純情Kiss
放課後山本が、ちょっと数学教えて、とプリント片手に獄寺のうしろの席に座ってきて。さらにそこに、ツナがやってきて。
「ねえ、二人は・・・き、キスしたこと、ある?」
そう、言いにくそうに、それでも尋ねてきたから、獄寺はとても動揺してしまった。
そして勢い立ち上がりながら、とっさに叫ぶ。
「オレと野球バカはそんな関係じゃないっす!!」
すると、ツナはキョトンと目を丸くし、山本は噴き出した。
「・・・え?」
「・・・・・・え?」
何か食い違っている、と獄寺とツナはぼんやり気付く。それを、山本が的確に指摘してくれた。
「違うって、獄寺。ツナが聞きたいのは、俺のキス経験と、おまえのキス経験。だよな?」
「あ、うん、そう」
「・・・・・・・・・」
ツナがその通りだと頷くから、獄寺はまた違う意味で慌てる。
「あ、そ、そういうことですか! オレはてっきり、10代目の冴えた冗談かとばかり・・・!!」
ごまかそうと言った獄寺に、山本がかぶせるように、話題を移していった。
「でもツナ、そんなこと聞いてどうするんだ?」
「そ、それは・・・」
山本の問いに、ツナはさっきまでのやり取りを忘れたように、恥ずかしそうに頭をかく。
獄寺はホッとして、腰を下ろそうとし、しかしツナが立ったままだと気付いて。自分の椅子を勧めれば、ツナはちょっと躊躇いながらも座りつつ、唐突な問いの理由を話した。
「あの、オレ、経験なくて・・・でも、いつチャンスが来るかわからないし・・・」
ちょっと前に、笹川京子と見事付き合う運びとなったツナは、やはりその辺が気になるのだろう。
「二人はオレより大人だから、やっぱり経験あるのかなって・・・」
そして獄寺と山本を見上げるツナの瞳が、当然あるんだよね、と期待しているように見えて。
獄寺は、つい答えていた。
「お、オレはありますよ!」
一応、嘘ではない。イタリアで生まれ育った獄寺だから、人並みに経験はある。ツナが聞きたがっているようなキスではないのだが。
「へえ、あるんだ!!」
ツナが、さすが!という視線を向けてきてくれている気がして、獄寺はつい何か誇らしい気分になった。
だが、続けて山本が、答えを返す。
「俺は、まだないな」
「えっ、そうなんだ?」
ツナが意外そうに返したが、獄寺も驚いた。山本のことだから、てっきりあると思っていたのだ。 だから獄寺も、あると答えたわけで。
だが、山本はないと答え。それなのに堂々とあると答えてしまったことに、獄寺は罪悪感のような気持ちを覚えた。
「山本もてっきりあると思ってたよ」
「ねーって。だって俺、彼女いたこともねーし」
「そういえばそうか。そんなもんだよねー」
ホッとしたようにツナが笑うから、獄寺の肩身は益々狭くなる。
出来ればこの話題についてはもう語りたくない、そう思う獄寺なのに。
「でも、さすがイタリア生まれだね、獄寺君。もうちょっと聞いてもいい?」
「勿論です!!」
ツナにそう言われたら、つい即答してしまう獄寺だった。
「まあ、キスなんて、別にたいしたもんじゃないっすけどね! イタリアじゃ挨拶代わりですし!」
ついペラペラと語ってしまいながら、獄寺は山本が一体どう思っているのかが気になる。
だが、だからこそ山本のほうを見ることが出来ず。
「それで、キッカケっていうか、どういうタイミングでするもんなの?」
「そんなの、簡単っすよ。いいムードになって、相手の目を見れば、わかります。そしたら、肩にこう手を掛けて・・・」
「うん」
乗りで空気相手にポーズをとる獄寺を、ツナは真剣な顔で見つめ。一方の山本は、一体どうしているのか、やっぱり獄寺は確かめられない。
