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「よし、そろそろ極限お開きにするか!!」
 と、自分の為に開いてくれた誕生パーティを自分で終わらせてしまう辺り、マイペースで我が道を行く了平らしい。
「あんまり遅くなっても、沢田の家にも迷惑だからな!」
「あ、そんなことないですけど・・・」
「いや、もう充分よくしてもらったぞ!」
 だから急いで帰らなくてもいいですよ、とツナが言っても、了平はさっさと立ち上がった。それにつられるように、京子もツナの隣で腰を上げる。
「じゃ、私も帰るね」
「あ、うん」
 ツナがつい残念に思ってしまう、その暇もなく、了平が声を上げた。
「いや、京子はまだ残ってろ! ゆくゆくは沢田家の嫁になるものとして、ちゃんと後片付けなんかを手伝ってやらんか!」
「お、お兄ちゃん!」
 沢田家の嫁、の一言に京子もツナも揃って顔を赤くして、了平はハハハハと陽気に笑う。
「じゃ、沢田、京子のことは頼んだぞ! じゃあな!!」
 そして、そう言い捨てると了平はさっさと退出していった。
 その一連のやり取りを、獄寺は興味なく特に耳に入れることもなく聞き流していた。そこへ、ツナがそーっと近寄ってくる。
「どうしました、10代目!?」
「あのさ、獄寺君・・・ちょっと、お願いがあるんだけど」
 内緒話のように小声でツナがそう言うから、獄寺も身を屈めてツナに顔を寄せた。ツナの頼みならなんだって聞き入れる、のが獄寺の信念、なのだが。
「お兄さんをさ・・・追い駆けてあげてくれない?」
「・・・・・・はあ? 芝生頭をですか!?」
 獄寺はつい聞き返してしまった。何故了平を追い駆けなければならないのか、その理由もわからないし、何故自分に頼むのかもわからない。
 だがツナは、真面目な顔で獄寺に語った。
「なんだか、ちょっと心配っていうか・・・。ほら、オレが京子ちゃんと付き合い始めてから・・・お兄さん、いろいろ気を遣ってくれてるんだけど。やっぱり、寂しいんじゃないかなって思うこともあったりして・・・」
「・・・・・・」
 つまり優しいツナは、一人で帰っていった了平をなんだか放っておけないのだろう。獄寺はそう解釈したが、しかしまだ納得できない部分があった。
「でも・・・山本でもいんじゃないっすか?」
 むしろキャラ的にはそっちのほうが相応しいと獄寺は思ったが。
「だって、山本にはお寿司の器とか持って帰ってもらわなきゃいけないし・・・」
「・・・・・・・・・」
 まあ、確かにそうだ。加えてツナにこう言われれば、獄寺に出来る返事は決まっている。
「だから、獄寺君に頼みたいんだけど・・・」
「・・・・・・・・・お、お任せください10代目っ!!」
 張り切ってそう言うと、獄寺はツナの家を駆け出していった。


「・・・・・・はぁ」
 ツナの頼みだから断れず、それでも了平のことだからロードワークだとかいって走ってとっくに帰っていっているのかと期待していたのに。アッサリと歩いて帰っている了平の背中に追いついてしまって、獄寺はつい溜め息をついた。
 だがこうやって見ると、いつもに比べれば了平には元気がないように見える気もする。ともかく、ツナに頼まれたことだし、獄寺は仕方なく追いついて声を掛けた。
「よう、芝生頭」
「・・・うおっ、タコ頭ではないか! どうしたんだ?」
「い、いや・・・」
 追い駆けてきた口実なんて考えていなかったから、獄寺は慌てて理由を搾り出す。
「た、煙草吸おうと思って出てきたら・・・おまえがチンタラ歩いてっから追いついちまったんだよ!!」
「そうか。・・・タバコは吸わんのか?」
「そっ、それは・・・」
 単細胞に見えて意外と鋭い、と思いつつ獄寺はまた理由を搾り出した。
「さっき消した! き、気を遣ってやったんだよ・・・おまえ、ボクサーだしな!」
