君に告げる
「ハル、手当て・・・っ!」
食堂に入りながら言ったツナは、ハッと途中で言葉をとめた。ハルはここだと聞いていたのに、中にいたのは京子だったのだ。
「きょ、京子ちゃん!」
「あ、ツナ君」
ちょうど洗い物が終わったところだったらしく、京子が手を拭きながら振り返って、ツナに笑い掛けた。その笑顔に、いつものようにドキドキしながら。
ツナは、どうしようかと思った。思いがけず京子に会えたことはとても嬉しいが。ツナはここに、ハルに怪我の手当てをしてもらおうと思って来たのだ。
修行で負った傷は、右手の平と左の肘で、血が滲んでいる。京子の視線も、すぐにそこに向いた。
「あ、怪我・・・手当て、しようか?」
「えっと・・・」
ツナは少し躊躇う。ツナがハルに手当てをしてもらいたかったのは、京子に手当てをしてもらうのが気が進まなかったからで、勿論それは京子が嫌なわけではなくて。
怪我している姿を見られるのが格好悪い気がするし、京子に手当てしてもらうなんてなんとなく恥ずかしいし緊張するし照れるから、なのだ。
だが、してもらいたくないわけではない。しかも、京子からしようか?なんて言ってもらえたら。
「・・・じゃ、お願い・・・しようかな」
断れるはずがなく、ツナはそう言っていた。
パイプ椅子に座って、向かい合って。真剣な顔で手当をしていく京子を、ツナはそっと、じっと眺めていた。
まさかこんな近い距離にいることが出来るようになるなんて。
京子と話したり、笑い合ったり、するたびにツナが思うことだった。一方的に憧れているしか出来なかった自分が、こんなふうに京子に、手当てとはいえ触れてもらえるようになるなんて。
目の前の京子に緊張してしまいそうだから、ツナはわざと考え事を続ける。
こんなふうに京子と近付けたのも、リボーンのおかげだった。そういえば、リボーンに初めて死ぬ気弾を撃たれたときにしたこと、それは京子に告白することだった。
そのとき、京子には冗談だと思われてしまって、当時はガッカリしたけれど。今は、そのほうがよかったと、ツナは思っていた。きっと、あの頃の自分なんかが告白したって、振られてしまうだけだっただろうから。
思わず苦笑すると、京子が顔を上げてくる。
「どうしたの、ツナ君?」
「あ、えっと・・・」
ごまかす、のも不自然かと思って。考えたツナは、ふと思い付いた。
「そういえば昔、持田先輩と勝負したなぁ・・・って、ふと思い出して」
「あ、あったね、そんなこと!」
京子は懐かしそうに笑う。
「あのときのツナ君、すごかったよね」
「あはは・・・」
あのときも、死ぬ気弾を撃たれて、持田先輩を倒したのだった。思い返して、そういえばずっと気になっていたことを、今聞いてみようかとツナは思う。
「・・・あの、京子ちゃん・・・聞いてもいい?」
「え、何?」
「あの・・・持田先輩と・・・付き合ったり、してたの?」
実はツナは、それが気になっていたのだ。もしかして、自分が二人の仲を引き裂いてしまったのだろうかと。
京子が誰かと付き合うなんて嫌だけど、すごく嫌だけど。でも、京子が悲しむのは、もっと嫌だった。
そう心配していたツナだが、京子は慌てたようにプルプルと首を振る。
「ううん、違うよ! 先輩とは委員会が一緒だっただけで、付き合ってなんかなかった!」
「あ、そっか・・・」
ツナはホッとした。京子を傷付けてはいなかったこともだが。やっぱり、二人がなんともなかったことが、嬉しい。
「・・・あの、ツナ君・・・私も聞いていい?」
「え?」
気が軽くなっていたツナに、京子が思わぬ質問をぶつけてきた。
「あの・・・あのとき、ツナ君、私に・・・告白してきたよね」
「えっ! あ・・・う、うん・・・」
まさかそのことを掘り返されるとは思ってもいなくて、ツナは動揺した。京子は膝の上に置いた救急箱の中身を無駄にいじりながら、視線を下げたまま口を開く。
「あの・・・あれは、冗談・・・で、よかったんだよね・・・?」
「・・・・・・・・・」
ツナはドキリとした。京子がどうしてこんなことを聞いてきたのかわからない。ただ、冗談だよね、と確かめているはずの京子が、否定して欲しそうに見えた。ツナの都合のいい勘違いだろうか。
どちらにせよ、これは告白する絶好のチャンスに思えた。
本当は、冗談なんかじゃない。京子ちゃんのことが、好き。
そう言う、またとないチャンスだ。
「・・・あの」
そしてツナは、口を開いた。
「・・・うん、冗談だよ!」
まだ、そのときじゃない、ツナはそう思ったのだ。
あの頃よりはずっと、京子に近付けていると思う。振られてしまう可能性も、あの頃よりは少ないかもしれない。勿論、かといって、上手くいく気はしないが。
だからもっと、自分に自信が持てるようになってから、京子の顔を真っ直ぐ見れるようになってから、告白しようと。
「ごめんね、面白くなくって!」
「あ、ううん!」
冗談めかして言ったツナに、京子も慌てて首を振って。
「そうだよね・・・ごめんね、変なこと聞いちゃって!!」
顔を赤くしながら、救急箱のふたをパタリと閉めた京子が、今度は少しがっかりしているように見える。これも、ツナの都合のいい勘違いかもしれないけれど。
それを確かめる勇気もないツナは、今自分が言える精一杯の言葉を京子に向けた。
「あの、京子ちゃん・・・オレ、京子ちゃんに・・・聞いて欲しいことがあるんだ」
「・・・え?」
顔を上げる京子と、どうにか目を合わせながら。
「今はまだ、言えないけど・・・」
まだ、伝える自信がないけれど。
いつか、もっと自分に自信が持てるようになって、胸を張れるようになったら。そのときに、堂々と、好きだと伝えよう。本当は、あの頃から好きだった、あのときの告白は冗談なんかじゃなかった、と。
こんなふうに、目を合わせるだけでドキドキして上手く言葉すら出てこなくなる、そんな自分じゃなくなったら。
「い、いつか・・・聞いてくれる?」
「・・・・・・うん」
京子は、ツナを真っ直ぐ見つめながら、頷いた。そして、ツナの一番好きな、笑顔を見せてくれる。
「待ってるね」
「・・・・・・・・・」
やっぱりツナは、その笑顔だけで、胸が一杯になって言葉に詰まってしまった。
とても、まだ言えない。恥ずかしいから緊張するからって、手当てすら頼めなかった自分には。
「・・・あ、あの、手当て、してくれてありがとう」
「ううん。いつでも言ってね!」
「うん・・・!」
自分に向けられる笑顔に、ツナは頷いた。
緊張するけど、こうやって手当てをしてもらったりして、少しでも距離を近付けていって。そしていつか、告げるのだ。
好きだと、今はまだ言えないけれど。
END 君に告げる・・・そのうちね!!! という話でした…。
告白予告、にしたかったんですが・・・京子ちゃんは薄々ツナの気持ちに気付いてる予定なので、ツナが何を言いたいかわかってくれてると思います。おそらく。
しかし、京子ちゃんと目を合わせてもドキドキして上手く喋れなくならなくなったら、だったらツナは一生告白出来ない気がします。