fall
雲雀が応接室で資料を眺めていると、ノックもなしに開いたドアから、ディーノがひょこりと顔を覗かせた。
「恭弥、久しぶり!」
雲雀の姿を認めたディーノは、パッと顔を輝かせ近寄ってくる。そして、遠慮なく隣に座ってくると、嬉しそうに口を開いた。
「なあ、今日って日本で、勤労感謝の日ってやつなんだって?」
「・・・・・・そうだけど?」
だから今日は学校は休みだが、勿論それは関係なく、雲雀はいつものように学校に来ている。にしても、日本で今日がなんの日かなど、ディーノには関係ないはずだが。
しかしディーノは、ニコニコ笑いながら言ってきた。
「だからさ、日頃頑張って働いてるから、ゆっくりしてこいって送り出してくれた」
「・・・相変わらず、甘いね、あなたの部下は」
「そうか?」
ディーノは首を傾げるが、そうやって自覚のない辺り、日頃から甘やかされている証拠だ。日本の祝日を勝手に利用して、と雲雀はやはりつっこまずにはいられない。
「大体、イタリア人のあなたには関係ないじゃない」
「まあ、固いこというなって!」
だがアッサリとディーノはそこは流してから、すくっと立ち上がった。
「じゃ、行くぞ!」
「・・・・・・・・・は?」
不意にグイッと腕を引っ張られて、つい腰を浮かせてしまう雲雀を、ディーノはさらに引っ張っていこうとする。
「草壁には話通してあっから。日頃頑張って働いてる恭弥も、今日はお休みな!」
「・・・ちょっと、勝手に決めないでくれる?」
勝手に手回しされても、雲雀にその気なんてちっともないのに、ディーノは構わず腕を掴んだまま歩きだした。
それを振り払って風紀委員の仕事に戻る、という選択肢も勿論あるのだが。それが出来ない、かといって喜んで付き合うことも出来ない、雲雀はいつもそうだった。
ディーノは学校を出て、そのまま歩いていく。呑気な足取りを一先ず追いながら、雲雀は問い掛けてみた。
「で、どこに行くの?」
「決めてねー」
「・・・・・・・・・」
ディーノらしい答えだが、連れ出しておいて、と雲雀はハァと溜め息をつく。それを見咎め、ディーノは笑顔で雲雀の背をパシパシ叩いてきた。
「いいじゃねーか。たまには、目的なくのんびりするのもさ!」
「・・・・・・・・・」
雲雀に言ってくれているのかもしれないが、ディーノにとっても貴重な機会なのかもしれない。
雲雀が言葉を返さず、行き先が決まっていないらしいディーノのあとをついて歩いていたら、途中からディーノが横に並んできた。そして、ニコニコと笑顔で言ってくる。
「なあ、恭弥! これって、デートってやつだよな!!」
「・・・・・・・・・」
嬉しそうに笑っているディーノに対して、雲雀は思いっきり顔をしかめそうになった。
デート、などという軟弱な響きの行為をしているとは思いたくない。とはいえ、この状況が全くデートとは言えない、と主張するだけの材料もない気がした。
取り敢えず無視しようとした雲雀は、しかしディーノが笑顔のまま手を差し伸べてくるから、つい口を開く。
「・・・・・・何?」
「何って、デートなんだから、手を繋ごうぜ!」
「・・・・・・・・・」
百歩譲って、これがデートだとしても。ディーノが躊躇なく伸ばしてくる手を、喜んで握ることは、なんとなく出来なかった。人の目を気にする性格ではないし、なんでもディーノに言われるままに、というのが嫌なのかもしれない。
「・・・嫌だよ」
「なんだよ、腕組むのは嫌だって言うだろうから、譲歩してやったのに」
ディーノは眉をしかめるが、雲雀は気にせずスタスタと歩きながら言った。
「あなたが転ぶのに、巻き込まれるのは嫌だからね」
「なっ、転ばねーよ!」
