特別な日
“ Se Lei vuole celebrare il mio compleanno, per favore mi trovi.”
5月5日、雲雀の誕生日。当然その日を祝おうと、どうにかスケジュールを調整したディーノは、学校の校舎を歩いていた。
日本では祝日らしいが、学校大好きな雲雀はきっと登校しているだろうと思ったのだ。取り敢えず応接室に向かっていたディーノは、階段を通りかかり、そしてそこを下りていく男子生徒と目が合う。
「お、ツナじゃないか!」
弟弟子の姿に、ディーノは足をとめた。まさかこんなところで会うとは思っていなかったから、なんとなくラッキーな気がする。
対するツナは、何やら少し目を丸くしてディーノを見つめてきた。それは、何故ここにディーノがいるのだろうという思いもあるのだろうが。
おそらく、ディーノの格好に、呆気に取られてしまったのだろう。
ディーノは、仕立てのいい黒いスーツにネクタイ、葡萄色のシャツ、そしてなんと右手に真っ赤なバラの花束を持っている。勿論、雲雀の誕生日を祝う為に、気合の入った格好をしてきたのだ。
だがそんな自分の格好に疑問なんて持っていないディーノは、ツナが思わず言葉を失っていることにも気付かず、言葉を掛ける。
「今日は祝日じゃないのか? ゴールデンウィークとかっていう」
「はい、そうなんですけど・・・」
ディーノの問いに、ツナは何やら気まずそうな表情になった。
「あの、補習というか・・・」
「・・・・・・ああ」
半笑いで言うツナの気持ちが、ディーノにもよくわかる。
「懐かしーな。オレもおまえくらいの頃、よく受けたっけ・・・」
落ちこぼれだったあの頃を思い出して、ディーノもつい気まずいような気分になった。おかげでディーノは今でも学校という場所が実はちょっと苦手で、だから雲雀の気持ちが全くわからなかったりする。
「へえ、ディーノさんもなんですか」
ツナはそんなディーノの言葉に、少し驚いたような顔をして、それから今度は視線をディーノの上から下へと動かす。やはり、ディーノの格好が気になるようだ。
「それで、ディーノさんは・・・今日どうしたんですか?」
「ああ、オレは恭弥に会いにきたんだ」
不思議そうなツナに、ディーノは素直に答えた。元教え子の雲雀の様子をちょくちょく見に行っていると、ツナも知っている。
だがツナは、相変わらず不思議そうに首を捻った。どうしてその格好で?と、おそらく思っているのだろうが、ディーノはそこには気付かない。
「ヒバリさんに?」
「ほら、今日、あいつの誕生日だろ?」
ディーノとしては、それで全ての説明が終わると思ったのだが。
「え、そうなんですか?」
「知らねーのか?」
ツナが首を捻るもんだから、ディーノもつい首を傾げた。自分が知っているんだし、それに雲雀はツナのファミリーでもあるから、当然知っていると思っていたのだ。
勿論ツナは雲雀を自分のファミリーだと思っていないし、いちいち誕生日を覚えていなかったようだが。
「そういえば、今日だったっけ。でも、思い出しませんでした。・・・でも、ヒバリさんの誕生日だから、わざわざ日本に来たんですか?」
「ああ、そーだ」
頷いてから、ツナがここまで不思議そうなので、ディーノはちょっと不安になってきた。
ツナは雲雀とディーノの関係を知らないが、しかし元教え子の誕生日を祝うのだって、ディーノにしては普通のことだと思ったのだ。もしかして日本人は誕生日をそんなに重要視していないのだろうかと思えてくる。
ディーノがいつもと違って妙に気合を入れた格好をしているから、ツナもここまで不思議がっているのだと、やっぱりディーノは気付かなかった。
お互い何かしっくりこなくて、ちょっとした間が出来てしまったそのとき、応接室のある方向からディーノの顔見知りが歩いてきた。
どんな関係か、と言われたら本当に顔見知りとしか言いようのない、草壁だ。
「お、ちょうどよかった、草壁」
ディーノが話し掛けると、草壁はピタリと立ち止まってくれた。
草壁は風紀委員長の雲雀に絶対の忠誠を誓っているらしいが、その雲雀と仲良くしているディーノにも一目置いてくれているらしい。果たして二人の関係に気付いているのかどうか、についてはわざわざ確かめたことはないが。
とにかく、応接室のほうから来た草壁なら、少なくともそこに雲雀がいたか知っているだろうと、ディーノは聞いてみた。
