それが正解
本日は、並盛神社で夏祭りの日。それに合わせて日本にやって来たディーノは、そろそろ準備しようかと言った雲雀に浴衣を着せてもらうことになった。
ちなみに、ディーノの浴衣や下駄など一式は、雲雀が用意してくれていた。いつもながら、そつなく準備のいい男である。
「ほら、早く服脱いで」
「うん・・・」
浴衣を広げながらの雲雀の言葉に従って、ディーノはまずTシャツを脱いだ。それからベルトを外してズボンに手を掛けると、雲雀が追加して言ってくる。
「下には何も、つけないから」
「・・・そうなのか?」
つまり下着もはかないということだろう、日本人の雲雀が言うのだからと、ディーノは特に疑いもしなかった。言われた通りに、ズボンごと下着も脱いで、全裸になる。
それから浴衣に腕を通して、雲雀が前を合わせて手際よく帯を巻いていってくれた。そうしながら、ボソリと、雲雀が呟くように言う。
「嘘だけど」
「え、何が?」
その手つきを眺めながら問い返すディーノを、雲雀は見上げて小さく笑った。
「さすがに、下着はつけるよ」
「あっ、そうなのか!?」
どうやら、さっきのは冗談だったらしい。ディーノに言わせれば雲雀は表情が変わらないから冗談言ってるのか本当のことを言っているのかわかりづらく、雲雀に言わせればディーノは単純で騙され易い。
可笑しそうに笑う雲雀に、また揶揄われたと、もう怒る気にもならないディーノだ。
「どうりで、えらくスースーすると思った」
「昔は、女性はつけてなかったみたいだけど」
「ふーん」
それが今度は果たして本当なのか嘘なのか、毎度よくわからないディーノは、取り敢えずは真に受けておくことにしている。
「男は?」
「褌」
「あー、あの、布巻くやつか」
そんな会話をしながらも、雲雀は最後に細かく形を直してから、満足そうに頷いた。どうやら完成したらしく、ディーノは早速鏡の前に立つ。
「お、結構似合ってね?」
イタリア人の自分には浴衣など似合わないと思っていたが、なかなかどうして、とディーノは鏡を見てちょっと悦に入った。
「なあ、恭弥」
「・・・まあまあじゃない?」
同意を求めれば、雲雀からも悪くない返答。ディーノの気分も益々乗ってくる。
「恭弥も早く着替えろよ」
自分なんかよりもずっと似合うだろう雲雀の浴衣姿を、早く見たいとディーノは急かすように言った。そんなディーノの期待する視線には頓着せず、雲雀はあっというまに着替え終える。
そして予想通り、雲雀の浴衣姿が、ディーノはすっかり気に入った。
「やっぱ似合うな! すげーいい!!」
黒を基調とした浴衣をすっと着こなしている雲雀に、惚れ惚れしてしまう。賞賛の視線を遠慮なく浴びせるディーノを、雲雀はやっぱり構わず淡々と、時間を確認した。
「そろそろ行くよ」
「あ、うん!」
ついにお祭りだ、と浮かれながらエンツィオに手を伸ばしたディーノへ、雲雀が釘を刺すように言ってくる。
「ああ、亀は置いていきなよ」
「えっ、なんでだ!?」
当然連れて行ってエンツィオにも日本のお祭りを満喫させてあげようと思っていたディーノは、置いていけと言われる理由が全くわからなくて雲雀を見上げた。それに対する雲雀の返答は、大変説得力のあるもので。
「連れていったら、多分、なくすよ」
「・・・・・・・・・」
言われてみれば、祭りはおそらく人がたくさん来るだろうから、はぐれたら大変だ。ポロッと落としでもして、誰かに踏まれても可哀想だし。
「・・・悪ぃな。留守番しててくれ」
仕方ないとはいえ申し訳なくて、ディーノはエンツィオの頭をよしよしと撫でた。
「なんか、お土産とか、買ってくっからな」
待っててくれよ、と声を掛けたディーノは、ヒバードを纏わり付かせつつさっさと出て行こうとしている雲雀を慌てて追っ駆ける。慣れたように下駄を引っ掛ける雲雀と対照的に、ディーノはいつも以上に危なっかしい足つきになった。
「言っても無駄だと思うから、言わないけど。・・・せいぜい、足元には気を付けなよね」
「・・・ほとんど言ってるじゃねーか」
つまり転ぶなと言いたいのだろう。いつもなら転ばないと言い返すディーノだが、さすがに今日はちゃんと歩けるか自信がなかった。慣れない浴衣と下駄のせいで、とても歩きにくい。