「そうか、かたじけない」
「べ、別に・・・今日はおまえの誕生日だからな! 特別の措置だ!」
 一体なんの会話だろうと思いながらも、獄寺はこのあと自分がどうするべきなのか悩む。このまま了平の家まで送り届けるのも何か違う気がするし。大体、それだとさすがの了平も怪しむだろう。
「・・・そ、それよりなんで、おまえ笹川置いて帰ったんだよ」
 考えながら取り敢えず、場繋ぎの話題を獄寺は口にした。おかげでこんな面倒な役を命じられたと、ツナには言えないから、八つ当たりしたくなる気持ちもある。
「単細胞バカが、余計な気、まわしてんじゃねーよ」
「・・・・・・・・・」
 すると、すぐに何か言い返してくるかと思っていたのに、了平は黙り込んでしまった。らしくないような、何か物思いに耽っているような横顔に、獄寺は何か自分が失言してしまったような気分にさせられてしまう。
 少し思案してから、この微妙な空気を吹き飛ばすように、獄寺は了平の背中を叩いた。
「よし、芝生頭! これから二次会だ!!」
「・・・・・・はあ? 何を言っておるのだ?」
「だから、おまえの誕生日会の、二次会だ!」
 そう言いながら、獄寺は方向転換をして歩き出す。
「酒でも買って・・・おまえの家はまずいか、オレの家に行くぞ!」
「・・・・・・・・・どうしたんだ? タコ頭」
「うっせ、いいからついてこい!」
 ズンズンと歩いていく獄寺に、了平は首を傾げながらもついてきた。
「相変わらず、よくわからん奴だな」
「おまえに言われたくねーよ!」
「しかし・・・酒か・・・」
「・・・・・・」
 もしかして了平のことだから、未成年は酒を飲んだらいかん、などと言うだろうかと獄寺は思ったが。意外にも了平は、笑って言った。
「ちょうどいい・・・オレもちょっと、飲みたい気分だ」


 コンビニでつまみ類を、自販機で缶ビールを買い込んで、獄寺は自分のアパートに了平を連れ込んだ。
「よしっ、極限に乾杯だ!!」
「・・・・・・意味わかんねーよ」
 缶を合わせてから口元に運びながら、なんだろうこの状況は、と獄寺は不思議に思う。まさか自分の家で了平と二人、酒盛りをする羽目になろうとは。しかも了平の誕生日、その日に。誘ったのは、自分のほうなのだが。
 それもこれも、いつも能天気バカの了平の様子が、いつもとちょっと違うからだろうか。といっても、どこがどう普通ではないかよくわからない、些細な違いなのだが。それに気付いたツナはさすがだと、心の中で褒めながら。
 酒が飲みたい気分だ、などと言っていた了平に、チラリと視線を向けた。そして獄寺は、思わず目を見開く。
 ビールを啜りながら、了平がボロボロと涙を流していたのだ。
「・・・お、おい! どうしたんだよ・・・っ!?」
 自分は別に泣かせるようなことを何もしていないはずだと思いながらも獄寺は焦ってしまう。
「・・・い、いや・・・なんでもない」
「な、なんでもねーって言われても・・・」
 そうかならいいや、とはさすがに思えない。了平が泣くなんて、相当のことのように思えた。
 かといって、泣いている人にどう接していいか、獄寺には全くわからなくて。口をついて出るのは、優しさなんてない言葉だった。
「んなふうにされたらこっちも困るんだよ! 泣くな! それか、理由くらい言いやがれ!!」
「・・・・・・・・・」
 すると了平は、涙を腕で拭いながら、口を開く。
「・・・・・・京子と沢田は、もうすっかりお似合いのカップルだな」
「・・・・・・・・・はぁ!?」
 それが泣いている理由と一体どう関係するというのだろうか。獄寺にはちっともわからないが、了平はさらにポツポツと語っていった。もしかして、もうすっかり酔っ払っているのかもしれない。
「今日、それを改めて実感して・・・なんかこう、こみ上げてくるものがあってな・・・」
 缶ビール持つ手をプルプルさせながら、了平は妙な哀愁を漂わせていった。