「恭弥、どこにいるか知らない?」
「いえ」
だが首を振った草壁は、何やらポケットから取り出してくる。
「ただ、今朝、委員長から預かったものが」
そしてその紙切れと思しきものを、ディーノに渡してきた。二つ折りのそれを開いて、ディーノはつい目を丸くする。
そこには、流麗な文字で書かれた、イタリア語の文章。すぐにその意味を、そして意図を読み取って、ディーノはつい笑ってしまった。
「ははは、恭弥も可愛いことするな!!」
「え、なんて書いてあるんですか?」
気になるのか隣で覗き込んでいるツナが聞いてくるから、つい答えそうになったディーノだが。やっぱり、これは自分だけが知っていたいと、思い直す。
「内緒。恭弥からのラブレターだからな」
だからディーノは、人差し指を口に当てて、冗談めかして言っておいた。本当のところ、それは間違ってはいない。
「えっ!?」
「ところで、ツナ」
目を見開いたツナに、ディーノはさっさと話題でも変えようと、呼び掛けた。
「これから家に帰るのか?」
「あ、はい、そうですけど」
素直に頷いて返してくれるツナに、ディーノは内ポケットを探って取り出したものを、ポイッと投げる。
「じゃ、エンツィオ、預かっててくれねーか? 連れてったら、危ないかもしれないし」
いつもはちゃんと可愛がっているエンツィオだが、雲雀といるときはついその存在を忘れがちになってしまうのだ。おかげで、潰しそうになったり、いいところで転がり落ちてきたり、そんなことがしばしばあった。
せっかくの誕生日にそんなことになっては雲雀に悪いし、何よりそもそもエンツィオにも申し訳ない。
「また戦うんですか?」
「かもしれねーからな」
当然の誤解をするツナに、そう答えておいて、ディーノはクルリと応接室のほうを向いた。雲雀からのメッセージを見て益々早く会いたくなったのだ。草壁の言葉通りなら、雲雀は応接室にいないようだが、可能性がないわけではない。
「じゃ、そろそろ行くわ」
ツナにウィンクしてから颯爽と去ろうとしたディーノは、しかし少し行ったところでツルッと足を滑らせて転んでしまった。
立ち上がったディーノは、とっさになんとかかばった右手の花束の無事を確認して、ついでに左手の紙切れの文章にもう一度目を通す。
それは雲雀が、ディーノが誕生日を祝いに来るのを待っている、何よりの証拠だった。
『誕生日を祝いたければ、僕を見付け出してごらん』
応接室の扉が、ガチャリと音を立てて開いた。
視線を向けた雲雀にまず見えたのは、真っ赤のバラの花束。次に、上等そうなスーツに身を包んだ、少し目を丸くしたディーノ。
「あれ、もう見付けちまった」
そう言うディーノの左手には、紙切れ。どうやら、それを受け取ってすぐに、この応接室に来たらしい。
「なんだ、もう見付けたの」
雲雀は溜め息つきながら、似たセリフを返した。ディーノ同様、意外だったが、しかし別にガッカリしたわけではない。
草壁に一応、ディーノに自分の居場所を教えないように命じてはいたが。別に、ディーノが自分を探して駆けずり回ることを期待していたわけではなかった。
「まあ、取り敢えず・・・」
ディーノはソファに座る雲雀に歩み寄ってきて、バラの花束を差し出す。
「恭弥、誕生日おめでとう!」
「・・・・・・」
その、雲雀の年齢分の本数があるだろうバラの花束といい、いつもと違って妙に張り切ったスーツ姿といい。ディーノは本当に、外さない。
「・・・やっぱり、イタリア人のすることは、いちいち気障だね」
「そうか? 普通だと思うけど」
首を傾げそう答えるディーノのせいで、雲雀にとってもまた、普通のことになりつつあった。それもどうかと、すでに最近はあんまり思わなくなりつつ、花束を受け取れば。ディーノは嬉しそうに笑って、雲雀の隣に腰を下ろす。
「あ、プレゼントは別にあるからな。何がいいか、いろいろ考えてたら、結構な量になって。あとで家に届けさせるから」
「・・・・・・」
たかだか誕生日なのに、そこまでするディーノの気持ちが、雲雀にはよくわからない。ただ、ディーノのその行動自体に、雲雀はもうなんの疑問も抱かなかった。
雲雀は受け取った花束を、すぐにテーブルに置く。ディーノが勢いに任せて、花束が潰れるのにも構わず、いつ抱き付いてくるかわからないからだ。そんなディーノを拒む理由も、雲雀にはない。
