Felice anno nuovo!



「いやー、ジャッポーネの正月ってのも、いいもんだなー」
 と、元々日本贔屓の傾向があるイタリア人は、幸せそうに呟く。
 半纏を着込んでこたつにすっぽり収まっている男は、さっきまでは座ってみかんを頬張っていたりもした。
 その行動は日本人そのものだが、見事な金茶の髪も鳶色の瞳もそもそも顔の造りそのものが、どこからどう見ても西洋人のものだ。
 だから大層奇妙な光景に見えるような、でも妙に馴染んでいるようにも見えるような。
 どっちにしても、呆れたくなる光景に変わりない。
 だらしなく寝そべるディーノを見下ろして、雲雀は溜め息をもらした。イタリア人らしく長いディーノの脚が、こたつの中で雲雀の脚の行き場をなくしているのも問題だ。
 それなのに、その脚を蹴りつけてやってもちっとも動こうとしないディーノは、日本の正月をこうやってこたつでごろごろすることだと勘違いしているのではないだろうか。
「どうせ、日本の正月について、都合いいこと吹き込まれたんでしょ?」
「ん?」
 ディーノは雲雀を見上げて、それからにへっと笑う。
「おう、あれだろ、寝正月ってやつ!」
「・・・・・・」
 雲雀はもう一度、ふぅと溜め息をついた。
「誰に聞いたの、そんなこと」
「オレの部下だけど?」
「・・・そんなことだろうと思った」
 雲雀から見たら癪に障るくらい過保護なディーノの部下は、おそらく正月なんだしディーノをゆっくり休ませてやろうと、そんなふうに教えたのだろう。
 それを真に受けて、のこのこ雲雀の家にやってくるディーノもディーノだが。
 ちなみに、雲雀の家族は、正月旅行に出掛けていてこの家にはいない。毎年のことで、雲雀はこれ幸いと留守番をしていた。
 つまり雲雀一人きりのところに、ディーノがやって来たわけだから、てっきりディーノはイタリアで過ごすと思っていたこともあり、雲雀としては嬉しくないわけはないのだが。
 それにしてもディーノは、やって来て夕食に雑煮を食ったっきり、こたつに入ってごろごろしたりうたた寝したりを繰り返している。これでは、一人でいるのと変わらない。
 また半分夢の中に入りかけているディーノに、雲雀は大振りのみかんを手に取って、投げつけた。
「・・・いてっ!」
 取ろうとする素振りも出来ず、ディーノはみかんを見事に額で受け止める。
「何すんだ」
「さっき雑煮を食べたばかりなのに、寝てばっかりいると太るよ」
 額を抑えて口を突き出すディーノに、雲雀は薄く笑いを浮かべて言い放った。
「太ったら、抱いてあげない」
 途端に、ディーノがみかんを投げ返してくる。が、ディーノの意に反してあらぬ方向へ飛んでいった。
「オレが頼んで抱いてもらってるみたいな言い方すんな」
 不服そうなディーノに、もう一度大きなみかんを掴んで投げると、ディーノは今度は受け取ろうと手を出す。だがやっぱり、受け損ねたみかんは、ディーノの額に落下した。
 雲雀を睨んでから、ディーノはゆっくり起き上がって、みかんを剥き始める。
「また食べるの・・・」
「オレは太らない体質だから、問題ねーの」
 呆れる雲雀に、ディーノは妙に自信ありげに答えた。まぁ確かに、ディーノがどんなに綺麗な体つきをしているか、一番よく知っているのは雲雀だ。
 それにしても、ただみかんの皮を剥くだけなのに、ディーノは手を果汁だらけにしつつ辺りに皮の破片をまき散らしている。ここまでくると、逆にある意味器用だと半ば感心する雲雀だが、ディーノは真剣に首を傾げて言った。
「・・・このみかん、剥きにくいよなー」
「・・・・・・」
 それはみかんのせいじゃなくて、部下がいないととんでもなく不器用なあなたのせいです。と言いたいところだが、雲雀はやめておいた。何故かディーノは、その事実をちっとも自覚していなくて、言ったところで冗談扱いされてしまうだけなのだ。
 それに、教えたところで直りようもないだろうから、それこそ言うだけ無駄だろう。
 第一、このディーノの体質が、雲雀は嫌いではなかった。部下がいなきゃひ弱、というのは雲雀にとってとても都合がいい。勿論、呆れる果てることもしばしばだが。
 今もディーノは、ただみかん一つ食べるだけだけなのに、果汁を飛ばし皮をまき散らし、一体どうやったのか薄皮を頬に張り付けている。
 雲雀は見かねて手を伸ばし、その薄皮を剥がしてやった。
「世話の焼ける人だね」
 わざとらしく溜め息をつくと、ディーノはそんな雲雀に笑い掛ける。
「でもおまえ、楽しんでやってるだろ?」
「・・・・・・・・・」
 確かにそんな思いがなきにしもあらずだが、ディーノにそうなんだと思い込まれるのは御免だ。
 雲雀は頬杖ついていた腕を外し、ディーノの頭を掴んで、後方へと押した。部下がいなくてへなちょこなディーノは、おかげで雲雀が押すままあっさりとうしろに倒されてしまう。
「な、何すん・・・!」
 そして文句を垂れようとしたディーノの口を、雲雀はすばやく塞いだ。みかん味のディーノの口内をしっかり味わってから、雲雀は顔を上げ目を細めて笑った。
「勿論、無償で、なんて虫のいい話はないよ?」
 雲雀はディーノの手を取り、わざとらしく執拗に舌を這わせ、べっとりついたみかん果汁を舐め取っていく。
「・・・恭弥」
