幸福クリエイター



 ちょうどバジルが家光に手合わせしてもらっているところだった。バジルの携帯が着信したので、仕事柄すぐに手に取って相手を確認する。
「ディーノか?」
 バジルは何も言わなかったのに、表情に出ていたらしく家光に即座にバレてしまった。ニヤニヤ笑いながら出ろと家光に身振りで言われ、バジルはちょっと恥ずかしくなりながら背を向けて着信ボタンを押す。
「はい、バジルです」
『よー、久しぶりだな! 今、大丈夫か?』
「・・・・・・あ、はい!」
 耳元から聞こえてくる声に、ともすればウットリ聞き入ってしまいそうになるバジルは、一拍遅れで慌てて答えた。
 チラリとうしろに視線を向ければ、相変わらずニヤついた顔で家光がこっちの様子を窺っている。居心地は悪いが、家光を追い払うなんてことは出来ず、かといってディーノと話せる機会を潰すわけにはいかない。
「大丈夫です・・・任務中ではありませんので」
『そっか、よかった。オレも今、ちょっと時間空いてさ。おまえの声でも聞こうかと思ってさ』
「・・・こ、光栄です」
 なんだそれ、とディーノは笑いながら言い返してくるが、バジルとしてはまさしくそういう心境だった。
 それは今回に限らず、いつもディーノは忙しいだろう合間を縫ってバジルに電話を掛けてきてくれる。申し訳ないと思う反面、貴重な時間を自分に使ってくれて嬉しく思う気持ちもあった。
 つらつらと世間話をしていく、ディーノの耳障りのいい声に聞き入りながら、バジルは幸福感に浸る。うしろにいる家光の存在も、いつのまにか忘れてしまっていた。
 互いに忙しく、会うよりはこうやって電話で話すだけのことのほうが多い。だが、直接ディーノを前にしてしまうと緊張してしまうバジルにとっては、こうした声だけのやり取りが今はまだ自分には相応しいとも思えた。
『でさ・・・あ、そうだ、大事なこと忘れてた』
 脈絡なく続いていくディーノの話題が、不意にバジルの思いもしない方向に曲がってくる。
『バジルさ、今月の23日誕生日なんだろ?』
「えっ、あ・・・はい、そうです」
 確かにその通りだが、まさかディーノが知ってくれているとは思っていなくて、バジルは驚いた。
「よく、ご存知ですね・・・」
『んなの、当たり前だろ? でさ、誕生日プレゼント、欲しいものあるか?』
「えっと・・・」
 バジルとしては、ディーノの誕生日を祝おうとしてくれる気持ちだけで充分だったが。せっかく、年に一度の機会だから、図々しくて無理なお願いだろうと思いながらも言ってみることにした。
「あの・・・一緒に・・・過ごして欲しいです」
 自分の誕生日をディーノと一緒に過ごせたら、どんなに幸せだろうとバジルは思う。勿論、多忙なディーノだから、そんなわけにもいかないだろうとほとんど諦めてはいた。
 だが、電話の向こうで、ディーノが噴き出すように笑ったかと思うと。
『そりゃ、当たり前だろ! 会わなくてどうするんだよ!』
 当然のように、そう言った。わざわざバジルの誕生日に、スケジュールを空けてくれたのだろう。
「あ、ありがとうございます・・・!」
 バジルはつい、電話越しなのに頭をペコリと下げてしまった。それくらい、嬉しかったのだ。予定を空けてくれたことも、それを当たり前だと言ってくれたことも。
『ハハハ、おまえ、ホントに変わってるよなー』
 やわらかい声で、優しい口調で、ディーノはきっと笑顔を浮かべているのだろう。さっき電話越しくらいがちょうどいいと思っていたはずのバジルは、ディーノに会いたいと今思った。すぐ側で、自分に微笑み掛けて欲しい。
 だが、今月の誕生日、ディーノは会って祝ってくれると言ってくれた。それだけで充分だと、バジルは思い直す。
『じゃ、プレゼント、欲しいもの考えててくれよ。なんでもいーからな』
「はい!」
『あ、悪ぃ、もう時間だ・・・また、電話するな』
 その言葉と共にディーノの背後が多少ざわめいて、本当に時間がないのだと知らせる。名残惜しいが、スッキリと電話を切るのも自分の役目だろうとバジルは思った。
「はい、それでは! ご武運お祈りしております!!」
『ハハハ、うん、またな!』
