web拍手03 テーマ「酔」



ユバアル (それなりにエロ・暴力描写あり)


 派手な音をさせて扉が開いた。
 書物から顔を上げ、目を向けたアルベルトの視界に、ユーバーがふらりと入ってくる。
「・・・・・・」
 アルベルトは溜め息をついた。
 ユーバーの服には血がべったりと付いている。おそらく返り血であろうそれは、まだ新しいらしく生々しい。長い金糸も、止め具が外れたのだろう、顔や服に無秩序に張り付いている。
 まともな人間には、とても見えなかった。
「・・・全く、仕方のない人です」
 そんなユーバーに慣れているアルベルトは、いつものように歩み寄る。
 すぐ側まで来て、見上げ、アルベルトはやっとユーバーの様子がどこかおかしいと気付いた。
 こういうときいつもなら人を斬った興奮で機嫌がいいはずユーバーが、今は無表情で一言も言葉を発していない。
 黙って自分を見下ろすユーバーの瞳に、アルベルトは常ならない危うさを感じた。
 思わず距離をとろうとしたアルベルトは、しかし手遅れだったと知らされる。
「・・・・・・!!」
 ゆっくりと持ち上げられたユーバーの腕が、勢いをつけてアルベルトに振り下ろされた。
 右頬に衝撃を感じたアルベルトは、それが痛みだとすぐには認識できない。
 そのままユーバーはふらつくアルベルトを背後のベッドへ押し付けたが、アルベルトはそれに抵抗することはおろか、身動きをとることすら出来なかった。
 軍師という完璧な頭脳労働者のアルベルトは、今までこのような暴力を受けたことなどないに等しい。それはユーバーによってでも同じで、この男は仕草こそ乱暴極まりないが、それでもそれによってもたらされるものは僅かに顔をしかめる程度の域を出なかったのだ。
 だが、今のユーバーの一撃は、遠慮も容赦もなかった。耐性がなく構えてもいなかったアルベルトは、ぐらぐらする頭と次第に痺れたようにそれでも耐え難い痛みを伝える頬をどうすることも出来ず、ただその感覚を甘受するしかない。
 そんなアルベルトを、気遣う様子などまるでなくユーバーはその体に乗り上げた。アルベルトの下顎を掴み自分に都合のいい角度に向けると、強引に口付ける。
「っ・・・ん、はっ」
 息継ぎする暇さえ満足に与えず、ユーバーはアルベルトの口内を好きに貪った。
 思わずユーバーの髪を引こうとしたアルベルトの手に、ぬるりとしたものが触れ、その不快さに手が離れる。
 それはべっとりと血糊の付着した服も同じで、アルベルトはユーバーをとめる手段を失って、嵐が過ぎ去るのを待つようにただ耐えるしかなくなった。
 だが、アルベルトが解放される瞬間は、残念ながらまだまだ先になる。
 ユーバーは、やっと舌を引いたと思えば、今度は唇に噛り付く。そして切れたそこから流れ出た血を美味そうに啜った。
 変わらず無表情なままのユーバーの顔の中で、その瞳だけが愉しそうに光っている。完全に、血に狂っているようだ。
 ここまで我を忘れたユーバーを相手するのは初めてで、アルベルトはどう対処していいかわからなくなる。せっかくの頭脳も、殴られた衝撃が残っているせいか、働いてくれる気配がなかった。
 もしユーバーが更なる血を欲した場合、たとえ命の危険を感じたとしても、とてもアルベルトにはそれを阻止することが出来そうにない。
「・・・ユーバー」
 無力感にも似た諦めを抱きそうになりながら、アルベルトはただ名を呼ぶことしか出来なかった。
 だがユーバーは、アルベルトが危惧した行動を取ることはなかった。
 しつこく血を吸っていた唇からやっと離れたユーバーは、次にその触手を首筋へと伸ばす。ときに歯を立てるが、そこに皮膚を破るほどの力は込められていなかった。
 アルベルトは思わず安堵する。危機は去ったと思ったアルベルトが、新たな自らの危機に気付いたのは、それからすぐのことだ。
 ユーバーは首筋から段々と下りて、そこでアルベルトのタートルネックの襟に行く手を阻まれた。その服に手を掛けて力を込め、一思いに裂いてしまうかと思えば、しかし気が変わったのかその手を引く。
 そして、アルベルトのズボンに手を伸ばし、今度は一気に剥ぎ取った。晒されたそこに、ユーバーは触れることはせず、自らの前も肌蹴る。
 ユーバーはそのまま距離を詰めてきたので、アルベルトはさすがに少し焦った。
「ユ、ユーバー・・・」
 アルベルトは慌ててユーバーの肩を掴み体を押し返そうとしたが、ユーバーがそれでとまるはずもない。
 アルベルトの脚を抱えると、ユーバーはなんの準備もされていないそこへ、自らのものを押し入れた。
「ユー・・・・・・っ!!」
 とっさにアルベルトはユーバーの肩に爪を立てる。だがユーバーはそんな些細な感覚などに気を取られることなく、躊躇せず腰を進めた。
「・・・・・・っ・・・う・・・・・・」
 アルベルトはもうまともに声も出せない。突き抜けるような痛みが絶えず襲い掛かり、耐えるように目を閉じ歯を食いしばった。無意識に目の前の背に縋り付けば、ぬるりとした感触に触れたが、もう気にはならない。
 アルベルトはこの苦痛から逃れることしか考えられなかった。しかしユーバーの動きはとまることなく、痛みは鋭く募るばかりだ。
 いつもとは違いスムーズに進めないことに苛立つように、ユーバーは力に任せて全てを収めきった。そうして、そこで一度動きをとめる。
 苦悶の表情を浮かべるアルベルトを見下ろし、それまでずっと無表情だったユーバーは、一瞬無邪気にすら見える笑顔を見せた。
「・・・・・・・・・」
 再びユーバーの唇が近付いてくる。
 それを抵抗なく受け入れた理由、そして背に回した手に力を込めた理由、それがさっきまでとは違う気がアルベルトはした。
 一頻り口内を味わってから、ユーバーは動きを再開する。
「っ、・・・っは、ぁ」
 痛みはやはり耐え難いほどだ。それでも耐えて、アルベルトはユーバーの肩に顔をうずめた。
 強く香る血の匂いも、絡んでくる金糸も、アルベルトは次第に気にならなくなっていく。
 ぼやけるアルベルトの視界に、窓の外、満月が映った。
 月は人を狂わせ、血は人を酔わせるという。もしそれが本当なら、だからだろうか、自分が今おとなしくユーバーを受け入れているのは。
 アルベルトは、白んでいく意識の中、最後にそう思った。