「オレは京子のことならなんでも知っとると思っていたが・・・沢田の隣にいる京子は、なんだかオレの知らん顔をしとった。いや、京子は今や沢田の恋人なのだから、それも当然なのだが・・・」
「・・・・・・て、てめー、10代目に文句あんのか!?」
 ついテーブルにビール缶を叩きつけながら言ってしまったのは、ツナを敬愛する獄寺の習性のようなものだ。にしても今言うことではないとさすがの獄寺もわかっていいはずだが、いつのまにか獄寺もそれなりに酔ってしまっているのだろう。
 そして獄寺以上に酔いの進んでいる了平は、さらにビールをグイッと呷った。それから飲み干した缶を、獄寺と同じように、テーブルにドンッと叩きつける。
「無論、沢田のことは認めとる! だが、寂しいものは寂しいのだ!!」
「・・・・・・・・・」
 また頬を涙でぬらしていく了平に、触発されたように、獄寺も気付けば叫ぶように言っていた。
「そ、そんなん・・・オレだって一緒なんだよ! おめーばっかり、寂しいと思うな!!」
「・・・た、タコ頭?」
 少し驚いたように目を丸くする了平に、構わず獄寺はまくし立てる。
「10代目がおめーの妹と付き合い始めてから、登下校にお供することも出来なくなったし・・・昼飯もなかなか一緒に食べられねーし・・・遊ぶ時間も減ったし・・・」
 愚痴るように続けていくそれは、獄寺がずっと思っていたことだった。ツナが京子と付き合い始めてから、ツナと一緒に過ごす時間は確実に減った。仕方のないことであるが、それでも獄寺はやっぱり寂しかった。
 それを正直に誰かに言える獄寺ではない。だが、酔っている今、そして躊躇わず心情を吐露した了平を前に、獄寺はつい言葉にしてもらした。
「10代目・・・オレ、寂しいっすよ・・・」
「・・・タコ頭」
 了平は、そんな獄寺に新しい缶ビールを差し出してくる。
「わかる・・・わかるぞタコ頭! 飲むぞ! 今日はとことん飲むぞ!!」
「・・・・・・言われなくても、飲んでやるよ!!」
 獄寺が缶を引っ掴んでゴクゴクと喉に流し込んでいけば、了平もまたどんどん缶を空けていく。生じた妙な連帯感を肴に、二人の酒はどんどん進んでいった。
「・・・・・・でもなぁ、タコ頭」
 しばらくしてもうすっかり出来上がった了平が赤い顔をしながらも、口調そのものは至って真剣に、呟く。
「オレは・・・京子が幸せなら、それでいいんだ。そりゃあ、寂しいがな・・・でも、それが一番だ」
「・・・・・・わかるぜ」
 同じくすっかり出来上がった獄寺は、だから素直に自分の気持ちを話した。
「オレだって、10代目の幸せが、一番だ。だから・・・ホントは、笹川にだってオレは・・・感謝してんだ」
 誰よりもツナのことを幸せにしてくれる京子だから、獄寺は二人のことを祝福していた。勿論、寂しい、というのも本音だが。
「タコ頭・・・」
 ちょっとしんみりしてしまった獄寺に、了平が感極まったように、思いっきり飛び付いてきた。
「タコヘッドぉぉぉぉぉ!!!」
「うわっ! な、なっ・・・!?」
 とても了平の体を支えられず、獄寺は押し潰されるようにうしろに倒れてしまう。ついでに頭も打って、おかげで酔いがちょっと醒めてしまった。
「何しやがる!」
「わかる・・・わかるぞ、その気持ち・・・!!!」
 だが相変わらず酔っ払っている了平は、獄寺に乗っかったまま目元を腕で押さえている。また泣いているらしい。
 どんどん頭が醒めていく獄寺は、こいつ泣き上戸なのか、と思いつつも。酔いが抜けたって、やっぱり了平の気持ちがなんとなくわかるから、無下に振り払う気にもなれなかった。
「・・・オレの服で、涙拭うんじゃねーぞ」
「・・・・・・おぉ、すまん。気を遣わせたな・・・」
「だから、拭くんじゃねーって言ってんだろーが!!」