 笑い声まじりのディーノの声は、プツリと電波と共に途絶える。それからしばらく、バジルはディーノとの会話を反芻するように、携帯を耳に当てたままでいた。
 ディーノと過ごす誕生日、と思うとついホゥと溜め息が出るバジルに、うしろから太い腕が絡んでくる。
「バジル、ディーノからのラブコールは終わったのか?」
「お、親方様!」
 やっぱりニヤニヤ笑っている家光は、バジルの肩に腕を乗っけながら、揶揄うように覗き込んできた。つい顔が赤くなりながらも、バジルはちょうどいいと相談してみることにする。
 ディーノが誕生日プレゼントを考えていてくれと言ったが、バジルにはとても思い付けそうにもないのだ。図々しく高価なものをねだる気などないが、しかし相手はマフィアのボス。それなりのものでなければ、逆に失礼かもしれない。
「あの、実は、ディーノ殿が拙者の誕生日を祝ってくれると言うのですが」
「おぉ、そういや今月だな」
 16日だっけ31日だっけ、と見当違いなことを言う家光に、自分もちゃんと休みを申請しておかなければと思わされつつ。バジルは正直に家光に助言を求めた。
「それで、プレゼントは何がいいかと聞かれたのですが・・・拙者には全く思い付けません。一体何がよいのでしょう?」
「んー? そりゃ、お前、そういうときは、こう言うんだ」
 家光はバジルの前に立つと、バジルの両肩を叩いてからそのまま掴んでくる。そして、ニッと笑いながら、答えを返してきた。
「お前が欲しい・・・ってな!」
「・・・は、はあ・・・?」
 決めゼリフのように言った家光の言葉が、どういうことかわからなくてバジルは首を傾げる。この場合、お前というのはディーノのことだろうか、しかしディーノが欲しいとはどういうことだろうか、一緒に過ごす時間が欲しいということだろうか、バジルは考えを巡らせた。
「・・・ディーノ殿は、拙者の為に時間を作ってくれるようですが」
「いや、そうじゃなくて。本人を目の前にして言わねーと、意味ねーんだな」
「はあ・・・」
 益々わからないバジルの頭を撫でながら、家光は妙に頼もしく見える笑顔で言ってくる。
「それは、呪文みたいなもんだ。相手をもっと知って、より近付く為の、な」
「・・・・・・・・・」
 やっぱりよくわからないバジルだが、家光はそれ以上は言わずハハハハハと口を開けて豪快に笑いながら、バジルの背中をバシバシと叩いてくる。痛みについ顔をしかめながらも、親方様がおっしゃるのだからそうなのだろう、とバジルは思った。


 結局、家光の言葉もバジルの参考にはならず、プレゼントは何がいいか思い付けないまま、誕生日の日が来てしまった。
 迎えの車に乗ってキャバッローネの屋敷に着いて、そのままディーノの私室に通される。その間バジルは、どうやら知られ渡っているらしく、ディーノの部下たちから口々に誕生日おめでとうと声を掛けてもらえた。
 彼らのそんなあたたかなムードにも、ボスであるディーノの人柄が察せられて。そんなディーノに付き合ってもらえているバジルは、嬉しいような誇らしいような、少し申し訳ないような複雑な気分を覚えた。
 今日もやっぱり、最後の扉を開けてくれたのはロマーリオで。どうぞごゆっくり、という言葉と共に扉が閉まれば、部屋の中にはバジルとディーノ二人きりになる。
「ようバジル! よく来たな!」
 ディーノはいつものように、駆け寄ってきてバジルをギュッと抱きしめてきた。バジルのほうもいつものように、ディーノの腕の中でカチンと固まってしまう。
 会うたびにこうやって抱きしめられていても、バジルは一向に慣れることが出来なかった。ディーノの感触、匂い、そしてこんなふうにディーノに当たり前のように抱きしめてもらえる、その幸福。
 これくらいのことで、部屋には空調がきいているはずなのに体が熱くなりながら、バジルはどうにか口を開いた。
「は、はい、おじゃまします」
「んなに畏まるなって。客ってわけでもねーんだし、それに、今日はおまえが主役なんだから」
 ディーノはバジルの頭や背をポンポン叩きながら言って、続けて顔を覗き込んでくる。
「誕生日、おめでとう、バジル」
 綺麗に微笑んで、祝福の言葉とキスを。その相手が自分なのだということを、バジルはしつこく確認して嬉しく思ってしまう。
