want you
この日はロマーリオの33回目の誕生日だった。とはいえディーノは、その半分も祝ったことはないが。ファミリーの中核にいるロマーリオだから、やはり慕って誕生日を祝おうとするものもその分多い。だからそんな人たちに囲まれているロマーリオを、ディーノは朝から何度も見ていた。
そして、今も。綺麗な花束を持ってロマーリオに歩み寄っていくのは、その花に負けないくらい美しい女性だった。ディーノよりも淡いブロンドの髪を揺らしながら微笑み掛ける女性に、ロマーリオも笑いながら対応する。なんだか親密そうなその雰囲気に、ちょうど通り掛って目撃したディーノは、なんとなくその様子を覗き見するように見守った。
女性はロマーリオに花束を渡すと、ヒールの高い靴でさらに背伸びをして。ロマーリオの肩に手を掛けながら、耳元で何か囁き掛け、そして紅い唇をロマーリオへと重ねていった。
綺麗な女性だからか、妙に絵になるキスシーン。この程度の、恋人同士のキスや挨拶のキスくらい、いくらでも見たことがあるのに。ディーノは何故か、その光景に、僅かにドキリとしていた。
その場からそっと立ち去りながら、ロマーリオも男だったのだと、ディーノは思い知らされたような気分になってしまう。そんな自分に首を傾げながらも、ディーノの心臓はなかなか正常に戻らなかった。
ロマーリオは物心ついたときからディーノの近くにいて、それでも今まで浮いた噂の一つも聞いたことはない。勿論、それなりの経験は積んできているだろうが。地位もあり人柄もいいロマーリオを、女性だって放っておかないだろう。ただ、常にファミリー第一のロマーリオに、特定の恋人や好きな人がいるという話を、ディーノは聞いたことはなかった。
何故かそんなことを考えながら、昼食後に散歩でもしようと歩いていたディーノは、またロマーリオを見掛けてしまう。
今度は一人で、庭に設置されているベンチに腰掛け、煙草をふかしていた。ふぅと煙を吐き出すその姿は、年相応の男の魅力に溢れている、ような気がする。
ともかく声を掛けるのを躊躇う理由もないし、ディーノはロマーリオに歩み寄った。ちなみに祝福の言葉は、朝一に贈っている。
「・・・ロマーリオ、ちょっと疲れてるみたいだな」
「ボス・・・ああ、まあな」
ディーノは苦笑いしてみせるロマーリオの隣に腰を下ろした。
「まあ、ありがたいんだけどな。この年になったら、嬉しいってわけでもねーし」
そういうもんなんだろうか、と思う一方で、ディーノは他のことが気になってしまっていた。今ロマーリオは、手には煙草しか持っていない。
「・・・なあ、あの花は、どうしたんだ?」
ディーノはつい、問い掛けていた。あれから時間が経っているから、もう持っていないのは当たり前だが。その行方が、ディーノはなんだか気になったのだ。
「花?」
「さっき・・・女の人に貰ってただろ」
そう言ってから、ディーノは盗み見したことがバレるだろうかと、少し心配になった。ちょっと通り掛っただけなんだけど、などと言い訳がましく言おうとして、しかしロマーリオは気にしなかったようで答えを返してくる。
「ああ、あれは・・・屋敷のどこかに飾ってあるんじゃねーか?」
「・・・そっか」
自分の部屋に大事に飾ってある、とかそういうわけではないのかと、ディーノはどこかホッとするような気分になった。どうしてそんなことが気に掛かったのか、よくわかってはいなかったが。
気に掛かるといえば、ディーノはつい、その花束を贈った女性のことを思い出した。ディーノから見ても、とても魅力的な美しい人だった。
「すげー、綺麗な人だったな・・・」
「・・・気に、なるのか?」
「・・・・・・え?」
不意を衝かれたように、ディーノの鼓動が瞬間、跳ねた。ドキリ、としてしまった原因は、ディーノにはよくわからなくて。ただロマーリオの問い掛けは何か居心地の悪いものに思えて、ディーノはとっさに心にもない言葉を返してしまう。