ムッとしたように言い返したディーノは、しかし途端に、器用に足を絡ませて転ぶ。ベシャっと情けない音をさせて地面に倒れ込んだディーノは、さすがにばつが悪そうだ。
それでも、笑顔に戻るのに、そう時間は掛からなかった。
「そういや、普通の恭弥くらいの年のやつって、どういうデートするんだ?」
ディーノはすぐに次の話題を見付けて、楽しそうに笑いながら話し掛けてくる。「知らないよ」と雲雀が素っ気なく返しても、気を悪くする様子もなかった。
「おっ、公園か。デートってかんじだよな、寄ってこーぜ!」
ディーノは通り掛った並盛中央公園に、雲雀の意向を確認もせずに入っていく。そうやって、意思を確かめられないほうが逆に、なんとなく楽な気もすると雲雀はボンヤリと思った。
公園の中央にある池を見付けたディーノは、何組かのカップルが乗っている手漕ぎボートを指差していく。
「なあ、恭弥! あれ、乗ろうぜ!!」
はしゃいだ笑顔を向けてくるディーノへ、雲雀が返す答えはやっぱり決まっていた。
「・・・嫌だよ」
「なんでだよ!」
「どうせあなた、池に亀落とすでしょ」
可哀想なのは落とされるほうだよ、と言えばディーノは返す言葉に詰まる。そうなる可能性がある、自覚はあるようだ。雲雀としては、亀も落ちるだろうがディーノ本人だって危ない、とも思っていた。勝手に池に落ちるのならともかく、巻き添え食うのは御免だ。
雲雀が池から離れていくと、ディーノはすぐに追い駆けてきて、また間髪入れず話題を振ってくる。
「なあ、恭弥! オレ、昼飯まだなんだけど、恭弥は?」
「・・・まだだけど」
「じゃ、買ってくるな!」
言うなりディーノは、売店へ向かって走っていった。
普段から、雲雀の数倍は明るく浮かれているディーノだが、いつもに輪をかけてのような気もする。芝生に腰を下ろしながら、楽しそうに品選びをしているディーノを眺めていた雲雀は、しかしふと気付いて立ち上がった。
普段以上に浮かれているということは、普段以上にドジを踏む可能性が高いということだ。せっかくの昼食が台無しになっては勿体ない。
予想通り途中で足を滑らせるディーノからすんでで荷物を受け取って、並んで腰を下ろした。
「今日、あんまり寒くなくてよかったなー」
そう言いながらホットドッグにかぶり付くディーノを横目に、雲雀もサンドウィッチに手を伸ばしていく。確かに、11月末だから寒くないわけではないが、今日は比較的日差しがあたたかい。
こういう気候をまさしく、小春日和というのだろう。その言葉が妙に似合う気がするディーノは、雲雀の隣で相変わらずニコニコと笑っていた。
「恭弥、美味いか?」
「・・・まぁね」
「そっか!」
それだけでディーノは、また嬉しそうに笑う。普段から、雲雀にはよくわからない些細なことで感情を揺らす男ではあるが。
「・・・今日、いつもとちょっと、違わない?」
やはりいつもより数割増し、浮ついた様子に見えた。思わず問い掛ければ、ディーノは首を傾げる。
「・・・そうか?」
自覚はなかったらしく、しかしディーノには心当たりがあるようだ。
「でも確かに、今日は全部何も考えないことにしたからな」
「全部?」
「ファミリーのこととか、いろいろ、全部・・・おまえのこと以外、な!」
「・・・・・・・・・」
奔放で能天気な人間に見えて、ディーノはその実、逆だった。いろんなものに縛られ、いつもいろんなことを考えている。全部考えないことにしたと言って、確かにいつもより自由にしながらも、ちゃんと頭の片隅では考えているのだろう。
そんなディーノは、それでもいつも、雲雀に対する感情には忠実だ。
それに対して雲雀は、いつだって自分の欲求に素直に、何にもとらわれず好きなように生きてきた。なのに、ディーノに反応を返すとき、いつも一瞬考えてしまう。