 散々好きをやって、やっと気が済んだのか、ユーバーはようやく正気に戻ったようだ。
「・・・・・・やっと正気に返りましたか」
 それを目の色で知ったアルベルトは、疲れた声色を隠さずユーバーを見上げる。いっそ意識を飛ばせたらと思いつつも、絶え間ない痛みのせいで結局それが叶わなかったアルベルト。ユーバーを咎めるより今はただ体を休めたい。そして何より、未だ入ったままのユーバーの凶器をさっさと抜いて欲しかった。
 だが、何がどうしてこうなったか全く記憶がない様子のユーバーは、状況を確認して、ニヤリと笑う。
「ふん、どういう風の吹き回しだ? お前のほうから仕掛けてくるなんてな」
「・・・・・・・・・」
 アルベルトはさすがに腹が立った。その思いのまま、ユーバーの頬を思い切りつねってやる。
「何をする」
「あなたはこれが見えないのですか」
 ムッとするユーバーに、アルベルトは自分の右頬を指した。
 ユーバーはそこに殴られた痕跡を見付け、ついでに唇も切れていることに気付き、顔をしかめる。
「・・・誰にやられた?」
「・・・・・・あなたのほかに、誰がいますか」
 面白くなさそうに問うユーバーに、アルベルトは怒りを通り越して呆れてしまった。
 ユーバーは首を捻り、しばらく釈然としない表情をしていたが、そのうち諦めたように鼻を鳴らす。
「ふん、それは悪かったな」
 全く悪びれた様子のない口調で言って、それからユーバーは笑った。
「お返しに、悦くしてやろう」
「・・・・・・結構です。悪いと思うなら、休ませて下さい」
 もとより謝罪して欲しかったわけではないアルベルトがそう言ったところで、ユーバーが聞き入れるはずは、やっぱりなかった。
 ユーバーはアルベルトからひとまず自身を抜き、体に手を這わせだす。
「・・・お返しではなく、ただあなたがしたいだけなのではありませんか?」
「それもある」
 呆れ返ったアルベルトの口を、ユーバーは目を細めて笑いながらゆっくりと塞いだ。
「・・・・・・・・・」
 全く仕方のない人だ、そうアルベルトは口には出さず呟く。
 そして、溜め息を一つつくと、ユーバーの背に再び腕を回した。




お決まりな感じで、血に酔うユーバーの話にしてみました。
にしても、web拍手のユバアルは、回を重ねるごとに
ラブ度がどんどん高く・・・どんどんとまらなく・・・
・・・バカップルにしか見えないネ!(開き直り)







シザアル (ED後の同居物)