「でも恭弥、あんなメッセージ寄越しておきながら、どうしてここにいるんだ?」
「・・・どこにいようと、僕の自由だよ」
「そーだけど・・・」
腑に落ちない表情のディーノの疑問は、雲雀にもわかる。雲雀がいるのは大抵がこの応接室で、それなのにここにいるのは、隠れる気がないと思われても仕方ないだろう。
実際雲雀は、別にディーノから隠れたかったわけではない。試すように、ディーノが自分を見付け出してくれるよう期待していたわけでもない。
ただなんとなく思い付いて、ただなんとなく気が向いたからやってみた、だけなのだ。
「まあ、いーけど。おかげですぐに見付かったわけだし・・・」
そこまで言ってディーノは、ふと笑顔になって、雲雀を見つめてくる。
「あ、恭弥、オレに早く見付けて欲しくって、それでここにいたのか?」
「・・・・・・・・・」
早く見付けて欲しい、なんて思ってはいないけれど。あんなメッセージを送っておきながら、一番見付かり易いこの部屋から動く気になれなかったのは、確かだった。
「・・・・・・好きに解釈すれば」
「おう! オレも、早く恭弥に、会いたかった」
嬉しそうに笑って、ディーノは距離を近付け、雲雀にキスしてくる。一回目のキスは、急いた気持ちを抑えるようにゆっくりと軽く、がディーノの癖だった。
すぐに離れたディーノは、やはり嬉しそうに笑ってから、ずっと大切そうに持っていた紙切れを雲雀にかざしてくる。
「そういえば、これ、うまく書けてんじゃねーか」
感心したように言うディーノは、以前雲雀に向けたメッセージを日本語で書いて送ってきたことがあった。雲雀がイタリア語を書くに当たって、そのことは頭をよぎっていた。尤も、そのときのディーノの文字は、とても読めたものではなかったのだが。
「あなたのはとても読めなかったけどね」
「・・・日本語のほうが、難しいだろーが」
不服そうに言い返して、ディーノは花束からメッセージカードを抜き取った。
「それにオレだって、練習してるんだぜ?」
書いた字を雲雀に汚くて読めないと言われたことを、ディーノは実は根に持っているらしい。
カードを受け取って、見るとその文字列は、確かに前回よりはだいぶマシになっていた。
「ほら、読めるだろ?」
「・・・・・・・」
そう問い掛けてくるディーノの意図が、雲雀にはわかってしまう。だが雲雀は、それをわざわざ裏切ることもないように思えて、口を開いた。
「誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。来年もその次も、この日を共に祝えますように。愛してる」
確かに、全部読めた。視線を向ければ、嬉しそうなディーノの顔。
「・・・自分が書いた言葉でしょ」
「でも、おまえの口から出た言葉だ」
変わらず嬉しそうに笑って、ディーノはまたキスしてきた。今度は、さっきよりはもう少し、しっかりと唇を触れさせ。
「やっぱり、こうやって、目を合わせての言葉は、特別だな」
じっと雲雀を見つめながら、噛み締めるように言って。
「恭弥、愛してる」
いつものように囁いてから、ディーノは三度目のキスをしてきた。
今度こそ、触れるだけではない、深い口付け。ディーノの腕が体に回ってきて、会えなかった時間を埋めるように、ギュッと抱きしめてくる。
雲雀は、いつものように抱き返したりしなかったが、いつものように逆らいもしなかった。
何度もキスして、やっと一先ず満足したのか、離れたディーノは相変わらずの笑顔で。
「・・・なんだか、あなたのほうが嬉しそうだね」
「仕方ねーだろ?」
思わず言った雲雀に、ディーノは率直な言葉で伝えてくる。
「おまえが生まれてきてくれたこの日に、それをこうして二人で祝うことが出来るんだ。こんなに嬉しいことはない」
「・・・・・・・・・」
生まれてきてくれて、そして今一緒にいられて、嬉しい。だから誕生日という日をこんなふうに祝うのだとすれば、それなら雲雀にも少しはわかる気がした。
たとえば、ディーノが生まれた日、その日をディーノが自分と過ごしたいと望むのなら。確かにその日は、雲雀にとってきっと、ただのなんの変哲もない一日ではなくなるだろう。
「そう・・・でも、僕の誕生日なんだから、僕を一番喜ばせてくれないとね」
「そりゃあ、恭弥がして欲しいこと、されて嬉しいこと、なんだってするぜ?」
何して欲しい?とディーノは視線で問い掛けてきた。
