Feeling Fine



 屋上での修行中、ロマーリオが席を外してすぐのことだった。
「ちょっと、休むか」
 ちょうどいいからこの辺で小休止しようと、ディーノは鞭を手繰り寄せた。
 はずだったのだが、何故か鞭はディーノの腕に絡みついてきて。しかもそれとは関係なく、ディーノの足は縺れて。
 鞭が巻きついた腕のせいでろくな受身も取れず、ディーノは屋上の硬いアスファルトの床へ、思いっ切り倒れ込んだ。
「い・・・・・ってー!!」
 右側頭部を打って思わず声を上げたディーノは、しかしハッと、そういえばこの場には雲雀がいるのだと思い出す。家庭教師を名乗り出た以上、それ相応の威厳を保たなければならないだろう。
 だから、今さらだが口を硬く閉じて、雲雀がいるだろう方向へ目を向ければ。妙に冷めて見える眼差しが、ディーノを見下ろしていた。
 思いっ切り呆れられているような気がして、ディーノは慌てて上半身を起こす。そして、しかしそこで困ってしまった。鞭が、胸の前で両腕を纏める形で、見事に巻き付いていたのだ。
「・・・な、なんだこれ」
 ディーノは振り解こうともがいたが、愛用の鞭は全く言うことを聞いてくれず。むしろ逆にきつく絡んでくるようで、腕に痛みが奔った。
「・・・・・・・・・」
 自分でどうにか出来る、気がしない。ディーノは困ってしまった。さっき出て行ったロマーリオは、多分差し入れでも買いに行ったのだろう、だとすれば戻るまで少し時間が掛かる。
 そうなると、これをどうにかしてくれる人は・・・一応、この場にいるにはいるが。ディーノはチラリと、雲雀に視線を向けてみた。
 雲雀は、さっきと変わらず、自分に視線を向けている。いまいち感情は読み取れないが、完全な無表情でもなかった。ついさっきまで戦っていた名残で、目がいつもよりもぎらついているのだ。
 そんな雲雀に、鞭が外れないから外して、などと頼んだら、どうなるのだろう。これ幸いに咬み殺される、未来しかディーノには想像が付かなかった。
 だが、いつ襲い掛かられるかわからないのは、頼んだって頼まなくたって同じで。
 だったら、ダメ元で、とディーノは口を開いてみた。
「・・・あの、恭弥」
 一応下手に出る心意気で、床に座り込んだまま、鞭が絡み付いた両腕を少し掲げて。
「これ・・・外してくんねー?」
 ついでに愛想笑いも浮かべたディーノを、雲雀はジッと見つめ、さらにゆっくりと近付いてきた。もしかして言う通り外してくれるのだろうか、そう期待しつつもなんとなく逃げたくなるディーノを、雲雀はすぐ前に立って見下ろしてくる。
 そして、口にした言葉は、ディーノの想像を全く超えたものだった。
「・・・なんだか、欲情してきた」
「・・・・・・・・・・・・は?」
 雲雀が何を言ったのか、すぐには理解出来ず。
「・・・よ、欲情・・・・・・はっ!?」
 やっとその単語が脳に到達したディーノに、雲雀はゆっくりと手を伸ばしてきて。鞭で一纏めにされた腕を掴まれたかと思うと、そのまま背後の床へと叩き付けるように倒されてしまった。
 雲雀はディーノに跨り、万歳させるように床に押し付けた腕に体重をかけてくる。思い切り打った頭や背中の痛みに、構う余裕もなく、ディーノはそんな雲雀を見上げた。
 戦っているときのような、獲物を前に興奮した瞳。それだけなら、これから自分は暴力を受けるのだろうと思えるのだが。
 さっきの、雲雀の言葉が、ディーノに違う嫌な予感を抱かせる。まさか、とも思うし、ただの暴力だって受けたくはないが。
「・・・・・・き、恭弥・・・」
 だからディーノは、どうにか穏便に済ませられないかと、雲雀に話し掛けようとした。だが、それすら、雲雀は許すつもりはないのか。
 ディーノの両腕を押さえる手を左に変え、右手で襟首を掴んできた雲雀は、そのままボタンが飛んでいくのにも構わずディーノのシャツを引き裂いた。
