初めて、を君と。



 京子の誕生日、3月4日がついにやってきた。しかもこの日は、休日。
 少し前にツナから告白されて、京子も同じように思っていたから、付き合うことになった。花が、クリスマスも正月もバレンタインも、恋人にとって格好のイベントが全部通り過ぎてから告白してくるなんて、沢田らしい、とか半分呆れ半分感心していたが。つまり付き合い始めて最初のイベントが、京子の誕生日になるのだ。
 なのに、結局今日までツナの口から、誕生日のたの字も聞かれることはなかった。
 付き合い始めて最初のイベント、ツナにとってはそんなに重要ではないのだろうか。それとも、付き合っていると思っているのは自分だけとか。そういえば、好きとは言われたが付き合ってとは言われていない。
 それとも、もしかしたら今日が京子の誕生日だと知らないのかもしれない。それもちょっと悲しい話だ。
 朝から京子はそんなことばかり考えていて、その考えもどんどん暗くなっていってしまう。そんなときだった。
「京子、沢田から電話だぞ」
「えっ・・・!?」
 兄にそう言われて、京子は慌てて電話に駆け寄る。受話器を持って一呼吸してから、電話に出た。
「あの・・・代わりました」
「あっ、京子ちゃん! あ、あの・・・今日、予定とかある・・・!?」
 早速切り出してくるツナに、京子は期待してしまう。
「・・・ないよ」
「そう! よかった・・・」
 京子の返事にホッとしたように溜め息をついてから、ツナは次いで切り出してきた。
「じゃあ、い、今から・・・どこか行かない?」
「うん、行く!」
 ツナからのデートの誘いに、京子は嬉しくて、思わず勢い込んで答えてしまった。変に思われなかっただろうかと京子は思ったが、しかしツナのほうがもっと気が急いてしまったようだ。
「よかった! じゃあ今から迎えに行くから!!」
「えっ、ツナ君!?」
 慌てて呼び掛けたが、もうすでに電話は切れてしまっている。ツナも、それほどまでに楽しみにしてくれているのだろうか。そう思うと、京子は嬉しかった。
 だが、その幸せに浸っているわけにもいかない。ツナの家からここまでは30分もかからないから、早く出かける準備をしなければならないのだ。
 もしかしたら、と着ていく服を考えていて本当によかった、と京子は思う。
 息を切らしてツナがやってきたのは、京子がどうにか準備を整えた、まさにそのときだった。
「あの、急にごめんね・・・」
 取り敢えず家を出て歩きながら、ツナが申し訳なさそうに言う。
「どこに誘おうかとかいろいろ考えてたら、今日になっちゃって・・・」
 決まり悪そうなツナだが、京子は嬉しかった。ツナが自分とのことを、そんなふうに考え巡らせてくれていたことが。それにどうやら、ツナは京子の誕生日を知っていたようだ。
「じゃあ、どこに連れていってくれるの?」
「あ、えっと・・・」
 京子が心を弾ませながら尋ねると、ツナはまた決まり悪そうに頭を掻いてから、逆に京子に尋ね返してきた。
「ど、どこか行きたいところとか、ある・・・?」
 結局、思い付けなかったらしい。こんなんじゃ京子ちゃんに嫌われる、とツナが内心ビクビクしていたとは知らず、京子が考えたことといえば、じゃあどこに連れていってもらおうか、だった。
 きっとツナとならどこでも楽しいと思うが、せっかく自分の誕生日という記念の日なのだし。考えて、京子は口を開く。
「・・・動物園」
 動物園は京子にとって、ツナと初めてデートをした思い出深い場所だった。あれがデートだったかどうかは微妙なところだが、京子にとってはそうだったのだ。
 尤もあの頃、京子はツナのことをただの友達だと思っていた。
 あのとき、檻から抜け出たライオンから京子をとっさにかばってくれたツナ。もしかしたらあのとき、初めてツナを異性として意識したのかもしれない。
 そんな思い出深い場所、並盛動物園。
「あ、それいいね! 行こう!」
 京子がどうしてその選択をしたかには気付いていないだろうが。ツナはすぐに同意してくれて、二人は動物園に行くことになった。


 そういえば前に来たときは、何故かツナに引っ張られて走り回って、動物たちをじっくり眺めることは出来なかった。今度こそサルのショーを見たり、アライグマやラッコをじっくり見たり。
