恋愛成就
雲雀に憧れていた時期もあった。師匠は今でも特別な人だけど、それはやっぱり師匠としてで。
イーピンが今思いを寄せる相手、それは了平だった。面食いだったはずなのに、了平の男らしさや優しさに、いつのまにか好きになっていたのだ。
でも、了平は鈍くて、イーピンの気持ちに全然気付いていない気がした。やっぱり、年も全然違うし意識してもらえないのかなと思っても、イーピンも恋愛は得手ではないのでどうすればいいかわからない。
了平は仕事でイタリアへ行って帰ってくるたびに、イーピンにお土産を持ってきてくれた。でもいつも、京子に買うついでだと言われて、充分嬉しいようなやっぱりちょっと悲しいような、複雑な気持ちになるのだ。
今日も、ラーメン屋さんでバイトをしているイーピンのところに、了平が訪ねてきた。スーツ姿だから、仕事帰りなのだろう。
「笹川の兄さん、イタリア帰りですか?」
「うむ、そうだ。すまんな、突然寄って」
「いつものことじゃないですか」
水差しからコップに水を注ぎながら、イーピンはニコリと笑った。イタリアから帰宅するついででも、こうやって会いに来てくれるのは嬉しい。
「それに、今は暇な時間だから大丈夫です」
「そうか、ならよかった」
了平はいつものように晴れやかに笑うと、コップの水を一気に飲み干し、それから荷物を探って小さな箱を取り出した。
「そうそう、今回の土産だ!」
「あ、ありがとうございます」
グイッと押し付けるように渡してくるそれを、イーピンは素直に受け取る。ついでのお土産でも、了平からのプレゼントに違いはないのだ。
「開けてもいいですか?」
「おお、勿論だ」
客もいないし向かいの席に座りながら、イーピンは包みを開けて中身を取り出した。パンダの人形がついた、シンプルだけど可愛い、ネックレス。了平は意外に、と言っては失礼かもしれないが、センスがよかった。
「わあ、可愛い! ありがとうございます」
「そ、そうか、よかった!」
そう言ってもらえると贈った甲斐がある、と大げさなくらいに喜んでみせる了平に、イーピンは笑顔を誘われそうになって。それでも、いつものように、確認をせずにはいられなかった。
「・・・京子さんにも、あげるんですか?」
「ん? あ、ああ、まあな・・・」
了平は少し恥ずかしそうに、頭を掻く。
「この年だし、しかも嫁にいった妹にいつまでもプレゼンなんてと、自分でも思うのだがな。つい、よさそうなものを見かけるとな・・・」
「・・・あたしもプレゼント嬉しいし、だから京子さんもきっと嬉しいと思います」
「そ、そうか! ならいいんだ!」
了平はまた、曇りのない笑顔を浮かべていく。つられて笑顔になりながらも、やっぱり複雑な気分になるイーピンだった。
今日はバイトもないし、イーピンは勉強の気分転換に買い物に出掛けることにした。了平に貰ったパンダのネックレスをつければ、なんだか気分が浮き立つ。
特に目当てはなくフラフラと並盛商店街を歩いていたら、うしろから声を掛けられた。
「こんにちは、イーピンちゃん!」
「・・・京子さん!」
そこに立っているのは、了平の妹の京子だった。ニコリと微笑み掛けられて、イーピンもつられて笑顔になりながら、こういうところが兄妹だなぁと思う。
それに、京子はいつ見ても綺麗で可愛くて優しい素敵な女性で、了平が大事に思うのも当然だとイーピンはいつも思った。
「お買い物?」
「はい、京子さんもですか?」
「うん、今日の夕ご飯の」
チラリと京子が視線を向けたほうを見れば、お店の人と話し込んでいる奈々の姿があった。京子の持つ買い物袋からも、長ネギがひょこりと覗いている。
京子は数年前に綱吉と結婚して、今は沢田家で奈々と一緒にイタリアに行きがちな夫の留守を守っている。離れ離れが多くて苦労はあるのだろうが、それでもイーピンにとって、京子は羨ましいくらいの理想の女性だった。
好きな人と気持ちが通じ合って結婚して、そしてあんな素敵なお兄さんに大事にされていて。ついつい了平のことに考えがいってしまって、イーピンはハァと小さく溜め息をついた。
