恋はここから
キャバッローネ10代目「跳ね馬」ディーノ、裏世界に身を置くバジルは、当然その名を聞いたことはあった。しかし目にするのは、そのときが初めてで。
非常に緊迫した状況だったのにも関わらず、バジルはそのとき、ディーノに目を奪われた。いや、危機的な場面だからこそ救いの手であるディーノが眩しく見えたのだろう、とそのときのバジルは解釈する。
それから、スクアーロを退けられて安心したからか、バジルは気を失ってしまった。そのときに自分を支えてくれていた気がするディーノが、目を覚ましたバジルの視界に、一番に入ってくる。
「お、気付いたか」
ベッドに横たわっているバジルを、ディーノは上から覗き込んでいた。
「・・・拙者は・・・?」
「気を失ったんだ。そう深い傷はなかったが・・・痛いところあるか?」
そう尋ねながら、ディーノは労わるようにバジルの頭を撫でてくる。
正直、体の至るところが痛いし、意識はまだ朦朧としていた。それに、ボンゴレリングがどうなったのか、とか聞くこともあるはずなのに。バジルは何故か、少し前までそれしか頭になかった、自分の使命を、この瞬間はすっかり忘れてしまっていた。
「・・・ディーノ殿・・・ですよね」
バジルは体を起こしながら、そう確認した。問わずとも、名を呼ばれていたし、目の前にはキャバッローネの有名な刺青も見えている。
「ああ、そういや会ったことはなかったな。家光から話は聞いていたが」
ディーノはさりげなく体を起こすのを助けてくれながら答えて。そして、バジルに右手を差し出してきた。
「オレはディーノ。よろしくな」
「・・・・・・・・・」
差し出された手、向けられた笑顔。バジルにはやっぱり、ディーノが眩しく感じられた。それは金髪だとか明るい表情だとか、そういうのが原因なのとはちょっと違う気もする。
バジルは右手でディーノの右手を握り返した。さらに左手も添えて、ディーノの手をギュッと包み込む。ほとんど無意識の行動だった。
「・・・バジル?」
不思議そうな顔をするディーノに、益々強く手を握りながら、バジルは湧き上がる思いに圧されるように自分の思いを口にしていた。
「ディーノ殿・・・拙者はディーノ殿に惚れた模様です!!」
「・・・・・・・・・えっ?」
当然驚いたように目を丸くするディーノに、バジルはさらに畳み掛ける。
「よろしければ拙者と、付き合って頂けないでしょうか・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・」
まだ目を丸くしたままのディーノは、しかし次の瞬間、ふっと笑顔になった。
「あぁ、いいぜ」
「・・・・・・・・・」
今度はバジルが目を丸くする。なんだか頭がクラクラするが、それが半分は体調のせいだと、バジルは気付いていない。
「まことですか!?」
そう問い掛けながら、しかしディーノが返事を返すのを待たず、バジルの意識は遠のいていった。
それから、次にバジルが目を覚ますと、ディーノの姿はすでになく。沢田綱吉側の雲の守護者の修行につくことになったらしくて、同じようにバジルは、綱吉の修行相手をすることになった。
それ以降しばらくは、顔を合わせることすらなくて。ようやく会えたのは、嵐の守護者戦後で、しかしとても話をする状況ではなかった。その後も、事態は深刻さを増していくばかりで、顔を合わせても綱吉やザンザスたちの話題しか出ては来ず。
結局、個人的な会話は一度も出来ないまま、リング争奪戦は終わってしまった。
争奪戦の祝勝会で、ようやく気兼ねなく話し掛けられるようになった、はずだったのだが。それなのにバジルは、ディーノに声を掛けることが出来なかった。
綱吉や部下たちと話しているディーノを、バジルは少し離れたところからただ眺める。
多分、初めてディーノを見た瞬間の、あれはおそらく一目惚れだったのだろう。
だからといって、どうして勢いで告白してしまえたのか、バジルには今となってはよくわからなかった。出会ったばかりの年上の男、しかもマフィアのボス相手に。怪我のせいでよっぽど朦朧としていたとしか思えない。
ただ、ディーノを好きだと思った気持ちは、本当だった。むしろ、リング戦の間ずっと見ていたうちに、その思いはどんどん強くなっていって。優しいところ髪の毛がキラキラしているところ強いところ、外見的理由も内面的理由もいくらでも見付かって。
だが、ディーノに惹かれれば惹かれるほど、バジルはディーノとの距離を感じていた。立場だって年齢だって何一つ、自分はディーノと釣り合いはしない、そう思い知らされるばかりで。
