Come Lei piaccia
キャバッローネのボス、ディーノには日課のようなものがあった。
朝起きたらまず、右腕であるロマーリオに、その日一日のスケジュールを聞くことだ。
それは誕生日であるこの日も変わらず、ディーノはロマーリオの淹れてくれたエスプレッソを飲みながら、本日の予定を耳に入れている。
誕生日ということで、パーティやら来客やらでいつもよりも予定が詰まっていて、ディーノはすでに疲れた表情になってしまっていた。
「・・・以上だ、ボス」
「はー。だりーな、もう」
溜め息つくディーノに、ロマーリオが苦笑する。
「そう言うな、ボス。みな、ボスの誕生日を祝ってくれてるってことじゃねーか」
「まあ、そうなんだけどよー」
それはわかるのだが。誕生日くらいはゆっくり休みたい気もするディーノだ。
しかし、これもボスの宿命ってやつか、なんて思いながらディーノはエスプレッソを飲み干した。
「・・・ところで、ボス」
そんなディーノに、手帳を胸ポケットにしまいながら、ロマーリオが何やら切り出してくる。
「今日は、ボスの誕生日だよな」
「・・・は?」
さっきその話をしたばっかりだったはずだ。
「おいロマーリオ、ボケたのか?」
「失礼だな。オレがまだまだ若いって、ボスが一番よーく知ってるじゃないか」
「・・・・・・」
ハハハと笑いながらのロマーリオのオヤジ発言は聞き流すことにして。
「で、それが?」
「そうそう、それで。誕生日プレゼント代わりって言っちゃなんだが、今日は一日、ボスの言うことはなんでも聞いてやるぜ」
突然のロマーリオの宣言に、ディーノはつい目をしばたたかせた。
「・・・なんでも?」
「ああ。なんでも、いくらでも」
なんとも太っ腹なプレゼントのような気がするが、果たして本当になんでも聞いてくれるのだろうか。ディーノは気になる。
「・・・たとえば、今日の予定全部すっぽかしたい、って言ったらそれもか?」
「ボスが本気で望むなら、な」
「・・・・・・」
さすがロマーリオ、よくわかっている。そんなこと、ファミリー第一のディーノが頼むはずない。
かといって、じゃあ他に何かお願い事があるかと聞かれても、ディーノにはぱっと思い付けなかった。
「期限は、今夜0時までだ。ゆっくり考えて、思い付いたら言ってくれ」
そんなディーノの考えを呼んだように、ロマーリオはそう言ってから部屋を出ていく。
ディーノも支度をしながら、早速考え始めた。
どうせなら、普段やってもらえないことをしてもらおうか。そう思えど、なかなか思い浮かばなかった。
ロマーリオは部下として完璧な男だし、恋人としても特に不満はない。
敢えて言うなら、ロマーリオは一応プライベートな時間であっても、ディーノのことをボスとして扱うし自分の部下としての立場を忘れない。多少もどかしく思うこともあるが、しかしそれは仕方のないことだとも思っていた。
ディーノにとっても、ロマーリオは恋人である以前に、やはり何よりも自らのファミリーであった。ボスとその右腕、という関係の延長線上に、恋人同士という関係が成り立っているのだ。
じゃあ、一体なんのお願い事をすればいいのか・・・やっぱりすぐには思い付かない。
ディーノは悩みつつ、1つ目のスケジュールをこなすべく、エンツィオを肩に乗せて部屋を出た。
日頃から親しくしている街のものたちと会ったり、ボンゴレ9代目に昼食に呼ばれたりしつつ、ディーノが屋敷に戻ってきて一息ついたのは、3時を過ぎた頃だった。
「はー、疲れた」
ソファに体を預けながらそう呟きつつ、ディーノの頭はまだ考えている。ロマーリオに一体何を頼んだものか、と。
朝から、移動中やどうでもいい相手との会話中にも考えているのだが、なかなか思い付かなかった。
