恋模様は雨のち曇り
今日はバレンタイン。特にあんまりいい思い出はないツナだが、しかし周囲につられてか、なんとなく心が浮き立つ。
そして、ツナが気になること、それは去年と変わらずただ一点だった。
京子は誰かにチョコをあげるのだろうか、だ。
去年は誰かにあげた様子はなかった。というか、ツナはありがたくも京子のチョコを口にしていた。京子とハルが、ビアンキにチョコ作りを教わる為に、ツナの家でチョコを作っていたのだ。
チョコフォンデュというもので、チョコを付けて食べるクラッカーをビアンキが作ったもんだから、それはもう酷いことになったのだが。
それでもツナは、ビアンキに感謝していた。どんな形であれ、京子のチョコを食べることが出来たのだから。
だが果たして、今年は・・・。
期待、よりも不安が大きくなっていって、学校へ向かうツナの足取りは重くなる。
それでも歩いていれば学校に着き、ツナは下足箱の蓋を開けた。そこまではいつも通りの日常だったのだが。
「・・・・・・・・・え?」
ツナは、下足箱の中を覗き込んで、しばらく静止した。思いもしなかったものが、そこにあったのだ。
しかし、ピンク色の綺麗な紙でラッピングされたそれは、どう見てもバレンタインチョコというものだろう。
ツナは慌てて、下足箱が本当に自分のものなのかを確認した。だがやはり、ネームプレートには「沢田」と書いてある。
ということはつまり、このチョコは間違いなくツナに贈られたもので。
「・・・・・・・・・!!」
絶叫したいところだが、周りに生徒もいるし我慢した。驚きが大きいが、やはり嬉しい。初めて貰ったバレンタインチョコだ。
だが同時に、京子がいるのに他の子から貰うのも、という気持ちもあった。でもやっぱり、生まれて初めて貰ったまともなバレンタインチョコ。
どうしようと少し迷っていたツナは、次の瞬間、心臓が飛び出そうになった。
「おはよ、ツナ君!」
「・・・・・・っわ、京子ちゃん!!」
ツナはうしろから掛けられた声に、落としそうになったチョコを、かろうじて鞄に滑り込ませた。見られていないだろうかと心配するが、京子はいつも通りの笑顔だ。
「あ、お、おはよう」
「うん、今日も寒いね!」
靴を履き替えて、一緒に教室に向かう。こうやって並んで歩けることだけでも、充分にツナにとっては幸せなことで。
だけどやっぱり、チョコが欲しい、そうも思ってしまう。贅沢なのかなぁとツナは思った。
教室に入ると、去年と同じように、山本がチョコを愛想よく受け取り、獄寺が無愛想につっぱねている。
そんな二人とは違って、ありがたくも義理チョコ数個を頂くだけのツナは、すぐにおとなしく自分の席についた。
そうしているツナの耳に、京子と花の会話が届く。
「あのチョコ、もう渡したの?」
花が京子に尋ねる声。ツナは心臓が跳ね上がりそうになった。
それはつまり、京子はバレンタインチョコを用意しているということだろう。誰かにあげる為に。
ツナは耳を大きくして京子の返事を待った。そして届く、京子の返事。
「うん、あげたよ。すごく喜んでくれた!」
嬉しそうな京子の声。
オレの人生は終わった。その瞬間、ツナは本気でそう思った。
昼休み、ふらふらと歩いていたツナは、階段の途中で呼び止められた。一年のときにクラスメイトだった女子だ。
「今、ちょっといい?」
「いいけど・・・?」
なんだろうと思いつつ同意したツナを、女子は人気のないほうへと連れていった。
女子と話すことなんて去年はあり得なかったツナは、それだけでなんとなくドキドキする。しかも今日はバレンタインだ。
そしてツナをさらにドキドキさせることを、その女生徒は言った。
「あのね、今朝・・・下足箱にチョコが入ってたと思うんだけど・・・」
「えっ、あ、うん・・・は、入ってた・・・」
もしかして、あのチョコをくれたのは・・・。当然ツナはそう予想したが、やはりそれは正しかった。
「あれ、あたしなの。うっかり、メッセージつけ忘れちゃって」
少し照れたように笑ってから、その女子はツナを真っ直ぐ見つめて告げる。
「だから、直接言うね。よかったら、あたしと付き合わない?」
「・・・・・・・・・・・・」