 ディーノが何か言いたげに名を呼んできた。てっきり、嫌だと駄々を捏ねたり勿体つけるのかと思えば。
 ディーノは、笑顔で言い放った。
「オレ、知ってるぞ。こういうの、姫始め、って言うんだよな!」
「・・・・・・・・・」
 なんで若干得意げなのか。雲雀はついこめかみを押さえながら、本日二度目の問いを口にした。
「・・・そんな言葉、誰に教わったの」
「リボーン」
「・・・・・・・・・」
 本人たちがどういうつもりか知らないが、ディーノの部下とリボーンに寄ってたかってお膳立てをされてしまったような気がする。
 はぁ、と溜め息をついて、雲雀はディーノの上から退いた。そんな状態で、じゃあと据え膳食う気になどなれない。なんだか、気を削がれてしまった。
 雲雀がディーノから離れ、背を向けてごろんと寝転ぶと、ディーノは当然不思議そうに体を起して雲雀を追ってくる。
「おい、恭弥? やんねえの?」
「興醒めした」
「オレ、太ってないぜ?」
 なぁなぁなぁと、ディーノは纏わりついてきて、うしろから雲雀の肩をゆすったり顔を覗き込もうとしてきた。そんなふうにされると、雲雀も再び乗り気になってくる。
 だが、一度やめると言った以上、それをあっさり翻すのも嫌だ。
 それに、どうせディーノは泊っていくんだろうし、今がっつく必要もないだろう。
「・・・抱いて、ってお願いしてくれたら、抱いてあげるよ?」
 ディーノがそんなお願いするはずないとわかっていて、雲雀はそう言っておいた。こんな言い方すると、ディーノがあとでこの言葉を引っ張り出してきてうるさいだろうが、それを黙らせるのも楽しいだろう。
 勿論、お願いしてきてくれるなら、それはそれでも構わないが。そのときは、据え膳だろうがなんだろうが、美味しく頂いてやる。
 だが、やっぱりディーノはお願いなんてするわけもなく、怒ったように雲雀の背中を蹴ってきた。もういっぺん蹴ろうとしたのか、しかし何がどうなったのか派手な音させて転んでしまったようだ。
 何やってるんだと、半分呆れながらも、雲雀は半分いやそれ以上に、そんなディーノが可愛く思える。そんなこと、おくびにも出さないが。
「・・・まーいいけどよ」
 素っ気なく背けたままの雲雀の背に、はぁと溜め息もらしながらディーノが声を掛けてくる。
「えーと、今8時過ぎか。オレ、9時には帰るから」
「・・・・・・・・・は?」
 思わぬ一言を無視出来ず、雲雀はディーノを振り返った。夕方に来てすっかり寛いでいるもんだから、てっきり泊っていくと思っていたのだ。だからこそ、余裕で構えていられたわけで。
「・・・・・・聞いてないんだけど、そんなこと」
 つい不機嫌な口調になる雲雀だが、ディーノは気にした様子もない。
「おまえがその気なら、あと50分ちょい、寝るとすっか」
 ディーノは独り言のように言って、お返しのように、雲雀に背を向けごろんと寝転んだ。
「・・・・・・・・・」
 なんだか状況がさっきまでとすっかり変わってしまったことを、雲雀は嫌でも理解しなければならない。はいそうですか、とディーノを眠らせておくことなど、出来ない。
 今度は反対に、雲雀のほうからディーノの背に近付いた。そして、しかし機嫌を伺うなんてことはせずに、強引にディーノを自分のほうに向かせる。こんなとき、部下がいなけりゃひ弱、なディーノの体質が大変役に立つわけである。
 だが、それでも自分に主導権があるようにも思えなくて、雲雀は面白くない顔つきを隠さず、ディーノにのしかかりその唇に噛み付いた。
 そのまま、さっさと服を脱がしにかかると、ディーノが可笑しそうに笑う。
「いきなりだな」
「・・・時間がないんでしょ?」
 だから、勿体つける気もつけさせる気も、雲雀にはもうなかった。一旦イタリアに帰ったら、次いつ日本に来るか全くわからないディーノだ。50分弱の間に、そのときまでのぶんもディーノを抱き尽しておかなければならない。手つきがつい早急になるのも致し方ない。
 なのにディーノは、そんな雲雀の頬を両手で包み込み、作業を妨げた。邪魔なその手を、力ずくで剥がそうとした雲雀に、まるで子をあやすような口調で、ディーノは言う。
「帰るってのは嘘だから、そんなにがっつくなよ、な?」
「・・・・・・・・・・・・」
 不覚にも雲雀は、絶句し動きをピタリととめてしまった。
 完全にディーノにしてやられたと、認めるのは癪だが厳然たる事実で。
 雲雀はしばしの葛藤ののち、ここはやはり順当に、原因であるディーノに当たらせてもらうことにした。
「・・・いい度胸じゃない」
 並の人間なら竦み上がるだろう、肉食獣そのものの目つきで、雲雀は自らの獲物を見下ろす。
「覚悟、してよね」
 最後通告のように雲雀が言えば、ディーノはさすがに自分の言動を後悔する、なんてこともなく。余裕の笑みで、雲雀を見上げた。
「まあ、頑張れ?」
 いくら普段へなちょこでも、やはり跳ね馬の名は伊達ではないようだ。この期に及んで、さらに雲雀を煽ってくる。
 だが、これくらいのほうが、雲雀としても張りがあるというものだ。
 雲雀はまず手始めに、天然でへなちょこで可愛くてしたたかな年上の恋人の、唇に遠慮なく噛み付いた。




 END
なんだか、ディーノのことを全力で好きな雲雀です。
お互い様ですが。