Un faccendiere !
この日、課題に苦しんでいるツナの力に少しでもなれないかと、獄寺は沢田家を訪れていた。何故か一緒についてきた山本のことは、いつものように無視することにする。
獄寺は当然ツナの右腕側の場所に座って、尋ねられるたびに丁寧に教えていった。山本もちょくちょく聞いてくるから、放っておいてもうるさいので、そっちも仕方なく。
10代目と二人っきりだったら・・・とつい獄寺が思ってしまっているところに、さらに邪魔な訪問者がやって来た。元々獄寺がよく思っていない、跳ね馬ディーノ。
マフィアのボスを張っているくせに、頻繁に日本にやって来る。弟弟子でもあるツナを何かと気に掛けているかららしく、その点は獄寺もさすが10代目と納得してしまうのだが。しかしやはり、面白くなかった。
「よお、久しぶりだな!」
「ディーノさん! いらっしゃい!」
「久しぶりっすね」
ディーノを、ツナも山本も歓迎して、笑顔を向ける。特にツナは、どうもディーノに相当な憧れを抱いているらしく、ツナにとって一番頼れる存在でいたい獄寺にとっては敵以外の何者でもない。
獄寺は一人剣呑な視線を向けていたが、ディーノは構わずこの部屋に居座ることを決めてしまった。ツナの正面、テーブルからは少し離れてベッドに背を預ける。
下手に課題に口を挟んでも獄寺に怒鳴られるだけだと、ようやく学習したのか、おとなしく亀と何か遊び始めた。だから獄寺も、存在を忘れることにして、再びツナの手伝いに集中することにした。
とはいえやはり、山本のことを無視することは出来ず。教えてあげるついでについ怒鳴って、喉を潤す為に麦茶を呷った。ちょうど、そのタイミングで。
『なあ、獄寺』
右側から、懐かしいイタリア語が聞こえてきた。
『おまえ、今正面にいるやつのこと、好きだろ』
「・・・・・・・・・!!??」
獄寺は見事に、口に含んでいた麦茶を、噴き出してしまう。
「だ、大丈夫!?」
「へ、平気です! すみません、10代目っ!!」
獄寺は慌てて謝りながら、正面にいて麦茶をかぶってしまったのが山本でよかったと思った。そう、獄寺の正面にいるのは、山本。
獄寺は何か変なことを言ってきたディーノを睨み付けた。
「てめー、何言ってんだ!!」
「ていうか、何言ったんだ?」
すると間髪入れず、浴びせられた麦茶を拭き取りながら山本が疑問を口にするから、獄寺はドキッとする。
「・・・お、おまえには関係ねー!!」
獄寺はディーノが答えてしまう前に、慌てて山本にそう言ってから、ディーノに詰め寄っていった。
『てめー、なんのつもりだ!?』
『いや、見てたら、そうなんだなって思えたから』
ディーノは平然とした面でケロリと答えてから、獄寺の肩をポンポンと叩いてくる。
『おまえ、わかり易ぃーな』
『なっ!?』
わかり易い、なんて言われるような態度など、獄寺は取った覚えはなかったが。またついドキリとしてしまう獄寺に、ディーノは安心させるように笑い掛けてきた。
『大丈夫だ、あっちの10代目は気付いてねーから』
『そ、そうか・・・』
思わずホッとしてしまう獄寺に、ディーノが今度はニヤーとした笑顔を向けてくる。
『あ、やっぱそうなんだな』
『っ!?』
獄寺はハッとした。ツナにはバレていない、そう言われてホッとしてしまったということは、その前のディーノの発言を肯定したも同然になってしまう。獄寺が正面、つまり山本のことを、好きだと。
『・・・べ、別に、オレは!』
慌ててごまかそうとする獄寺に、ディーノは知った顔して、馴れ馴れしく肩に腕をまわしてきた。
『まーまー、オレはおまえの味方だぜ』
『な、なんのことだ・・・』