「・・・自分で考えなよ」
「・・・・・・」
するとディーノは首を傾げて考え、それから雲雀にニコリと笑い掛けてくる。
「やっぱり、エロいこと、して欲しい?」
「・・・・・・・・・」
全くディーノらしい思い付きだ。
だが、会いにきてプレゼントを用意して言葉でも祝って。だとしたら確かにもう、それくらいしかすることは残っていないだろう。
雲雀は立ち上がって、扉に向かった。
「帰るのか?」
「して、くれるんでしょ?」
問い掛けてくるディーノを振り返りながら、ガチャリと鍵をかけ。
「邪魔が入るのは嫌だしね」
「・・・・・・意外」
すると、ディーノは喜ぶかと思えば、少し目を丸くした。
「おまえそういうの、気にしねーと思ってた。咬み殺すだけだよ、とかって」
「・・・・・・」
確かに言われた通り、普段なら、勝手に部屋に入ってきたものは咬み殺してそれで終わりだが。
「いつもならそうするけど。でも、あなたで手一杯だから」
ディーノといるときに、雲雀に他に気を移す余裕を与えないのは、ディーノ本人なのだ。
そのディーノは、雲雀の言葉に、嬉しそうに笑って。
「・・・なんか、それ、いいな」
嬉しそうに、呟いた。
やっぱり、さっきからディーノが喜んでばかりのような気がする。だがそれが、雲雀にとって嬉しくないわけでもない。
雲雀がソファに戻ると、今度はディーノが立ち上がった。
「せっかくの花、放っておくわけにいかねーしな」
どうやら花瓶にでも花を活けに行くつもりなのだろう。だから雲雀は、ディーノよりも先に花束を手に取った。
「何?」
「あなたじゃ、水浸しになるのがオチだから」
実際、この前だってディーノは、蛇口を捻っただけのはずなのに何故か全身びしょぬれになっていた。そのジャケットのフードから亀が巨大化しながら転がり落ちてきたときは、雲雀もさすがに驚いたものだ。
「なんねーって、そんなこと」
ディーノは憮然と言いながらも、上げた腰を一応またソファに下ろす。
「それに、今日は、エンツィオは預けてきたからな」
「あなたにしては、随分と、準備がいいじゃない」
「当たり前だろ? おまえの誕生日だ、万全で迎えたいからな。だから、花束だってプレゼントだってこのスーツだって・・・」
そこまで言ってディーノは、自分のスーツを見下ろし、そして雲雀を見上げ。
「・・・しわになったりとか、するのはちょっと嫌なんだけど・・・」
「・・・・・・・・・」
そこまでは考えなかったらしい。相変わらず詰めが甘くて、でもそれがディーノなのだ。呆れとは違う、慣れに似た感覚で、雲雀はそう思う。
「もうすでに、汚れてるみたいだけど?」
腕のどうせ廊下で転びでもして付いたのだろう汚れを見て言うと、ディーノは決まり悪そうな顔をして。
「だから、もうこれ以上汚せねーっつーか。あ、先に全部脱いどくって手もあるけど」
「・・・・・・いいよ」
そこまでして、この場で、でなくてもいいだろう。
「帰るよ」
そう言って花束を押し付けると、ディーノは不思議そうな、ちょっと不満そうな顔をした。
「せっかくおまえにあげたのに、オレが持つのか?」
雲雀はそんなディーノの、両脇の背凭れに手をつく。
「同じでしょ? その花も、あなたも」
バラの花束が贈り物なら、こうやってはるばる会いにきたディーノ自体、雲雀にとってはそれと相違ない。
思わず笑みながら、本日最初の、雲雀からのキスをディーノへ。
「・・・そうだな」
あっさり同意したディーノは、すぐに離れた雲雀を追って腕を伸ばしてきた。だが雲雀は、その腕からも逃れて、ソファから離れる。
「花が潰れるよ」
そして扉へ向かいながら、顔だけ振り返って。
「グチャグチャになるのは、あなただけで充分、でしょ」
「・・・・・・うん」
そんなふうに言われて、むしろ期待するように頷いてあとをついてくるディーノは、どうかしている。だが、そんなディーノは雲雀にとって、すでに当たり前になっていた。
そんな、いつもと代わり映えのしない、特別な日。
END 時期的にこれは…並盛高校のような…?(笑)(そうじゃなかったら説明が付かない…)
ちなみに雲雀があのメッセージで何がしたかったのかは、書いてるこっちもよくわかっていません…。(えー)
(一番は「あなたはヘタクソだったけど、僕ならほらこの通り」という、けなし目的…?)(謎)
いつもながら、イタリア語は違うかもしれません。