六年越し



 ランキングフゥ太の通り名を持っていたフゥ太は、ランキング能力を失ってもその情報収集能力は全く衰えなかった。
 そして、フゥ太はその能力を遺憾なく発揮して、キャバッローネにも何度も力を貸してくれた。今回も随分と世話になって、ディーノは報告を持ってきてくれたフゥ太を部屋に通してねぎらっていた。
「助かったぜ、フゥ太」
「役に立てたのなら、嬉しいよ」
 ニコリと笑って謙虚にそう言うフゥ太は、毎回小遣い程度の金額しか受け取ってくれない。思えば、一番最初にデータを頼んだときから、そうだった。
 お金の為にやっているわけじゃないから、とフゥ太は言うが、ディーノはとても感謝しているからやはり何かお礼をしたかった。
「なあ、なんか欲しいものとかないのか?」
「うーん・・・」
 尋ねれば、フゥ太は向かいのソファで首を傾げる。いまいち欲のなさそうな顔つきのフゥ太を眺めながら答えを待つディーノは、ふと思い出して付け加えた。
「そういや、確かもうちょっとで誕生日だろ。そのプレゼントねだってくれてもいーぜ?」
「・・・・・・・・・」
 するとフゥ太が、ジッとディーノを見つめてくる。
「・・・なんでもいいの?」
「ああ。オレに可能なことなら」
「・・・・・・」
 フゥ太の思案している様子に、やっぱり何か欲しいものがあるのだろうか、だったら出来るだけ叶えてやろうとディーノは思った。
 しばらくして、思い付いたのかフゥ太は顔を上げる。それから腰も上げて、ゆっくりとディーノのほうへ近付いてきた。
「・・・フゥ太?」
 どうしたのだろうと見守るうちに、フゥ太はディーノのすぐ隣へと腰を下ろす。そして、ディーノの手にそっと触れてきながら、ニコリと笑顔で言った。
「だったら・・・僕に、ディーノ兄をちょうだい?」
「・・・・・・・・・え?」
 すぐに理解出来ず目を丸くするディーノに、フゥ太は何気ない仕草で軽く唇を合わせてくる。
「・・・っ!?」
 ディーノは驚いて反射的に距離をとろうとしたが、さりげなく掴まれていた手を引いてとめられた。さらにフゥ太は、グイと引き寄せディーノをその腕で抱きしめてくる。
 これくらいの接触は挨拶程度によくあることだったが、キスされたあとだから、ディーノはどうしても警戒してしまった。身を捩ろうとすると、耳元でフゥ太の声が聞こえる。
「なんでもいいって、言ったよね。だったら、しばらくおとなしく・・・僕の言葉、聞いてくれる?」
「・・・・・・え?」
 聞く、それだけでいいのだろうかとちょっと不思議に思うディーノへ、フゥ太は語り掛け始めた。
「僕らが出会ったときのこと、覚えてる?」
「・・・ああ」
 5年前のそのときのことは、勿論覚えているし、さっきも思い出したばっかりだ。まだ9歳だったフゥ太に、そのランキング能力の力を借りようと会いにいった。そのとき用意していた金も受け取らず協力してくれたフゥ太は、それ以来ずっとディーノのキャバッローネの力になり続けてくれている。
 そんなフゥ太は、あのときよりも随分大きくなった腕でディーノを抱きしめながら言った。
「あのときから、僕言ってたよね。ディーノ兄のこと、好きだって」
「・・・・・・でも、それは・・・」
 確か、住人を大切にする、そんなボスは好き、という言い方だったはずだ。しかしフゥ太は、ギュッと腕に力を篭めながら、続けてハッキリと言った。
「好きだよ、ディーノ兄」
「・・・・・・・・・」
 もう一度、ギュッと強くディーノを抱きしめてから、フゥ太は腕を解く。そしてディーノを見つめてくるフゥ太は、とても真摯な表情をしていた。どういう意味で、なんて確かめる必要がないくらい、熱を帯びた眼差しをしていた。
 子供だと思っていたのに、とディーノは戸惑いながらも、口を開こうとする。ディーノはフゥ太をそういう目で見たことなんてなかった。だから、応えられないと。
「・・・フゥ太、オレは」