『素直になれって』
『だ、だから・・・』
何か言い返そうと思うのに、しどろもどろになってしまう獄寺に、ディーノは相変わらずの笑顔を向け。顔を近付けてきたかと思うと、獄寺の頬に、チュッと音を立ててキスをしてきた。
「おまえ、可愛いな!」
「っ!?」
なんとなく成り行きを見守っていたツナと山本も驚いた顔をして、獄寺は益々狼狽える。
「お、おまっ」
「そうだ、獄寺」
何か怒鳴ってやろうとか取り敢えず声を上げようとした獄寺を、ディーノは涼しい顔してさえぎってきた。何故かいつのまにか切り換えている日本語で、サラリと言ってくる。
「今日、おまえんとこ泊めてくんねー?」
「はあ!?」
「ほら、積もる話もあるし・・・」
そしてディーノは、注がれている二つの視線が全く気にならないのか、わざわざ獄寺の耳元に顔を近付けてきた。
『恋愛相談、とかな』
『・・・・・・・・・・・・』
イタリア語を使うんだったらわざわざ耳元で言わなくても、とかつっこもうにも獄寺は言葉を発せない。そんな獄寺の背をポンポンと叩いてから、ディーノは立ち上がった。
「それまで、ちょっと片付けたい用事もあるし、またあとでな」
マイペースに部屋を出て行こうとして、最後に付け加えて、一言。
『獄寺、おまえもわかり易いけど、あいつも結構、わかり易ぃーぜ!』
なんて言い置いて、ディーノは颯爽と去っていった。そして、勢いよく転げ落ちていく音が聞こえてくるが、それはともかく。
少しの間静まり返った室内で、最初に声を出したのはツナだった。
「・・・えっと・・・なんだったの?」
問い掛けられて、獄寺はドキリとしながら、ツナにはちゃんと返答しなければと思いつつもしかし話すわけにもいかない。
「・・・いえ、た、たいしたことじゃありません!!」
跳ね馬のやつが変な行動取るから、と内心で毒づきながら、獄寺は笑顔で首を振ってごまかす。それから、そーっと山本にも視線を向けてみた。山本も、獄寺のほうを見ている。
「・・・な、なんだよ」
やめておけばいいのに、獄寺はその視線を無視出来なくてつい絡んでしまった。
「いや・・・お前、ディーノさんと仲良いんだな」
「別に・・・そうでもねーよ」
「でも・・・」
仲良くないのは事実だから正直に答えても、山本は何かまだ気に掛かっているような表情をしている。アッサリこだわらない山本らしくない気がして、獄寺もちょっと気に掛かってしまった。
「・・・気になんのか?」
「べ、別に・・・」
その返答が、また山本らしくなく、なんだか不自然に思える。獄寺は、ディーノが言った「山本もわかり易い」という言葉を思い出した。
「もしかしておまえ・・・」
「・・・・・・」
ギクリ、としたような山本の表情。獄寺の心臓が、ドクリと脈打った。傍からは親密そうに見えたかもしれない獄寺とディーノのやり取りを、妙に気にしている山本。もしかして。
「おまえ・・・跳ね馬のこと、す、好きなのか・・・?」
「・・・・・・」
獄寺が搾り出すように問い掛けると、山本の目が真ん丸くなった。それから、思わずといったように口を開く。
「そ、そっちじゃねーよ!!」
「・・・・・・・・・」
そっち、つまりディーノではなく・・・。
「・・・オレ?」
「っ!!」
獄寺がつい、まさかと口にすれば、山本はハッとしたように口を押さえた。その頬がみるみる赤くなっていくから、獄寺の心臓が今度は自然と早鐘を打ち始める。
「な、なんだよそれ・・・!」
「いや、な、なんつーか・・・」
ボリボリと頭を掻く山本の顔は相変わらず赤く、多分獄寺の頬も、同じくらい赤くなっているだろう。山本はチラリと視線を一度泳がせてから、今度は真っ直ぐ獄寺を見つめてきた。