「っ、恭弥!!」
 さすがにもう、何をするつもりだ、なんて愚問で。抗議するように名を呼んでも、雲雀は動きをとめない。破いたシャツをさらに広げ、晒した刺青に唇を落としてきた。
「な、なあ・・・恭弥!」
 次いで雲雀の舌が、ゆっくりとその刺青を辿り始めるから、ディーノはつい震えそうになる体を抑える。改めて巻き付いた鞭を解けないかやってみても、やはり腕が痛むだけで。脚でもがいても、雲雀を跳ね除けることは出来ず。
「・・・そ、そういうのは、た、戦って発散すりゃいんじゃねーか! な!」
 やはり言葉でどうにかするしかないと、声を掛けてみたが。雲雀は聞こえていないかのように、黙々と行為を続ける。
 脇腹の刺青を指で引っ掻かれ、雲雀の黒髪が肌を撫で、そんな僅かな刺激にもディーノの体は跳ねそうになった。さっきまで戦っていた、熱の名残が、勝手にディーノを再び昂ぶらせようとしてる。
 そんな自分から意識を逸らすように、ディーノは声を上げた。
「・・・ろ、ロマーリオ・・・が帰ってきたらどうするんだ!!」
 部下頼みとは情けないが、しかし今のディーノは縋れるものにはなんにだって縋りたい気持ちだ。そう、もう少しでロマーリオが帰ってくる。それはディーノにとって、残る唯一の希望に思えた。
 どうせ帰ってくるんだからやめろ、と言っても雲雀はとまらないかもしれないが。しかし、どちらにしてもロマーリオはそのうち帰ってくる。こんなところを見られたくはないが、背に腹はかえられない。ロマーリオならば、なんとしても自分を救い出してくれるだろう。
 絶対の自信は、ディーノにやっと少し余裕を取り戻させた。
「な、恭弥、だから・・・」
「・・・・・・そうだね」
 すると、雲雀がゆっくりと、体を起こす。その目は相変わらずぎらついているが、ディーノは雲雀が自分の上から退くと確信していた。次の、瞬間までは。
 雲雀はディーノに跨ったまま、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
「・・・恭弥?」
 その行動がわからないディーノの上で、雲雀はどこかへと電話を掛け。そして、命じた。
「あの髭の人、しばらく足止めしておいて」
「・・・・・・・・・」
 想定外の展開に、思わず呆然と見上げるディーノの視線の先で。雲雀は電話を切り、携帯を放り投げ、そして、ディーノを見下ろした。
 その瞳に、ディーノは思い知らされる。雲雀は、本気だ。
 ロマーリオという頼みの綱をあっさりと排除されたディーノは、竦むような恐怖を感じた。
「・・・・・・っ、きょ・・・!」
 とっさに雲雀に呼び掛けようとして、しかしそれは叶わず。いとも容易く、雲雀はディーノの体をクルリとうつ伏せにした。
「うわ・・・っ、てー」
 やはり受身など取れず、打ち付けた顔面が床に擦れて、思わず声を上げている間にも、雲雀は手早くディーノのベルトを外し始める。ガチャリと鳴る音が妙に大きく耳に届き、ディーノの体は自然ビクリと震えた。
 恐怖を、感じる。これからされようとしている行為、そしてなんの迷いも見せない雲雀に対して。
 だがディーノは、どうにか声を振り絞った。この展開を、諦めて受け入れるわけにはいかない。
「恭弥・・・そ、それ以上はマジ、やばいって・・・!」
 ディーノは雲雀の動きを少しでも妨げようと、体を捩ったが。両腕を頭の上で拘束されている状態で、さらにうつ伏せにされれば、ディーノにはもうほとんど身動きがとれない。
 雲雀はディーノの言葉にも行動にも動じず、ついにベルトを外し、そのまま下着ごとズボンを引き下ろしていった。
