blessing



 9月9日は獄寺の誕生日。二学期が始まり、山本は自然と話題にした。
「そういや、もうすぐお前の誕生日だよな」
「・・・・・・だからなんだよ」
 隣を歩く獄寺は、素っ気ない返事しか返してこない。だがそれはいつものことなので、山本は気にしていなかった。
「その日、どうする?」
「・・・・・・どうもしねーよ」
「プレゼント、何がいい?」
「・・・・・・いらねーよ」
 山本がどう聞いても、獄寺はまともに返事を返して来ない。そして最後に、眉間に皺を寄せながら言い捨てた。
「オレには誕生日なんて、関係ねー」
「・・・・・・・・・」
 不機嫌そうに撥ね付ける、それは獄寺が普段からよく取る行動で。だから山本は、それが獄寺のいつもの照れ隠しなのだろうと思っていた。


「結局、獄寺君、来なかったね」
「・・・・・・だな」
 ツナの言葉に、山本は小さく頷いた。獄寺の誕生日、9日の放課後になっても、獄寺は学校に来なかった。
 しばしば自主休校する獄寺だが、やはり誕生日の日に、となると気になってしまう。
「せっかく、今年はお祝いしてあげられると思ったのに・・・」
「・・・・・・うん」
 残念そうに呟くツナに、山本は再び頷いた。自分のことを積極的に語らない獄寺の、誕生日を山本たちが知ったのは、すでに2度それを通り過ぎてからだった。
 今年こそは、誕生日おめでとう、と言ってあげられると。山本も、この日を楽しみにしていたのだ。そして獄寺も、外には出さないかもしれないがきっと、それを喜んでくれると。
「もしかして・・・誕生日にあんまりいい記憶ないのかな」
 ハァとつい小さく溜め息をついた山本は、ツナのその言葉に顔を上げた。
「ほら、獄寺君の家って、いろいろ複雑だったらしいから・・・」
「・・・・・・・・・」
 言われて、山本は思い出す。人づてに聞いた、獄寺の生い立ち。それは平和な日本の一般家庭に生まれ育った山本には想像も付かないような、悲惨なものだった。
 愛人の子として産まれた獄寺は、母親と引き離されて育つことになった。そしてその母親は、よりにもよって父親の手のものによって消された疑いまである。それを知った獄寺は、たった8歳で家を出た。
「・・・そういや、獄寺の母親が死んだのって、確か・・・」
 思い返していくうちに、ハッと気付いて山本が呟くと、ツナもその顔をしかめた。
「そうだよ、確か・・・獄寺君の誕生日を祝う為に、会いにいく途中・・・じゃなかった?」
「・・・・・・・・・」
 みんなに祝福してもらえる嬉しい日、山本にとって誕生日はそんな日でしかなかった。他の見方なんてしたことがなくて、山本は頭をガツンと殴られたような衝撃に襲われる。
 獄寺にとって、自分の誕生日が一体どんな日なのだろうか。今、どんな気分でそれを迎えているのだろうか。
「・・・・・・っ!!」
 山本は堪えられず、立ち上がった。
「山本!?」
「俺、獄寺んとこ行ってくる!!」
 驚いたツナにそれだけ言って、山本は駆け出す。
 誕生日を話題に出しても、素っ気ない態度しか返してこなかった獄寺。山本はそれが、獄寺のいつもの照れ隠しや遠慮なのだと思っていた。
 取り越し苦労ならそれでもいい。ただだるかったから学校を休んだだけ、この歳になって誕生日を祝ってもらうなんて御免だ、そう言うのならそれでいい。
 でも、そうでなかったのなら。
「・・・獄寺!!」
 山本は獄寺のマンションの部屋の前まで行って、チャイムを鳴らすのももどかしくドアを叩いた。
「獄寺、獄寺!」
「・・・・・・んだよ、野球バカ!!」
 しばらくそうしていると、ようやく獄寺が顔を覗かせる。その怒鳴り声も迷惑顔も、いつもの獄寺と変わらないようにも思えた。
 でも、表に出ているものが全てではない獄寺だから、それだけでは判断出来ない。山本は、追い返されてしまわないように、さっさと部屋に上がりこんでいった。
「おい、なんだよ!」
 当然文句をつけてくる獄寺も、いつもと同じに見える。判断付きかねて、山本は悩みながらも口を開いた。