「だったら? オレにくれって言ったら、譲ってくれるのか?」
「・・・ボス」
冗談にもなっていない言葉に、ロマーリオが咎めるように名前を呼んできた。誤ったと自覚のあるディーノは、自然と顔を伏せる。
「・・・悪ぃ」
すると、そんなディーノの頭を、ロマーリオが優しく撫でてきた。昔から変わらないないその手つきに、ディーノはもう一度ロマーリオを見上げる。いつのまにか煙草を吸うのをやめている口が、ディーノに微笑み掛けていた。
「・・・さっき、キスしてたよな」
その、口で。ディーノは思うよりも先に、そう言葉にしていた。こんなことを話題にしてどうしようというのか、自分でもわからずに。
「・・・なあ、ロマーリオ」
ロマーリオの眉が少し寄っているのは、見られてしまった気まずさのようなものだろうか。それがどうしたんだ、と言いたげに見えるロマーリオの腕を、ディーノはいつのまにか掴んでいた。
「キスって・・・どんなかんじ?」
縋るように腕を掴んで、そう問い掛ける自分は、まるでロマーリオにねだっているようだとディーノは思う。それが事実なのか、だとしたらどうしてなのか、ディーノにはわからないが。
「・・・ボス」
困惑したようなロマーリオの顔が、少し歪んで。ジッと見つめてただ待っているようなディーノへと、ロマーリオが唇を重ねてきた。
ふわりとした感触と、煙草のにおい。これが、あの綺麗な女性も知っているロマーリオとのキスなのかと、ディーノはそんなことをボンヤリと考えた。
触れていた時間は、そんなには長くなかっただろう。ロマーリオが離れていってからやっと、ディーノはハッと我に返った。何をしているのだろうと、自分が信じられない思いで、ロマーリオの顔を確かめることも出来ず。
ディーノは慌てて、その場から逃げた。そのまま自分の部屋に戻って、力なくベッドに身を投げる。
どうしてあんなことをしてしまったのか、改めて考えてもわからなかった。いや、予想を立てることは出来るが。
あんな美人の女性とキスしていたロマーリオが羨ましかったから。
「・・・そりゃ、ねーだろ」
ディーノは思わず即座に打ち消した。美女とキスしたロマーリオが羨ましくて、ロマーリオにキスしてもらいたいだなんて、思わないだろう。それよりは、ロマーリオとキスしていた女性が羨ましかった、というほうが筋は通る。
だがそもそも、あのときの自分がキスして欲しかったのか、それもディーノはよくわかっていなかった。それでももし、本当にそうだったのなら。
キスされていた人を羨ましく思うなんて、まるでその人に嫉妬しているようだ。キスして欲しいだなんて、まるで、ロマーリオのことが。
「・・・好き・・・なのか? オレは・・・」
声にして呟いてみても、ディーノにはよくわからない。今までずっと、ロマーリオをそんな目で見たことなどなかったのだ。そのはずなのだ。
何もかもわからないディーノは、つい思い出していった。しっかりと触れてきた、ロマーリオとのキス。その感触を呼び起こせば、僅かに鼓動が早まった。その原因が、なんなのか。
「・・・好き・・・なのか?」
それでも、もう一度呟いてみても、ディーノにはよくわからなかった。
ファミリーで開くロマーリオの誕生パーティは、ボスの右腕のものだけあってそれなりに豪勢で。酒や料理がふんだんに振舞われたその宴会も終わり、ディーノは最後にロマーリオを部屋に送っていくという役目を頼まれた。
役目とはいえ要は、ボスももう休んで下さい、という部下たちの気配りなのだが。後片付けが大変だろうなと思いながらも、いつものことだからディーノはロマーリオを伴って会場を出た。
しかし、いつもと違うところもあった。ディーノが、まともにロマーリオを見ることが出来なかったのだ。あんなことがあって、ロマーリオはどう思っているのだろう、そもそも自分はどう思っているのだろう。わからないディーノは、ロマーリオにどう接していいかもわからなくなっていた。
