Rincontro



 すぐ目の前に、雲雀が見える。でも、雲雀がこんなところにいるはずがない。だったら夢だろうか、ボンヤリする頭でディーノはそう考えた。


 日本でホワイトデーと呼ばれている日も過ぎて。大きな問題も片付いて、やっとゆっくり出来る、と思っていたのだが。
 何故かロマーリオが、その間にたまっていた仕事を、怒涛の勢いでディーノにこなすように仕向けてきたのだ。
 ロマーリオは訳もなくそんなことをしないから、雲雀に会いにいきたい思いを我慢して、ディーノはおとなしく黙々と仕事に取り組んだ。
 それから、数日。ようやくあらかたの仕事を片付けたディーノに、ロマーリオが労うように言ってきた。
「お疲れさん、ゆっくり休んでくれ」
 ポンポンと肩を叩かれ、途端にどっと疲れが圧し掛かってきた気がする。ディーノは自分の部屋に戻り、シャワーを浴びてから、ベッドに身を投げた。
「ハァー・・・・・・」
 息を吐いて、それから携帯に手を伸ばす。ホワイトデーのあの日以来、雲雀と連絡をとっていなかった。声が聞きたい。
 だが、果たして今日本は何時なのだろうか。それを確認せず掛けることは出来ないから、計算しようとしたが、疲れた頭ではその程度すら億劫で。
 携帯の着信履歴に残る、雲雀の名前だけ見て、ディーノは眠りに落ちていった。


 ふと人の気配を感じて、ディーノはボンヤリと目を開く。
「・・・・・・ロマーリオ?」
 ディーノが自室で寝ているところに近付いてくる人物、心当たりは右腕しかなくて、ディーノはそう呼び掛けた。
 しかし、ロマーリオからの返事はない。
 まだ夜は明けていないらしく、電気をつけていない室内は薄暗くて、なかなか目が慣れなかった。入り口のほうへ視線を向ければ、ボンヤリと見える人影が、ゆっくりと近付いてくる。
 億劫で仰向けに寝転んだまま、ディーノはその人物がベッドに乗り上げてくるのを、ただ眺めていた。その人物が、自分を害するものではないと、それだけは感じ取っていたのだ。
 勿論、それが誰かなんて、見当も付いていなかったが。
 そっと圧し掛かってくる人物が、ディーノの上でクスリと笑った。聞き覚えのある音、そして、ディーノの闇に慣れてきた瞳に、映る人影。
 まさか、と思いながらも、ディーノは名を口にした。
「・・・・・・恭弥・・・?」
 イタリアの自分の屋敷、こんなところに雲雀がいるはずもない。だが、顔を近付けて覗き込んでくるその顔は、やはり雲雀に見えた。
 ということは・・・これは夢なのだろうか。ディーノはそれを確かめる為に、目の前の顔に手を伸ばした。
「これ・・・夢か?」
 頬に滑らせた手で、やはり夢か現実かを判断するにはこの方法だろうと、やわらかい肌をムギュッと摘まむ。自分の頬を抓らなければ意味はないと、まだ頭が起ききっていないディーノは気付かなかった。
 雲雀っぽい人物は、しかしディーノの行為に怒りを見せることもなく、ただそっとディーノの手を外してくる。本物の雲雀だったら咬み殺されているところだから、やっぱりこれは夢なのかとディーノは思った。
「もっといい確かめ方が、あるでしょ?」
 なのに、上から聞こえてきたのは、妙にリアルな雲雀の声で。あれ、と思って声を上げようとしたディーノに、唇が重なってきた。
 その感触は、忘れるはずがない、紛れもなく雲雀のものだ。そのキスはディーノに、これが夢ではないこと、そして相手が雲雀なのだと知らしめる。
「・・・・・・なんで・・・?」
 軽い口付けだけで離れていった雲雀を、ディーノは見上げた。さすがに目は覚めたが、まだどうして雲雀がここにいるのかに、全く見当が付かない。
 しかし雲雀は、笑うだけで答えず、またキスをしてきた。さっきよりもしっかりと触れさせてくる雲雀に、ディーノはつい腕を伸ばし、その背を抱いていく。
 こうやって、雲雀に触れるのは、もう一ヶ月以上ぶりなのだ。目の前に雲雀がいるという確かな事実の前で、どうしてかその理由なんてディーノはどうでもよくなった。
「恭弥・・・会いたかった」
 合間に言葉をもらせば、応えるように口付けが深く深くなっていく。再び霞んでいく思考は、ただ甘く、心地よかった。