つい足運びにも慎重になって、おかげでディーノは逆にこけずに歩くことが出来た。あんまり脚を開けないようにと少し着せ方に工夫した雲雀のおかげでもあるのだが、ディーノがそれに気付くはずもない。
順調に歩みを進め、並盛神社に近付いていくにつれ、どんどんと同じ方向へ向かう人が増えていった。そして、それに比例するように、雲雀に視線が集まっているようにディーノは思う。
やっぱり雲雀の浴衣姿が様になっててつい見蕩れてしまうからだろうかと、ディーノはなんだか誇らしいような気分になった。勿論その視線は、並盛町の裏番雲雀恭弥、に対して向かっているものと、そしてディーノに向かっているものも多分にあるのだが。
そんなことには気付かず、ディーノはどんどん増えていく人口密度につい隣を窺った。
「なあ、この人込み、大丈夫なのか?」
トンファーを持ってきている様子はないが、雲雀のことだからどこから取り出してくるかわからない。手当たりしだい咬み殺し始めたら、せっかくの楽しいお祭りが台無しだと心配してしまうディーノに、雲雀は簡潔に返答してきた。
「毎年のことだしね」
「・・・・・・」
そういえば、どうやら雲雀には夏祭りで、風紀委員としての何かの活動があるらしい。
「こんなときまで仕事か。恭弥は真面目だなー」
ディーノは感心するように呟きながら、スタスタ歩いていく雲雀についていった。浴衣と下駄にもだいぶ慣れてきて、周囲の祭り特有の空気につられたように、ディーノの足取りもつい軽くなる。しかし、ディーノはふと、結構重要なことに気付いてしまった。
「・・・なあ、恭弥」
つい立ち止まったディーノに、つられて雲雀も足をとめる。
「・・・何?」
「それがさ・・・」
ちょっと言いづらく、周りに人もいることだし、ディーノは身を屈めて雲雀に耳打ちした。
「・・・あのさ、オレ、そういえば・・・パンツはいてない」
「・・・・・・・・・」
少し目を丸くした雲雀は、思わずといったようにディーノに手を伸ばしてくる。浴衣の上から触って、本来あるべき凹凸がないのを確かめて、それから呆れたように溜め息をもらした。
「何やってるの・・・」
「・・・元はといえば、恭弥が嘘つくからだろ」
言い返すディーノの声は、ちょっと小さい。最初雲雀に騙されたとはいえ、結局はき忘れてしかも今の今まで気付かなかったのは、さすがにどうかと自分でも思うからだ。
そうだと気付いたら、ひらひらした浴衣一枚しか着ていないから、やはり気に掛かってしまう。そんなディーノに、雲雀はまた溜め息ついてから、言い聞かせるように言葉を投げてきた。
「死んでも転ばないでね。みっともないから」
「転ばねーって・・・」
酷い言い草だが確かにその通りなので、ディーノは控えめに言い返した。何がなんでも転ぶわけにはいかないが、下駄にも随分慣れたことだし、転ぶことはないだろうと思う。
大丈夫だって、と言うディーノをどこか疑わしそうに眺めてから、雲雀は屋台のほうへ向かっていった。まずは風紀委員会の仕事をするらしく、いつのまにか風紀委員たちもぞろぞろと集まっている。
ちなみに風紀委員の仕事とは、屋台からショバ代を徴収することらしい。相変わらずディーノは、いまいち風紀委員というのが何をする団体なのかわかっていないが、それは他の並盛の人々もおそらく同じだろう。
取り敢えずその様子を眺めていたディーノは、しかしついつい口を挟んでしまった。
「おまえさー、もっと穏便にやったほうがいいと思うぞ?」
金払わないと屋台を潰す、というのはやり過ぎではないか。まるでタチの悪いマフィアだと思いながら、声を掛けたディーノを、雲雀は無視して続ける。
だからディーノも、それ以上は干渉しないことにして、平和に営んでいる屋台のほうへと目を向けていった。日本の祭りに来たのが初めてなディーノにとって、全てがものめずらしく興味深い。
美味そうだなとか楽しそうだなとかあれなんだろうとか、惹かれるままにディーノはフラフラと足を踏み出した。勿論、足元に注意など払っていない。となれば当然、ディーノは思いっ切り足を滑らせた。