 何故雲雀がこんなことをしているのか、ディーノには全くわからない。戦闘で昂ぶった精神と肉体が、性的な興奮にすり替わったのか。欲情した、というのが本当なら、欲求不満だったのか。
「なあ・・・た、溜まってんだったら、他に・・・別の方法が・・・」
 ディーノは思わずそう提言する。何も自分などを相手しなくても、他にいくらでも相手を見繕えるだろう。どうしてもこの場で発散したいのならば、手や口を使って処理することだって可能だ。
 なんでもいいからとにかく、雲雀を思いとどまらせようとするディーノに。
「・・・・・・嫌だね」
 そう言って雲雀は、ズルリとディーノの脚からズボンを引き抜いて。なす術なく地面に伏せたディーノの顔に近付き、わざわざ耳元で、欲望を低く告げてきた。
「あなたに、挿れたい」
「っ!!」
 言葉による衝撃に、雲雀は行為でも追い討ちをかける。指が、ディーノの体内へと入り込んできたのだ。
「・・・ぁ、・・・・・・」
 前触れなく遠慮もない、雲雀のその指は抵抗に構わず侵入してきて、ディーノは目を見開き引き攣れるように喉を鳴らした。抗議や、どうしてこんなことをという疑問や、そんなもの全て飛んでいってしまう。その痛み、感覚に、全てが支配された。
「・・・っ、や、やめ・・・」
 自由になる首を振って嫌だ無理だと訴えても、雲雀は無慈悲に指を押し込んでくる。
 懇願してでもいいから、雲雀をとめたくて、ディーノは短い呼吸を宥めながら言葉を搾り出した。
「・・・恭、弥・・・た、のむ・・・やめてくれ・・・」
「初めて聞いたね、あなたのそんな声」
「・・・・・・・・・・」
 だが雲雀から返ってきたのは、愉しそうに聞こえるそんな言葉で。自分の声が雲雀を煽ってしまうのだとしたら、もうディーノは何も言えなくなってしまう。どうすればいいのだろう、と考える余裕もなく、慣れない痛みと異物感に耐えるしかなくなってしまう。
 そのうちに、ズルリと雲雀の指が抜けていき、だがそれで終わりではないとディーノには嫌でもわかっていた。背後で鳴る、ベルトの外れる音、衣擦れの音。見えなくても、雲雀が何をしているのか、ディーノにはやはりわかってしまう。
 逃げるなら、これが最後のチャンスだ。それもわかっていて、しかしディーノにはどうすることも出来なかった。両腕が使えず、この体勢では這って逃げるしかない。だがそんなこと、雲雀が許すはずもないだろう。
 結局何も出来ずにいると、雲雀の気配が再び近付いてきた。
「・・・随分と大人しいね」
「・・・・・・・・・」
 返したい言葉はいくらでもあったが、言っても無駄だろうし、やはり逆に煽ることになるのではないかと思うと口に出来ない。
 雲雀はそんなディーノの、脇腹の刺青を撫で、続けて腰を抱えてきて。
「・・・・・・っ・・・!」
 ディーノはつい、息を呑んだ。ピタリと、宛がわれた、雲雀のもの。その熱さで、雲雀が確かに興奮しているのだと知らされる。
 つい反射的に逃げようと体を捩っても、すぐにガシリと腰を掴まれてしまった。したくもない覚悟を、この期に及んではしなければならない。ディーノは目を閉じて、大きく息を吸い込み、来たるべき衝撃に備えた。
 そんなディーノの、頭に雲雀は手を伸ばしてくる。髪を撫でられて、一瞬、優しくされたのだろうかとこんな状況なのに勘違いしそうになったが。おそらくはただ単に、ディーノを押さえ付けたかっただけなのだろう。次の瞬間ガツンとに床にぶつかった顔が、アスファルトに擦れて痛かった。
「ちょ、恭弥、痛・・・!」
 訴えようとしたディーノは、しかし顔の痛みをすぐに忘れることになる。それ以上の痛みに、襲われたのだ。
 指など比でない質量のものが、体に入り込んでくる。それは予想を遥かに超えた、衝撃と痛みだった。
「・・・ッ・・・・・・・・・!!」
 声など出ず、一瞬で脂汗が全身に噴き出し、生理的な涙まで滲んでくる。逃げようとする体を、しかし雲雀は非情にも押さえ付け、さらに腰を進めてきた。