 出会ったのは去年の10月、あのときはまさかこんなふうにディーノに自分の誕生日を祝ってもらえるなんて、思ってもいなかった。
 ディーノに促されるまま、ゆったりとしたソファに掛けながら、バジルはふと気付く。
 そう、ディーノと出会ってから、もう9ヶ月も経っているのだ。
「・・・あの、ディーノ殿の誕生日はいつなんですか?」
 確率的には、もうとっくにすんでいる可能性も高い。バジルはこの場でようやくその可能性に気付いてしまった。
 ディーノは、バジルの反応が予想付くからだろう、少し言いにくそうに答える。
「あー・・・2月だ」
「!!!」
 やはり、とっくにすんでいた。バジルは慌てて、ディーノに向かって頭を深々と下げた。
「す、済みません! 拙者、存じ上げておらず!!」
 というか、付き合っている相手の誕生日を知らなかった、という時点で男として大きな失態だとバジルは思う。それなのに自分の誕生日を祝ってもらおうだなんて、虫がよ過ぎるしなんて不甲斐ないのだろうとバジルは落ち込んだ。
「め、面目ないです・・・」
 ディーノに頭を下げているというよりは、ただ項垂れてしまうバジルだ。
「まあ、あの頃はいろいろと立て込んでたしな」
 そんなバジルの頭を優しく撫でながら、ディーノは仕方ないと笑う。それから両手で、グイッとバジルの顔を強引に上向かせてきた。
「それより、今日はおまえの誕生日なんだから。んな暗い顔、すんなよ、な?」
 優しい笑顔で言い聞かせてきたディーノは、さらにバジルの機嫌をとるように、頬にチュッチュとキスをしてくる。
 ディーノにそんなことをさせる自分にさらに落ち込みそうになるが、しかしそうなればまた余計にディーノに気を遣わせてしまう。元々バジルはどちらかといえばズルズル引き摺るよりは前向きなタイプだから、気を取り直すことにした。
「はい。もう二度とこのようなことがないよう、気を付けます!」
「ハハハ、そーか」
 ディーノがホッとしたように笑うから、バジルもつられて頬をゆるめた。やっぱりディーノには、笑顔が一番似合う。誰よりも魅力的で眩しくすらあるディーノが、今自分の隣にいて自分を見ているのだと、バジルは再度思って幸福に浸ってしまった。
「じゃ、来年のオレの誕生日は、期待しておこうかな」
「は、はい、頑張ります!」
 つい意気込んで言ってから、バジルは気付く。それはつまり、来年のディーノの誕生日も、祝わせてくれるということだろうか。勿論、ファミリーのボスであるディーノだから、こんなふうに一対一で祝うことは出来ないだろうが。それでも、自然とそのときのことを語ってくれるディーノが、バジルは嬉しかった。
 ディーノが何かするたび何か言うたびに、バジルは嬉しくて幸せな気分になって、もうこれ以上はないと思うのに。ディーノはいつも、それをアッサリと塗り替えてしまうのだ。
「で、誕生日プレゼント、何がいいか決まったか?」
 首を傾げて問い掛けられ、バジルはドキリとしてしまう。あれ以来、何度か電話で話して尋ねられていたが、そのときは答えを返せず。結局今日になって、なのに未だにバジルは思い付けていなかったのだ。
「そ、それは・・・」
「遠慮すんなよ?」
 なんでもいいから、と言ってくれるのはありがたいが、バジルとしてはむしろ何もいらないくらいの心境だった。こんなふうに時間を作って自分の誕生日を祝ってくれて、それで充分だと本心から思う。
 だがそうディーノに言っても、遠慮しているとしか思われなさそうだし、とバジルは今までにも考えたことで再び頭を悩ませた。
 ディーノはバジルの答えを待つ間に、コーヒーカップに手を伸ばし一口飲んで、またテーブルに戻し。それから改めてバジルのほうを向こうとして、何故か。
「うわっ・・・!」
 と、ディーノは体勢を崩して、うしろに転んだ。しかもご丁寧に、肘掛に思いっきり頭をぶつけている。4人は掛けられる大きなソファだったおかげで、はみ出て落ちなかっただけでも幸いだっただろう。
 バジルもロマーリオから聞いていた。ディーノが部下のいないところでは、とんでもなく運痴で不器用になるのだと。
「ディーノ殿!」
