Esotico Giappone
そういえば、日本人は桜を見ながら宴会するらしーな。
ディーノがふと思い出して言うと、じゃあ今夜花見にでも行く?と雲雀が聞いてきて。
行く、と即答したディーノを、日が沈んだ頃雲雀は連れ出した。
そして着いた並盛中央公園、そこに広がっている光景に、ディーノは目を見張る。暗闇に淡く浮かび上がる桜は、それはとても美しい、のだが。
それ以上にディーノは、その桜の木の下に群がっている人だかりに、驚いたのだ。
桜の下にシートを敷いて、食べ物や酒を持ち込んで、花なんかに目もくれずに大騒ぎしている。
「・・・なあ恭弥、こんなとこ、平気なのか?」
群れている人間を見るのが嫌いな雲雀だ。咬み殺し始めたら困るし、かといって雲雀に我慢させたくもない。
だが雲雀は、躊躇わず人ごみの中に入っていった。
「花見、してみたいんでしょ?」
「・・・お、おう」
「これが、日本の花見だからね」
だから、この人の群れにも目を瞑る、つもりなのだろうか。
悪いなぁと思うと同時に、自分の思いを優先してくれる雲雀が、ディーノは嬉しかった。
「でも、花見する場所、あるのか?」
この人ごみでは心配になるディーノだが、雲雀に抜かりはなかった。
公園の1番大きい桜の真下、そこがポッカリと空席になっていたのだ。
「委員長!!」
雲雀に気付いた、風紀委員と思しき学ラン姿の男が、駆け寄ってくる。
「準備は整っています」
「そう」
雲雀は礼も言わず、シートに歩み寄り靴を脱いだ。一方の風紀委員は、敬礼して、仲間数人と共に去っていく。
雲雀に続いてシートに乗りながら、そのやり取りにディーノはつい感嘆した。
「おまえの部下、すげーな・・・」
「あなたに言われたくないよ」
確かに、ディーノの部下だって、頼めば場所取りから宴会の準備までやってくれるだろう。
だが、ディーノの部下たちなら、酒でも飲んで騒いで待っているだろうし、ディーノが来ても勿論帰らない。一緒になって、桜に目もくれずにはしゃぐだろう。
だがまぁ、雲雀とその部下たちがどう見てもそんなことしそうにない、ということはディーノにもわかって。むしろ、雲雀と同席するなんてそのほうが、風紀委員たちも困るのではないか。
とにかく、その風紀委員たちによって、シートの上にはご丁寧に雲雀の好物の寿司と緑茶、そしてディーノの好物ピザとワインが用意されている。
せっかくここまで整えてくれたのだし、ディーノは花見を楽しませて頂くことにした。
「・・・でも、なんかちょっと、悪い気もするな」
シートの真ん中に雲雀と向かい合わせに座って、ディーノはつい思う。
周りにはギュウギュウ詰めで座っている花見客たち。対する自分たちは、広いシートの上に、たった二人。
雲雀は有名なのか、ちらちら視線は感じるものの、誰も何も言ってこない。それが逆に、なんだか居心地悪かった。
「気になる?」
「そりゃあ、まあな」
「そう・・・」
言って、雲雀が動こうとするから、ディーノは焦った。雲雀のことだからきっと、周囲の人たちを、咬み殺すつもりなのだろう。
「いや、やっぱいい! 別に、全然気になんねーな! それより、乾杯しようぜ!」
ディーノは用意されている湯呑みを急いで雲雀に渡し、緑茶を注いだ。
自分はグラスにワインをついで、雲雀のほうへ差し出すと。雲雀も湯呑みを差し出してきて、乾杯。
花見とはいえ、やはり腹も減っていることだし、桜は一先ず後回しにして。ディーノがまずはピザでも摘もうと手を伸ばしたところに、聞き覚えのある声がうしろから聞こえてきた。
「あれ、ディーノさん・・・!」
振り返ると、そこにいるのはやはりツナで。
「よう、ツナ。おまえも花見か?」
「はい・・・・・・・・・・・・」
答えたツナの視線が、ディーノから逸れ・・・何かおそろしいものを見たように固まった。
「・・・ひ、ヒバリさん・・・?」
どうしてこんなところに、どうしてディーノと一緒に。
ツナの疑問が手に取るようにわかって、ディーノは苦笑しながら、立ち上がってツナに歩み寄った。
「まあ、成り行きでな。それより、この人だかりじゃ、場所がないんじゃねーか?」
「あ、そうなんですよ。みんなで手分けして探してるんだけど・・・」
ツナは困ったように、辺りを見回す。可愛い弟分のそんな顔を見たら、ディーノはついどうにかしてやろうと思ってしまう。
「じゃあ、オレたちと・・・」
一緒に花見するか、と言おうとして。しかしディーノは、気を変えた。
「一緒に、と言いたいところだけど。オレも頼み込んで、恭弥にようやく許してもらったんだ。これ以上増えたら、まとめて咬み殺されるのがオチだしな」