「は、・・・ん・・・っ」
 力を抜いたほうがいいのだろうとは思っても、体は強張って言うことを聞かない。呼吸するのさえ苦しくて、気を逸らす為に首を振って。アスファルトの床に、押し付けられ揺さぶられ擦り付けられる、腕や膝の痛みで、痛みをごまかそうとして。
「・・・ねえ」
 そんなディーノの気を、全く察してくれようともせず、雲雀は。
「力、抜いてくれない? 痛いんだけど」
「! む、ちゃ・・・!」
 あんまりな雲雀の言葉に、とっさに言い返そうとして、しかし大声を出しただけで痛みが倍増した気がした。
 それでも黙ってなどいられず、ディーノは無理をおして言葉を搾り出す。
「言、うな・・・! だったら・・・おまえこそ、抜けよ・・・!!」
「・・・・・・嫌だね」
 やっとのことで訴えたのに、やはり雲雀は聞く耳持ってくれず。無理やり押し込んできたかと思うと、すぐに抜き差しを始める。そうなれば、ディーノはもう声を上げることも出来なくなった。
「・・・っう、・・・ぁ・・・」
 雲雀の乱暴な動きに合わせて、体が裂けてしまいそうな痛みが奔り、引き攣れたような声で呻くしかない。ただただ耐え続けるしかない時間は、ディーノにとってとても長く感じられた。
「・・・・・・、いくよ」
「・・・・・・っえ・・・?」
 やがて雲雀が、めずらしく息を乱しながらそう言っても、ディーノはなんのことかわからず。グッと腰を押し付けられると同時に、雲雀が息を吐き、そして。
「う、っ・・・・・・あ?」
 ディーノは、ドクリと、体の奥に流れ込んでくるものを感じた。雲雀の、精液。
 理解したディーノの体が震える。それは、痛みよりも大きな衝撃だった。男に犯されたのだと、どの行為よりも如実に、ディーノに思い知らせる。
 だがディーノは、これで終わったのだと、だからもうなんでもいいと、そう思っておくことにした。
「・・・・恭弥、も、離れろよ」
 だが雲雀は、離れる気配を見せずに、平然と言う。
「どうして?」
「・・・どう、して・・・って・・・?」
 もう終わりではないのかと、まさかと思ったディーノは、気付く。確かに、未だ埋められたままの雲雀は、全く熱を失っていなかった。
 まだ満足出来ていないのかと、おそれを抱いたディーノに、雲雀は思いもしない言葉をぶつけてくる。結果的には、どちらにせよ、同じなのだが。
「今度は、あなたの番だね」
「・・・え・・・・・・っ!?」
 どういうことかと思ったディーノは、次の瞬間身を竦ませた。雲雀の指が、結合部分をゆっくりと撫でてきたのだ。ゾクリとしたものを感じてしまったディーノは、しかしその感覚を気のせいだと思おうとした。
 だが雲雀は、どことなく弾むような口調で、そんなディーノを打ちのめしてくる。
「僕だけ、っていうのも悪いからね。あなたも、いかせてあげるよ」
 しつこく結合部を指先で弄びながら、表情の見えない雲雀が、しかし笑っている気がした。
「ここで、ね、センセイ」
「! 恭弥・・・っ!」
 やめろ、という言葉は間に合わず、雲雀が再び腰を動かし始める。
 だがおそれていた、先程までの裂かれるような痛みは、もう感じなかった。ゆっくりとした動きと、さっき雲雀が内に放った精液が、潤滑剤の役目を果たしているおかげだろう。
「まだ痛い?」
「・・・き、決まってんだろ・・・!」
 反射的に答えたが、ディーノはその声が不自然にならなかっただろうか、心配になる。勿論、痛くないわけではない。相変わらずピリピリと痛むが、しかし、さっきまでの裂けるような何も考えられなくなるような痛みからは程遠かった。
 戸惑いながらも、雲雀に知られてはならないと、ディーノはなんとなく思う。
「ふぅん・・・」