それでは会話も弾むわけなく、早々とロマーリオの部屋まで着いて、ディーノはどこかホッとする。おやすみと告げて別れようとするディーノを、しかしロマーリオが引き止めてきた。
「ボス、少し、飲み直さないか?」
「・・・・・・・・・」
「日付変わるまで、まだ時間あるしな。せっかくの誕生日だ、寝て終わらせるのも勿体ない」
躊躇を感じるが、誕生日だからと言われたら断りづらく。大丈夫だろうか、とよくわからない不安が湧き上がりながらも、ディーノは頷いた。
「わかった、付き合う。そうだ、いいワインがあるんだよ。オレの部屋に来いよ」
そう言ってディーノは歩き出す。ロマーリオの部屋、完全なる彼の領域に足を踏み入れるのが、ディーノはなんだか少し怖かった。
自分の部屋なら、いつもの自分と変わらず振舞えると思ったのだ。何が、何か変わったのか、もわからないまま。
こうしてロマーリオと二人で飲むことはたまにあって、いつものようにテーブルに向かい合わせに座ってワインを酌み交わす。そうしながらディーノは、ロマーリオが昼間のことを話題に出してこないよう、密かに祈っていた。
「・・・・・・ところで、ボス」
しかし、ロマーリオは数口ワインを呷ってから、まさにそのときのことを口にしてくる。
「昼間の・・・キスのことだが」
「・・・・・・それは」
どうしてねだるようなことをしたのか聞きたいのだろうかと、ドキリとしながら、ディーノはごまかすように言葉を並べた。
「別に、特に意味はなかったっていうか。ほら、間接キス的な・・・? だって、すごい美人の人だったしさ・・・」
そんな理由あり得ない、と一度は自分で打ち消しておきながら。ディーノはそれ以外の理由を思い付けなかった。
冗談めいた口調で言ったディーノを、しかしロマーリオは、笑い返すこともなく見つめてくる。そのどこか真剣な顔つきに、ディーノはまたドキリとした。
「・・・なあ、ボス。オレは・・・」
ロマーリオはグラスをテーブルに置いて、引き続きディーノをジッと見つめながら、口を開く。
「オレは、あんたが好きだ」
「・・・・・・・・・え?」
同時に手から滑ったグラスが、ディーノの驚きを表現するように、テーブルにぶつかってガチャリと鳴った。
ただの好意を教える口調、には聞こえなかった気がする。だったらどういうことなのか、すぐに理解出来ないディーノに、ロマーリオは今度は問い掛けてきた。
「ボスは・・・オレのこと、どう思ってる?」
「・・・・・・・・・」
直球で聞かれて、ディーノは動揺する。上手く持てなくなって、グラスをテーブルに預けた。
「・・・そ、そりゃ、オレもおまえのことは好きだぜ?」
ワインを飲んでいたはずなのに、喉が妙に乾いていて。それでもどうにか軽い口調で言い返して、ディーノは立ち上がった。
「オレ・・・もう、寝るな。おまえも、せっかくだから、ゆっくり休めよ」
ロマーリオを見ることも出来ず、ディーノは逃げるように寝室へと向かおうとする。踏み出した足が、しかし、腕をグッと掴んできたロマーリオによってとめられた。
「ボス」
「・・・な、なんだよ」
ロマーリオの手が触れている部分が、妙に熱い気がして。それだけで高鳴ってしまいそうな心臓を抑えながら、ディーノはその腕を振り払おうとした。
だが力では敵わず、逆にロマーリオに引っ張られて、何故か寝室のほうへと連れて行かれてしまう。そしてあっというまに、ディーノはベッドの上でロマーリオを見上げる体勢になっていた。
真上からジッと見つめられて、抑えようとしていたディーノの心臓は、もう早鐘を打ってしまっている。
「何・・・するんだよ」
それでも平静を繕って見返せば、ロマーリオの真剣な眼差しに出会って、ディーノは知らずゴクリと生唾を飲み込んだ。こんな顔つきのロマーリオを見たのは、初めてだった。
