いきなり家に押しかけてきたディーノは、何やら変な道具を持っていた。それを、雲雀に掲げて見せると、嬉しそうに言う。 「これ、10年後の自分と5分間入れ替われる道具なんだって! 借りてきた!!」 「・・・・・・何するつもり?」 また何か下らないことを思い付いたのだろうと思いながら問えば、ディーノはやはり期待を裏切らなかった。 「決まってんだろ? 10年後の恭弥、すげーかっこよくなってんじゃねーかな! だから見てーと思ってさ!」 「・・・・・・・・・」 雲雀はハァと溜め息をついた。ディーノらしいと言えばそうだが、しかしこの男の思考回路は一体どうなっているのだろうと不思議に思う。 「・・・それは、つまり、10年後の自分と入れ替わるんだよね?」 「そー言っただろ?」 その道具が本当にそんなすごいものなのかどうかは、この際どうでもいい。要は、ディーノがそうなると思っていることが、問題なわけで。 「つまり、あなたがそれを使ったとすると、10年後のあなたがここに来て、あなたは10年後に行くんだよね?」 「そーなるな」 「・・・・・・・・・」 相変わらずディーノは、何も考えていなさそうな顔で答えるから、雲雀は呆れた。 「あ、でも、おまえに使うから、10年後に行くのは恭弥だけどな。大丈夫だって、ちゃんと戻ってこれっから」 「・・・・・・・・・」 そういう問題ではない、と何故ディーノは気付かないのだろうか。 たとえば本当に雲雀がそのバズーカとやらで10年後に行ったとする。そうすると、ディーノの目の前には10年後の雲雀が現れるということで・・・そのことに対する、不安はないのだろうか。10年後の雲雀にとって、ディーノがどんな存在になっているのか。それを、考えないのだろうか。 10年後に行った自分が、そこで一体何を見るのか、そこに10年後のディーノはいるのか、いないのか。いないのなら、それは何を意味するのだろうか。雲雀は何よりも、その可能性をまず考えた。 だがディーノは、ただ10年後の雲雀の姿を見たい、そう思っているようにしか見えない。 何か知りたくない未来を、知ることになるかもしれない。何故その可能性をディーノは考えないのだろう。10年後もこんなふうに、側にいられている保障なんて、どこにもないのに。 「・・・僕は、嫌だよ」 「なんでだよ」 なのにディーノは考えなしに、雲雀にバズーカを向けてきた。 部下のいないディーノをいなすことは簡単だ。雲雀はその妙な道具を取り上げようとして、ディーノは諦めずにそれに抵抗して。 揉み合った末、思いっきり自分にバズーカを撃ち込んでしまう辺り、本当にディーノらしい。だが雲雀は、呆れる暇もなかった。 「・・・・・・・・・」 ピンクの煙に包まれたディーノが、次の瞬間10年後のディーノに変わる。足元に転がっている10年バズーカとやらが本物なら、そうなるのだろう。 雲雀は、正直、怖かった。ディーノが10年後も変わらず自分を好きでいてくれている、そんな自信なんて雲雀には全くない。 ゆっくりと晴れていく煙、その向こうに現れたのは、雲雀の見慣れたディーノではなかった。 現れた、10年後のディーノと思しき人物は、少し驚いた顔をしている。 「・・・そうか、そうだったな」 それから、呟いて確認しながら、髪をかき上げた。 そんなディーノを、雲雀は半ば呆然と見上げる。ディーノは10年の間に、すっかり変わっていた。 勿論、顔立ちは変わっていないし、背だって髪の色だって、変わっていない。だが、髪型は変わって、元気に跳ねていた髪はさらりと流れている。いつもゆるい服装をしていたのに、目の前の男は大人びたスーツ姿で。 何より表情、雰囲気が違っていた。雲雀を見れば、ディーノはいつもパッと花が咲くように、明るく笑っていたのに。7つも年上なのに、そんなふうに見えないくらい子供じみてて、表情をくるくると変えて。 それなのに、目の前のディーノは、雲雀を見つめてきて。 「・・・恭弥か、懐かしいな」 少し目を細めて、静かに微笑んだ。その声も、落ち着いたもので。 慣れたディーノとは違う姿に、雲雀は距離を感じた。こんなディーノの隣に、果たして自分はいられているのだろうか。「懐かしい」だなんて、まるで・・・。 雲雀はつい、ディーノから目を逸らして俯いた。そんな雲雀の頬に手を添えて、ディーノは顔を上げさせてくる。 「・・・やめてよ」 振り解こうとした雲雀を、しかしディーノは無視して、包み込むようにギュッと抱きしめてきた。しかも、肩を震わせながら笑い出す。 「やっぱり、恭弥は恭弥だな」 「・・・・・・」 そんなディーノを、離せと振り払いたいはずなのに。雲雀は、10年後の自分はこんなふうにディーノに抱きしめてもらえているのだろうか、そんなことが気になって動けない。鼻先を擽る、見慣れた蜂蜜色の髪の毛からは、嗅いだことのない香りがした。 