 それから一ヶ月以上分しっかり抱き合い、ここのところ睡眠不足気味だったせいもあって、ディーノが目を覚ましたのは昼をとっくに過ぎた時間だった。
 ディーノが視線を向ければ、まだスヤスヤ眠っている、雲雀の姿がすぐ隣にある。頭はちょっとボンヤリしているし、体に疲労感もあるが、ディーノの心は舞い上がりそうだった。
 どうしてなのかは、わからなくても。日本からイタリアまで、しぶしぶ来る、もしくは無理やり連れてこられるような雲雀ではない。つまり、ちゃんと自分の意思でここに、ディーノのところに来てくれたのだ。
 嬉しくて幸せで堪らなくて、でも時差ボケでもしているのか寝続けている雲雀を起こさないように、そっと控え目にその頭を撫でていた。
 しばらくして、雲雀がようやく瞳を開く。やっぱりそのままボンヤリしている雲雀に、ディーノはキスしていった。
「おはよ、恭弥。久しぶり」
 改めて再会を喜んで、ギュッと抱き付いていくと、少しして雲雀が鬱陶しいと言いたげにディーノを押し返してくる。
 だが、こんなところまで来てくれた上でのそんな態度に、ディーノの気分は少しも沈まなかった。しつこく何度かキスをお見舞いして、少し気が済んで一旦離れる。
「・・・で、なんでおまえがここにいるんだ?」
「・・・・・・・・・」
 そろそろそれを明らかにしようとディーノが問い掛ければ、雲雀はダルそうに仰向けに寝転んだまま答えを返してきた。
「あなたの・・・髭の部下に、手配させた」
「・・・ロマーリオ?」
 まさか自分の部下が一枚噛んでいたなんて思わず、ディーノは驚く。
「じゃ、ロマーリオも手を貸してたのか?」
「じゃなきゃ、僕がこんなところまで来れるわけないじゃない」
 雲雀なら、どうやってか自力で辿りつける気もするが。しかし確かに、そうでなければキャバッローネの屋敷の一番セキュリティーが厳しいディーノの部屋まで、さすがの雲雀でも易々と来ることは出来ないだろう。
 そしてディーノは、なるほど、と思った。だからロマーリオは数日先の分まで仕事を、雲雀に連絡を取る隙もないくらいのペースで、ディーノにさせてきたのだろう。
 まさかそんな思惑があったとは知らなかったが、素直に真面目に仕事をしてよかったと、自分とロマーリオを褒めたくなった。
 少し、雲雀がどうやってロマーリオに連絡を取ったのか気になったが、リボーンを介したとかその辺りなのだろうとそこは流しておくことにした。ディーノはそれ以上に、雲雀に聞きたいことがあったのだ。
「で・・・なんで、ここにいるんだ?」
「だから、今答えたじゃない」
「いや、そうじゃなくて・・・」
 なんだか素っ気ない対応は、しかしこれがいつも通りの雲雀で。なのに昨夜の雲雀は、いつもと少し違った。
 触れてくる手は優しく、見つめてくる瞳には熱が篭り、そして向けてくれた笑顔。そこにあったのは、自惚れでなければ多分、会えた喜びだった。
 雲雀も自分に会いたいと思ってくれていた。だが、たとえ強くそれを望んだからといって、こうして来てくれる雲雀でもない気がしていたのだが。
 なのに、遥々日本からこんなところまで来てくれた、雲雀の気持ちが知りたかった。
「・・・・・・・・・」
 雲雀はチラリとディーノに視線を向けてから、短く答える。
「・・・気が向いたから」
「え?」
 思わず問い返しても、雲雀はそれ以上言葉にしなかった。気が向いた、確かに自分の欲望に忠実に生きる雲雀には充分な動機なのかもしれないが、ディーノは何か違和感のようなものを感じる。雲雀の言葉、その言いまわしに、何か引っ掛かるような。