「・・・その、な。俺・・・お前のこと」
「・・・・・・・・・」
「・・・実は・・・好き、なのな」
「・・・っ!!」
明瞭な、それでも誠実さを感じさせる口調に、獄寺の心臓が今日一番跳ねる。
「だから、ディーノさんと、すげー仲良さそうで・・・つい、なんか気になったっていうか・・・」
「・・・・・・ば、バッカじゃねーの!!」
獄寺はつい声を張り上げた。山本のように真っ直ぐは見つめられないから、プイと視線を逸らして。
「・・・お、おまえが、や、妬かなきゃなんねーようなこと、何もねーんだよ!」
「獄寺・・・」
「だ、だって・・・オレも・・・」
最後まではとても言えなかったが、どうやら山本には伝わったようだ。山本の顔が、照れくさそうに、嬉しそうに綻んでいった。
顔から火が出るくらい恥ずかしいような、むず痒くて居心地悪いくらい嬉しいような。ニコニコ笑っている山本を正面に、獄寺はどうしようかと思った。そこに。
「・・・・・・あ、あの・・・」
控えめな声が、割って入ってきた。獄寺がそろりと視線を向ければ、非常に気まずそうな笑顔を浮かべたツナが、勿論最初からそこにいる。
「か、課題の続き・・・やってもいいかな・・・」
「じゅ、10代目・・・!!!」
その存在をしばらくすっかり忘れていたこと、それ以上にツナの前で大変なやり取りをしてしまったことに、獄寺はショックを受けた。
「す、すみません! お見苦しいところをお見せして・・・!!」
「見苦しいってなんだよ」
ははは、と笑う山本の神経が信じられず、獄寺はつい怒鳴ろうとする。しかし、それをさえぎるように、獄寺の携帯が鳴った。
なんとなく救いに思えて、慌てて電話を取る。
「なんだよ!」
『よー、上手くいったか?』
「・・・・・・・・・」
聞こえてきた呑気な声に、獄寺はとっさにまくし立てたくなるのを、どうにか我慢した。
「てめー、なんのつもりだ!」
『何って・・・頭のいいおまえには、もうわかってるんじゃねー? それとも、解説してやろうか?』
「・・・・・・いらねー」
さすがにこうなると、ディーノの一連の行動の意味もわかって、獄寺は頭を押さえる。
「つか、なんで、あんなこと・・・」
『いやー、どう見ても両想いだと思ってさ。でも、放っといたらおまえ素直じゃねーから、なっかなかまとまらないんじゃないかって心配になってさ。先輩として、それもちょっと不憫かなと・・・』
「・・・・・・余計なお世話だ」
忌々しく舌打ちをする獄寺に、ディーノは陽気に笑いながらとどめに言ってくる。
『てわけで、今晩泊めてもらうって話はなしな。代わりに、山本に泊まってもらったら?』
「・・・うっせー!!」
獄寺は怒鳴って、勢いで携帯を切った。
「・・・な、何・・・?」
またツナが少しポカーンとした顔で聞いてくるから、獄寺はまた慌てて何事もなかった振りをする。
「あ、いえ・・・跳ね馬がやっぱり泊まりにこないって、それだけっす!」
それより課題を、と改めて教科書を広げ直す獄寺に、向かいから山本が呑気な声を掛けてきた。
「じゃ、代わりに俺が泊まりにいこうかなー」
「バッ・・・!!」
慌てて言い返そうとした獄寺は、口を噤む。これ以上ツナに変な目で見られるわけにはいかないのだ。
「と、とにかく、課題終わらせましょう・・・!!」
獄寺はツナに向かってそう言ってから、山本を一瞥する。その話はあとで、と伝わってはいないだろうが。
目が合った山本が、嬉しそうに笑うから、獄寺はつい熱を持ちそうになる頬を教科書で隠した。
END ツナもいい迷惑です(笑)
タイトルは「このおせっかい!」とかそんなかんじです(多分)