「あ、イーピンちゃん」
「はいっ?」
そんなときに名を呼ばれて、何か見透かされたのかと、イーピンはちょっと動揺してしまう。だが、京子は笑顔でイーピンの胸元を見つめてきた。
「そのネックレス、可愛いね。パンダさん!」
「あ、はい・・・これ・・・了平さんに貰ったんです」
普段口にして呼ばない名前にもちょっとドキドキしながらイーピンは答える。
「へえ、そっか・・・。お兄ちゃんって、意外とマメなんだよね」
「・・・京子さんは、どんなの貰ったんですか?」
「え、私?」
やっぱりちょっと気になって尋ねると、京子は何故か目を丸くした。それから、思いもしなかった答えが返ってくる。
「私は、貰ってないよ」
「・・・えっ、そうなんですか?」
でも、確かに了平はあげると言っていたのに、とイーピンは不思議に思った。了平が嘘をつくとは思えないが、それは京子だってだ。そして、京子はさらに続けてハッキリと言った。
「昔はいろいろ、可愛い小物とかお土産にくれてたけど・・・私も、結婚したし、もうずっと貰ってないよ。あ、お菓子はたまに買ってきてくれるけどね」
「・・・・・・・・・」
イーピンはつい、胸元のパンダを指で触った。だったらこれは、なんなのだろう。京子に買うついで、のプレゼントではないのなら。
戸惑うイーピンに、京子がやわらかく笑いながら口を開いた。
「多分、イーピンちゃんは・・・あ、でもやっぱり、私が言わないほうがいいよね」
しかし、思わせぶりに、途中で言うのをやめてしまう。
「あっ、そろそろ行かないと・・・じゃ、またね、イーピンちゃん」
「はい、また・・・」
京子はようやく世間話が終わったらしい奈々と合流していって、イーピンはそれを見送ってからもしばらくその場に突っ立っていた。
指が、また自然とパンダを触ってしまう。イタリアから帰ってくるたびにお土産と言ってプレゼントをくれるのは、妹に買うついでの品ではなかった。イーピンはつい期待してしまいそうになりながらも、あの真っ直ぐな了平がどうして嘘をついたのだろうと不思議に思う。
そのとき、携帯電話が鳴り始めて、イーピンは慌てて取り出した。そして、ディスプレイを見て、鼓動が跳ね上がる。
「・・・は、はい、イーピンです」
『お、すまんな、突然電話して』
了平の声に、このタイミングだからいつも以上にドキドキしてしまって、それを隠しながらイーピンは電話に向かった。
「いえ・・・大丈夫です」
『そうか。その・・・な、今日夕飯でも一緒にどうかと思ってな』
「・・・夕ご飯ですか?」
突然の誘いに、イーピンが嬉しいけどとっさに返事を返せないと、了平の声が僅かに慌てたような気がした。
『いや、美味い店があると聞いたんだが、男一人では入りづらくてな・・・!』
「・・・・・・・・・」
そんなこと、気にする性格じゃないはずのに。お土産のことで、ついさっき了平の言動を不思議に思ったばかりだからだろうか、イーピンは引っ掛かりを感じてしまった。
『・・・都合が悪いなら』
「あっ、いえ! 喜んでご一緒させて頂きます!」
『そうか! よかったよかった』
そう答える了平の声は、いつもの快活なものと変わらない気がする、けど。
今日会って、期待が確信に変わるのだろうか、イーピンはドキドキしながらまたパンダのネックレスに触れていった。
「いや、極限に美味かったな!」
「はい、ご馳走様でした」
イーピンがペコリと頭を下げると、了平は陽気に笑って返してくる。
「気にせんでいい! オレが付き合わせただけなんだから」
その笑顔は、ただの兄貴分としてのものにしか、見えない気もした。イーピンは了平の態度から何か読み取ろうと、食事の間もそれとなく様子を窺っていたのだが。結局、よくわからなかった。
自然とイーピンの下宿先に向かって歩きながら、やっぱり本人に聞かないとわからない、とイーピンは口を開く。
「あの、今日、京子さんに会ったんです」
「おっ、そうか。元気しとったか?」
