happily ever after
七夕を明日に控えて、ツナと京子はリビングで折り紙で飾り作りに勤しんでいた。
しばらくすればそれも一段落して、最後にメインとなる、短冊に取り掛かる。
「うーん、何書こうか・・・」
「そうだね・・・」
ツナがペンを片手に首を傾げて考えると、京子も同じように首を傾げて、それからふっと笑いをもらした。
「どうしたの?」
「うん・・・家でも毎年こんなふうに、短冊にお願い事書いてたんだけど。毎年ね、お兄ちゃんが勝手に、私の短冊に“極限”て書き足しちゃってたなって、思い出して・・・」
「あはは、お兄さんらしいね」
その光景が目に浮かぶようで、ツナはつい笑ってしまったが、京子の浮かべた笑顔の種類が少し変わる。
「今年からは、もうそういうこと、ないんだよね・・・」
ほんの少し寂しそうに、それでも幸せそうにはにかんで、京子はツナに笑い掛けた。
ツナと京子が結婚したのは、ほんの一ヶ月前のこと。そして二人は今、このツナの家で一緒に暮らしている。
「・・・うん、そうだね」
ふと折りにつけその事実を実感して、そのたびにツナはどうしようもない幸福感を感じていた。きっと京子と出会った頃の自分に、今こうなっていると言っても、信じてもらえないだろう。それくらい、ツナにとって京子が自分のお嫁さんになってくれるということは、長い間夢でしかなかった。
「本当に、何を願えばいいのかな・・・」
短冊を前に、ツナは幸せな悩みを抱えてしまう。こうして京子が側にいてくれて、何を祈ればいいのだろうと。
「オレさ、昔からずっと、短冊に書く願い事って決まってたんだよね」
「そうなんだ。今年は書かないの?」
首を傾げる京子に、ツナは苦笑しながら、短冊にペンを走らせた。一年に一度、変わらず書き続けてきた、願い事。
『京子ちゃんと結婚出来ますように』
「ね、今年はもう、書けないんだよ」
京子に短冊をかざしながら、ツナは少し照れくさくて笑う。毎年短冊に書いて、でも誰にも知られたくなくて、毎年結局飾れずにそっと始末してきた。まさかこんなふうに、京子本人に見せる日が来るだなんて、思ってもいなかった。
「大体、付き合いたいを飛び越して結婚したい、なんて我ながらどうかしてたって思うんだけど」
「確かに、そうだね・・・」
クスリと可笑しそうに笑って、それから京子は今度は花が綻ぶような笑顔を見せる。
「でも、叶っちゃったね」
「・・・・・・うん」
ツナは、胸が一杯になってしまった。京子の笑顔、側にいてくれているということ、眩暈がしそうな幸せがここにある。
「・・・ホントに、願い事なんて、思い付かないや」
しみじみそう思ったツナは、しかし次の瞬間、ふっと思い付いた。短冊に、思いを込めながら書いていく。
『ずっと、こうしていられますように』
京子が笑っていて、その隣にいるのが自分で。今あるその幸せが、ずっと続いて欲しい。それ以上に望むことなんて、ツナには何もなかった。
京子はツナの手元を覗き込んできて、それから少し頬を染めながら、ツナを見上げて微笑み掛けてくれる。私も同じ気持ちだよ、そう言うように。
「あ、きょ、京子ちゃんは・・・何書いたりしてたの?」
幸せすぎて胸が苦しいくらいで、ツナは慌てて気を逸らすように話題を戻した。
「私は・・・」
京子はちょっと眉を寄せながら、短冊に文字を書いていく。そして、ツナに見せてくる京子は、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
「・・・色気なくて、ごめんね」
そう言う通り、京子のお願い事は、でも確かに京子らしいものだった。
『美味しいケーキがたくさん食べれますように』
しかも小さな字で、『でも太りませんように』なんて隅のほうに書き足してある。
「か、可愛い・・・京子ちゃん」
思わずツナは正直に口にしてしまった。願い事も可愛いし、恥ずかしそうなその様子も、可愛くて堪らない。
「も、もう・・・笑わないでよ!」
「ごめん、で、でも・・・!」
怒った表情を作って、ポカポカと叩いてくる京子が、さらに可愛くて。ツナの頬がゆるんでしまうのは、不可抗力なのだ。
「もう・・・そ、それより、ツっ君!」
「な、何・・・?」
引き続き怒ったような顔をする京子を、本気で怒らせたくなんてないし、ツナは取り敢えず話を合わせようと思う。
「京子ちゃん、って呼び方、そろそろやめない?」
「・・・そ、それは」
少し不満そうに言われて、ツナはギクリとした。夫婦になったというのに、ツナは未だに京子のことをちゃん付けで呼んでいる。たまにそれなりの場面では、ちゃんと「京子」と呼ぶこともあるのだが。普段は、なんだか照れてしまって、とても呼び捨てなんて出来なかった。
「で、でも、京子ちゃんも・・・じゃない?」
「! そ、そうだけど・・・」
ツナが言い返すと、京子は顔を赤くしながら、目を伏せる。京子のツナの呼び方は、ツナ君から途中でツっ君に変わり、今に至っていた。
つまり京子も、ツナのことなんて全く言えないのだ。
「・・・確かに、そろそろ呼び方、変えたほうがいいよね」
「・・・だよね」
互いに、もっと前から気付いてはいて。それでも変えられなかったのは、やっぱりなんだか照れてしまうからだった。ずっと、ちゃんや君と付けて呼んでいたから、今さら別の呼び方なんて。
「・・・えっと、れ、練習してみる?」
でもやはりこのままでは、という気持ちがあって、ツナは提案してみる。京子はゆっくり頷いてから、ツっ君から、と言ってきた。
どうしてこんなことで、こんなに緊張してドキドキしてしまうんだろうと、不思議に思いながらツナはどうにか口を開く。
「・・・・・・・・・京子」
「・・・・・・・・・つ、綱吉」
妙に硬く小さな声で言った二人は、どちらが勝るとも劣らないくらい、顔を真っ赤にしていた。下りた沈黙に、耐えられず先に音を上げたのはツナのほうで。
「そ、そうだ!」
パッと流れを変えるように、ツナは無駄に声を張り上げた。
「短冊! 願い事、書かないと!!」
「あ、そ、そうだね!」
京子も、救われたような表情で、ツナの話題転換に乗ってくる。二人して慌てたようにペンを握って、テーブルに向き合った。
とはいえ、そういえばツナは、もう願い事を書いてしまっていたのだ。ちらりと視線を向ければ、京子は真剣な顔して考え込んでいる。その頬は、名残でまだピンク色をしていた。
ついジッと見つめていると、気付いた京子が瞳を合わせてくる。
「なぁに、ツっ君」
「あ、別に・・・可愛いなって思って、京子ちゃん」
結局、相変わらずの呼び方をしながら。照れたように顔を赤くする京子は、同時にふわりと微笑んだ。ツナも、やっぱり頬がゆるむのを抑えられない。
なんだか幸せ、そう感じるこんな瞬間。この先もずっと、続いて欲しい。
そう思うツナの手は自然と、願いを込めて書いた短冊に、触れていた。
『ずっと、こうしていられますように』
きっと京子も、代わり映えのしない願い事を、書くのだろう。
END 付き合い始めくらいにしか見えないですが、こんなでも新婚さんです。
ツナ京はいつまで経っても、些細なことで赤面し合ってて欲しいです!