ツナは、信じられなかった。まさか自分が告白される日がくるなんて。
改めて見ると、とても可愛い子だ。しかも、どうせ京子には振られてしまった。せっかく告白してきてくれたのだから、もう新しい恋に走ってもいいかもしれない。
ツナの口は、それでも自然に動いていた。
「・・・ごめん。オレ、好きな子がいるから」
振られてしまっても、ツナは京子のことが好きだった。まだこんなにも、好きだった。
それなのに、他の子と付き合うなんて、出来るわけない。
ツナのハッキリした返事に、その子は小さく笑った。
「・・・やっぱり。そうだってわかってた。断られるだろうな、って」
「ごめん・・・」
謝る言葉しか思い付けないツナに、女生徒は首を振ってから、小さな声で問う。
「・・・笹川さん?」
「えっ・・・!」
不意打ちのように図星をさされて、ツナは動揺した。一気に顔が赤くなった気がするツナに、精一杯の強がりだろう言葉を残して女子は去って行く。
「上手くいくといいね!」
「・・・・・・・・・」
ツナはそれを見送って、そのまましばらく立ち尽くした。
チョコをくれたことも告白されたことも、勿論衝撃的だったが。
振られるとわかっていた、そう言っていた。それなのに、告白するなんて。
すぐに京子のことが、ツナの心を占めてしまう。誰かにチョコをあげた京子。自分ではない誰かに、思いを寄せている京子。
それがわかっていて告白する、自分にそんな勇気があるだろうか。ツナは自問した。
悩んでいると、あっというまに放課後になってしまった。
今さら告白しても、という気もする。しかも、京子が誰かにバレンタインチョコをあげた、その日に。無駄なんじゃないのか、一方で、ツナは思った。
このまま終わってしまっても、いいのだろうか。二年近く、ずっと片思いしていた。まだこんなに京子のことが好きだと、誰にも知られずに終わって、後悔しないだろうか。
やっぱり、自分の気持ちを知って欲しい。ツナはそう思った。振られてしまうんでもいいから、ずっと好きだった、その一言でも伝えたい。
その思いに急かされるように、ツナは席を立つと同時につい口にしていた。
「京子ちゃん!」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ツナははっとする。まだ生徒が何人も残っている教室の中で叫んでしまった。しかも、運よくか悪くか、京子もいたようだ。
ツナが返事があったほうにどうにか視線を向けると、そこには目を丸くした京子の姿。
穴があったら入りたい、そう思いそうになるツナは、しかしここで怯んでは駄目だと自分を勇気付けた。これから自分は、京子に告白しなければならないのだから。
「あの、京子ちゃん! よ、よ、よかったら・・・い、一緒に帰らない・・・!?」
ツナは自然に誘おうと思ったのだが、意気込みがそのまま表れてしまった。それに圧されたのか、京子が驚いた顔のまま頷く。
「・・・うん、いい・・・けど」
「本当!? ありがとう!!」
勇気が消えてしまう前にと、ツナは早速鞄を持って教室を出た。京子も慌ててそれについてくる。
一方何事かと成り行きを見守っていたクラスメイトたちは、ツナが京子に片思いしていることを知っているので、ついに告白でもするのかとツナを応援したくなる気持ちでそれを見送った。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
学校を出て、もうしばらくになる。だが、二人の間にまだ会話はなかった。
自分から誘っておいて、とツナも思うのだが。しかし、これから自分が告白するのだと思うと、緊張と恐怖でとても何か話し掛けようという気になれないのだ。
京子はさぞ変だと思っているだろう。いつまでもこのままではいられない。そのうち分かれ道に来てしまう。
ツナは、勇気を振り絞って、最初の一言をまず口にした。
「・・・・・・京子ちゃん!」
「・・・っえ、何?」
はっとしたように京子がツナのほうを向く。何か考え事でもしていたのか、ツナがずっと黙り込んでいたから、それも当然だろう。
「・・・あ、あの、きょ、今日は・・・バレンタイン、だよね・・・」