 玄関の扉が開いた音がした。
 しかし、帰ってきたと思われる兄は、しばらくたっても一向に姿を見せない。
 居間にいたシーザーは訝しく思って玄関へ出た。
「アル・・・お、おい、どうしたんだ?」
 思わず問い掛けながら、しかしどうしたのかは一目瞭然だ。
 アルベルトは座り込んで玄関の扉に凭れ掛かっている。ここまでようやく帰りついて力尽きたのだろう。その姿は、一言で表現するなら、酔っ払い、だ。
「ったく、大丈夫か?」
 シーザーは呆れた口調で、しかし心配そうにアルベルトを窺う。
 アルベルトが酒を飲んで帰ってくることはしばしばあった。仕事の付き合いかもしれないし、何か聞き出したいことがある相手と酒席を共にするのかもしれない。
 だが、この日ほど目に見えて酔っ払って帰ってくることは初めてだった。
「アル、立てよ。取り敢えず部屋まで行くぞ。な?」
 シーザーは腕を引いて、意識が朦朧としている様子のアルベルトをなんとか立たせる。
 強く香る酒の匂いに顔をしかめながら、シーザーはアルベルトの腕を肩にかけて歩き出した。だがその作業は、困難を極める。
「・・・おい、もうちょっとちゃんと歩けよ、倒れるだろ」
 アルベルトの足取りはおぼつかない。そして何より、身長体格の差が、どうしてもシーザーに負担となって伸し掛かった。
「・・・く、くそぉ」
 シーザーは悔しくなって、もう少し体がでっかくなれるような食事メニューを考えようと決める。
 しかし今はそんなことを考えている余裕もなく、息も絶え絶えになりながらシーザーはやっとのことでアルベルトの部屋まで辿りついた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
 ドアを蹴破りベッドの前まで来て、シーザーはホッとして思わず体の力を抜いてしまう。
 その途端に、バランスを崩して、思いっきりベッドへ二人して倒れこんでしまった。
「っわ! ・・・・・・ってー・・・て!」
 したたかに鼻を打ったシーザーは、ぶつけたのがアルベルトの体だと気付いて、慌てて体を起こした。
「だ、大丈夫・・・みたいだな」
 心配したことが馬鹿らしくなるほど、アルベルトは安らかに寝息を立てていた。
 シーザーは取り敢えず無事ベッドの上まで連れてこれたことだし、アルベルトの上から退こうとして、しかしその動きをピタリととめてしまう。
「・・・・・・・・・」
 シーザーは、すぐ真下にあるアルベルトの顔を、思わず凝視した。
 酔いが入ったアルベルトの顔は、目を閉じているせいもあって、普段よりも随分ゆるんでいる。頬は赤らみ、僅かに口を開き、いつもからは考えられないほど無防備だ。
「・・・・・・」
 シーザーは思わず生唾を飲み込んだ。鼓動も自然と早まる。
 今のアルベルトは、いつも以上に、シーザーに色っぽく映った。
 こんな顔を今日一緒に飲んでいた人にも見せていたのかと思うと腹が立つが、しかしこの際それは気にしない。
 シーザーは時折熱い息を吐くアルベルトの口にそっと近付いた。じっくり様子を窺ってアルベルトが目を覚ます気配がないことを確かめる。
 そして、シーザーはゆっくりと、アルベルトの唇に自らのそれを合わせた。
「・・・」
 一度目は、うしろめたさと気付かれるかもしれないという不安から、一瞬で離れる。
 しかしアルベルトは身動ぎすらせず、目を覚ます様子は全くなかった。
「・・・・・・」
 大丈夫かもしれないと、シーザーはなんだか大胆な気分になる。
 シーザーはもう一度アルベルトに唇を合わせた。今度はさっきよりもしっかりと触れさせる。
 目を開けて様子を窺いながら、そっと唇を舐めてみた。それも平気だとわかると、今度は舌を入れてみようとする。
 ドキドキしながら差し出した舌を、隙間に忍び込ませようとした、そのとき。
「・・・ん」
「!!」
 アルベルトが声を漏らしたので、シーザーは慌てて少し離れた。
 さっきとは違う動悸に襲われながら見守るシーザーの先で、アルベルトはゆっくりと目を開く。
 ぼんやりした目で見つめられ、シーザーはどうしようと思いつつ、自分から目を逸らすことが出来なくなった。
「・・・ア、アル・・・あの」
 酔っているアルベルトよりも顔が赤くなっている気がしながら、シーザーは黙って見つめ合うのに耐えられず何か言おうと口を開く。
 が、そんなシーザーに構わず、アルベルトはゆっくりと腕を動かした。
「・・・・・・」
 シーザーは瞬きも思うように出来ず、アルベルトの動きを目で追う。