あのときの記憶が確かなら、バジルはディーノに告白して、そしてディーノはそれを受け入れた。
そのはずではあるが、しかしバジルは、その記憶が自分が都合よく作り上げた夢のようなものだったように思えてならない。それでなければ、どこかに一緒に出掛ける、という意味で付き合ってもいいと言ったのか。
そうとしか考えられない。あんなに大人でカッコよくて強くて優しくて綺麗で、そんな人が自分に応えてくれるはずがない。
バジルはディーノへの思いと比例するように、大きくなるそんな思いを自分で否定することは出来なかった。そして、祝勝会でも結局、バジルはディーノに何も言うことが出来ず。
翌日、招集がかかったバジルは、イタリアへ帰ることになった。
ディーノは、しばらく日本にいるのかもしれない、すぐにイタリアに帰るのかもしれない。どちらにしても、立場上バジルがディーノと会うことは、もうめったにないだろう。それでも、短期間ではあったけれど、共に力を合わせることが出来て、それだけでよかった。
ちょうど同じ便で帰ることになったランチアと空港を歩きながら、バジルはそう自分に言い聞かせる。搭乗口に着いて、まだ時間に余裕はあるが、特にすることもないから手続きをしようとして。バジルは、気付いて、つい足をとめた。
「・・・・・・ディーノ殿」
ゲートのすぐ横に、ディーノが立っていたのだ。しかもディーノは、バジルに目をとめると、手を振ってくる。
まさか自分にわざわざ会いにきたとも思えなかったが、しかし会えたことは素直に嬉しくて、バジルはディーノに駆け寄った。
「ディーノ殿! どうされたんですか?」
「いや・・・あ、時間、大丈夫か?」
ディーノはバジルから離した視線を、時計とランチアに移していく。するとランチアは、オレは先に行く、と視線で言ってゲートに入っていった。
「まだ・・・平気ですが・・・」
「そっか、よかった」
ディーノはホッとしたように笑って、少し話そうとバジルを誘ってくる。もしかしてあのときのことで、勘違いするなと釘を刺しに来たとか、バジルはどうしてもネガティブな想像をしてしまい気が進まなかった。
だが、逃げるわけにもいかず、ディーノについていく。紙コップのコーヒーを渡されて、並んで壁に凭れた。かなり人で込み合う場所だが、その中に何人か、ディーノの部下が身を潜めている。
バジルはつい習性でそれを確認してから、チラリとディーノに視線を向けた。わざとなのか、初めて会ったときからずっと、ディーノは普通の青年にしか見えない服装をしている。マフィアのボスにはとても見えなくて、それでも充分バジルにとっては距離の遠い人に思えた。
ブラックコーヒーをすする横顔は、やっぱり大人びていて。ミルクを入れなければ飲めない自分とは大違いだと、一口飲んで苦さに眉をしかめながら、バジルは比べる気にすらならなかった。
だが、そんなディーノは不意に、バジルに視線を向けてくる。子供じみた、拗ねたような表情で。
「・・・で、なんで何も言わないで帰ろうとしたんだよ」
「それは・・・急な召集があったので・・・」
その表情にドキリとしながら、もしかして、と思いそうになる自分をバジルは抑えた。だからわざわざ空港まで来てくれたのだろうか、そうだったら嬉しいと期待したくなるが、そんなわけもないだろう。
「そりゃ、仕事なら仕方ねーけど・・・一言くらいあってもいーだろ?」
しかしディーノは、傷付きたくないと自分で張ったバジルの予防線を、アッサリと破ってきた。
「オレたち、付き合ってんだし」
「・・・・・・・・・・・・えっ?」
バジルは目を見開いてディーノを見上げた。コーヒーカップが手から落ちなかったのは、奇跡としか言いようがない。
予想外のディーノの言葉に、固まってしまうバジルを、ディーノも目をしばたたかせて見返してきた。
「・・・え? ・・・付き合って・・・ねーの?」
「・・・・・・・・・・・・」
バジルはまだ、驚きから立ち直れない。そんなバジルは、予想外の思いもしないことを言われて驚愕しているようにしか、ディーノには見えなかったのだろう。いや確かに、思ってもいなかったことではあったのだが。
「ま、マジで? オレの勘違いだったのか・・・?」
気まずそうに顔を赤くしていくディーノが、忘れてくれ、と言うのは時間の問題に思えて。バジルは驚いてばかりもいられないと、自分を立ち直らせる。
改めて言うのは少し恥ずかしくて、バジルは頬が熱を持つのを感じながらも、ハッキリと言った。