「・・・・・・うん」
ツナは、やはり京子のほうに視線を向けられないまま、どうにか切り出した。
「・・・あ、あの、京子ちゃんは・・・だ、誰かに・・・チョコあげたの・・・?」
告白する前に、そこを確かめておきたかった。もしかしたら、早とちり、という可能性もある。
今さら淡い期待に縋ろうとしたツナだが、京子はあっさりと頷いた。
「うん、あげたよ」
「・・・・・・・・・」
ツナは再度ショックを受けてしまう。下手をすると涙が出そうになるが、ぐっと耐えて問い掛けた。
「・・・だ、誰に・・・・・・?」
やはり、告白して玉砕するにしても、そこは確かめておかなければならないとツナは思った。単純に相手が誰なのかも気になるし、もし敵わない相手なら諦めもつくが、相手によっては頑張ろうと思えるかもしれない。
気になるし、しかし聞きたくなんてないし、逃げたくなるのを我慢しながらツナは京子の答えを待った。
そして、京子は答える。ツナの、想像もしていなかった答えを。
「誰って・・・お父さんとお兄ちゃんだけど・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え、誰?」
思わず目も口もパカッと開いて問い返すツナに、京子はもう一度ハッキリと答えた。
「お父さんと、お兄ちゃん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今まで何故その可能性を一度も考えなかったのか。しかしツナにとっては、バレンタインチョコは家族にあげるというよりも、好きな人にあげるものだったのだ。
だが現実に、京子がチョコをあげた相手は、父と兄で。
「・・・・・・・・・そ、そうなんだ・・・・・・」
ツナは、腰が抜けるかと思った。
全くの勘違いだったのだ。別に、京子にはチョコをあげる相手はいなかったのだ。だからといって好きな人がいないかどうかはわからないが。
しかしこうなると、別に告白はしなくてもいいかな・・・という気分になってしまうツナだ。情けない話だが、しばらくはこのままでいられると思うと、わざわざ自分からぶち壊すのも気が引けてしまう。
うん、やっぱり告白するのはまた今度にしよう。ツナはそう思ってしまった。
「京子ちゃんのところって、家族仲良いんだね」
ともかく、告白しなくていいし、何より京子がチョコを渡していないとわかったので、ツナの心は途端に軽くなる。
自然に笑顔にもなって、京子もいつものツナに戻ったと感じたのだろう、やっと二人の会話も弾みだした。
「花とチョコを買いにいったら、ボクシンググローブの形したチョコがあってね。思わず買っちゃったの」
「へー、グローブの。お兄さん喜んだんじゃない?」
「うん、極限に感激した!とか言ってた」
「うわー、簡単に想像付くなぁ・・・」
言葉を交わしながら、京子の笑顔を見ながら、ツナは幸せだと思った。この幸せを壊すのは、怖い。
だが一方で、笑って話せるだけでは満足出来ない自分も間違いなくいて。
いつまでもこのままではいられない気がして、でも今日は今までのように、ツナはそう思った。
「でね、他にもいろんなチョコがあって・・・そうそう、野球のバットとグローブなんてのもあったんだよ」
「山本が喜びそうだね」
「うん、こりゃいいや、って喜んでた」
「やっぱり・・・・・・・・・え?」
一瞬遅れで、ツナは気付く。
「や、山本にも・・・あげた、んだ・・・」
「あ、うん、あげたよ」
そういえばさっき言い忘れた、というかんじで京子はあっさり肯定した。
自分は貰ってないのに・・・と、ツナは勿論ショックを受ける。あれ、もしかして京子ちゃんは山本のことが・・・などと思い至りそうになったのだが。
「あと、獄寺君とか・・・そうそう、ツナ君にも」
そう言いながら、京子は鞄の中を探りだす。そして取り出した、バレンタインチョコにしか見えないそれを、京子はツナに差し出した。
「はい、ツナ君」
「・・・お、オレに・・・?」
「うん。朝から渡しそびれてて・・・でも、渡せてよかった」
「・・・・・・・・・」
ツナは京子の手からチョコを受け取る。義理チョコだろうが、京子からチョコを貰えたのだから、嬉しくて堪らない。