「そしたら相手が目を閉じてきますから」
「う、うん」
「そしたら、こう、顔を斜めに傾けて・・・」
「ははははっ!」
経験なんて本当はないものだから適当なことを並べていた獄寺に、かぶせるように、不意に山本の笑い声が聞こえてきた。
「な、何がおかしんだ!?」
反射的に突っかかりつつも、その笑いがいつもの屈託ないものだったから、獄寺はついホッとする。やっと視線を向ければ、山本はやっぱりいつもの呑気そうな笑顔で。
「いや。ツナ、笹川帰ってきたぞ」
「えっ!?」
ツナはパッと山本の指すほうを向いて、それから慌てて立ち上がり。
「あ、じゃあ! また明日!!」
急いで京子の元に駆けていき、一緒に歩き出すツナの様子では、キスなんてまだまだずっと先のことになりそうだった。
「さて、俺は課題終わらせねーとな」
ツナを見送ってから、山本が気分を変えるように言ったから、獄寺は再度ホッとする。だが同時に、スッキリしないものも感じた。
「おー、さっさと終わらしちまえ」
ちなみに課題とは、今日提出するはずの数学のプリントだ。
獄寺はツナに譲っていた椅子に、一応教えろと言われているから横向きに腰を下ろして、「月刊世界の謎と不思議」の今月号を開き。しかし、その内容は獄寺の頭に全く入ってこなかった。
別のことが、どうしても頭を占めているのだ。さっきの、キスの話が。
山本は特に気にしている様子はなかったが、本当のところはどう思っているのか、獄寺は気になった。気にしていなければいいと思いつつも、全くなんとも思われていないのも、引っ掛かる。
わざわざ蒸し返す必要なんてないと思いながらも、獄寺はどうしても考えを他に移せず。そのうちに教室からは次々生徒がいなくなり、いつのまにか二人っきりになってしまい。
「・・・・・・べ、別に」
一方的に気まずい気がして、獄寺はついに口を開いてしまった。
「ん?」
「キスって言ったって、ガキの頃の、挨拶程度のだし」
「・・・・・・」
唐突に言い出した獄寺に、山本はプリントから顔を上げて、視線を向けてくる。そして、いつもの飄々とした口調で。
「顔を傾けて、とか言ってたのは?」
「・・・・・・て、適当だ、そんなもん!」
正直に言って、獄寺はプイッと顔を背けた。見栄を張って適当なことを言ったとバレたのも恥ずかしいが、それをわざわざ自分から正してしまったこと自体が、それ以上になんだか恥ずかしい。
「・・・なあ、獄寺」
「・・・・・・」
これ以上この話題は続けたくなくて、返事を返せない獄寺に。
「今日は、いい天気だなー」
「・・・・・・」
山本は何故か突然、どうでもいい話題を振ってくるから、獄寺は拍子抜けした。だが、一応訂正した以上、もう再び自分から話題を戻すこともない。
今度こそ集中しようと、雑誌を開く獄寺に、引き続き山本はのんびりした口調で。
「明日も晴れそうだな」
「あー」
淡々とした中身のない山本の呟きに、一応付き合いで、獄寺も生返事を返す。
「あんまり暑くなるのも嫌だけど」
「あー」
「でも、やっぱり暑くないと、夏ってかんじしねーよな」
「あー」
「キスすっか」
「あー」
雑誌をめくる手が、しかしそこでとまった。
「・・・・・・・・・・・・ぁあ!?」
山本が、何か変なことを言わなかっただろうか。しかも、同意してしまった。
獄寺が慌てて視線を向ければ、山本はいつもの呑気な笑顔で。なんとなく、こっちも平静でいなければ、と獄寺は思わされてしまう。
「・・・む、ムードねーやつだな」
どうにか普通を装って言った獄寺に、山本は軽く首を傾げ。
「そういえば、いいムードになって、とか言ってたな。ま、いいか」
そして山本は、ジッと獄寺の目を見つめてきた。