たとえば物心ついたときからずっと生やしているその髭を剃れ、とか。だが、ディーノはロマーリオの髭が結構好きだった。ロマーリオに似合っているし、あの独特の触感がなかなか堪らな・・・いや、それはともかく。
大体、そんなのわざわざ誕生日にお願いすることじゃないし。などと、思い付いては却下を繰り返しているのだ。
おかげで、ぎっしりの予定に加えて頭まで使うもんだから、ディーノはいつもより疲れてしまう。
小腹も空いてきた気がして、ディーノはそこでハッと思い付いた。何か摘めるものとコーヒー、取り敢えずそれを所望しようか、と。
これだってわざわざ頼むことでも、という気もするが。しかし、いくつだって聞いてくれると言うのだし、なんでもいいから早く何か頼んでおきたいというのもあった。せっかくロマーリオが申し出てくれたのだから。
ディーノは早速ロマーリオを呼ぼうとした、のだが、それより早く部屋の扉が開いてロマーリオが入ってくる。
その手には、いい香りをさせるエスプレッソコーヒーと焼き菓子が少々。
「・・・・・・おまえなー」
思わずガックリするディーノに、ロマーリオは眉をしかめた。
「ボス? 腹へってなかったか?」
「・・・・・・いや、ちょうど何か食いたいと思ってたけどさあ」
勿論クッキーとコーヒーに罪はないから、ありがたく頂くが。ディーノはクッキーに齧り付きつつも、ロマーリオに恨みがましい視線を向けた。何故こんなに気が利くのか、この男は。
「せっかくお願い事してやろうと思ったのに、じゃますんじゃねーよ」
「・・・ああ、なるほどな」
すぐにディーノが若干不貞腐れている理由を察したロマーリオは、ハハハと可笑しそうに笑う。
「そりゃ悪かった。じゃあ、ボス、代わりにこう命じてくれないか?」
「へ?」
「髪の毛がちょっと乱れてるから、整えてくれ、ってな」
「・・・・・・・・・」
ディーノは、カップの水面に映る自分の、髪の毛が確かに少々荒れていることに気付いた。たぶんさっき、悩みつつ頭をがしがしかき回したせいだろう。
ディーノはロマーリオを見上げ、仕方なく口を開いた。
「・・・頼む」
「了解だ、ボス」
ロマーリオは早速、ディーノの背後に立って、胸ポケットから櫛を取り出しディーノの髪を梳き始める。
なんか違う、ディーノはそう思った。ロマーリオの器用な手で髪を整えてもらうのは、気持ちいいし好きだ。
だが、これはディーノが頼んだというより、ロマーリオに頼まされたというか。第一こんなこと、いつも頼まなくてもやってくれているのだ。誕生日だからってやってもらうようなことではない。
だとしたら、じゃあ一体何をやってもらえばいいのか。やっぱりディーノには一向に思い付けなかった。
ディーノの髪を整えて満足げに櫛をしまいながら、ロマーリオは乱さないよう注意しつつディーノの頭を軽く叩く。
「まあ、まだ時間はあるから、ゆっくり考えてくれ」
「・・・・・・おう」
他人事のように言うロマーリオが、ちょっと恨めしくなりながら、ディーノはまた悩み始めた。
誕生パーティもついさっきお開きになり、ようやく本日のスケジュールを全て終えたディーノは、まず一日分の疲れをシャワーで流した。
それからバスローブに身を包み、髪をタオルでぞんざいに拭きながら部屋に戻ると、そこにはロマーリオがいる。
それも当然、ここはロマーリオの部屋だからだ。二人で一緒に夜を過ごす場合、たいていはロマーリオの部屋で過ごすことになっていた。
ディーノはマフィアのボス。自室ではおちおち寝ていられない事態になることもしばしばある。こんなときくらい、じゃまが入って欲しくないからだ。
眼鏡を外しプライベートモードになっているロマーリオは、ベッドに腰掛けミネラルウォーターを呷っている。ディーノが近付くと、ロマーリオはそのペットボトルを渡してきた。
「今日はお疲れさん」
「グラッツェ」
ディーノは受け取って、ぐびっと喉に流し込んだ。今日はいつもよりも酒を飲む機会が多く、風呂上がりということもあって体に沁み渡っていく。