「ボス・・・オレは、一度しか聞かねえ」
「・・・・・・え?」
「今晩、今だけだ。もう二度と、確かめない」
「・・・・・・・・・・・・」
言っていることはよくわからなくて、それでもその表情や口調から、ロマーリオの覚悟が垣間見える。強い感情を宿した言葉が、ディーノに真っ直ぐ向かってきた。
「ボス、オレはあんたが好きだ」
「・・・・・・・・・」
もう、それがどんな種類の好意かなんて、聞かなくてもわかって。ロマーリオがずっとそんなふうに自分を見ていたのだと思うと、ディーノはなんだか震え上がりそうな感覚を覚えた。
それが何か、は相変わらずわからなかったが。
「あんたはオレのこと・・・どう思ってる?」
「・・・・・・・・・」
「言ってくれ、ボス。ちゃんと・・・オレを拒んでくれ」
「・・・え・・・?」
ディーノはそこで、ようやく気付いた。ロマーリオの覚悟は、ディーノに思いを告げることではない。ディーノにハッキリと拒絶させて、完全に諦めてしまおうと、しているのだろう。
「そしたら、明日からオレは、またただの部下に戻る。これからもずっと」
「・・・・・・・・・」
「だから、ハッキリと・・・言ってくれ」
そう言いながらも、ディーノを見つめるロマーリオの瞳には、こんなにも愛情が溢れているのに。欲望が、覗いているのに。
どうして今まで気付かなかったのだろうと、ディーノは不思議で堪らなかった。いやおそらく、ロマーリオのことだから、決してバレないよう隠し通していたのだろう。
なのに、昼間、キスなんてしてしまったから。こうなるキッカケを作ったのはディーノで、この先のことを決めなければならないのも、ディーノで。
ロマーリオを撥ね付けるのか、それとも受け入れるのか。今、どちらかを選んだら、それで決まってしまう。やり直しはきかない。
そう思うとディーノは、どうしていいかわからなくなった。
「・・・悪い、ボス。困らせてるってわかってるんだが・・・」
答えに詰まるディーノを、済まなさそうに見つめてくるロマーリオは、しかし何か考えるように眉をしかめる。考えるというよりは、耐えているようにも見えた。
結局、その耐えた結果なのかその逆なのか、ロマーリオは低く呟くように言葉を搾り出す。
「・・・いや、今晩だけ」
「・・・・・・え?」
何を言っているのだろうと首を捻りたくなったディーノに、ロマーリオが手を伸ばしてきた。そっと頬に触れ、ゆっくりと髪を撫でていく。その手つきに、ロマーリオの自分への愛情を、欲望を、ディーノは強く感じた。
「・・・一生分の、誕生日プレゼントの代わりにでもいい」
掠れ気味の声が、ディーノに訴えかけてくる。切実で真っ直ぐな、お願いを。
「一晩だけ、あんたをオレにくれ」
「・・・・・・・・・」
まだどこかで撥ね付けられるのを待っているような、だがそれ以上の期待を、滲ませているロマーリオ。こんなロマーリオを、ディーノは初めて見た。こんなに余裕がなくて、こんなにも男の表情をして。
ロマーリオをそんなふうにしているのが自分だと思うと、ディーノは言いようのない感情を覚えた。それは、喜びに、似ていたかもしれない。
「・・・・・・ボス」
ロマーリオは急かすような声色で、答えを乞うてくる。
ディーノは未だに、自分がどうすればいいのか、どうしたいのか、よくわからなかった。だが、一晩・・・取り敢えず、今晩。まだ答えを出さなくてもいいのなら、ディーノはついそう思ってしまう。
「・・・ロマーリオ」
自分を、こんなにも欲しがっている男へと、ディーノは腕を伸ばした。独特の感触がする髪へと触れてから、そのまま背を抱く。
「ボス・・・」
少し驚いたような顔をしたロマーリオが、一瞬迷うように視線を泳がせた。それから再びディーノを見下ろし、ゴクリと喉を鳴らす。