 ディーノの返事に、呟く雲雀は、やはりどことなく愉しそうだった。ディーノの嘘を暴くように、再びゆっくり腰を動かし始める。
 ズルリと抜けていったものが、またズブリと入ってくる、それは言いようのない感覚だった。体の内側を撫でられているような、奇妙な感覚。外から刻み付けられる痛みとは違う、内から湧き出てくるような、それはまだ僅かとはいえ、快感と呼べる種の感覚。
 そんなものをそんなところで感じ始めていると、認めたくないディーノは必死で気を逸らそうとする。だがそれは、痛みに耐えるのよりも、困難なことだった。
「・・・っく、・・・ん・・・」
 口をしっかり閉じて、上がりそうになる息を宥めて。そんなディーノの努力を嘲笑うように、雲雀は馴染ませるように腰を動かしながら、問い掛けてくる。
「ねえ、感じてるんでしょ?」
「・・・な、わけ・・・ね、・・・っ!」
 否定しようとしたディーノは、思わず息を呑んだ。
「でも、ここは、こんなだけど?」
「っあ、・・・ん、・・・!」
 そう言いながら雲雀の手が、ディーノの性器に絡んできた。そこは、ディーノの意思を裏切って、すでに勃ち上がり始めていて。さらにそこを手で扱かれれば、否応なくその刺激でさらに反応してしまう。
 だが雲雀は、少し撫でただけで、すぐに指を離した。
「こっちでは、いかせてあげない」
 そして相変わらず愉しそうに言ってから、少しずつ動きを早めだす。それでももう、ディーノに湧き上がるものは、第一には痛みではなかった。
「っ、・・・っふ、ん」
 内壁を擦られるたびに、言いようのない感覚がディーノを襲う。一体どこで覚えたのか、雲雀が上手く腰を使うのに合わせて、どんどん強くなっていく。信じ難くても、やはりそれは、快感と呼べるもので。
 内側から湧き上がる感覚を、抑え付けるのは難しく、しかし雲雀には知られたくなくて。せめて声を出さないように、ディーノは歯を食いしばった。
「っん、ん・・・・・・ぇ?」
 そんなディーノの、顔に雲雀が手を伸ばしてくる。顎をがっと掴まれて、さらに口へと伸びてきた手が、こじ開けるように入り込んできた。
「へ・・・ひょ、や・・・?」
「声、出しなよ」
 どういうつもりなのかと問うディーノに、雲雀は短く命じてくる。声を我慢していたのを、あっさりと見抜かれていたのだろう。
 そう言われても、ディーノにも矜持というものがあって、無理やり犯された挙句感じて声を上げるなんて、絶対に嫌だった。
 だが、雲雀は指をディーノの歯の間につっこんだまま、腰の動きを再開する。
「ひっ、あ! っ・・・!!」
 つい声がもれて、慌てて口を閉じようとして。しかし、雲雀の指がじゃまをして、歯を閉じることも出来なかった。自分にこんな仕打ちをしてくる男の指なんて、噛み切ってやったって文句言われないはずだと、ディーノは思うのだが。
 それでも実際に、噛み切るなんてこと、出来るはずもなく。指に歯を立てまいとすれば、自然と閉じられない口から出る声をとめる術はなく。いや、そもそも声を出さなければ問題ないのだと、ディーノが思い直したところで。
「・・・っん、あ!!」
 雲雀にグッと腰を押し付けられ、途端に奔る痺れるような感覚に、あっさりと声が出てしまった。しまった、と思う端から、雲雀の動きに合わせて、耐えようもない快感に襲われ、声が抑えられなくなる。
「っん、あっ、あ・・・ッ・・・!」
「・・・いい声、出すじゃない。そんなに、いいんだ?」
 わざとらしく問い掛けてくる雲雀に、しかしディーノはもう文句を返すことも出来ない。口から出てくるのは、意味をなさない、ただの嬌声だけになっていった。
「ふっ、んん、・・・ゃ、あ、あ・・・!」
 ズルリと抜けていけば鳥肌が立ちそうなほどの感覚が、ズンッと突き立てられれば目も眩むような感覚が、絶えず交互に襲い掛かってきてディーノの思考も理性も奪っていく。