一息ついてからベッドに腰を下ろすと、すかさずロマーリオが背後から生乾きのディーノの髪をタオルで丁寧に乾かし始めた。
「・・・・・・・・・」
ディーノはつい、気付かれないように嘆息する。
今日は一日、この調子だった。ディーノが頼もう、と思う間もなく、ロマーリオが先回りしてしまうのだ。
「・・・こんなに疲れたの、半分はおまえのせいだって、気付いてんのか?」
労わるような手つきで髪を乾かしていくロマーリオに、ディーノはやはり言わずにはいられず、ぼやくように口にした。
「どういうことだ?」
「おまえに何をしてもらおうって、考えて考えて、疲れちまった」
はぁと溜め息をつきながら、ディーノはあっさり空になったペットボトルを、遠方のゴミ箱へ向かって投げた。ガコン、という音と同時に、ロマーリオが小さく笑う気配がする。
「そのわりにはボス、まだお願いらしいお願い、されていないが?」
「・・・・・・だから、おまえがなんでも先回りするからだろう。オレが何か、して欲しーなって思うよりも先に、おまえがやっちまうから。・・・まあ、全部どうでもいいようなことばっかなんだけど」
愚痴るように言うと、ロマーリオの手が少しとまった。
「・・・謝るべきなのか?」
「いや、おまえは悪くねーよ」
ロマーリオは勿論よかれと思ってやってくれたわけだし、それに。
「ていうか、むしろおまえのありがたさがわかったっていうか・・・」
普段当然のように受け入れていたが、意識することで初めて気付いてのだ。ロマーリオがいかに自分の為に、細々としたことまで気を配ってくれていたのかに。
「オレがわざわざ頼まなくっても、おまえ普段から、すげー甲斐甲斐しく世話してくれてんじゃん」
「まあそりゃあ、半分は趣味みたいなもんだけどな」
ロマーリオはあらかた乾いたディーノの髪を撫で、ついでに鼻を押し付けて匂いまで嗅いでくる。
「こんなこと、他の奴らにはさせられねーしな。役得、ってやつだ」
「・・・・・・」
そんなことしたがるの、おまえだけだ、とディーノは心の中でつっこんだ。ロマーリオが聞いたら、これだから放っておけないんだ、と溜め息つくだろうが。
ロマーリオはディーノの髪を手櫛で梳いて整えてから、満足そうに手を離す。
「で、じゃあ別に何もねーのか?」
「んー・・・」
そう言われると、やっぱり勿体ない気がしてくる。せっかくだから何かやってもらおうか、と。
ディーノはぼふんとベッドに背中を預け、考えた。だが、今さら考えて出てくるのなら、今日一日でとっくに何か思い付いているだろう。
涼しい顔して自分を見下ろしているロマーリオを、ディーノはやっぱり八つ当たりしたくなるような心境で見上げた。
「あーもう、今日は一日そのことばっか、おまえのことばっか考えてた気がする。・・・わざとじゃないだろーな・・・?」
「ボスの誕生日なのに、オレが嬉しくなってどうするんだ」
ディーノの隣に自分も横たわりながら、ロマーリオは苦笑いをする。
「オレはただ・・・。ボスは、オレに遠慮してるところがあるだろ? 望みを言えば、それが命令になるんじゃないかって」
「・・・・・・」
ロマーリオは自分の頼みは断らない、何故なら自分はボスだから。確かに、そう思っている面もあった。そういうのが嫌だから、遠慮している部分もあった。
やはりロマーリオは、それに気付いていたようだ。
「だから、今日くらいは、重く考えずに・・・甘えて欲しかったんだ」
ロマーリオはディーノに手を伸ばしてきて、優しく髪を撫でる。その顔に浮かぶのは、相変わらず苦笑い。
「・・・これじゃやっぱり、オレが喜ぶことになるな」
「・・・・・・」
ディーノもロマーリオに手を伸ばし、髭を指先で擽った。ロマーリオがそんな考えで申し出てくれたというのに、自分が思い付いたのはこの髭を剃ってもらおうか、などと取るに足らないことばかり。