 だからバジルはどうして転んだのかには考えを及ぼさないことにして、しかし心配だから慌てて仰向けに転んでいるディーノを覗き込んだ。
 大丈夫ですか、そう問おうとしたバジルは、しかしつい言葉に詰まってしまう。
 ディーノを上から見下ろす、そんな体勢は初めてだった。自分の下に横たわっているディーノ、という光景は新鮮で、だからかバジルの心拍数が知らず上がっていく。
「・・・なんか、また、変なとこ見せたな」
 少し恥ずかしそうに笑うディーノは、ずっと年下のバジルにも、可愛く見えた。普段のカッコいい姿も綺麗な笑顔も可愛い表情も、もっともっと見たい。そう思ったバジルの、脳裏に不意に言葉が思い出された。
 無意識にディーノに覆いかぶさるように近付いていきながら、バジルはその言葉を口にする。
 相手をもっと知ってより近付く為の、呪文だと、家光は言っていた。
「・・・拙者は・・・ディーノ殿が欲しいです」
「・・・・・・・・・・・は?」
 目を丸くするディーノの表情が、また可愛くて。バジルはいつのまにか目の前に見えるディーノの唇へと、引き寄せられるように口付けた。
 いつものようにすぐ離れてしまうのは勿体なく思えて、ディーノが教えてくれたように、深いキスを。唇を啄ばみ舌を差し込んで絡ませ、どちらかといえば本能に任せて、バジルはディーノとの口付けを堪能していった。キスには慣れているはずのディーノが、拙い反応しか返してこなくて、バジルに言い知れぬ愛しさが湧き上がる。
 一旦顔を上げれば、ハァと息をもらしたディーノは、めずらしく頬を上気させていた。照れたときとは違うその表情、際限なくディーノは、バジルを惹き付け続ける。
 それを果たして自覚しているのか、ディーノは少し困ったように眉を下げながら、バジルを見上げてきた。
「・・・い、意味、わかって言ってんのか?」
「・・・・・・・・・」
 正直、わかっているとは言いがたい。だが、全くわからないわけでもない、気もする。どちらにしてもハッキリとはせず、答えを返せないバジルは。
 ごまかすように、再度ディーノにキスをした。
 それを受け止めるディーノは、今度はすんなりとバジルを迎え入れてくれる。さらに、伸びてきたディーノの腕がバジルの背に回り、髪を優しく撫でられて。バジルは眩暈を起こしてしまいそうなくらいの、高揚感を覚えた。
 今までで一番ディーノと近付いて、触れ合っているところが火傷しそうなくらい熱くて。僅かに霞む頭で、家光の言ったことはどうやら正しかったようだと、バジルは思った。
「・・・じゃあ、ベッド、行くか?」
「・・・・・・・・・え?」
 だがやはりなんとなくしかわかっていないバジルは、ディーノにそう問い掛けられても、その意味がよくわからない。つい目を丸くしてしまうバジルを、ディーノは見上げて少し目を細め微笑み掛けてきた。その笑顔は、可愛いというよりは綺麗で。バジルはつい、なんとなくコクリと頷こうとした。
 そんなとき不意に、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
「・・・っ!!」
 コンコンと小さな音だったが、バジルは弾かれるようにディーノから体を離してしまった。ギクリとしたような気分になったのは、一瞬でディーノがこのキャバッローネのボスだということを思い出してしまったからかもしれない。
「ボス、荷物が届いたぜ」
 入ってきたロマーリオは、ディーノに小包のようなものを渡しながら、チラリとバジルに視線を向けてきた。ディーノに触れていたときとは違う動悸に襲われるバジルは、多分赤いだろう顔を元に戻すことも出来ず、つい大きなソファの片隅で体を小さくする。
「・・・もしかして、じゃましたか?」
「まぁな」
 一人ドキドキしているバジルとは対照的に、ロマーリオは飄々とした態度で、それに返すディーノも平然としたものだ。
「じゃ、あとはお好きに」
 そう言ってロマーリオが出ていくと、ディーノは受け取った箱を、バジルに差し出してきた。
「バジル、これ」
「・・・・・・え?」
 なんだかすっかりさっきまでの流れが途切れてしまったようで、ホッとするような、残念なような。そんな思いを取り敢えず横に置きながら、バジルはその箱を受け取った。