その音が耳について、つい身構えてしまいそうになるディーノへと、ロマーリオがゆっくり口付けてきた。本当にいいのかと、確かめるように。
そのキスは、煙草と、今度はワインの味もした。
寝返りを打った拍子にか、ディーノは目を覚ました。ギシギシと体が痛んだせいかもしれない。
どうやらまだ明け方のようでホッとしながら、軋む体でそれでも伸びをしようとしたディーノは、しかしふと気付いて動きをとめた。隣に、ロマーリオがいない。
それどころか、まるで昨夜何もなかったかのように、ロマーリオの痕跡がどこにもないのだ。シーツや体は綺麗にされていて、飲みかけだったワインの瓶やグラスも片付けられている。
ただ、体に残る疲労と痛みと、ロマーリオの残した跡を除いて。
もしかして、とディーノは思った。昨夜ディーノは、ロマーリオへの返答を先延ばししたつもりでいた。だがもしかして、自分は選んでしまったのだろうか、と。拒否するでもなく受け入れるでもなく、たった一晩だけ応える、という選択肢を。
ロマーリオは、もう二度と確かめないと言った。だとしたら、もう二度と。
ディーノは居ても立ってもいられなくなって、取り敢えず急いでズボンを穿いてシャツを引っ掛けると、ロマーリオの部屋に向かった。
一歩踏み出すごとに体が痛んで、こんなふうにしておいて全部なかったことにしようだなんて、とついロマーリオを責めたい気分にもなる。それから、漠然とした後悔。昨夜一体どうしていればよかったのか、それでもやっぱりまだわからないまま、ディーノは辿りついたロマーリオの部屋のドアを開けた。
「ロマーリオ!」
起きているか寝ているかもわからないが構わず、ディーノが部屋に飛び込むと、ロマーリオが驚いたように顔を上げる。どうやらシャワーを浴び終わったばかりらしく、テーブルの上にはミネラルウォーター入りのグラスがあった。
一瞬動揺したように見えたロマーリオは、しかしすぐにゆっくりと立ち上がって。
「どうしたんだ、ボス。まだ起きるには早い時間だぜ」
いつもの、よき部下の顔で、ディーノに言葉を掛けてきた。それが今までの、普通のことのはずなのに。ディーノはもどかしいような、焦燥感を感じる。
「ロマーリオ、オレは・・・」
何かを言わなければいけない気がして、でも何を言っていいかわらからなくて、そんなディーノにロマーリオが歩み寄ってきた。
「そんな格好してると、風邪引くぞ?」
その声も、だらしなく開いたシャツの前を合わせてくるその仕草も、ディーノが好きだったものだ。優しくてあたたかい、でもそれだけのものだとも、ディーノは思ってしまう。
「・・・なあ、ロマ」
やっぱり何か言いたくて、口を開いたディーノを、しかしロマーリオがさえぎってきた。ディーノの肩を掴んでクルリと、入ってきた扉のほうへと方向転換させる。
そして、ディーノの背を少し押してから、さっきまでとは少し違う、低い声で告げてきた。
「もう、こんなふうに・・・ここには来るな」
「・・・・・・っ!!」
ディーノの心臓が、ギュッと竦み上がる。明確に拒絶するロマーリオの言葉、しかし、拒んだのはディーノのほうだったのだろう。選ぶことが、出来なかったのは。
ディーノは返答を先延ばしにしただけのつもりだった。だが、あんなふうに思い詰めていたロマーリオに、答えられなかったこと自体が、答えになってしまったのだろう。
明日からただの部下に戻る、そう言ったロマーリオの言葉が、ディーノによみがえった。
当たり前のはずのそのことが、堪らなく嫌だと思えてしまうなんて。自分の中でとっくに答えが出ていたのだと、ディーノはようやく気付いた。
「・・・ボス?」
立ち尽くしたまま動かないディーノを覗き込んできたロマーリオが、驚いたようにもう一度ボスと呟く。
悲しいのか悔しいのかわからず、いつのまにか溢れ出していた涙を、ディーノは拭って必死にとめた。泣いていたって何も伝わらない。