だがそれは裏を返せば、満たされているということなのだろう。
「だって、オレには可愛いファミリーがいて、隣にはいつもおまえがいて。悪ぃけど、これ以上望むことなんて、ねーんだよ」
ディーノは心からそう言って、ロマーリオに笑い掛けた。
「敢えて言うなら、こうやって、おまえとこうしてることが、オレの一番のわがままだ」
ボスとしての立場に縛られていたなら、ロマーリオとこんな関係を持つことなんてなかっただろう。だが、ファミリーのことを考えて踏みとどまらずに、ロマーリオを手に入れてしまったディーノだ。これ以上、だなんて望んだらバチが当たってしまう。際限なく甘えることが、ロマーリオの為にも自分の為にもならないことくらい、ディーノはよくわかっていた。
「・・・ボス」
ロマーリオはディーノの思いを読み取って、やっと安堵したような笑みを浮かべる。ディーノも気をゆるめて、ロマーリオの頭をこれまでのお返しのように、労わるように撫でた。
「オレはおまえのほうこそ、遠慮してんじゃねえかって思うけどな。そうだ、今度のおまえの誕生日は、オレがおまえの言うことなんでも聞いてやるよ」
「そりゃあ・・・今から楽しみだな」
ディーノの提案に、ロマーリオはすぐに何やら思い付いたのか、ニヤリと笑う。
「・・・ロマーリオ、顔がエロい」
「なんでも、聞いてくれるんだろ?」
このエロオヤジ、と言葉を投げても笑って受け流すロマーリオの、ディーノの髪を撫でる手には、いつのまにか熱がこもっている。確かにディーノも、ベッドの上でいつまでもただ並んで横になっていても仕方ないと思う。
ロマーリオはディーノに圧し掛かり、手始めにキスを・・・いつしてきてもおかしくないはずなのに。何故かロマーリオは一向に動く様子がなかった。
「・・・ロマーリオ?」
ディーノがつい問い掛ければ、ロマーリオは再びニヤリと笑って言う。
「さてボス、0時まではまだ時間がある。オレにして欲しいことは?」
「・・・・・・!!」
おねだりしろ、ということらしい。ディーノは思わずロマーリオを殴りたくなったが、どうにか抑えた。
「・・・おまえ、それが本当の狙いだったんじゃねーのか?」
「なんのことだ?」
疑うディーノに、ロマーリオはとぼけてみせる。最初からそのつもだったわけはないだろうが、今上手く利用したのは間違いない。
抜け目のない男だ。だが、そんなロマーリオに、負けてやるわけにはいかない。
「・・・じゃあ、ロマーリオ」
ディーノは考えてから、命令を口にした。
「おまえのしたいように、しろ」
「・・・・・・ボス」
それじゃボスの願いを聞くことにはならないだろう、と言いたげなロマーリオの口を、ディーノは人差し指で塞ぐ。
「いーんだよ、それで」
人差し指を親指に差し替え、ロマーリオの唇と頬を同時に撫でながらディーノは言った。
「結局それが、オレの望みでもあるんだから」
そして微笑み掛ければ、ロマーリオは小さく嘆息してから、同じように笑む。
「敵わねえな、ボスには」
参りました、と言いたげにロマーリオはゆっくりと体を起こした。そのままディーノに覆いかぶさり、顔を近付けてくるが、途中で一度とまる。
「Grazie per essere nato」
「・・・Prego」
本当に、これ以上何を望むことがあるというのだろうか。
ディーノは幸福感に浸りながら、目を閉じてロマーリオの祝福のキスを受け止めた。
END 最後の会話は、「生まれてきてくれてありがとう」「どういたしまして」です。(たぶん!)
ちなみにタイトルは、「お気に召すまま」です。(たぶん!!)
ロマーリオの誕生日には、予想通りエロいことばっかりお願いされるんじゃないでしょうか。
このエロオヤジ!と言いつつもそう満更でもないディーノさんを希望します。(誰に)