 持ち上がった両の腕は、そのままシーザーに伸ばされ、ゆっくりとした動きが一転して、ガシッと頭を掴んだ。
 そして、未だぼんやりとした表情のアルベルトの顔が段々近くなる。
 頭を掴むその手に引かれるまま、シーザーは再びアルベルトの唇に触れた。
「・・・・・・っ!」
 驚いてなんの動きも取れないシーザーに構わず、アルベルトはさらに引き寄せ深く口付ける。
 疑問や躊躇は、アルベルトの舌が入ってきた瞬間、吹き飛んだ。
 シーザーは負けじと舌を突き出して絡ませ、押し返すようにしてアルベルトの口内へ侵入する。
「・・・ん、っふ・・・っ」
 隙間がなくなるほど深く、何度も何度も夢中でシーザーはアルベルトの酒気が残る口内を味わった。アルベルトも積極的にそれを受け入れる。
「・・・・・・はぁ」
 思う存分堪能し、シーザーはひとまず離れた。自分を見上げるアルベルトの表情は、やはりぼんやりとしたもので、相変わらず何を考えているかわからない。だが今のシーザーにはそれは気にならなかった。
 シーザーは酒を飲んだわけではないのに軽い酩酊感を覚えながら、欲求に従ってアルベルトの服に手を掛ける。
 するとアルベルトは、シーザーの頭から背に手を移動させ、肩に顔をうずめるように引き寄せた。
 いける!!とシーザーは思い、密着した為に少し身動きが取りにくくなったが、気にせず手を動かしアルベルトの服を肌蹴ていく。
「アル・・・おれ・・・おれさ」
 左手でアルベルトの髪を梳きながら、シーザーは積もりに積もった自らの思いを口にしようとした。今言っておかないと、理性がすぐにも飛んでしまいそうで、不可能になってしまいそうだったのだ。
「おれ・・・おまえが」
「何をしている」
 突如、シーザーの言葉をさえぎるように掛けられた声は、アルベルトのものではない。
「・・・・・・・・・」
 一瞬思考が停止したシーザーは、それからおそるおそる声のした方向、ドアに目を遣った。
 そこにいるのは、シーザーの嫌な予感通り、揶揄うように薄笑いを浮かべたユーバーだ。
「お、おまえっ、また勝手に家に・・・ってのは百歩譲っていいとしてだな、おれたちのじゃますんな!!」
 最高に盛り上がっていたところに水を差され、シーザーは殺意すら込めてユーバーを睨む。
 そんなシーザーを、ユーバーは嘲るように鼻で笑った。
「ふん、俺にはお前が寝込みを襲っているようにしか見えんがな」
「あぁ?」
 そんなわけないだろうと、シーザーは体を起こし、どう考えても同じように乗り気だったアルベルトを見下ろす。
 アルベルトは、さっきまでの行為が嘘だったかと思えるほど、穏やかに寝息を立てていた。
「・・・・・・っお、おい」
 シーザーはそんなアルベルトを愕然として見下ろす。
「お、おれのこれ、どうしてくれんだよ!!!」
 シーザーは、すっかりその気になっている自らの分身を指して、思わず叫んだ。
 しかし、いくら体を揺すっても、アルベルトが目覚める気配はまるでない。
「諦めるんだな、お気の毒さまだが」
 そんなシーザーを哀れむように、しかし愉快そうにユーバーは笑う。
「そいつが、夢の中で誰に腕を回していたのか、考えてせいぜい悶々とするんだな」
 余計な一言を残して、一体何しに来たのか、ユーバーは飄々と去っていった。
 残されたシーザーは、自分の気も知らず安眠を貪っている様子のアルベルトを、どうしてくれようと恨みがましく見つめる。
 が、結局シーザーはアルベルトの上から退いた。
 ここで、眠っているアルベルトを無理やり起こして行為を再開することが出来るシーザーなら、そもそももっと早くに手を出している。そんなこと出来ない、人がいいんだか意気地なしなんだかなシーザーだった。
「・・・くそ、今日はいけると、思ったのに・・・」
 思い返してみても、アルベルトはやっぱり乗り気だったはずだと、シーザーはまたとない機会を逃した気がして悔しくて堪らない。
 もちろんユーバーの捨て台詞もしっかりシーザーの頭には残っていた。
「・・・・・・ちくしょー!!!」
 シーザーは叫びながら、しかし丁寧にアルベルトに毛布を掛けてやる。アルベルトの世話は、シーザーに習性としてすっかり染み付いてしまっていた。
「ったく、見てろよ、いつか絶対に続きしてやるからな!」
 かなり情けない捨て台詞を残して、シーザーは部屋をあとにした。
 その夜、シーザーが悶々として眠るどころじゃなかったことは、言うまでもない。




