特別待遇
「スクアーロ、誕生日って14日だっけ?」
誕生日まで一週間をきって、ベルがそんなふうに問い掛けてくるからスクアーロは耳を疑った。
スクアーロの誕生日を誤解していたベルに正しく教えたのはたった3ヶ月ほど前のこと。覚えてたら、と言っていたが本当に覚えていなかったというのだろうか。
「う゛お゛ぉい、13日だって教えたじゃねーか!!」
思わず怒鳴るように言うと、ベルはわざとらしく溜め息をもらした。
「ジョークに決まってんだろ。忘れねーよ、王子の頭脳なめんな」
「・・・・・・」
相変わらず悪趣味というか性根が曲がっている、とスクアーロこそ溜め息をつきたくなる。そんな、でも見掛けだけは可愛らしいベルは、少し首を傾げ自分の頭を指差す仕草もはまっていた。
「でさ、王子も貰ったしさ」
誕生日プレゼントを、だろう。今日ベルの頭を飾る王冠は、ベルの誕生日にスクアーロが贈ったものだった。センス微妙だなんて言いながらも、意外とベルが頻繁に使ってくれるので、スクアーロは密かに喜んでいたりする。
「オレも誕生日プレゼント、考えたんだけど・・・」
「う゛お゛ぉい、今言うのかぁ!?」
普通そういうのは、当日になってのお楽しみ、ではないのだろうか。やっぱり独特のテンポを持っているベルは、スクアーロが思わず上げた声に、サラリと言葉にしかけていた口を一旦閉じて。
「・・・じゃ、当日まで黙っとく」
「・・・・・・・・・」
そんなふうに言われたら、しかし逆に気になってしまう。そのまま立ち去っていこうとするベルを、スクアーロは思わず呼び止めた。
「・・・いや、別に、今言ってもいいぜぇ・・・!」
「・・・・・・」
するとベルがクルリと振り返って見上げてくるから、スクアーロは少しギクリとする。言って欲しい?とスクアーロの出方を試すような、お得意の悪戯を仕掛けてくるのかと思ったのだ。
だが意外にも、ベルはそんな意地の悪いことはせず、ししっと笑いながらすぐに教えてくれた。
「プレゼント代わりに、当日は、甘やかしてやんよ」
「・・・・・・あ゛ぁ?」
「そゆこと」
言うだけ言って今度こそ去っていくベルの背を、スクアーロはポカンと見送る。
甘やかす、ベルの口から出てくるには不釣合いな行動を示す言葉が、自分の誕生日プレゼント代わりとはどういうことだろうか。
全くピンと来なくて、余計に気になってしまうスクアーロだった。
スクアーロの誕生日の日の朝。
今日は任務もないしゆっくり寝よう、と思っていたスクアーロに、しかし声が聞こえてきた。さらに同時に、ズシリ、というほどは重くないものが体に乗っかってくる。
「朝だぜ、スクアーロ!」
「・・・・・・・・・」
声と重みで起こされたスクアーロが、ゆっくりと目を開ければ、自分の上に跨るように座っているベルが見えた。笑顔で覗き込んでくるベルを、起き抜けでスクアーロはボンヤリと見返す。
するとベルは、さらに声を掛けてきた。やっぱり、笑顔で、首を少し傾げながら。
「な、起きねーの?」
「・・・・・・・・・おぉ」
次第に覚醒してくる頭で、スクアーロは何事だろうと思った。ベルがこんなふうに自分を起こしにきたことなんて、今までにないことで。しかも、一般的には普通なのだろうが、ベルがするにしては非常にこれ以上なく優しい起こし方だ。
何か裏があるのだろうかとつい考えてしまいながら、スクアーロはベルに引っ張られるまま体を起こした。すると、ベルがまた笑顔で。
「おはよ、スクアーロ」
と、スクアーロの頬にチュッとキスしてきたのだ。ふんわりやわらかい感触に、スクアーロは素直に喜べず、むしろギョッとした。
「・・・・・・どうしたんだぁ?」
ベルはおはようのキス、なんて可愛いことをするようなタイプではない。何が狙いなんだと怪しむスクアーロに、ベルは首を傾げた。
「覚えてないわけ?」
「あ゛ぁ?」
何かあったっけ、と思うスクアーロに、ベルはニッと笑って答えを教えてくれる。