 胸元に顔を押し付けられて、つい怒鳴りながらも、獄寺はやはり力ずくで引き剥がす気にもなれず。芝生、といつも称している目の前の頭を、なんとなく撫でた。まだ獄寺も、酔っ払っているのかもしれない。
 しばらくすると了平はようやく体を起こして、獄寺の隣にゴロリと仰向けになった。さっきまでよりは少し、落ち着いた顔をしている。
「・・・なぁ、獄寺」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 獄寺は何か違和感を感じて、すぐに返事を返せなかった。
「なんだ、返事せんか」
「・・・お、おまえがいきなりオレの名前呼ぶからだろう! いっつもタコ頭のくせに!!」
「そう、ずっと前から思っていたのだがな」
「・・・・・・はぁ?」
 さっきまで泣いていたかと思うと、なんだかすっかりいつもの調子に戻ったような了平に、獄寺は戸惑う。
「その呼び方は、そろそろやめんか?」
「・・・はぁ?」
「こうして、酒も酌み交わしたことだしな!」
「・・・・・・・・・」
 今さら、という気もしないではないが。確かに、いつまでも芝生頭と呼び続けるのもどうだろうと獄寺は思わされた。
「でも、笹川だと、ややこしいだろ」
「下の名で呼んでいいぞ?」
「・・・・・・・・・」
 本人がそう言うなら、と思った獄寺は、しかし眉をしかめる。
「・・・つーか、おまえの名前、なんだ?」
「・・・何? 知らんというのか? 酷い奴だな!!」
「し、仕方ねーだろ! 他に誰もおまえの名前なんて、呼んでねーし!!」
 そう言ってから、つまりこのままでは自分だけが了平の名を呼ぶ羽目になってしまうと気付く。それはなんだか、躊躇われる、気が獄寺はした。
「・・・お、おまえなんてな、芝生頭で充分なんだよ!!」
 だからつい怒鳴るように言うと、了平は何故かあっさりと頷く。
「・・・・・・まあ、よかろう」
 拗ねるような口調でもないし、ちょっと不思議に思う獄寺に、了平はニッと笑い掛けてきた。
「オレのことをそんなふうに呼ぶのは、おまえだけだからな! タコ頭!!」
「・・・・・・・・・」
 せっかく名前を呼ぶのを回避したのに、だが確かに了平を芝生頭などと呼ぶのは獄寺だけだ。さらに、獄寺をタコ頭などと呼ぶのも、了平だけ。
 今さら気付いたその事実に、獄寺は何か落ち着かないような思いを覚えた。
「・・・お、おい芝生頭!!」
 とっさに何か訴えようとした獄寺は、しかし勢いをそがれる。グガーッと、隣で了平が大口開けて寝息を立てていたのだ。
「・・・・・・はぁ」
 気の抜けた獄寺は、しかしゆっくり立ち上がった。少しふらつく足でベッドにブランケットを取りにいき、仕方ないから了平に掛けてやる。
 それから、自分もその隣に、横になった。ブランケットは一枚しか持っていないのだから、こうするより他ない。
 了平に背を向けて目を閉じれば、酒が入っていることもあって、すぐにでも睡魔が襲い掛かってきた。なのに獄寺の天才的頭脳が、おとなしく眠る前に、記憶の中からわざわざ拾い出してくる。
「・・・あー、思い出した」
 獄寺はつい呟いた。
「・・・了平・・・か」
 思い出したからには呼ぶべきなのだろうか。つい悩みそうになった獄寺は、しかし考えるのをやめた。
 明日の朝になれば、了平は忘れているかもしれない。そうであって欲しい、と思いながら獄寺はついでに祈る。だったら、酔いに任せて言った諸々のセリフも、忘れてくれていないか。
 残念ながら獄寺は、了平の言葉も涙も忘れることは出来そうにないが。だからせめて、了平のほうだけでも。
 なんとなくそう願いながら、獄寺は眠りに引き込まれていった。




 END
なんだか、了平の誕生日が関係なくなっちゃいました…。
勢いというかなんとなくで、チューくらいはさせたかったんですが、無理でした(笑)

「comprensione」は「理解、共感」とかその辺の意味だそうです。