めずらしくちょっといい目見れたシーザーでした。
いや、これってむしろ、蛇の生殺し状態?
・・・頑張れ、シーザー!







シザアル (シーザー6歳くらいのシルバーバーグ家)


 この日、シルバーバーグ家では新年を迎える内輪のパーティーが開かれていた。
 このような場が苦手なアルベルトは、騒ぐ親類たちの輪には入らず壁際でときが経つのをただ待っている。
 そんなアルベルトに、幼い弟が近付いてきた。
「お〜い、アル兄〜」
 手を振りながら微妙に危うい足取りで走ってくるシーザーは、顔が真っ赤になっている。
「・・・シーザー、酔っているのか?」
「酔ってねぇよ〜」
「・・・・・・」
 アルベルトは溜め息をついた。本人がなんと言おうが、どう見たってシーザーは酔っ払っている。
 シーザーが元いた方向を見れば、父ジョージが面白そうに笑ってこっちを見ていた。
 父自らシーザーに酒を飲ませたとは考えたくないが、しかしいかにもジョージならやりそうだ。アルベルトはさらに溜め息を深くした。
 そんなアルベルトに、シーザーはぴったりくっついて、妙にキラキラした瞳で見上げる。
「なぁ、アル兄」
「・・・何?」
「おれはアル兄のことが、大好きだぞ〜」
「はいはい」
「ほんとだからなぁ」
 酔っ払いの戯言と思い適当にあしらうアルベルトに、シーザーはちょっとムッとしたようだ。唇を尖らせて、アルベルトの顔をぐいっと引き寄せ、そしてその口にちゅっとキスをした。
「!!」
 さすがに驚いたアルベルトに、シーザーはパッと笑う。
「これで、おれとアル兄は、ふうふになれるんだよな!!」
「・・・・・・シーザー、僕たちは夫婦にはなれないんだよ」
 一体誰に何を吹き込まれたんだと思いながら、アルベルトは頭を押さえつつ理論的に説明しようとした。
「なんで? だって、みんな一番好きな人とけっこんして、ふうふになるんだろ?」
「普通はそうだけど、僕たちは兄弟だから無理なんだよ」
「・・・・・・」
 アルベルトが淡々と説明すると、シーザーは途端に泣き出しそうに顔を歪める。
「・・・やだっ!! おれはアル兄とけっこんするの!!」
「シーザー・・・・・・」
 シーザーは涙目でアルベルトにギュッとしがみ付く。
「おれはアル兄が一番好きなんだもん!! けっこんしてずーっと一緒にいるんだもん!!!」
「・・・・・・・・・」
 蝉のように自分にくっついてしまうシーザーをアルベルトは困りきって見下ろした。
 そんなアルベルトに、ずっと傍観していた父が声を掛ける。
「アルベルト、子供のたわいない我が儘だ。わかったと言ってあげなさい。きっと明日になればシーザーも忘れているさ」
「・・・・・・」
 アルベルトも確かにそれが一番いいような気がした。
「・・・・・・わかったよ、シーザー。結婚しよう」
「・・・・・・ほんとかっ!?」
 シーザーはパッと顔を上げて、期待を込めてアルベルトを仰ぐ。
「本当だよ」
「ぜったいだぜ!? 男に二言はないんだからな!!」
 シーザーは嬉しそうに言って、アルベルトに向かって口を突き出した。
「・・・・・・何?」
「決まってんだろ、誓いのキスだよ!」
「・・・・・・」
「ほら、早くしろよ!!」
「・・・・・・・・・」
 アルベルトは救いを求めるようにもう一度父を見る。が、父は今度はのん気に呟いただけだった。
「成長したシーザーに、お前のファーストキスはお兄さんなんだよと教えたら、どんな反応をするだろうね」
 明らかに面白がっている。なんだかアルベルトはちょっと悲しくなった。
 そんなやり取りに気付いてなどいないシーザーは、真っ直ぐアルベルトだけを見つめる。
「アル兄、なんでしてくれないんだよ! 約束しただろ!?」
「・・・・・・・・・わかったよ」
 アルベルトは諦めて、ともかくこの場を繕って終わらそうと決める。悟られない程度に嘆息してから、アルベルトはシーザーの唇に軽く口付けた。
 そしてすぐに離れようとしたアルベルトの頭を、シーザーがガシッと掴む。そしてお返しのように、どこで覚えたのか、なかなか激しいキスをお見舞いした。
 アルベルトはこのとき何か違和感を感じたが、しかしそれが何かを確かめる余裕はない。
「・・・・・・・・・っ、シーザー!」
 なんとか振り解いてアルベルトは思わず声を上げた。が、シーザーは嬉しそうに笑うだけだ。
「アル兄、約束だぜ、ずっと一緒だからなぁ!」
 シーザーはもう離さないとでも言いたげに、アルベルトにギュッとしがみ付く。
 そしてそのまま、ホッとしたからかシーザーはコロッと眠りに入ってしまった。
「・・・・・・・・・」
 アルベルトはまた溜め息をついた。基本的に論理的思考のアルベルトにとって、この幼い弟はいまいち得体の知れない存在だ。
 が、だからといって相手をせず放り出してしまうことも、アルベルトには出来ないのだった。