「・・・・・・あ」
 少し考えて、ふとディーノは思い出した。ホワイトデーに電話で話したとき、切り際に雲雀が言った言葉。
『気が向いたら、お返し、してあげてもいいよ』
「・・・もしかして、あのとき言ってた、お返し・・・なのか?」
 だから、並盛大好きなのにそこを離れて、こうして会いにきてくれたというのだろうか。だったらどんなに嬉しいだろう、と思うディーノに、雲雀は短く答えを返してきた。
「違うよ」
 そして、ゴロリとディーノに背を向けながら、呟くような口調で言う。
「・・・僕が、こうしたかっただけだ」
「恭弥・・・」
 そんなの、もっと嬉しい。ディーノは湧き上がる喜びと愛情に素直に従い、雲雀をうしろからギュッと抱きしめていった。
「あんがとな、恭弥。おまえがどういうつもりでも、すげー嬉しい。すげー・・・好きだ」
「・・・・・・・・・」
 雲雀から、言葉での返事はない。それでも、伝わってくる空気で、雲雀がちゃんと受け止めてくれているのだとわかった。
 直接会って触れて、声だけのやり取りでも幸せを感じたけれど、やっぱりこれに勝るものはないのだとディーノは実感する。
「・・・なあ、恭弥。いつまでこっちにいられるんだ?」
「それは僕が決める」
「・・・だから、それっていつまでなんだってば・・・」
 ディーノは思わずハァと溜め息ついたが、幸せ気分は少しも薄れなかった。
 つまりは、悪くないと思ってくれているうちは、こっちにいてくれるということだろう。ロマーリオのおかげで、ディーノも数日は仕事を離れられそうだ。
 将来のことも考えて、雲雀にちょくちょくイタリアに来てもいいかなと思わせられるように頑張ろうとディーノは決めた。
「恭弥・・・ホントに、来てくれてありがとうな。嬉しいぜ、愛してる」
「・・・しつこいよ」
 口ではそう素っ気なく言いながらも、やっぱり雲雀からは満更でないのが伝わってくる。ディーノは顔を綻ばせ、益々雲雀にまわした腕に力を篭めた。
 雲雀に撥ね付けられないし、そのままジッと幸せに浸っていたディーノは、次第に眠気を誘われていく。それだけ疲れているのか、それともこの状況があんまりにも心地よいせいか。
 雲雀もまだ眠そうだし、時間はたっぷりあるだろうし、ディーノは逆らわずに幸せな眠りに落ちていった。


 背後から寝息が聞こえてきて、雲雀はそっとディーノの腕を少しゆるめ体の向きを変える。
 最初は空想に近い、ほんの思い付きだった。なのに、赤ん坊に借りを作ってまでディーノの部下と連絡を取り、並盛を遠く離れたこんなところまでやって来てしまったのは。
 要は、会いたかったのだ。
 それ以上の理由なんてない。ホワイトデーのお返し、なんて口実にもならなかった。
 その姿を見て目が合い触れられた瞬間、自分がどれだけディーノに会いたかったのか、雲雀は思い知らされたのだ。
 会えない間に溜め込んだ欲望は、昨晩一先ず解消した。スヤスヤと眠るディーノを眺めて、雲雀に湧き上がるのは、だからかとても純粋な思いで。
 たださすがに、それを素直に言葉にすることは、まだ出来なかった。
 雲雀は代わりにその思いを指先に篭めて、ディーノが自分にしたように、その頭を撫でて髪を梳く。それだけで、こんなにも足りた気持ちになるのは不思議だが、悪い気はしなかった。




 END
愛は海を越える、雲雀編(?)

「Rincontro」は「再会」です。