ディーノは振り返ると、困惑した様子のロマーリオの体を押していった。どうするべきか迷うように、されるがままうしろに下がっていくロマーリオを、ついにはベッドへと突き飛ばす。
そして上から覗き込めば、昨夜とは全く反対のシチュエーションになった。
「ボス・・・?」
「・・・オレも」
今さら手遅れだとか虫がよ過ぎるとか、ディーノはそんなことは敢えて考えずに、未だ困惑の表情で見上げてくるロマーリオへと。
「誕生日プレゼントとか、もう一生いらない」
昨日のロマーリオのセリフのように、しかしディーノはあんなふうに自分を抑えることは出来なかった。一晩だけでいい、だなんて。
「オレは、今だけとか、言わない。これからずっと、明日もあさっても、ずっと死ぬまで・・・」
愛情を欲望を強く伝えてくれたロマーリオの手つきを真似るように、頬を髪を撫でていきながら、ディーノは切実で真っ直ぐなお願いを口にする。
「おまえを・・・オレにくれ、ロマーリオ・・・!」
吐き出すように言ってから、ディーノはロマーリオへと口付けた。どんな味がするかなんてもう気にする余裕はなく、こんなにもロマーリオが欲しいのだと伝えるように、強く深く。
しかし不意に、ロマーリオの手の平が頬を包んできて、そのままディーノの顔を持ち上げキスを解かれてしまった。
「・・・何言ってんだ、ボス」
「ロマーリオ・・・」
今さらもう間に合わない、そう言われるのだろうかと思っただけで、ディーノの心臓は痛いくらいに締め付けられる。嫌だと首を振りたくなるディーノを、ロマーリオは変わらず頬を包む手でとめてから、ふっと笑った。優しい、だけではない笑顔。
「オレはもうずっと前から、ボス、あんたのもんだ」
言い切ったロマーリオは、グイと力任せに引き寄せ、ディーノの唇を奪ってきた。気遣いを忘れたように息苦しいくらいに貪られ、ディーノはそれが堪らなく嬉しい。まだこんなにも、求められている。それを身を以って知ることが、何よりも嬉しかった。
「・・・・・・なあ」
ふとロマーリオに言いたいことがあると思い付いて、ディーノは勿体ないと思いながらも口付けを解く。
「ロマーリオ、もう一回、オレに聞いて」
「・・・・・・・・・」
何を、と言わなくても、ロマーリオはわかってくれた。昨日のような思い詰めた色はない、代わりに期待を強く滲ませた口調で、改めて問い掛けてくる。
「・・・ボス、オレのこと・・・どう思ってる?」
「・・・・・・オレは」
昨夜は答えられなかったその質問に、返す言葉はもう今のディーノには一つしかなかった。
「ロマーリオのこと・・・好きだ」
どういう意味で、なんて確かめる必要もないように、愛情と欲望をありのまま込めて。
「愛してる、ロマーリオ」
ディーノはそう伝えると、つい我慢出来なくて再び口付けていった。しかし、しばらくしてまた、頬を包んでとめられてしまう。
オレにも言わせろ、とロマーリオは苦笑してから、一転して熱っぽく囁き掛けてきた。
「ボス・・・オレもだ、愛してる」
その言葉に、自分を見つめてくる瞳に、ディーノは震え上がりそうな感覚を覚える。
穏やかで優しいだけのロマーリオはいらない。苦しいくらいにキスしてくる唇が、痛いくらいに抱きしめてくる腕が、それこそがディーノの望むもの。自分のことを欲しがるロマーリオが、欲しいのだ。
ディーノは自分に回された腕の力に負けないくらい、ロマーリオの体を強く抱きしめた。
END 冒頭の綺麗なお姉さんは、ただの知り合いなんだと思います、多分。
ちなみにロマーリオは、ディーノが美女に興味持っていろいろ聞いてきたんだと思ってました。なのにキスしちゃったから、オレももう終わりだな…、と思ってああいう行動に出たんです。
一晩とはいえ受け入れてくれるなんて、ボスはさすが懐が広くて部下に甘いなぁ…って。そんなバカな(笑)