「いえ! あの、確かに拙者は・・・ディーノ殿に、交際を申し込みました」
どうせ相手にはしてもらえないだろう、そう思っていたから、こんなふうに気持ちを聞いてもらえるだけでも嬉しいことで。
なのにディーノは、付き合ってると思っていた、みたいなことを言わなかっただろうか。まさかあれは本当に夢でも聞き間違いでもなかったのだろうか、そう思うバジルの視線の先で、ディーノはホッとしたように笑った。
「あ、よかった。オレの思い違いだったら、さすがに恥ずかしいっつーか、立場ねーからな・・・」
「・・・申し訳ありません。あのときは、あまり意識がハッキリしていなくて、ディーノ殿の返事の辺りから記憶が曖昧で・・・」
正確に言うなら、記憶はちゃんとあったのだが、あまりにも自分に都合がよくて夢にしか思えなかったのだ。
「そういや、そうだな。あのとき、突然また倒れたから、焦ったもんな」
「・・・重ね重ね、申し訳ないです」
あんな安静が必要な状況で、それでも言わずにいられなかった。それほどの強い思いは今も変わってはいないが、しかしバジルは少し恥ずかしくなる。
「拙者、どうにかしていたのです。初対面であんなことを・・・」
自分の立場も状況も、相手の都合も何も考えずに告白なんて、あのときでしか出来なかっただろう。そう思えば、バジルとしてはあのときの自分をむしろ褒めたくもなった。
「・・・つまり、あんときのは気の迷いだったってことか?」
「いえ! 拙者の気持ちは変わっていません!」
だからバジルは、あのときの自分に便乗するように再び、ディーノを見上げて思いを言葉にする。
「拙者は、ディーノ殿が、好きです」
「・・・・・・・・・」
ディーノはあのときと同じように、少し目を丸くしてから、バジルに笑顔を向けてきた。
やはりあたたかく受け入れるようなその反応に、バジルは不思議になる。勿論、ディーノが自分と同じ思いではないとわかっている。それでも、付き合っていると思っていたと言ったディーノは、そのままその言葉を撤回してはいない。
「・・・あの、拙者でいいんですか?」
バジルはつい、確かめるようにそう問い掛けていた。普通に考えれば、ディーノが自分と付き合ってくれるなど、互いの立場なんかを考えれば益々、あり得ない話だ。それでもディーノがいいと言ってくれるのなら、バジルはディーノに少しでも近付き釣り合えるよう努力を怠らないが。
ディーノは壁に凭れつつ、ぼんやり前を見ながら答えた。
「まあ正直、あんときは勢いでうんって言っちまったんだけどな」
「えっ?」
勢い、なんかで返事出来るようなことだろうか。目を丸くしてしまうバジルに、ディーノは苦笑してみせた。
「だってさ、オレにあんなふうに正面きって告ってきたやつなんて、おまえが初めてだったからさ」
「・・・・・・・・・」
やはり、ディーノを好きになる人はたくさんいるだろうが、みな身の程をわきまえて告げないのだろう。無謀でしかなかったはずの行動が、しかしディーノの心を少しでも動かせたのなら、バジルにとってこんなに嬉しいことはなかった。
「だからなんとなく、ああそういうのもありかなって思って、あんときは頷いたんだけど・・・。リング戦の最中さ、オレ、おまえのこと見てたんだ。まあ、不謹慎だとも思ったけどな」
そしてディーノは、バジルに微笑み掛けてくる。
「オレはおまえのこと、もっと知りたいと思った。だから、改めて、よろしくな」
ディーノのそんな笑顔が言葉が、自分に向けられるなんてバジルにとっては信じがたいくらい、嬉しいことで。はい、とバジルが返事しようと思ったら、しかし先にディーノが眉をしかめて言った。
「て、言おうと思ってたら、知らないうちに帰ろうとしてるしさ。ツナに聞いて驚いたぜ」
「・・・申し訳ありません」
ディーノに悪いというよりは正直なところ、千載一遇のチャンスを逃さずにすんだのだと思うと、バジルはホッとする。同時に、わざわざこうしてディーノが会いにきてくれたことが、堪らなく嬉しかった。放っておけばなかったことに出来たのに、追ってきて確認して、取り敢えずはであっても自分を選んでくれて嬉しかった。
「・・・やっと笑ったな」
「え?」
「いや、そうだ・・・バジル、携帯、持ってるか?」
「あ、はい」
バジルが携帯を取り出すと、ディーノはそれをひょいと取り上げて、何やら操作する。すると、ディーノの懐で携帯が、着信したらしくプルルと鳴った。
「これ、オレの番号な」
バジルに携帯を返して、ディーノはニコリと笑って言う。
