いつの日か
骸が夢でいつもクロームに会えるかといえば、そういうわけでもなかった。散歩、をするのにも力を使う。
それに、骸が出向いたところで、クロームもそこにいるかどうかはわからないのだ。だが、骸が散歩をしたとき、クロームがいなかったことが、果たしてあっただろうか。
今日も、クロームはそこにいた。
「骸様!!」
すぐに駆け寄ってきたクロームは、骸をはにかんだような笑顔で見上げてくる。骸はつい目を細めて、自分を慕ってくれている少女を見つめた。
「久しぶりです、クローム。元気そうですね」
骸が微笑みかければ、癖のようなものなのだろう、クロームの頬が赤くなる。
「はい、犬も千種も元気です」
「それは何よりです」
いつものように、骸とクロームは一本大きくそびえる樹の根元に並んで座った。
「・・・あの、今日、会えてよかったです」
「何か、問題でもありましたか?」
クロームがそんなふうに言うなんて初めてのことで、骸はつい案じる。自分に純粋に尽くしてくれている少女を、骸は出来る限り憂いないよう守ってやりたいと思っていた。
だがクロームは、そんな骸の思いもしなかった言葉を、向けてくる。
「骸様、誕生日おめでとうございます」
「・・・・・・・・・」
骸は思わず目を丸くした。そして、そういえばそうだったと、ようやく気付く。
自分の誕生日など、今まで思い出しもしなかったし、そもそも骸にとってはどうでもいいことだった。この世に生まれてきてしまった日のことなど。
だが、何故だろうか。クロームに、おめでとうと言われると、素直に感謝したくなるのは。生まれてきた、そのことを。
「・・・ありがとうございます、クローム」
「今日、犬と千種と、お祝いしたの」
「そうですか・・・」
その光景を思い浮かべると、骸は柄にもなく胸のあたたまるような思いを覚えた。自分が誕生したことを、祝福してくれる人がいる。そのことを嬉しく思う、その気持ちはクロームが教えてくれたものだった。
だがそのクロームは、何故か表情を曇らせて、少し俯く。
「どうしました? 犬にまた意地悪されたんですか?」
「違います!」
クロームは慌てて首を振ってから、ポツリと呟くように言った。
「骸様も一緒に・・・お祝いしたかった・・・」
「クローム・・・」
「ごめんなさい」
好きで囚われているわけではないのに、とクロームは自分を責めるように言う。そんなクロームの頭を、骸は優しく撫でた。
「何を謝るのです? そんなふうに言ってもらえて、嬉しいですよ、クローム」
「骸様・・・」
クロームはホッとしたように笑った。
あまり表情を変えないクロームが、自分の前では微笑む。骸はそれが嬉しかった。
「・・・いつか、一緒にお祝い、出来ますよね?」
「・・・・・・そうですね、いつか」
骸も、いつまでもここに囚われているつもりはない。この健気な娘を、自分の腕で直接、抱きしめる為にも。
「そうだ、せっかくですから、プレゼントを頂きましょうか」
「え?」
「簡単ですよ」
この夢の中でどうやって、と不思議そうなクロームの頬に、骸はそっとキスをした。とたんに、クロームの頬に朱が走る。
その変化を逃さず見つめてから、骸はクロームのほうへと、し易いように再び顔を近付けた。
「クローム?」
「・・・・・・・・・」
クロームは躊躇うように緊張するように、それでも従順に、骸の頬にチュッとキスをしてくる。やわらかい感触は、一瞬で、クロームは益々顔を赤くしながらすぐに離れていってしまった。
「沢田綱吉にしたときとは、随分様子が違うようですが?」
「それは・・・」
依然として赤い顔を俯けて、クロームは小さな声で伝えてくる。
「骸様は・・・特別・・・だから・・・」
「・・・・・・・・・」
骸は可愛いことを言ってくれるクロームの肩を抱き寄せた。
「嬉しいですよ、ありがとうございます、クローム」
「骸様・・・」
クロームは骸に体をそっと委ねてくる。それは、子が親に甘えるような仕草で。少し苦笑しながらも、骸はクロームをしっかりと抱きしめた。
実体はないのに、触れ合う部分が、あたたかい気がする。身を寄せ合って、こんなふうに安らいだ気持ちになれるなんて。
骸は、ハッキリと言うことが出来た。クロームが、愛しい、と。特別、それは骸にとってのクロームの存在、それに他ならない。
「・・・おまえの誕生日は、いつなのですか?」
「12月の5日です」
「そうですか・・・覚えておきましょう」
その日付を記憶に刻みながら、骸はクロームの頬を優しく撫でた。
「おまえがこの世に生を受けたことが、僕にとって何にも変えがたい喜びです」
「骸様・・・」
クロームは頬を染めながらも、骸を真っ直ぐ見つめてくる。
「骸様こそ、私にとっての幸せです」
「クローム・・・」
唇に、したいのはやまやまだが我慢して、クロームの頬に口付けた。また顔を赤くするクロームを、このまま離したくはないけれど。
「・・・そろそろ、時間ですね」
この精神世界に長くいることは、クロームの負担になる。自分の欲望の為に、クロームに無理させることは出来なかった。
「戻りなさい、クローム」
「・・・・・・はい、骸様」
素直に頷きながらも名残惜しそうなクロームを、骸は正面から引き寄せる。まだ幼い体をそっと抱きしめ、黒髪を撫でながら囁きかけた。
「かわいい僕のクローム・・・また、会いましょう」
いつか、そのぬくもりを直に感じられる、ときが来るまで。
その日まで、この夢の中で。
END 骸様はクロームには激甘だと思うのですが、それにしても…何か気持ち悪いです(笑)