 開いたディーノの口を、しかし、フゥ太の人差し指が軽く押さえてとめてきた。
「ディーノ兄、僕の気持ちに全然気付かなかったくらい、僕のこと意識なんてしたことなかったでしょ」
「・・・・・・・・・」
 その通りだ。ディーノにとってフゥ太は、可愛い弟分であり頼れる仕事のパートナー、それだけだった。フゥ太をそんな対象として見たことがないどころか、フゥ太が自分に向ける好意にだって、全く気付いていなかったのだ。
 それをずっと感じていたのだろうフゥ太は、苦笑を浮かべる。
「だから、答えは聞きたくないよ」
 わかりきってるもん、そう言うフゥ太は、しかし諦めているわけではなかった。
「ねえ、ディーノ兄、お願いだよ。僕に、チャンスをちょうだい」
 フゥ太は懇願するような切実な眼差しをディーノに向ける。
「一年後の、僕の誕生日。その日に、答え、聞かせて?」
「・・・・・・・・・」
 嫌だ、とディーノは言えなかった。フゥ太の願いを聞き入れると言い出したのはディーノのほうだし、それ以上に、その真剣でささやかな願いを無下に撥ね付けることなど出来ない。
「・・・わかった」
 ディーノが頷くと、フゥ太は嬉しそうに微笑んだ。そして顔を近付けてくるから、ついビクリとするディーノに、ニコリと笑って。
「好きだよ、ディーノ兄」
 フゥ太の唇が、ディーノの頬に軽く触れた。


 それからも、フゥ太とは仕事でちょくちょく会って。ディーノはどうしても、フゥ太を意識せずにはいられなかった。出会ったときから5年以上、ずっとフゥ太の気持ちになんて気付いていなかったから、余計に。
 フゥ太はあれ以来、挨拶程度ならともかくそういう意味でのキスも、抱きしめてこようともしなかった。それでも、向けられてくる視線だけで充分、フゥ太の気持ちは伝わってきて。どうして今まで気付かなかったのだろうと思うほどだった。
 10歳以上年が離れていて同性で、普通はやっぱり恋愛対象になんてとてもなり得ないのに。それでもフゥ太は、ディーノが気付かない間もずっと、5年以上も思い続けてくれていたのだ。そんなフゥ太にどう応えればいいのか、決まりきっていたはずなのに、ディーノは悩み始めていた。
 そして、あと一ヶ月程で、フゥ太の誕生日が来る。
 仕事のことで電話で連絡をとったディーノは、フゥ太がなかなか言い出してこないから、自分から切り出した。
「それで、来月の・・・おまえの、誕生日だけど・・・」
『ああ、そうそう』
 少し躊躇いがちに言ったディーノに、電話口からフゥ太のアッサリとした口調が返ってくる。
『その日、仕事が入って都合悪くなったんだ』
「・・・あ、そうなんだ」
 確かに年明けで忙しい時期だが、フゥ太のことだからちゃんと予定を空けていると思っていたディーノは、拍子抜けしてしまった。
『うん、だから、予定が合ったときに、また伺わせてもらうよ。それじゃ』
「ああ、また・・・」
 いつものフゥ太らしい穏やかな声でそう告げると、電話は切れてしまう。
 自分から言い出したことなのに、とディーノはつい思った。ディーノはフゥ太に返事しなければならない日を、指折り数えるように気に掛けていたのに。フゥ太にとっては、返事を聞くのがそんなに重要なことではないのかと思えば、なんだかちょっと腹立たしいというか癪だ。
 ディーノはその気分のまま、ロマーリオを呼んで前置きなしに言った。
「1月11日に予定入れてくれ」
「・・・わざわざ、予定を空けたのに、か?」
 そう、ディーノはフゥ太との約束の為に、ちゃんと予定を空けていたのに。まさかフゥ太から都合が悪いなんて言われると思わなかったと、やっぱりムッとした気分になりながら「そうだ」と答えた。
 ロマーリオはそんなディーノに、やれやれと言いたげに肩を竦めてから、スケジュール帳をめくる。
「11日は・・・取り敢えず、ベッチオファミリーのパーティーが夕方からあるが、行くか?」
「ああ、それでいい」