 自室までの道のり、揺られながらシーザーは笑った。
 気付かれない程度に、自分を背負う兄に回した手に力を込める。
「これからは絶対、シーザーにお酒を飲まさないようにしないと・・・」
 アルベルトが溜め息まじりに呟いた。だからシーザーは余計に笑いがとまらなくなる。
 シーザーは酔ってなどいなかったし、お酒を飲んでもいなかったのだ。キスしたときアルコールの味がしないからもしかしたら気付かれるかもしれないと思ったが、アルベルトは気付かなかった。
 この手は使える、そう思った自分は正しかったとシーザーは思う。
 そして、この手はまだまだこれからも使える、そうも思った。
 きっとアルベルトには、シーザーが酔うとああいう行動を取るんだとインプットされただろう。だからこそもう酒を飲ませないと決めた。ということはつまり、酔った振りさえすれば、なんだって出来るのだとシーザーは思う。キスだって、し放題だ。
 シーザーは、アルベルトが思っている以上に、立派な策士だった。
(男に二言はないんだよな、アル兄!)
 シーザーは言葉には出さず語り掛ける。
 アルベルトの背で、シーザーは無邪気にも策略家にも見える顔で、幸せそうに微笑んだ。




愉快なシルバーバーグ家、でした。
しかし、アルベルトよりもシーザーのほうが腹黒いってのは、どういうことだろう・・・。







ヒュゲド (いつも通りのバカップル・・・かな?)


 その夜、ゲドは誘われるままヒューゴの部屋を訪れた。
 それ自体はよくあることだったが、いつもと違って、この日部屋には軍曹がいた。
「よぉ、お邪魔かもしれんと思ったが、たまには俺も仲間に入れてくれ」
 そう言って軍曹は、ボトルをゲドに掲げて見せた。いい酒が入ったので一緒に飲みたいと思った、とのことだ。
 もちろんゲドが軍曹を邪魔だと思うわけはない。むしろ、邪魔とまでは思わないが出来ればゲドと二人っきりになりたいのはヒューゴ。そして、二人の空気に耐えられずいつも場を外すのが軍曹だ。
 が、軍曹の言う通り、たまには。ヒューゴも悪い顔などしなかった。
「・・・でもさ、ずるいよ、二人だけお酒飲んで」
 テーブルについて、二人で酒を飲み交わすゲドと軍曹をヒューゴは恨めしそうに見る。
「仕方ないだろう、お前、飲めないんだから」
「そうだけど・・・」
 ヒューゴは今度は悔しそうに、自らの手元のグラスに目を落とす。そこに入っている液体は、もちろん酒ではなくジュースだ。
「・・・でも、ちょっとくらいさぁ・・・」
 しつこく呟くヒューゴに、軍曹は笑いながら答える。
「別に、飲んでもいいぞ。すぐに酔っ払ってぶっ倒れちまってもいいならな」
「・・・・・・やっぱり、いい」
 ヒューゴは口を尖らせながらも、諦めざるを得なくなる。長年教育係を務めてきただけあって、軍曹の手際は鮮やかだ。
 それを見ながらゲドは思わず、見習わなけりゃならんなと思い、そんなことを考える自分にちょっと照れた。
 そんな思いをごまかすように酒をあおるゲドに、ヒューゴが話題を変えるつもりらしく声を明るくして話し掛ける。
「あ、ゲドさんもちゃんと会話に参加して下さいよ。さっきから一言も喋ってないですよ」
「・・・・・・」
 そう言われても、ゲドには何を言っていいのかさっぱりわからなかった。
「ヒューゴ、たまには静かに飲ませてやってもいいじゃないか」
「えぇ、でもせっかく一緒にいるのに・・・」
 ゲドが沈黙したままでいると、ヒューゴと軍曹はまた何やら会話を始める。
 ゲドとてヒューゴもしくは軍曹と二人きりのときはそれなりに喋る。が、こうして三人でいるとヒューゴと軍曹が楽しそうに会話を始める。だったら自分は会話に参加せず静かに傍観していようとゲドはついつい思ってしまうのだ。この二人の会話は、聞いていてなかなか面白いことだし。
 そんなわけで、そんな調子で時間が過ぎていき、次第にヒューゴの目つきが怪しくなっていった。
「ヒューゴ、眠いなら寝ればいいだろう?」
「・・・・・・でも、二人はまだ寝ないんだろう?」
 夜はまだまだこれからといったかんじの二人を見て、ヒューゴはだったら自分もまだ寝ないと言う。
 そんなヒューゴの努力は、しかし長くは続かなかった。
「・・・・・・・・・やっぱり、寝る」
 少しして、眠たさが限界まで来たのだろう、ヒューゴはちょっとむくれたような顔をしながらも、僅かにおぼつかない足取りでベッドに向かった。
「はは、あいつもまだまだ子供だからなぁ」
 そんなヒューゴを微笑ましく見送って、軍曹はボトルを取りゲドのグラスに継ぎ足す。
「さて、子供は寝たことだし、俺たちは大人の会話でも、するか?」
「・・・・・・」
 冗談めかした軍曹の言葉を契機に、ゲドもやっと口を開き始めた。
 二人しかいないのだから軍曹にばかり話させるわけにもいかない。そして、軍曹はしっかりした考え方を持っているが、どこか抜けている部分も持っている。そんな軍曹との会話が、ゲドは結構好きだったのだ。