「いや、今日休みだったから・・・どうしたんだろうって。ツナも心配してたぜ」
「・・・・・・・・・」
 ツナの名前を出せば、獄寺も少し気まずそうな表情をする。
「・・・別に、体調悪かったとか、そういうわけじゃねー」
「・・・だろうな」
 昼間なのにカーテンを閉めきって薄暗い部屋には、煙草の匂いが充満していた。それから、アルコールの類も散乱している。
 誕生日の日に、学校にも来ずに一人で家に篭って、煙草と酒。やはり、いつもの獄寺ではない気がした。
 かといって山本は、だったら一体自分がどうすればいいのか、よくわからない。励まそうとしたって、獄寺はきっとそういうのは嫌がるだろう。
「・・・で、おまえはなんだよ」
「それは・・・」
 山本は迷った。獄寺にどんな言葉を掛けるべきなのか。
 わからなくて、山本は結局、何日も前から用意していた言葉を口にした。獄寺がどんな反応をするか、少し怖くあったが。
「・・・獄寺、誕生日・・・おめでとう」
「・・・・・・・・・」
 獄寺は山本に視線を向け、それから今まで聞いたことないくらいの、静かな声で返してきた。
「・・・別に、めでたくねーよ」
「・・・・・・獄寺」
 それは、何かを押し殺したような声色に、山本には聞こえる。先入観があるせいかもしれないが。
「・・・でも、誕生日は・・・めでたいもんだろ」
 獄寺の事情を考えても、それでも山本のその考えに変わりはなかった。だから獄寺の誕生日を、やっぱり祝いたい。
「なあ、獄寺」
 山本は正面に立って、逸らしたり俯けたりされないように、獄寺の頬に手を添えた。
「誕生日、おめでとう」
「・・・・・・・・・」
 見上げてくる獄寺の瞳が、大きく見開かれる。それから、弾かれたように、山本の手を振り払った。
「・・・っ、だから、めでたくなんかねーって・・・言ってんだろ!!」
「獄寺・・・」
 怒鳴るように言ったかと思えば、ガクリと顔を伏せてしまう獄寺は、随分と情緒不安定に思えて、山本は迷いながらも問い掛ける。
「・・・それは・・・母親のことで・・・か?」
「っ!!」
 ハッとしたように顔を上げた獄寺は、そのまま山本を睨み付けてきた。
「・・・だったら、なんだよ! そーだよ、その通りだよ!!」
「獄寺・・・」
 おまえには関係ない、なんて言われるかと思えば。獄寺は、吐き出すように言葉を口から溢れさせた。山本に向けてというよりは、まるで、自分を責めるように。
「オレが産まれなかったら・・・オレの母親は、もっと普通に暮らしていけてたかもしれねーんだよ! 死ぬことだってなかった・・・オレに、誕生日プレゼントなんて渡しに来なきゃ・・・っ」
 言葉を詰まらせた獄寺は、一転して呟くような口調で言った。
「オレにとって誕生日は・・・一年で一番、産まれてこなきゃよかったって、そう・・・」
 苦しそうに歪んだその表情が、今にも泣き出しそうに見えて。山本は思わず、獄寺を抱きしめた。それ以上獄寺に、言わせたくない。産まれてこなければ、なんて。思って欲しくなかった。
「そんなこと・・・言うなよ、獄寺」
「・・・・・・」
 山本は言い聞かせるように、そう口にする。ギュウと抱きしめた腕の中の体が、一瞬、寄る辺を求めるように凭れ掛かってきた気がした。
 だが獄寺は、すぐに山本の体を押し返すように、腕を突っ張る。
「・・・おまえに・・・おまえにはわかんねーよ!!」
 グイグイと山本の胸元を押しながら、獄寺は駄々っ子のように頭を左右に振った。全てを拒むようなその姿に、山本に何かが熱く込み上げてくる。
 獄寺が誕生日の日に、たった一人でそんなことを考えていたのかと思うと、堪らなかった。
「みんなに祝福して産まれてきた、おまえになんか・・・」
「わかんねーよ!!」
 その腕を掴みながら、山本はつい声を張り上げて獄寺をさえぎった。少し驚いたように見上げてくる獄寺へと、山本は訴えるように教えるように、言葉を継いでいく。