 親交のあるファミリーのパーティーに出れば気も紛れるだろうと、ディーノは二つ返事で引き受けた。


 もし、ちゃんと約束通りフゥ太と会っていたら、どんな返事を返すつもりだったのか。自分でもよくわからないディーノは、しかし今日はもう考えなくてもいいのだと、パーティーを気楽に楽しもうと思った。
 だが、そのパーティーで、ディーノはフゥ太の姿を見付けてしまう。
 まさかこんなところで偶然会うとは、ディーノはとっさに逃げたいような気分になるが、どうしてそんなことをしなければならないのだろうとも思って、その場にとどまった。
 フゥ太は情報収集の一環なのか、しかしずっと同じ女性についているから、ただの同伴の仕事なのかもしれない。ディーノの見慣れないパーティー用のスーツ姿のフゥ太は、今日でやっと15歳になったとは思えないほど大人びて見えた。綺麗に着飾ったドレス姿の女性といても、全く遜色なくお似合いで、なるほどそういう仕事も充分こなせるだろう。
 ディーノが同じ場にいることに全く気付いていないフゥ太は、女性の話に耳を傾けしきりに相槌を打っていた。その笑顔は、甘く優しくて。
 自分との用事より優先させた仕事で、フゥ太がそんなふうに笑っているのが、ディーノはなんだか面白くなかった。好きだと言って返事を聞きたいと言いながら、約束を破って仕事とはいえ綺麗な女性と楽しそうにしているフゥ太が、気に障る。
 その感情は、まるで、嫉妬のようだ。
 そう気付いたディーノは、動揺してしまう。フゥ太が女性に笑い掛けているのが気に入らない、それが嫉妬なのだとしたら。
「・・・・・・っ!」
 ディーノはさらにギクリとした。ようやく、フゥ太がディーノに気付いたのだ。
 ディーノがいると思っていなかったのだろうフゥ太は、目を少し丸くした。その表情が、次にどう変わるか確かめる前に、ディーノは視線を逸らす。
 今、フゥ太と顔を合わせるのは、まずい気がした。
 ディーノは顔を背けた勢いで、部屋を出る。そのままスタスタと歩くディーノの歩調は、しかし次第にノロノロしたものへ変わっていった。
 一回り以上年下の少年相手に、嫉妬めいた感情を抱かされたり逃げるなんて行動を取ったり、すごく情けない気がするとディーノは溜め息をもらす。一年前はこんなふうに思い悩むどころか、フゥ太の気持ちにだって気付いていなかったのに、と思えばさらに溜め息が出た。
「ディーノ兄」
「ハァ・・・・・・はっ!?」
 ふと、その悩みの種の声にうしろから呼び掛けられて、ディーノは驚きながら振り返る。フゥ太はすぐに追い駆けてきたのか、そんなことにちっとも気付いていなかったディーノはとっさになんの反応も返せなかった。
 そんなディーノを、フゥ太はすぐの部屋に引っ張り込んでいく。ディーノの部下たちは相手がフゥ太だから何も言わず見送り、そしてディーノも嫌だと振り払うことも出来なかった。
 パタンとドアが閉まって、部屋にフゥ太と二人っきりになったのだと思うと、ディーノはなんだか居心地の悪さのようなものを感じてしまう。
「・・・ど、どうしたんだ?」
 そんな思いを抑えながら、ディーノは何気なさを装って問い掛けた。
「どうしたって・・・ディーノ兄が視線逸らしたりするから。あんなことされたら、気になるよ」
「・・・・・・べ、別に」
 まともに返事を返せないまま、ディーノは口を噤む。約束を破ったおまえには言われたくない、なんて恨み言が飛び出しそうで怖かったのだ。
 ジッと見つめてくるフゥ太の顔を真っ直ぐ見返せなくて、ディーノは視線をずらしてしまう。
「・・・ごめんね、ディーノ兄」
「・・・・・・え?」
 しかし、そんな言葉が聞こえてくるから、ディーノは思わずフゥ太を見た。6年前より随分背の高くなったフゥ太だが、ディーノよりまだ10センチほど低くて、それでも真っ直ぐディーノの瞳を見つめてくる。
「僕が言い出したことだったのに・・・今日、駄目になって」
「・・・・・・いや」