 それからだいぶ時間が経った。酒瓶ももうすっかり空っぽだ。
「さて、そろそろお開きにするか」
 長時間酒を飲んでいたとは思えないほど、軍曹はしっかりした口調で告げる。こんな軍曹だが、翌日は勘弁ならないほどの二日酔いに襲われるそうなのだ。
 それはともかく、お開きになったことなのでゲドは自室に帰ろうかと思った。が、そんなゲドを軍曹がとめる。
「お前さん、まさか部屋に帰ろうと思ってないだろうな?」
「・・・・・・そうだが?」
 当然の行動だろうと思うゲドに、しかし軍曹は首を振る。
「朝起きて、お前さんがいなかったら、ヒューゴの機嫌が悪くなるだろ?」
「・・・・・・」
「逆に、目が覚めたときお前さんが隣にいれば、機嫌はとことんよくなる。てわけで、まぁ泊まってけ」
「・・・・・・・・・」
 暗にヒューゴの機嫌を取れと言われ、ゲドは微妙な気分になる。が、寝る前のヒューゴのむくれ顔を思い出して、確かに放ってはおけない気がすると思うのだから、ゲドも軍曹に甘いななどと言えた立場ではない。
「・・・・・・・・・仕方ない」
 ゲドは溜め息を一つついてから、ヒューゴが眠るベッドへ向かった。
 元々は城主の部屋なので、ベッドも天蓋付きでサイズも大きくとても立派だ。大人二人でも充分な広さで、ゲドが入るスペースも充分にある。
 ヒューゴはそんなベッドの右端のほうに、布団を頭から被ってうつ伏せで寝ていた。真ん中に寝ていないのは、やはり隣にゲドが寝てくれることを期待していたからかもしれない。
「・・・・・・」
 ゲドは少し迷って、左端にヒューゴに背を向ける格好で寝ることにした。
 酔ってはいるが、他人の気配がするせいか、すぐには眠りに入れない。だからゲドは、なんとなく、明日の朝ヒューゴに一体どんな言葉を掛けてやろうかとぼんやり考えていた。
「・・・?」
 そんなとき、不意に、背後で動く気配がする。単なる寝返りではなく、明らかに意思を持った動きだ。
「・・・起こしたか?」
「・・・・・・ゲドさん、お酒臭い」
 小声で尋ねてみたゲドに、微妙に不機嫌そうに聞こえる声が返ってくる。
「・・・悪い」
 確かに酒を飲まないヒューゴには慣れないにおいかと思って、ゲドはベッドを出ようとした。
 が、それを伸びてきた腕がとめる。
 うしろからしがみ付くように腕を回され、ゲドは少し迷いながらも、もう一度ベッドに身を預けた。するとヒューゴはさらにくっついてきて、背に顔をすりつけているのがゲドに伝わる。
「・・・・・・オレが」
 不機嫌そうにも拗ねるようにも、しかしそのどちらでもない口調でヒューゴが口を開いた。
「オレがもっと、成長して、大人になって」
 だんだん回された腕に力がこもってきている気がして、ゲドは思わずその手に自分の手を重ねた。するとヒューゴはちょっとホッとしたように力を抜く。
「お酒にも付き合えるようになって、そしたら・・・」
 めずらしく自分の思いを聞かせるのを躊躇うように、ヒューゴは切れ切れに言葉を継いだ。
「オレとも・・・オレにも、いろいろ話してくれますか?」
「・・・・・・」
 ヒューゴはもしかしたら、ゲドと軍曹の会話を聞いていたのかもしれない。
 確かに、ヒューゴとしか出来ない会話もあるが、軍曹のように大人とでしか出来ない会話もある。それは、お酒が飲める飲めないという問題ではなかった。
 今のヒューゴではゲドの話し相手になれない、聞いても受け止められない。それがわかっていて、だからそこ歯痒いのだとヒューゴの口調が言っていた。
 そして、今は無理でも、いつかはきっと、そう思っているのだろう。
「・・・・・・そうだな」
 ゲドはヒューゴの自分に向けるひたむきな思いを改めて感じ、がらではないが少し胸が熱くなる。
「俺も・・・いつかは、お前に、聞いて欲しいことがある」
 軍曹と交わしたような会話だけではなく、永い生における出来事や感情。そして、その中で、ヒューゴと出会えたことの意味、喜び。
「・・・いつか・・・はい、いつか」
 ヒューゴは言いながら、やがて寝息を立て始める。
 しかしゲドは、その後もしばらくは眠りにつくことが出来なかった。
 背中から聞こえる小さな寝息、回された細くそれでも力強い腕。得難いものを得たような、幸福感。湧き上がる感情はそれだろうかと、ゲドはいたたまれないような思いを覚えると同時に、やはり嬉しく思う。
「・・・いつか、か」
 ヒューゴよりも自分のほうがずっと、そのいつかを望んでいるのかもしれない。ゲドはそう思って、目を閉じた。