「うわっ・・・!」
やばい、と思った瞬間、うしろから腕を引かれてディーノはどうにか踏みとどまる。
「何やってるの」
「恭弥・・・た、助かった」
おかげで無様な姿を晒さずにすんだと、ディーノはホッと胸を撫で下ろした。
「あれ、そういえば、仕事は?」
「任せてきた」
そう言いながら雲雀は、掴んだままのディーノの腕を引いて、歩き出す。もう仕事はしなくていいということは、屋台を回れるのだろうかとディーノは期待した。
だが、何故か雲雀はズラリと並ぶ屋台を横目に、スタスタと真っ直ぐ歩いていく。どんどん人気のないほうへと向かっていくから、やっぱり人込みが嫌なんだろうかとディーノは考えた。
ともかくディーノは、転ばないように注意しながら雲雀のスピードについていくのがやっとで。風紀委員会によって設置された「立ち入り禁止区域」に入ったことにも気付かなかった。
だが人気は全くなくなって、ディーノも自然と気をゆるめる。
「なあ、どこ行くんだ?」
「もう着いた」
そう答えながら、雲雀はようやくディーノの腕を開放した。
「ここから、花火がよく見えるんだよ」
「へー」
つい空を見上げたディーノは、雲雀の支えも失ったことだし、お約束のように。ズルッと滑って転んでしまった。
ドテッと尻餅ついてそのまま背後に倒れ、しかも足から飛んでいった下駄がガツンと頭に落ちてくるという、相変わらず見事なこけっぷりだ。地面には草が生えているから、尻や背よりはむしろ頭に加わった衝撃のほうが大きくて、ディーノは手で押さえながらつい痛いと呻く。
そんなディーノを、雲雀は慣れているとはいえやはり、呆れたように見下ろしてきた。しかも今のディーノには、下着をはき忘れている、というオプション付きだ。
「ほら、みっともない」
「・・・いーだろ。おまえしか見てないんだから」
仰向けに転んで肌蹴た浴衣で脚を無造作に投げ出せば、どうなるかわかっているディーノだが、今さら雲雀相手に隠す気にもならない。
とはいえ立ち上がろうと、体を起こしながら足に力を入れたディーノは、しかし顔をしかめた。ちょうど下駄が飛んでいった右の足首に、若干の痛みを感じたのだ。
「捻ったの?」
「いや・・・」
捻ってはないと思う、と答えようとしたディーノだが、雲雀は自分で確かめようとディーノの足に手を伸ばしてくる。身を屈めて足首を掴むと、本当に捻っていたらどうするんだと言いたくなる強さで無造作に揉んできた。
「確かに、捻ってはないみたい」
そう結論付けて、だったらもう足を離せばいいのに。雲雀は手にしたままのディーノの足首へとチュッとキスしながら、視線を流して笑った。
「丸見えだね」
「・・・そりゃーな」
下着をつけず片足をそんなふうに持ち上げられれば、自然とそうなってしまう。もう一度笑う雲雀の手が、ゆっくりとディーノの足首から付け根へと辿るように触れていった。
どうやらその気らしいと悟ったディーノは、背を地面に預け直しながら、一応言ってみる。
「花火、見るんじゃねーの?」
「見えるよ」
そう答えた雲雀は、覆いかぶさるようにディーノにキスしてきた。その直後、雲雀の背景に大きな花が咲く。ついディーノは、目を開けてそれに見入った。
「すげー綺麗」
雲雀は、思わず呟くそんなディーノに気を悪くした様子はなく。
「興が乗るでしょ?」
「・・・なんか、違う気もするけど」
綺麗な花火に対してと、雲雀との行為に対しての、興奮の質はちょっと違うもののような。だが、夜空に浮かぶ大輪の花を見ながら、というのは確かに悪くない気もした。
相変わらず、雲雀の言うことは正しいような間違ってるような、微妙なところで。真偽のほどはわからず、ディーノはだからいつものように、自分で勝手に判断することにした。
「まあ、そうだな」
そう思ったほうがきっと楽しい、ということはそれが自分たちにとっての正解だろう。ディーノは笑って、雲雀に手を伸ばした。
END 相変わらずのヒバディノです。(としか、言いようが…笑)
シチュエーションが変わろうと、やることは何も変わりません…。
多分、エンツィオにお土産、買い忘れます。(酷い飼い主)