 一通り見終わって、二人は休憩をしようとベンチに座った。
 一息ついて、京子はふと気付く。動物園内には、カップルもいるが、それよりは家族連れの姿のほうが多かった。
 そう思うと、確かに動物園はあまりムードがあるデート場所ではない気がする。賛成はしてくれたが、ツナがどう思っているか、京子はちょっと不安になった。
「でも、懐かしいな」
「・・・え?」
 そんなときツナが独り言のように言ったから、京子はパッとツナのほうを向く。
「あ、ほら、中1のときに、二人でここに来たよね。・・・実際は、他のみんなもいたけど」
「うん・・・」
「あのときは、ゆっくり見回れなかったから・・・いや、オレのせいなんだけど。だから、今日来れて、よかったなって・・・」
「・・・・・・」
 ツナは嬉しそうに言う。京子も同じくらい、もしかしたらそれ以上に嬉しくなった。
「うん、私も!」
 京子がつい笑顔で返事をすると、ツナはそれに勇気を貰ったように続ける。
「でも、あのときも充分楽しかったっていうか・・・オレにとっては、あれが京子ちゃんとの初デートっていうか・・・」
「・・・・・・」
 ツナも、自分とまったく同じように思ってくれていた。京子は嬉しく思うよりまずビックリして、ついツナの顔をじっと見つめてしまう。
 そんな京子が、ツナには不服そうに見えてしまったのだろう、慌てたように言った。
「あ、ごめんね! オレが勝手にそんなふうに思っちゃってるだけだから!」
「ううん!!」
 京子は、慌てて首を振る。ツナの気持ちが嬉しくて、だから京子も正直に自分の気持ちを伝えた。
「私も、そう思ってた。ここが・・・あのときが、ツナ君との初めてのデートだって。だから・・・ここに来たかったの」
 照れくさくてとてもツナの顔を見ては言えなかったが。言い終わって、ちらりと視線を向けたら、ツナが嬉しそうに顔を綻ばせながらも、真っ赤になっていて。京子もついつい、顔を真っ赤にしてしまった。
 しばらく二人とも何も話せず、ただ顔を赤くしたまま黙り込んでしまう。決して気まずい空気というわけではないのだが、なんだか慣れず、ちょっと居心地が悪いような。
「・・・あ、あの!」
 その空気に耐えかねたように、ツナが口を開いた。
「京子ちゃんとの初デート、っていうか、オレ、他の子とデートなんてしたことないし! 正真正銘、オレにとっての初デートっていうか・・・」
 言いながら、語尾に向かって声が小さくなっていく。
「・・・だからどうってわけじゃ、ないんだけど・・・」
「・・・・・・うん」
 どうにか状況を変えたかったツナの気持ちがよくわかって、京子は自然と笑顔になった。
「あのね、ツナ君。私も、ツナ君としかデートしたことないんだよ」
「・・・えっ、そうなの!?」
 大げさに思えるほど、ツナは驚いてそれから嬉しそうに笑う。その気持ちも、京子はよくわかった。
「私が初めてで、ツナ君も初めて。なんか、嬉しい・・・」
「うん、オレも! あ、デートだけじゃなくて、付き合うのとか、告白したのとかも、京子ちゃんが初めてっていうか・・・は、初恋っていうか・・・」
 またどんどん赤くなっていくツナの顔に合わせて、京子の頬もどんどん熱を持っていく。胸もドキドキして、喋るのも苦しいくらいで、それでも京子はツナに応えようと口を開いた。
「わ、私もね、誰かと付き合うのとか初めてで・・・多分、は、初恋・・・なのかな・・・」
「・・・き、京子ちゃん・・・」
 京子はどうにか視線を上げて、ツナをちゃんと見つめて思いを言葉にする。
「・・・たくさん、一緒に初めて、出来るといいね」
「うん・・・うん、しようね」
 照れくさそうに、それでもツナも、京子を真っ直ぐ見て言った。


 空が夕焼け色に染まる頃、そろそろ帰ろうか、というツナの一言で二人は岐路についていた。
 はずだったのだが、何故かツナの足は二人の家とは違うほうへ向かっているようだ。不思議に思いながらも、京子はツナに任せてついていく。
 やがて、ツナが京子を連れていったところは、京子にとっては馴染み深い場所だった。
 並盛商店街の、京子がひいきにしているケーキ屋、並盛堂だったのだ。
「京子ちゃん、ちょっと待っててね!」
 ツナはそう言って並盛堂に駆け込んでいき、すぐに京子の元に戻ってくる。そして手にした箱を、京子に差し出した。