「あ、ン・・・ッ、ん・・・!」
 いつのまにか雲雀の指が外れていっても、気付かないディーノは、もう声を抑えようと努力することも忘れていた。内側から溶かされていくような、何もかもわからなくなる中、ただ内を穿つ雲雀の熱だけがリアルで。
「は、アっ・・・ア、ん、」
「・・・ワオ、すごいね」
 背後で雲雀が、息を乱しながら言っても、ディーノはもう気付かない。触れられていないディーノの性器は限界まで勃ち上がり、汁を垂らしながら今にも弾けそうに揺れている。
 決定的な刺激で達することを望んでいるそこに、雲雀はやはり見向きもしなかった。言った通りに、前でいかせるつもりはないのだろう。内からの刺激で、ディーノを追い詰めていく。
「ぁあ、あ、っん、んんっ・・・!!」
 額をアスファルトに押し付け、ビクビクと小刻みに震える体は、ディーノに限界が近いことを知らせていた。それを見透かしたかのように、雲雀の動きは益々激しくなり。
「っン・・・あッ、ああっ・・・・・・!!」
 一際深くまで雲雀を感じた次の瞬間、ディーノは目の前が真っ白になるような感覚に襲われた。うしろだけでいかされてしまったのだと、そんなことには気付かず。
 ただ、無性に熱い自分の体と、同じくらい熱い雲雀を、感じていた。


 ようやくディーノから離れた雲雀は、随分とスッキリした様子で。淡々と自分の服装の乱れを直していくから、仰向けのまま転がされているディーノは、ちょっと不安になった。
 元々そんなに服装を乱していない雲雀に対して、ディーノはまだ両腕には鞭が絡み付いているし、服は半分脱げているし、挙句の果てに精液がべったり体に張り付いている。こんな状態で、まさか放置されてしまったら、どうすればいいのだろうとおそろしくなる。こんな姿を部下に見られたら、死ぬしかない。
 この男ならやりかねない、と思いながら雲雀が身支度を終えるのを、身動ぎするのもだるくて寝転んだまま眺めていたディーノに。雲雀はもう一度近付いてきて、跨るようにしてきて。
「出しなよ」
「・・・え?」
 一瞬、なんかもう出せるものは全部出しちゃったんだけど、などと思ってしまったディーノに、雲雀は軽く首を傾げて問い掛ける。
「腕。いいの?」
「・・・あっ、た、頼む!」
 慌てて言ってから、そういえばこの鞭を解いてくれと頼んだのが全ての元凶だったとディーノは思い出す。やっぱりあのとき、雲雀に頼もうと思ったのが間違いだったのだろう。たとえばロマーリオが帰ってくるまで逃げておくとか、やりようはいくらでもあったのに。
 だが、もうこうなってしまった以上、そんなことどうでもよく思えてしまうディーノだ。後悔したところで、なんにもならない。
 ディーノが軋む肩を宥めながら腕を前に差し出せば、雲雀はいとも簡単に鞭を解いていった。ようやく、鞭の圧迫感から逃れられて、ディーノはつい口にする。
「グラッツェ、助かった」
 言ってから、よく考えたら、最初からこうして解いてくれていればよかったわけで。なのにあんな酷いことしてきた雲雀に、ディーノがお礼を言う義理は全くない気がした。
 雲雀もそう思ったのか、ディーノを訝しげに見て。そしてそのまま、ジッとディーノを見つめてきた。
「・・・・・・恭弥?」
「・・・・・・・・・」
 何を考えているのか全くわからない雲雀の、瞳がすっと細められ。何を言うでもなく、またディーノから離れていった。そして、もしかして気を使ったのか、ディーノに背を向ける。
 首を捻りながらも、ようやく手が自由になったことだし、ディーノはゆっくりと体を起こした。
 体の節々や局地的に奔る痛み、そして下半身にベットリ張り付くどちらのものかもわからない精液からは、気を逸らしながら。この場ではどうしようもないから、仕方なくそのまま下着とズボンと穿いた。大変気持ち悪いが、我慢するしかない。