「これ、誕生日プレゼントな」
「えっ!?」
 なんだろうと思っているところにディーノにそう言われて、バジルは驚く。リクエストを聞いてきたのはなんだったのだろうと、バジルはつい首を捻りそうになった。
 その思いを読んだように、ディーノはバジルに的確な説明を返してくる。
「欲しがるものだけプレゼントするんじゃ、芸がないだろ? これは、オレがおまえにあげたかったもの」
「ディーノ殿・・・」
 思わず感激に浸りそうになるバジルを、気に入ってもらえるといーんだけど、とディーノはプレゼントを開けるよう促してきた。少し緊張するような気持ちでバジルが荷を解いていくと、日本風の絵柄の描かれた箱に入っていたのは、さらに日本風の茶器、急須と湯のみ。しかも、ありふれた品でないことは、一目でわかった。
「これ・・・有田焼ですか・・・!?」
「おっ、さすが、わかるんだな」
 感心したようにディーノはアッサリ肯定するが、こんなものを手に入れるにはかなりの手間が掛かったろうし、値だって張ったろう。
 何より、バジルが日本文化に入れ込んでいると知って選んでくれたのだろう、ディーノのその気持ちが嬉しかった。
「ディーノ殿! 拙者は感激しました!!」
 つい急須と湯呑みを掲げて見入るバジルに、ディーノは優しく笑い掛けてくる。
「気に入ってもらえたみたいだな」
「はい! 拙者はとんでもない果報者です!!」
「ハハハ、なんだそれ」
 バジルの言いようにディーノは可笑しそうに笑うが、バジルとしてはそんな言葉では足りないくらいだった。いやどれだけの言葉を尽くそうと、この喜びはとても表現出来ないとバジルは思う。
 誕生日を一緒に過ごしてくれて祝ってくれて、こんな最高の形にまでしてくれて。こんなに幸せでいいのだろうかと、いっそ不安になるくらいの幸福感を、バジルは噛み締めた。
 そんなバジルに、さらにディーノは言葉を掛けてくる。
「あ、勿論、おまえの希望も聞くぜ? 何がいいんだっけ?」
「えっ、それは・・・」
 これ以上望んだらバチが当たってしまいそうだ、という気持ちと同時に、バジルはつい思ってしまった。さっき、ディーノが欲しいと言ったことは、どうやらなかったことになっているらしい。かといって、バジルに改めてもう一度言えるわけもなく。
「・・・じゃあ・・・この急須と湯呑みで飲むのに相応しいお茶を・・・」
 ニコニコと言葉を待つディーノに、ふと思い付いてバジルが言えば、ディーノはハッとしたような表情に変わった。
「しまった、肝心のお茶っぱ忘れてたな」
 ごめんな、と眉を下げて笑ってから、何か考えるように視線を泳がせたディーノが、急に立ち上がる。
「そーだ、今から買いに行くか!」
「・・・・・・えっ!?」
 突然の展開に驚くバジルの前で、ディーノはしかし即座にしゃがみ込んだ。どうやら立ち上がった拍子に、テーブルで脚をしたたかに打ったらしい。
「い、痛ぇ・・・」
「だ、大丈夫ですか?」
 思わずソファから下りて様子を窺うバジルに、ディーノは笑顔を返してきた。
「大丈夫・・・だ」
 自分に言い聞かせるようなその言葉に、バジルはつい小さく笑ってしまう。するとディーノは、ちょっと拗ねたような顔をしてから、すくっと立ち上がって。
「とにかく、行こうぜ」
 すっとバジルに手を差し伸べて、ニコリと笑い掛けてきた。
 さっきまでとは一転して、惚れ惚れするような絵になるディーノのその姿。だがバジルにとっては、さっきのちょっと情けない姿も、とても好ましく映っていて。
 相変わらず、カッコいいと言っていいのか可愛いと言っていいのか綺麗と言っていいのか・・・まとめて表現するなら、堪らなく魅力的な人。
 そんなディーノの手が、自分に向かって伸ばされている。バジルはそのことを当たり前だと受け止めるなんてまだ出来ず、だからこそ失いたくないと強く思いながら。
 相変わらず苦しいくらいの喜びを感じつつ、バジルは真っ直ぐ伸ばした手で、ディーノの手をギュッと握った。




 END
別名「ディーノがどういうつもりかいまいちわからないシリーズ」第3弾です(笑)

ちなみにこの時点でのバジルのエロ知識は 皆無 。(頼みの綱は家光!笑)