「あの、これ、誕生日プレゼント・・・あっ、そういえば言ってなかった! 京子ちゃん、誕生日、おめでとう!!」
「ツナ君・・・」
 やっぱりツナはちゃんと自分の誕生日を知っていてくれていた。プレゼントも用意してくれていた。誕生日おめでとう、その一言がこんなにも嬉しいものだと、京子は知る。
「ありがとう、嬉しい・・・!」
 京子は大事にその箱を受け取った。
「やっぱり、京子ちゃんは甘いものがいいのかなって・・・。ケーキは家で食べるかなって思って・・・似たようなものなんだけど、他に思い付かなくて・・・」
 そう言うツナのプレゼントは、並盛堂の限定シュークリーム。人気の品で、限定と付いている通り、普通に店に買いに行っても手に入らないことも多い。きっとツナも予約していたのだろう、そんなふうに自分へのプレゼントを用意してくれていて、京子はとても嬉しかった。
「ありがとう、嬉しい。私、並盛堂でこれが一番好きなの!」
「・・・よかった。確か前にこれが好きって言ってたような気がして」
 そんなこと、言ったことあっただろうか。京子自身も覚えていないようなことを、ツナは覚えていて、こうして京子を喜ばせてくれた。
 ツナを好きになってよかった、京子は心からそう思う。
 それから、そんなふうに思った自分がちょっと恥ずかしくて、京子はつい全く関係のないことを呟いた。
「でも、一人でこんなに食べたら、太っちゃいそう・・・」
「大丈夫だよ!」
 するとツナが即答してきて、それから何やら続ける。
「京子ちゃんは太っても、か、か・・・可愛いから!」
 顔を真っ赤にしながら言うツナに、つられて京子もつい赤面してしまった。
「・・・も、もう、ツナ君! こういうときは、太らないから、って言ってよ!」
「あっ、ご、ごめん!!」
 失言して京子を怒らせてしまったかと、焦るツナに、京子はすぐに笑顔を誘われる。
「・・・それよりね、ツナ君」
 今度こそ家のほうへと歩き出しながら、京子は勇気を出して切り出した。
「あの・・・手、繋いでいいかな」
「えっ・・・!?」
 ツナは驚いたように京子を見て、自分の手と京子の手に交互に視線を向け、それからハッとしたように答える。
「・・・も、勿論! こちらこそ!!」
 ズボンでごしごしと拭いた右手を、ツナは京子に差し出してきた。ドキリとする心臓を宥めながら、京子はゆっくりと左手をツナの手に触れさせる。
 それから、ぎゅっと、どちらからともなく繋いだ。
「・・・あの、私、初めてなの」
 歩き出しながら、うるさいくらいの心臓から気を逸らすように、京子は口を開く。
「こうやって、誰かと手、繋いで歩くのも・・・」
「お、オレも初めて・・・」
 ちらりと視線を合わせて、二人とも気恥ずかしくてすぐに逸らしてしまった。それでも、繋いだまんまの手が、二人の距離をいつもよりも近付けてくれていて。
「最初がツナ君で、嬉しい」
「・・・でも、オレは」
 同意してくれるかと思ったら、ツナがそう言うから、そんなに嬉しくないのだろうかと不安に思えば。そっと向けた視線の先で、ツナは京子に笑い掛けた。
「最初だけじゃなくて、最後も、途中も・・・全部、京子ちゃんがいい」
「・・・・・・・・・」
 ツナの真っ直ぐな眼差しが言葉が、京子の心にストレートに届く。苦しいくらい胸が高鳴って、それはツナも同じだったのかもしれない。
「・・・な、なんてね!!」
 慌てて軽い口調になって、照れ笑いを浮かべるツナの、手がみるみる熱を持っていった。
 恥ずかしいような、でもそれ以上に嬉しくて、京子はちゃんと言葉にする。
「・・・うん、私も・・・そう思う」
 こんなドキドキを、何度もいつまでも、ツナと共有していきたい。手を繋いだだけで胸が熱くなる、些細なことで幸せになれる。そんな気持ちを、いつまでも大事にしたい。
 右手に大好きなシュークリーム、左手に大好きなツナの手、すぐ隣にツナの笑顔。
 ツナとだったら、きっと出来る、京子はそう思った。




 END
初めて繋がりで初キスまでいこうかと思っていたんですが、そんなムードにちっともなりませんでした。
でも、ツナ京はこれでいい気もします。
ゆっくりゆっくり、一歩一歩を大切に進んでいって欲しいなぁ、とかそんな心持ちということで(笑)