「ですね・・・」
容易に想像出来るらしく、ツナは乾いた笑いを浮かべる。
「まあせめて、あいつが暴れないように、見張っててやるよ」
「あ、お願いします!」
そう言ってツナは、やはり気になるらしく一度チラリと雲雀を見てから、人だかりの中に消えていった。
やっぱりちょっと悪かったかな、と思いながらディーノは雲雀のところに戻る。雲雀は握り寿司を摘みながら、平坦な声で言った。
「あなたのことだから、あの草食動物を誘うかと思ったよ」
「うん、まあ・・・」
そうしようと一瞬思ったディーノは否定は出来ずに。
「でも、それも野暮かと思ってな。おまえがせっかく、オレの為に用意してくれた席だからな」
「・・・僕も桜が見たかっただけだよ」
そう答える雲雀の言葉は、ディーノの発言を否定はしていない。
思わず笑いながら、ディーノはグラスを手に取り、雲雀の湯呑みと強引に合わせた。
「何・・・」
抗議でもしようとしたのか、しかし雲雀の視線が、自分の湯呑みに向けられ固定される。
ディーノも覗き込むと、緑茶の上に、桜の花びらが一枚。
そういえばちょっと前から、風が出てきたらしく、まるで紙吹雪のように桜の花びらが舞い落ちている。
「すげーな・・・」
幻想的ですらある光景。この下に集まっている人たちは、日常をいっとき忘れる為にこうして騒いでいるのかもしれないとディーノは思った。
それにしても、薄いピンク色の花びらが舞う様は美しくて、日本人が桜を愛する気持ちを身を以って知った気になる。その光景をただ眺めていたディーノは、ふと気付いた。
「あ、恭弥、ついてんぞ」
雲雀の髪に、桜の花びら。取ろうと思って手を伸ばしたディーノは、しかしその手をとめた。
「何?」
「いや、なんか勿体なくて。似合ってるからさ・・・」
雲雀と桜なんて、似合わなさそうに思えるのに。
黙ってジッとしていればとても日本人らしい雲雀の、漆黒の目や髪と、桜の舞い散る光景。それはまるで、一枚の絵のようで。ディーノはつい、目を奪われてしまう。
「・・・きれーだな」
「・・・・・・」
雲雀はそんなディーノに向かって、腕を伸ばし、ディーノの頭上めがけて何かを投げ付けてきた。いつの間に集めたのか、桜の花びらたちが、ディーノに降りかかってくる。
「あなたも、似合ってるよ」
「・・・・・・」
本気で言っているのか、よくわからない雲雀の口調。大体、とディーノは思う。
花びらを集めて、お返しのように雲雀に降りかけ返した。
「やっぱり桜は、日本人に似合う」
ひらひら舞って落ちる桜の花びらは、やはり雲雀にこそ似合っている。見蕩れると同時に、髪の毛に何枚も花びらを貼り付けている様に、ディーノは笑いを誘われた。
「きれいっていうか、可愛いってかんじだけどな」
「・・・・・・・・・」
雲雀は頭を振って花びらを落としてから、ディーノに同じように笑い掛ける。
「確かに、あなたにはもっと、馬鹿みたいに明るい花が似合うね」
「・・・それって、オレ、けなされてんのか?」
「さあね」
そう言う雲雀は、辺りに舞い散る淡いピンク色の桜のせいか、いつもよりも優しい空気をまとっているように見えて。
やっぱりディーノは、見蕩れてしまった。
せっかく振り落としたのに、花びらは次から次へと雲雀の上へと落ちていって。懲りずに雲雀は頭を振るが、それは勿体ない気もするし、そんな雲雀の仕草が可愛いから別にいい気もする。寿司に手を伸ばして、そこにも張り付いた花びらを取ってから、口に運んでいく。その仕草も、可愛い。
ディーノがじっと見ていると、雲雀は当然そんな視線に気付いて、眉をしかめた。
「ねえ、花見に来たんだから、桜を見たら?」
「・・・うん、だから見てる」
雲雀に主体があるとはいえ、一応桜を見ていることにも違いないだろう。視線を外さないディーノに、雲雀は諦めたように溜め息をついた。
だからディーノは、遠慮なく見つめ続けることにする。少し肌寒いくらいの気温のせいか、雲雀の頬は少々赤らんでいた。
そういえばこんな頬のことを、桜色の、と日本語で言うんだったか。
そう思ったディーノは、雲雀のその頬にキスしたい衝動を覚えた。けれどやはり、今の雲雀には手を出すよりも、ただ眺めていたい気がして。
しばらくは、やめておくことにした。
END でも、ワインが進んで酔ってきたら、気にせずキスしちゃう気がします。(ダメな大人)
こんなヒバディノを、周囲の並盛町民は一体どんなふうに見てるのか…おそろしい話です(笑)
「Esotico Giappone」=「エキゾチック・ジャパン」