 それよりも当面は、ボタンが飛んでいってしまっているシャツをどう言い訳すればいいか、考えなければならないとディーノは思う。修行の最中に引っ掛かって破れた、で通用するだろうか。
 そんなことを考えていると、雲雀が不意にクルリと振り返った。そしてディーノを見つめ、口を開く。
「・・・ねえ」
「・・・・・・なんだ?」
 また何かとんでもないことを言い出すのか、それとも言い訳でもしてくれるつもりなのか。そう思いながら続きを待つディーノに、雲雀は一度視線を俯けて、それからまたディーノを見て。
「・・・どうしよう」
「は?」
 雲雀らしくない一言に、ディーノは少し首を傾げた。そして、次の雲雀の一言こそが、今日いや今までで一番、強姦されたことよりもよっぽど、ディーノにとって衝撃的だった。
「僕、あなたのことが、好きみたいなんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 すぐには何を言われたのか理解出来ず、ディーノは呆然とする。
「・・・・・・はあ!?」
 それから、驚いた。雲雀の口から、好き、なんて言葉が出てくるなんて。しかもそれが、自分に向けられるなんて。
 それに、今ディーノに向けられている雲雀の顔は、さっきまであんなことをしてきたとは思えないほど、あどけなくすらある年相応の少年の表情で。
 ディーノは戸惑うと同時に、何か胸が騒ぐような感覚を感じた。
「・・・・・・そういうことだから」
 そんなディーノに、口調だけは淡々と言って、雲雀は歩み寄ってくる。すぐ目の前まで来て、真っ直ぐ視線を合わせられて、ディーノはついドキリとしてしまった。何をされるか不安、なのとは違う気がする動悸。
 一体どんな顔をすればいいのか迷うディーノに、雲雀はゆっくりと腕を持ち上げて。いつのまにか手にしているトンファーで、思いっ切りディーノの顔面を殴打してきた。
「・・・・・・っ、いってー!! 何するんだ!!」
 ぐらりと揺れる脳、衝撃で傾いだ体を立て直しながら、ディーノはつい雲雀を睨み付ける。それに対して、すでにいつもの無表情に戻っている雲雀は、ひらりと身を翻しながら。
「僕にボコボコにされた、とでも言っておけば?」
 そう言い残して、屋上から去っていった。
 それは多分、破れたシャツとかの言い訳に使え、ということなのだろう。雲雀なりの気遣い、なのだろうか。
「なんだそれ・・・」
 ディーノは呆れ返ってしまった。そんなことの為に、どうして自分が顔を殴られなければならないのか。それ以上に酷いことをされているのだから、言い訳を用意してもらったと言うよりは、追い討ちをかけられたと言ったほうが正しい気がする。
 だがディーノは、自然と笑ってしまっていた。
 それが、そんなふうにしか出来ない、雲雀の不器用さなのだとしたら、いっそ可愛く思えてしまう。
 勿論、されたことを考えれば、悔しいし腹立たしいが。それでも、雲雀を嫌いにはなれていない自分を、ディーノは自覚した。
「・・・好き、だってさ」
 それどころか、そう言った雲雀の顔を思い出せば、好ましくすら思えて。
 あんな、とんでもないことをしてきた男なのに。
「ったく、とんだじゃじゃ馬だな」
 そう呟けば、自然と顔は綻んで。
 笑った拍子に痛んだ、さっき雲雀に殴られた頬を撫でながら、ディーノはハァと事態のわりに軽い溜め息をついた。




 END
言い訳とか説明とか、したい気がしますがキリがないので …一つだけ。
途中で段落変わってるあの間で、おそらく1〜2回はやってると思います。(そこは どうでもいい)

取り敢えず、このディーノは心が広過ぎだと思います。(そして満更でもなさ過ぎ)