「だって、俺は嬉しい! お前が産まれてきてくれたことが・・・俺だけじゃなくて、ツナも、お前の姉ーちゃんも・・・それから、母ちゃんだって、絶対に嬉しかった・・・!!」
 獄寺の母親には会ったことなどないが。それでも山本は、ハッキリと断言することが出来た。みんな、もうこの世にいない獄寺の母親だって、獄寺の誕生日を祝っている。
 何より、山本自身が。
「なあ、獄寺。俺は確かに、お前の言う通り、単純馬鹿かもしれない」
 山本は再び、獄寺をゆっくりと抱きしめていった。
 獄寺の複雑な過去を知っていても、獄寺がどんな複雑な感情を抱えていても。それでも山本が思うことは、たった一つなのだ。
「俺は、お前が産まれてきて、こうやってここにいてくれることが、嬉しい。誰にだって感謝したい。嬉しいんだよ」
 獄寺に出会えたこと、今こうして触れていること。その全部が山本にとって、堪らなく嬉しいことなのだと。だから獄寺が産まれてきた日を、祝いたいのだと。
 伝えたくて、山本は言葉と腕に力を込めた。獄寺にわかって欲しかった。
「だから、祝わせてくれよ。おめでとうって。言わせてくれよ。ありがとう、って」
「・・・山本」
 獄寺がゆっくりと、山本を見上げてくる。そこにあるのは、一見ムッとしたような表情だった。
「なんで・・・おまえが泣きそうな顔してんだよ」
「・・・獄寺が、悲しいこと言うからだろ」
 山本が素直に答えると、獄寺が拳で軽く山本の胸を叩いてくる。
「そういうこと、真顔でよく言えるよな」
 その口調は、悪態をつく、いつもの獄寺に大分戻っていた。なんだかホッとした山本は、久しぶりに表情を和らげる。
 面白くなさそうな顔をしながら、ちょっと口は悪く突っ張っている、そんな獄寺が自然で、好きだと山本は思った。
 獄寺はまた山本を睨み上げ、それから常ならず近付いていた距離を離していく、かと思えば。もう一度、獄寺がそっと身を寄せてきたから、山本は思わずドキッとしてしまった。
 僅かに山本の背に腕をまわしながら、肩に額をつけるようにして、獄寺は呟くように言う。
「・・・悪い」
「・・・・・・・・・」
 その態度も、悪いなんて謝罪する言葉も、めずらしいなんてものでなく初めてだった。やっぱり獄寺は、まだちょっといつもと違って、ちょっとおかしい。
 それでも山本は、さっきまでとは違って、嫌な感じはしなかった。
「わかってたんだ、おまえが・・・オレの誕生日、祝いたがってるって。でも、そうやって・・・嬉しいなんて、オレは思っちゃダメだって・・・」
「獄寺・・・」
 それは、山本に誕生日を祝ってもらうことが嬉しい、と言っているも同然で。山本のほうこそ嬉しくなって、つい、また獄寺を抱きしめようとした。
 が、その前に獄寺が離れていってしまう。クルリと山本に背を向けた獄寺は、少し間を空けてから、山本を顔だけで振り返った。
「・・・でも、仕方ねーから、祝わせてやる」
 いつものブスッとした表情で、ただ少し、その声はいつもより険がない気がする。
「寿司でも食わせろ」
「・・・・・・おう!」
 それは、獄寺なりの思い付ける最大限の、山本に祝ってもらう方法だったのだろう。
 獄寺の誕生日を祝える。それ以上に、獄寺自身が自分の誕生日を祝う気になってくれたことが、山本は嬉しかった。
 さっさと歩き始める獄寺を追い駆けながら、山本は改めて言葉を掛ける。
「獄寺、誕生日・・・おめでとう」
「・・・・・・・・・」
 しつこい、と悪態でもついてくれれば、いつもの獄寺だとホッと出来ただろう。だが、獄寺はチラリと山本を見て。
「・・・・・・サンキュ」
 と小さく言って、小さく笑ったから。
 またちょっとドキリとしてしまった山本は、獄寺もまだちょっとおかしいけど、自分もちょっとおかしい気がすると思った。




 END
獄寺が別人…いえ、ちょっと情緒不安定なだけです。(と、いうことで…)
ところで、この二人はもう出来てるのかそれとも出来てないのか…?と悩みながら書いてたんですが。
最後まで書いてみて、むしろここから始まるらしい、と気付きました(笑)