「はい・・・」
イーピンはどうしてもドキドキしてしまうのを抑えながら、了平を見上げた。
「京子さん・・・笹川の兄さんにお土産、もうずっと貰っていないって・・・」
「・・・うっ!」
途端に了平が、ギクリとしたように体を強張らせる。それから、でもさらに言い逃れをしようとしないのが、了平らしかった。
「いや、その・・・そう言ったほうが、受け取ってもらえ易いかと・・・お、思ってだな・・・」
ボソボソと答える了平の顔は、ちょっと赤くなっている。
つられて頬が少し赤くなるのを感じながら、イーピンの心臓は益々ドキドキしていった。
お土産を渡すたびに、京子に買うついでだと言っていたのは、イーピンに遠慮せずにプレゼントを受け取って欲しかったから。そんなふうに気を遣いながら、イーピンに何度も会いにきてプレゼントをくれたのは。
「・・・笹川の兄さん、やっぱり・・・女心わかってないです」
「むっ、やはりそうか・・・め、迷惑だったな!!」
慌てたように声を上げる了平に、イーピンも慌てて首を横に振った。
「そうじゃないです!」
迷惑なんて、でもそう思われるかもしれないと了平に思わせた、責任はイーピンにもあるのだろう。年齢もずっと違うし、なんて言い訳して了平に気持ちを伝える努力をなんにもしていなかった。
それに、了平は鈍くて全然自分の気持ちに気付いてくれない、そう思っていたのに。イーピンだって、全然人のことは言えなかったのだ。
「わかってないのは、あたしもだったみたいです」
「・・・む? どういうことだ?」
困ったように首を傾げながら見下ろしてくる了平を、イーピンも真っ直ぐ見つめた。
「好きです」
そしてストレートな言葉で告げれば、了平の目がくるりと真ん丸くなる。それから、了平らしく全身で驚きを表現した。
「・・・・・・ま、まことか・・・!?」
「はい」
動揺でか少し裏返った声で確認してくる了平に、ちょっと恥ずかしいがコクリと頷けば。
「そ、そうなのか・・・」
了平は小さく呟いて、それから、パッと全く曇りのない笑顔になって言った。
「奇遇だな! オレもおまえのことが、ずっと好きだったのだ!!」
その笑顔も言い方も、とても了平らしくて、イーピンはつい噴き出すように笑ってしまう。
こんなふうにまどろっこしいのが嫌いな人なのに、そんな了平がいろいろと苦心していてくれたのだと思えば、イーピンは嬉しかった。
「ど、どうしたのだ!?」
「いえ、それより・・・」
笑いを抑えながら、イーピンは了平を見上げる。
「もうすぐ、あたしの誕生日なんです」
「お、知っておるぞ!」
そう、了平は毎年、やっぱりいろいろと理由を付けてプレゼントをくれていた。一体いつから了平が自分のことを見ていてくれたのだろうと、それを思えば勿体ないような気分になるけれど。それでも今は、ようやくでも気付けたことに、感謝をしたかった。
「もう、口実はいらないですよ?」
「そ、そうだな! その日は仕事も休みを貰っとるし・・・その、オレと過ごしてもらえるか?」
「はい!」
了平からの初めての誘いに、頷いて返せば、初めての約束が結ばれる。そんなことも嬉しくて、イーピンがつい顔を綻ばせれば、了平も晴れやかに笑った。
「では、改めて・・・極限によろしくな!!」
そして、すっと手を差し出してくるその様子は、一見まるで試合後に握手を求めるようなもので。
それでも、イーピンがそっと添えていった手を握り締めてくる、その手は力強くも優しくて。笑い掛けてくる笑顔も、男らしくとてもあたたかかい。
つられて笑うイーピンの、繋がったままの手のせいもあってドキドキしている胸元で、パンダも笑っていた。
END チャイナっ子なのでパンダにしたのですが、何気に笹にも掛かっていると気付いて「おっ!」と思ったりしました(笑)
ちなみに了平は、イーピンより10歳も年上だから、迷惑でしかないだろうと、自分の気持ちを隠してました。年のことがなくても、イーピンは雲雀のようなタイプが好きだろうとも思っていたので。補足です(笑)