「あ、ありがとう! すっごく嬉しいよ!!」
ツナはチョコをついギュッと握りしめた。朝の勘違いのせいで、もう京子からチョコは貰えないと思っていたから、なおさら嬉しい。
「あの、口に合えばいいんだけど・・・」
「大丈夫だよ!」
むしろ、勿体なくて食べられない可能性はあるが。
「・・・あのね、ツナ君」
「え、何、京子ちゃん」
チョコを大事にしまいながら、弾む心を抑え付けるツナを、京子が見つめてきた。
「あの・・・ね、私・・・ね」
「・・・・・・うん・・・」
なんだか、昼に告白されたときのような独特の緊張感が、二人の間に漂っている、気がする。
いやまさか、と思いつつも、ツナは京子の言葉の続きを待った。
「・・・私・・・ツナ君・・・が」
「・・・・・・・・・・・・」
ツナの心臓は、今日一日で一番高鳴る。まさかそんなわけない、という思いを、期待がどんどん追い越そうとしていった。
チョコを渡した後の、京子のこの態度。ツナがもしかして、と思ってしまうのも無理ないだろう。
京子は寒いせいか、それとも別の要因のせいか、頬を赤くしながらツナを見つめる。その大きな瞳に縛られるように、ツナもただ京子を見つめ返した。
「あの、私・・・」
迷うような京子の口元が、一度きゅっと引き結ばれ、そして。
「私、こっちだから・・・!」
いつのまにか目に見えるところまできている分かれ道を、京子はびしっと指さした。
「・・・・・・・・・・・・・えっ!?」
「じゃ、また明日ね!」
目を丸くするツナに構わず、慌てたような様子で、京子はめずらしく走って行ってしまった。
「・・・あ、また明日!!」
その背にとっさに返事を返してから、ツナはしばらく呆然と立ち尽くす。
京子の言動は明らかに不自然だった。何か、言いたいことを、言えずに飲み込んだような。
「私は・・・ツナ君が・・・好きです・・・・・・とか?」
京子の様子は、チョコとともに告白しようとしているように、見えた。
「・・・・・・まさかねー!」
しかしツナは、その想像を、笑い飛ばす。自分が告白しようと思って出来なかったから、そう考えてしまうだけなのだろう。だって、京子が自分を、なんてあり得ない。
「そうだ、チョコ!」
ツナはあっさり考えを投げて、さっき京子に貰ったチョコを取り出した。自分の願望まじりの期待よりも、実際京子にチョコを貰えたことのほうがツナには重要だったのだ。
「早く家に帰って開けよう!」
逸る心を抑えながら、ツナは家へと走って帰った。
ツナはまた、悩むことになる。
家に帰って自分の部屋にこもってから、ツナはゆっくり丁寧に包装を解いていった。そーっと箱を開けると、銀紙のようなものに収まった6つのミルクチョコレートのかたまり。
一つを手に取って、ツナはつい首を傾げた。チョコの形が、丸なのか4角形なのか、どちらにしても微妙に歪なのだ。銀紙にも僅かにチョコがこびりついている部分があったりと、既製品にしては少しおかしい。
暖房なんかのせいで一度溶けてしまったのか、それとも。
「・・・・・・手作り・・・?」
ツナは思わず呟いた。手作りなのだとしたら、このちょっとおかしい形にも納得出来る。
だが、そんなことあるのだろうか。兄や山本には買ったチョコをあげて、自分にだけ、手作りのチョコ。
しかも京子は、その手作りチョコを渡して、もしかして告白しようとした・・・?
あり得ないことではないように思えて、しかし、やっぱりツナにとってはあり得ないことで。
「・・・ま、まさかね・・・!」
ツナは期待するなと自分に言い聞かせるように呟いてから、チョコを一つ口に放り込む。
口の中に広がるチョコの味は、とても甘かった。
END 二人して告白することが出来ませんでした、とさ。
くっついたら、この日を振り返って、笑い合えるんだろうなぁと思います。
ちなみに、ツナが結局告白出来なかったらしいと知って、クラスメイトたちは「やっぱりダメツナだな…」とか噂したりするわけです(笑)
ところで、ハルはきっとツナにチョコを渡しにくるよなぁ…とか思ったんですが。
どう収拾つけていいかわからなくなりそうだったので、出さずにおきました…。