「誕生日当日、甘やかしてるって言ったじゃん」
「あ゛ぁ・・・」
そういえば、ベルは数日前そんなことを言っていた。そのときはどういうことだろうと思ったが、つまり、文字通り優しく接して丁重に扱ってくれるつもりだということなのだろうか。
今まさにそんなかんじで起こされたわけだが、やっぱりスクアーロはなんだかピンと来なかった。ベルの気紛れ我儘に振りまわされるのに、情けない話だがすっかり慣れてしまっているのだ。
だがそんなスクアーロに、ベルはやっぱり笑顔を浮かべて問い掛けてくる。
「朝飯、食べにいく? それとも、ここに持ってこよーか?」
「・・・・・・いや、行く」
答えながら、選択肢を用意してスクアーロのいいように、と希望を聞いてくれるベルに、どうしても違和感を覚えた。
しかしベルの、甘やかしてやるという宣言通りの行動は、むしろここからが本番だったのだ。
食堂に着いて、隣に座ってきたベルは。「はい、あーん」と当然のようにスクアーロに、パンやフォークに刺したベーコンやエッグやらを差し出してきたのだ。
さすがに断固拒否しても、ベルは一向に引く気配がなく。脅すわけでなく怒るわけでなく、ただ笑顔でフォークを向けてくるベルを、撥ね付けるのもなんだか申し訳ない気もして。スクアーロは結局、しぶしぶ口を開いていた。
ベルの奇行に、驚いているのか気味悪がっているのか呆れているのか、それとも面白がっているのか。ルッスーリアたちは、二人を妙に遠巻きに眺めてくる。
そして全く人目を気にしないベルの、甘やかす、行動は食事が終わってもまだまだ続いたのだった。
「スクアーロ、毛先が痛んでるからカットしてやるよ」
「スクアーロ、耳かきしてやるよ」
「スクアーロ、このまま王子の膝枕にして昼寝していーぜ」
終始ベッタリ側にいるベルの、優しい言葉や行動が、勿論嬉しくないとは言わない。普段わりと散々な扱いをされているから、丁重に扱われて嬉しい、嬉しいのだが。
なんとなく断れずされるがままになりながら、スクアーロはなんだか落ち着かない気分だった。
「スクアーロ、夕飯なんか食いたいものあるか? なんだったら王子が作ってやるぜ?」
「・・・・・・・・・」
夕暮れ時、せめて人目を避けようと自室に篭るスクアーロに、当然のようにくっついてきているベルが。ニコリと笑ってそう言うから、スクアーロはさすがにそろそろ我慢の限界だった。妙に優しいベルが、むず痒くて堪らない。
とてもまともに料理が出来るとは思えないベルの申し出に危機感を抱いた、というのも大いにあるが。
「あのなぁ、ベル」
「なんだ?」
膝の上でキョトンと首を傾げるベルへ、スクアーロは問い掛けた。
「・・・なんで、こんなこと、思い付いたんだぁ?」
一日限定とはいえ、どうしてベルが甘やかそうと考えて、しかも実行したのか。スクアーロには全く見当も付かなかった。
なんか気持ち悪いからやめろ、と言うのは簡単だが、もしかしてベルが純粋な好意でやってくれているかもしれないと思えば気が引ける。だからそこを確かめようと思ったのだ。
そしてベルは、はぐらかすことなく、すぐに答えをくれる。
「だって、スクアーロいっつも言ってたじゃん。自分の扱いが悪いとかなんとかって」
「あ゛ぁ?」
確かにスクアーロは、しょっちゅう愚痴っていた。ベルはスクアーロを揶揄ったりおちょくったりするのが大好きらしく、いつもいいようにされていて不服に思うこともしばしばだったのだ。ベルと甘やかすという単語が、全く結び付かなかった程度に。
だが、スクアーロがベルの自分に対する接し方を少々改善して欲しいと思ったところで、ベルが素直にそれを実行してくれるなんてやっぱりあり得ないはずだ。たとえ、たった一日とはいえ、今日がスクアーロの誕生日とはいえ。
そう断言出来るのもどうかとちょっと悲しくなりつつ、そう思うスクアーロに、しかしベルはアッサリと言った。
