑っている。
そういえばボスのピンチかもしれないっていうのに、ディーノさんの部下は何してるんだろうと思えば。奥の席で、どうやらスシを楽しんでいるらしい・・・。
とか周りを見渡している間にも、ヒバリさんはディーノさんのすぐ真ん前にまで来ていた。そしてヒバリさんの右手が、動じずに椅子に座ったまんまのディーノさんの服の襟を掴んだ。
まさに一触即発。部下がいるディーノさんは簡単にはやられたりしないと思うけど・・・。
どっちにしてもバイオレンスな展開になりそうで、ついギュッと瞑りかけた目を、次の瞬間オレは見開くことになってしまった。
ヒバリさんが、襟を引っ張って引き寄せたディーノさんの口を、塞いでいたんだ・・・ヒバリさん自身の口で!
一瞬、これはヒバリさんの新手の攻撃かと思ってしまった。だって、そうじゃなきゃ、なんでこんな・・・これって、どう見ても、キ、キスってやつじゃ・・・。
周囲もそれからディーノさんも固まったように動かないからか、ヒバリさんは益々唇をぐっと押し付けるようにする。
それはなんていうかこう、ハリウッド映画とかで盛り上がった男女がするような、そんな濃厚なキス・・・に見えた。
ある意味これも、ヒバリさんがよく言ってる「咬み殺す」ってやつ? とか、目の前の信じられない光景に、オレの頭はどうでもいいことを考えた。
誰もが黙り込む中、遠くでランボがガハハと騒ぐ声と、ディーノさんの部下たちが奥の席で未だにスシを貪っている楽しそうな声だけが、この竹寿司に妙に大きく響く。
どれくらいの時間が経ったのか、それとも実際はそんなに経っていないのかもしれないけど。
ヒバリさんが屈めていた体をすっと伸ばして、ディーノさんを見下ろして笑った。といっても勿論、獲物を前にしたときの、あの怖い笑顔だ。
「いざとなると怖くなるなんて、あなたも可愛いところあるじゃない。でも、逃がすつもりはないから」
そう言い置いて、ヒバリさんは颯爽とどこかへ去っていった。
それを一同、やっぱり声もなく見送る。あ、山本はなんだか面白いもの見た、ってかんじの表情してるけど。獄寺君は、目を見張り口をパカーンと開けている。オレもたぶん、同じような顔してる。
そして、当の被害者のディーノさんはというと・・・言葉もないようで、ただ目を見開いて口元を押さえていた。
あのヒバリさんに、年下の教え子に、男に、あんなことされて、さすがにショックだったんだろう。
そのうちに顔を俯けて肩を震わせだしたから、オレは可哀想に思うやら心配になるやら。どう言葉を掛けていいかわからないけど、何か言おうと思った、そのとき。
「ぶ・・・っ、あは、あははははははは!!」
突然吹き出したディーノさんは、そのまま腹を抱えて盛大に笑い始めた。
「ディ、ディーノさん・・・?」
あまりのことにおかしくなっちゃった? 心配になったところに、カウンターに腰掛けたリボーンが、全てをわかったような顔で言う。
「ディーノ、あんまり教え子で遊ぶもんじゃねえぞ」
「リボーン、おまえが言うか・・・?」
笑いがやっと治まったディーノさんが、リボーンにちょっと呆れたように返した。それから、ヒバリさんの出て行った扉の辺りに目をやって、また可笑しそうに笑う。
「でもよ、恭弥のやつ、可愛いんだもんよ。つい、ちょっかい出したくなるっていうかな」
あ、あのヒバリさんを可愛いだなんて・・・! す、すごいやディーノさん・・・。
にしても、もうどういうことなんだろう。ヒバリさんの考えてることがわからなければ、ディーノさんの考えてることもちっともわからない。
「あの、ディーノさん・・・」
「ん? ツナ、なんだ?」
おそるおそる聞いてみようと思ったオレに、リボーンが横やりを入れてきた。
「おめえにはまだ早え」
「だな!」
するとディーノさんも同意して笑ってしまって、オレに質問させてもくれないかんじになってしまった。
「だが、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ。痛い目見ても知らねえからな」
「だーいじょうぶだって。あいつは、まぁ大したタマだけど、所詮中坊だしな」
ヒバリさんのことをそう言い切ったディーノさんは、なんだか今までで一番、大人に見えた。・・・ような気がする。
「てわけで、ツナ」
「は、はいっ?」
ディーノさんが椅子から降りて、くるりとオレのほうを向いた。
「オレたちもそろそろ帰るわ。日本にばっかりいるわけにもいかねえしな」
てことは、今日これからイタリアに帰るんだろうか。それをヒバリさんが知ったらどうなるんだろう・・・と思ったけど、怖いから考えないことにした。
「あ、ありがとうございました、いろいろと・・・」
「頑張ったな、ツナ。さすが、次期10代目だ!」
そう言ってオレの背を叩いたディーノさんは、いつものオレのよき兄貴分で。いろいろわかんないことあるけど、まぁいいかってオレは思った。
ディーノさんはまだスシを食い足りなさそうな部下たちを追い立てて、竹寿司を出て行く。
オレはなんだか気が抜けたような、カウンターを背凭れにしてほっと息を吐いた。そんなオレの隣に、リボーンがやってくる。
「ツナ、心配するな」
「・・・は?」
首を傾げたオレに、リボーンはさらっと言った。
「ディーノを鍛えたのはオレだ。お前もそのうち、京子くらい簡単に手玉に取れるようになるぞ」
「はー!? 手玉って、そんな・・・ていうかそもそも、別にオレは・・・!!」
そんなこと望んでないし、みんなもいるのに何言ってんだリボーン! オレは焦ってリボーンの言葉を打ち消そうとしたけど、周りは気になんてしていなかったみたい。
「ははは、獄寺、おまえもこの小僧に教えてもらったほうがいんじゃねーの?」
「なっ!!」
山本の軽口に獄寺君が突っかかって、いつものようにじゃれ合いのような喧嘩が始まる。さらに、足を引っ張られたような気がして足元を見れば。
「・・・ツナ、うんこもれるー」
極限そうな表情をしたランボが縋りついてきていた。
「ら、ランボ! 我慢!!」
オレは慌ててランボを抱え上げるとトイレを目指す。
そうやって、ディーノさんとヒバリさんのよくわからないやり取りは、騒がしくも平和な日常の中に埋もれていってしまったのだった。
END 雲雀相手に余裕あるディーノもいいんじゃないのかと思って書いてみました。