「・・・な、なんだ?」
「目を見ればわかるんだろ?」
「・・・・・・・・・」
確かに言ったが、それは適当だったともバラした。なのに山本は、視線を逸らそうとしない。しかも真顔で、見つめられるから、獄寺はつい血が頭に上るのを感じた。
だが、自分から目を逸らすのは何か負けのような気がして、心頭滅却などと呟きながら耐える。
しばらくそのまま見つめ合い、しかし山本がふっと、表情をゆるませた。
「・・・よく、わかんねーな」
「・・・・・・ダッセーやつだな!!」
つい馬鹿にするように言うと、山本はニヤッと笑って。
「じゃー、獄寺に任せよっかな。経験豊富みたいだし?」
「なっ!?」
思ってもない流れに、獄寺はギョッとするが、山本は構わず少し身を乗り出してきて。
「首を傾げるんだっけ?」
「・・・・・・・・・」
山本の瞳に見えるのは、揶揄いと好奇心。
だけ、ではない気がする。でも、そうだと断言するのは、自惚れのような気がして、何か恥ずかしかった。
とにかく、堪らなく、恥ずかしくて居心地が悪い。
「・・・・・・し、してーんなら」
微妙な間が、微妙なこの空気が、耐えられなくて獄寺はなんでもいいからとつい口走る。
「お前がすりゃいいだろ!」
「失敗するかもよ? 歯とか当たって」
「別に、そんなの・・・」
構わない。ついそう言おうとして、獄寺はそんな自分に気付き言葉を失った。もう、真っ赤になっているだろう顔を治す術が思い付かない。
山本が、机に腕をついてゆっくりと身を乗り出してきた。首を傾げればいいのかもわからないまま、どこを見ていいかわからず目を閉じて。
優しい感触が、獄寺の唇に触れた。
それはすぐに離れていったが、獄寺はとても山本を見ることが出来ない。心臓が、馬鹿みたいにうるさく鳴っていた。
「・・・歯、当たんなかったな」
なのに山本が、あっさりとした口調で言うから、ドキドキしているのは自分だけかと。なんだか悔しくて獄寺が睨むように視線を向ければ・・・その先で、山本は、充分顔を赤くしていた。
さっきのセリフは照れ隠しだったのだろう。獄寺は余計に恥ずかしくなった。
「ばっ、赤くなってんじゃねーよ!」
「お前だって」
「なってねー!!」
「キスなんて、たいしたもんじゃない、って言ってたくせに」
「そ! ・・・んなわけ」
たいしたことじゃない、わけないと否定すれば、さっきの山本とのキスが特別なものだと言ってしまう様で。でもそれでも獄寺は、言葉が小さくなりながらも。
「・・・ねー・・・だろ」
どうにか最後まで言い切ると、山本はらしくなくさらに顔を赤くしながら、頭をガシガシと掻いた。
「ははっ、なんか照れるのな!」
「・・・・・・・・・」
獄寺はもう耐え切れず、プイッと山本に背を向ける。
気を変えるように雑誌を開いたが、やっぱり内容は頭に入ってこなかった。
「なー、獄寺。明日、また同じことツナに聞かれたら、どーする?」
「し、知らねーよ! さっさと課題終わらせろよな!」
「そしたら、またキス、すっか?」
「んなこと・・・終わらせれてから聞けよ!」
つい答えてしまってから、獄寺はまた顔を赤くする。背後で可笑しそうに笑っている山本も、きっと顔を赤くしているのだろう、そう思ったら余計に気恥ずかしくて。
「・・・に、にしても今日は、暑っちーな!」
「あぁ、明日も・・・暑いといいな」
居た堪れなくて、でも嬉しくて、どうしていいかわからなくて。どうでもいい会話で、照れ隠しを。
逃げ出したいくらい、居心地悪いくらいの。
これはきっと、幸福感。
END 中学生だから こんな純情な山獄も ありかと思いまして…
(何か恥ずかしい…)(笑)