 確かに責めるような気持ちにもなったが、謝られたらそれ以上言うわけにいかなかった。何より、そんな気持ちになったこと自体、フゥ太には伝えづらい。
 何度も言葉を呑み込むディーノとは対照的に、フゥ太は正直に言った。
「・・・僕、本当は、この日が来なけりゃいいのに・・・って、思ってた」
「・・・え?」
 フゥ太は苦笑いしながら続ける。
「だって、ディーノ兄からいい返事が貰えるとは思えなかったし。だから、なるべく先延ばししたかったんだ・・・」
「・・・・・・・・・」
 返事を聞くのなんてフゥ太にとってはどうでもいいことだったんだ、なんてどうして思ったのだろう。ディーノはハッとする思いだった。
 フゥ太はディーノよりもずっと長く、ずっと真剣に、思い続けてくれていたのに。ディーノが悩んでいたのが一年なら、きっとフゥ太は六年もの月日、思い悩み続けていたのだろう。
 敵わない。そして、フゥ太にそんなふうに思われることが、ディーノはきっと、嫌ではなかった。
「でも・・・やっぱり、聞きたい」
「・・・・・・・・・」
 一歩、フゥ太が踏み出してくるから、ディーノは反射的に後退りしてしまった。
 さっきからまともに言葉を返せていない、ちゃんと応えなければ、そう思うのに。フゥ太の熱を帯びた眼差しに見つめられて、ディーノはとても平静を保てない自分を感じた。
「聞かせて? ディーノ兄」
「・・・・・・・・・」
 また一歩距離を詰められて、後退しようとしたディーノの背が、壁に触れる。フゥ太の両腕が伸びてきて、逃げ道を塞ぐように、両脇の壁に手をついてくる。
 フゥ太にジッと間近で覗き込まれて、そっと体を寄せられて、ディーノは激しい動悸を感じた。
 1年前にキスされ抱きしめられたときは、驚いて戸惑うだけだったのに。ディーノは、どうして変わってしまったのかなどわからない。でも、何が変わってしまったのかは、もうわかっていた。
「ねえ、ディーノ兄・・・?」
 フゥ太はゆっくりと指で、随分と熱を持ってしまっているディーノの頬に触れてくる。それから、一年前のように、軽く唇を重ねてきた。
 前回とは違って、回避する時間は充分あったはずなのに。ディーノは、拒めなかった。
 フゥ太は量るようにディーノを見つめ、続けてもう一度、キスしてくる。確かめるように、今度はしっかりと触れてきた唇が、離れたとき。ハァともれた熱い吐息がどちらのものなのか、ディーノにはよくわからなかった。
 頬に手を添えたまま、フゥ太が真っ直ぐディーノの瞳を見つめてくる。
「・・・これが、返事だと思ってもいいの?」
「・・・・・・・・・」
 ちゃんとした返事を返さなければフゥ太に失礼だ、そう思いながらもディーノの口はなかなか動かなかった。
 それでも、焦がれるように答えを待つフゥ太に、もうこれ以上ごまかしたり逃げたりなんてするわけにはいかない。
 今のディーノにはこれが精一杯で、ただ小さく頷いた。
「・・・・・・っ・・・」
 その瞬間、フゥ太は大きく目を見開く。それから、微笑んだ。今までディーノが見たこともないくらい、泣きそうなくらい、嬉しそうに。
「ディーノ兄・・・好きだよ、大好き」
「・・・・・・フゥ太・・・」
 感激を隠さず言いながら頬を摺り寄せてくるフゥ太に、ディーノはやっぱり名を呼んで返すのが精一杯だった。
 だって、ディーノにとってはまだ一年未満の、芽生えたばかりの思いで。
 それでも、フゥ太の腕に抱き寄せられれば、もう知らぬ振りはできないくらい、ディーノの胸は高鳴っていた。




 END
肝心のディーノがフゥ太を好きになる過程をすっ飛ばしているかんじで、なんだかすみません。(でも、13歳も年下の少年をどうやって好きになるのか…想像が付かない…笑)
フゥ太が15歳に見えないとか、逆の意味でディーノが27歳に見えないとか、その辺りもなんとなくすみません。
まだちょっと及び腰のディーノですが、この日のうちにフゥ太に食われると思います(笑)