「本当は、こういうの、言わないほうがいいんだろうけど・・・」 ディーノは何か呟きながら、雲雀の頭を優しく撫で、そのまま顔を覗き込んでくる。 「でも、我慢、出来ないな」 そして、ディーノは微笑んだ。雲雀の知っているディーノとは、少し違う笑い方。それでも初めて、同じだと、雲雀は何故か思った。 「恭弥、愛してる」 ディーノはそう言って、雲雀にそっとキスをしてくる。 その唇のやわらかさだとか、肩を抱いてくる腕の強さだとか。自分に向かう愛情が、同じような気がしたのだ。 「・・・ねえ」 雲雀は、つい確かめようとした。 あなたはまだ、僕の側にいる? しかし、問おうとした雲雀の口を、ディーノは人差し指で押さえてきた。 「恭弥、10年後のことなんて考えるな。目の前のオレのことだけ、考えてればいい」 そして、もう一度軽くキスして微笑み掛けてきたディーノが、次の瞬間煙に包まれた。 モクモクと立ち昇るピンクの煙幕の向こうに、見慣れたディーノの姿が現れる。そして、そのディーノは雲雀を見るなり、パッと花が咲いたように笑った。 「恭弥、すげーかっこよかったぞ! オレ、思わず見蕩れちまったし!!」 興奮したように言いながら、ディーノは雲雀に抱き付いてくる。 「10年で、ああなるんだよな! 楽しみだなー!!」 「・・・・・・・・・」 相変わらず能天気そうなディーノだ。10年後の自分、というのも気にならないわけではないが。 「・・・僕に、会ったの?」 「だから、かっこよかったって、言ってるだろ?」 「・・・・・・・・・」 ディーノはどうして気付かないのだろうか。10年後も一緒にいた、その意味するところを。10年後の雲雀に会っても、何も感じなかったのだろうか。それとも、疑う余地もないくらい、10年後も変わらずこうしていると、信じて思い込んでいるのか。 「あ、そうだ、恭弥も10年後のオレに会ったんだろ?」 ディーノはようやく不安そうな顔をして、雲雀に問い掛けてきた。 「オレ、大丈夫だったか? 見るも無残なおっさんになってなかったか?」 「・・・・・・・・・」 心配事はそんなことなのか。自分がしていた心配はなんだったのだろうと、雲雀はなんだか腹立たしいような呆れるような気持ちになった。 「・・・・・・さあね」 「え、さあね、ってなんだよ! 教えろよ!」 ディーノは抗議してくるが、教えるのは癪で雲雀は無視する。大体、このディーノが10年後にあのディーノになるだなんて、とても思えなかった。目の前の男には、落ち着いた大人っぽい雰囲気も漂う色香も、何もないのだから。 そんなディーノは、まだどうでもいいことを気にして呟いている。 「10年後っていったら、オレは32歳だよな・・・大丈夫かな・・・」 益々心配そうに溜め息をつきながら、ディーノは髪をかき上げた。10年後も同じ仕草をしていたとつい思った雲雀は、しかし違うことに気付いた。 今まで髪に隠れていた、ディーノの首筋に、見えるキスマーク。 「・・・ねえ、それより」 雲雀は自分は付けた記憶のない、その跡を指でつついた。 「あなた、何をしていたの?」 しかも、シャツの裾も少し乱れている。たった5分程の間に。目の前のディーノに呆れればいいのか、それとも10年後の自分に呆れるべきなのか。 「そ、それは・・・」 ディーノは少し口篭ってから、突然ガバッと雲雀に抱き付いてきた。キスまで、してくる。 「・・・・・・突然、何」 とはいえ、こんなディーノの行動に、慣れているといえばすっかり慣れてしまっているのだが。 それでも呆れる雲雀に、ディーノは堂々と答える。 「だって、恭弥が言ったんだぜ。続きは10年前の恭弥にしてもらえって」 「だから、何してたの・・・」 やっぱり呆れて、雲雀はつい溜め息をついてしまった。同時に、いくら10年後の自分とはいえ、あまり面白くない。 雲雀は咬み付くようにディーノにキスをした。するとディーノは嬉しそうに受け止めて、益々ギュッと抱きしめてくる。 「恭弥、愛してる」 合間にそう言ってキスしてくるディーノは、その言葉も口調も込められている愛情も、やはり10年後のディーノと同じ気がした。 いや、そんなことはどうでもいいのだ。目の前のディーノのことだけ考えればいいと、あのディーノも言っていた。 ディーノの首筋のキスマークに、唇を当てる。 これは、10年後の自分がディーノの側にいられているという証かもしれない。だが、あのへんてこな道具が知らせた未来なんて、当てにならない。10年後どうなっているかなんて、わからない。 ただ自分が、目の前のこの男を、捕まえておけばいいだけなのだ。 雲雀は見知らぬ男の付けたキスマークへと歯を立てた。
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