ディーノが強引に腕を掴んでくれば、それを引き剥がせない。それでも、差し出してきた手を取ることは出来なかった。自分から差し伸べる、なんてもっと出来なくて。
雲雀はチラリと隣に視線を向けた。ディーノはご機嫌な様子で、口周りや手が汚れるのも気にせず食べている。雲雀は少し自分の手を見つめ、それからディーノへと伸ばしてみた。
「・・・汚れてるよ」
口元の赤いケチャップを、指で拭い取る。するとディーノは、少しはにかむような笑顔を浮かべた。めずらしい笑い方に、つい引き寄せられるように。今度は顔ごと近付いて、ペロリと舌で舐め取った。
そのまま、自然と唇が重なる。ふわりと触れ合わせながら、雲雀は思った。
ディーノに強引に付き合わされるのは、意外にも悪い気はしなくて、どこまでも許せてしまいそうな自分がいて。自分から何かをしだしたら、それこそ引き返せないくらい、際限なく甘くなってしまいそうで。それが、怖かったのかもしれない。
キスを、ディーノが離れていくまで、雲雀からは解けなかった。
「洗ってくるな!」
汚れた両手を見せて笑ってから、ディーノは立ち上がる。そして小さな水飲み場のほうへ駆けていくディーノを、雲雀はなんとなく目で追った。
ディーノは蛇口を捻り、そして予想を裏切らず、勢いよく飛び出した水を顔面に浴びる。みるみるまに上半身びしょぬれになったディーノは、それでも雲雀の視線に気付いて、笑い掛けてきた。
冬のそう強くない日差しの下、飛び散る水飛沫も、そして金色の髪もその笑顔も。眩しいくらいに綺麗だと、雲雀は素直に思った。
雲雀は腰を上げ、そんなディーノに歩み寄っていく。しかしそのとき、ディーノのジャケットのフードから、亀が大きくなりながら転がり落ちてきた。
「エンツィオ!」
ディーノは慌てて噴水を止めようと蛇口を捻っているが、何故か水はとまらずどんどん亀へと降り注いでいる。雲雀はその光景に、呆れて溜め息をついた。
それから、ディーノ本人は役に立たない上に、亀に乱暴するなと無茶な要求をしてくるし。結局、亀が元の大きさに戻ったのは、そろそろ日も暮れようとしている頃だった。
「・・・散々な目に合った」
水を避けて池から離れたのにどうしてこうなるのかと、雲雀はついぼやくように言う。
「悪い悪い。でもさ・・・」
しかしディーノは、多少すまなさそうではあるが、それでも晴れやかに笑った。
「なんか、楽しかったけどな!」
「・・・・・・・・・」
ディーノと一緒にいると、何が起こるかわからない。わかり易いかと思えば、突拍子もないことをしでかしたり予測不能な事態に陥ったり。
呆れるし付き合いきれないと思うこともあるし、でも、確かにそういうのも悪くはないと、今の雲雀には思えた。
迷惑を掛けられたのに、咬み殺そうとは思わない。どこまで許せて、どこまで甘くなってしまえるのだろう。
「・・・風邪、引くよ」
細かいくしゃみを繰り返しているディーノにそう言えば、ディーノは笑顔のまま返してきた。
「じゃあ・・・恭弥が、あっためて?」
「・・・・・・・・・」
「なんてな!」
冗談だよと、ディーノは笑う。それに対して雲雀は、呆れたような態度を取ってそれで終わり、それがいつのもことで。
なのに、雲雀の口はスルリと動いた。
「・・・あっためて、あげようか?」
「・・・・・・・・・」
予期していなかっただろう言葉に、ディーノは目を丸くする。それでもすぐに、嬉しそうに顔を綻ばせていった。
その笑顔も、つい口付けたくなるくらい魅力的で。雲雀はそれを実行してから、ディーノの手を掴んで、そのまま歩き出した。
躊躇は、もうない。多分もう後戻りは出来なくて、歯止めも、掛からない気がした。
END 開き直った雲雀はすごそうです。
「勤労感謝の日」ネタ崩れ、ちょっと微妙なデート話でした。