「ちゃんと、連絡しろよ?」
「・・・・・・は、はい!」
連絡もなしに帰ろうとしたことをまだ少し根に持っているようなディーノの素振りが、バジルはなんだか嬉しかった。
バジルの返事に満足したように頷いてから、ディーノはふとバジルの手元を覗き込んでくる。
「コーヒー、飲まねーのか?」
「え、あ・・・」
バジルも最初に一応口を付けてからずっとただ持っていたカップを見下ろした。ブラックコーヒーは飲めない、なんて言ったらやっぱり子供だなと笑われるだろうか、バジルはつい思ってしまうが。
しかし、これから付き合っていくとしたら隠しても意味はないから、正直に告白した。
「・・・実は、ブラックは飲めないんです」
「そうなのか! 悪かったな、代えるか?」
ディーノは特に揶揄う様子もなく、自分のカップを出してくる。それもそのはず、そのカップに入っているのは、意外にもマイルドな色合いのコーヒー。
「これ・・・」
「実はオレも、ブラックは苦手でな。よく揶揄われるから、ついオレも同じブラックですって振りしちまったんだけど・・・」
ディーノは少々バツが悪そうに笑いながら、バジルにとっては予想外のことを言った。
「バジルは大人びてるから、ブラックいけるのかなって、勝手に思ってた。悪ぃな」
「・・・拙者、大人びてますか?」
「うん、オレがそれくらいのときと比べたら、もー比べ物になんねーぜ。落ち着いてるし、しっかりしてるし」
そう言いながらディーノはバジルのコーヒーを取り上げ、飲みかけだけど、と自分のカップを差し出してくる。ディーノの飲みかけだと思えば、自然と勝手にドキドキしてしまいながら、バジルは手を伸ばそうとした。
しかしそこで、バジルは大変なことに気付いてしまう。
「あ・・・時間!」
いつのまにか、そろそろ飛行機に乗り込まなければならない時間にすっかりなっていた。
「そーか、仕方ねーな。誰かさんのせいで、あんま話す時間なかったけどな」
「・・・そ、それは」
つくづく申し訳ない、と思うバジルに、ディーノは笑い掛けてくる。
「まぁ、またイタリアで、いくらでも会えるさ。だろ?」
「は、はい・・・お願いします!」
思わず意気込んで答えてしまったバジルに、やっぱりディーノは微笑み掛け、それから。
「バジル、顔、上げて?」
「えっ?」
何故だろうと思いながらも素直に顔を上げると、両手がコーヒーカップで塞がっているディーノは、それらに気を払いながら、背を曲げて。バジルの唇に、チュッとキスしてきた。
「・・・・・・・・・っ!!!」
ディーノが離れていくと同時に、バジルは弾かれたように後退って、背後の壁に頭を強打する。
「大丈夫か?」
「は、はい・・・」
痛みで一瞬キスの衝撃が飛んでいったバジルに、ディーノはさらに畳み掛けてくる。
「それより、時間、やばいんじゃねーの?」
「あっ、はい!」
その言葉にまた弾かれたように駆け出そうとしたバジルは、しかしあと少しだけと、一度振り返った。
「ディーノ殿・・・また!」
「あぁ、またな!」
手を振れない代わりに笑顔で見送ってくれるディーノに、名残惜しいがバジルは再び背を向ける。また、会ってくれるというのだから。
慌てて搭乗手続きをして飛行機に乗り、座席に着いてバジルはようやくホッと一息をついた。呼吸を宥めながら、それでもバジルの動悸は一向に治まらない。
それも仕方ないだろう。ディーノに、キス、されたのだ。バジルはついどんどん赤くなっていく頬を両手で包む。
キスもそうだが、そもそもディーノが自分と付き合ってくれること自体、バジルにとっては信じがたいことで。でもそれなのに、確かに現実で。
あんなに大人でカッコよくて強くて優しくて綺麗なディーノが、どうして自分を選んでくれたのか、バジルはどうしてもわからない。
わからないが、それでもディーノは付き合ってもいいと、今は思ってくれているのだ。だったら自分に出来るのは、ディーノが自分を見てくれている間に、少しでもディーノに釣り合えるような男になれるよう努力することだけだろうとバジルは思った。
自分がこんなにディーノを好きなように、同じくらいディーノにも自分を好きになってもらえるように。
そう決意しながら、男を磨く為にどうすればいいか親方様に相談してみよう、と思うバジルだった。
END 序章、というかんじです。
バジルはまだ、ディーノのへなちょこな面を知らないので(笑)
この二人はイタリア人同士だから・・・バジルの喋り方…とかその辺は考えない方向で(笑)