「だから、おめでたい日にくらい、尽くしてやってもいいかなって」
「・・・・・・裏はなしでかぁ?」
失礼だがどうしてもそれを疑うスクアーロに、しかしベルは気を悪くした様子もなく、しししと笑って胸を張った。
「当たり前だろ。王子のオレがしてやんだから、破格の扱いだぜ!」
「・・・・・・・・・」
当たり前、とはどうしても思えないが。しかし、たとえ多少企みがあったとしても、このベルが朝から今までずっと優しく接してくれたのだ。
「・・・確かになぁ」
我儘放題したいことしかしないベルが、こんなふうにしてくれるなんて、すごく愛を感じる。きっとベルは、他の誰にだってこんなこと、してやりはしないだろう。多分。
「嬉しーだろ」
「・・・あ゛ぁ」
笑いながら覗き込んでくるベルをねぎらうように、スクアーロのはその髪を優しく撫でた。喜ばせてくれようとしてくれた、その気持ちが何より嬉しい。
そして、その気持ちだけで充分だった。
「余計なことは・・・すんなぁ」
「・・・・・・なんで?」
スクアーロの言葉に、ベルがコトリと首を傾げる。不平不満を言っておきながら、やっぱり元通りでいい、なんて言われたらどうしてだろうと思うだろう。
確かにスクアーロは日頃から、もうちょっとベルに優しくされたいとか思っていた。だが、いざされてみて、気付いたのだ。多少スクアーロの立場が悪かろうと、それが、自分たちの自然な姿なのだと。
「・・・調子、狂うんだよ」
全てを言葉にしないスクアーロの、言いたいことは伝わったのだろう。ベルはニッと笑って、スクアーロの鼻をつついてきた。
「わっがままだな、スクアーロ」
「うるせぇ」
ベルの手を振り払いながら、スクアーロは嘆息する。人のことをぞんざいに扱う、散々振りまわしてくれる、普段のベルのほうがいいなんて。自分でもどうかと思っているのだ。
視線を遠くに投げて自分に呆れながら、とはいえ感謝の気持ちはあるからベルの頭を撫でた。そんなスクアーロに、ベルの呟きが聞こえてくる。
「でも・・・いろいろ考えてたのにな。ちぇっ、ちょっとつまんねーの」
「・・・・・・・・・」
スクアーロはつい視線をベルに戻した。そう言われると、なんだか途端に興味が沸いてしまう。
「・・・ちなみに・・・何やってくれるつもりだったんだぁ?」
好奇心を抑えられず問い掛ければ、ベルはニコリと笑って指折り数えた。
「あとは・・・お風呂で背中流したり・・・ベッドでご奉仕したり?」
「・・・・・・」
それは、普段のベルなら絶対にしてくれないことだ。いつものベルのままでいいとは言ったが、やっぱりこうなると、せっかくだから・・・という気に俄然なってしまうスクアーロだった。
「・・・べ、別に、今日くらいいいぞぉ?」
「ていうか、して欲しんだろ?」
してくれても構わない、と言うスクアーロに、即座に返してベルはニヤッと笑う。
「そう言えば、続けてやるけど?」
「・・・・・・・・・」
やっぱり意地が悪いと、それでいいと言っておいてスクアーロは、それでも思わずムッとベルを見下ろした。
「・・・なんてな」
しかしベルは、すぐにそう言うと、スクアーロの鼻先にチュッとキスをしてくる。
「出血大サービス。してやんよ、ありがたく享受しな」
やっぱり今日は、いつもより甘いらしい。続けてベルが今度は可愛らしい仕草で唇を合わせてくるから、スクアーロは敵わないと思った。
ベルには敵わない。そして、それでもいいと思っている自分に、スクアーロは再度呆れた。
「・・・期待してるぜぇ」
「王子に任しとけ」
ニコリと笑って、ベルはもう一度キスを。優しい感触に、やはり満更でもないと同時に、多少落ち着かない気分になる。だが、スクアーロはせっかくだからと、日が変わるまで楽しむことにした。
END やっぱりいつ頃の話かとかはボンヤリの方向で…。
スクアーロがすごくヘタレですみません(笑)