この話のどこが「酔」かというと、
ラスト辺りのゲドさん、酔っ払ってるとしか思えない!!
からです。甘い・・・甘いよ・・・!(笑)







英雄ゲド (ワイゲド前提)


「なぁ、ゲド。俺のこと好きだよな?」
 ゲドを部屋に呼んで、隣に座らせ、俺はそう切り出した。ゲドは予想通り、怪訝そうに眉をしかめる。
「ワイアットに対する好きとは違ってさ。な?」
「・・・・・・」
 ワイアットとゲドがそう言う意味で好き合っているのは知っている。そう言外に伝えれば、ゲドは怪訝そうな顔はそのまま、それでも頷いた。
「・・・そうだな」
「だろ?」
 予想通りの返事を得て、それでも一番得たい言葉はまだまだ先だから、問いを重ねる。
「で、英雄としての俺は、もっと好き、だろ?」
「・・・・・・」
 ゲドは今度は頷かない。
 同意すれば、英雄としてじゃない俺を軽んじてるって取られるんじゃないかって、たぶん思ってるんだろう。そんな単純なもんじゃないって、俺はちゃんとわかってるけどな。
「俺もさ、ときどきは、疲れたって思うんだよ。英雄なんかやめてやる、とかな」
 冗談めかした口調で言う俺を、ゲドは探るように凝視する。本当に英雄をやめるって言い出さないか心配してるんだろう。
 単純じゃないっていっても、やっぱりゲドには、英雄としての俺が、一番大事なんだ。
「そこで、だ」
 左手を伸ばして、ゲドのだいぶ伸びた髪に隠れる、眼帯に触れた。
 この傷は、ゲドの俺に対する忠誠の証に他ならない。あのとき、俺が喜んだって知ったら、きっと悪趣味だって思うんだろうな。
 でも、嬉しいんだ。自分の気持ちは偽れない。
「なぁ、ゲド」
 眼帯から手を、髪を梳くようにしてうしろ頭へと移動させる。右手も同じようにして、軽く引き寄せ、至近距離でゲドの顔を覗き込んだ。
「たまにはさ、あいつじゃなくて俺に、優しくしてよ」
 ゲドの右目が、僅かに見開かれる。
「俺のこと、慰めてよ」
 キス出来そうなくらい、近い距離。
 それでも、今ゲドがどんなこと考えてるか、俺にはよくわからない。でもそれはお互い様。
 重要なのは、結果的に、どういう行動に出るか。ゲドが一体、どの答えを選ぶか。
「・・・・・・そうすれば、また英雄として、頑張れるのか?」
「あぁ」
 普段通りのおうとつのないゲドの口調。それでも俺は期待する。
 英雄としての俺が、英雄たらん為に頼んでるんだ。
「・・・・・・だったら好きにしろ」
 そして期待通りの言葉が、ゲドの口から出てくる。
 俺は笑い出しそうになるのを必死で堪えた。
「いいのか?」
「・・・それが英雄の・・・お前の為になるのなら」
「ワイアットに、悪いとか思わない? 俺が言うのもなんだけど」
 つくづく、俺って悪趣味な男だ。思ってもないことを口にして、ゲドが返す反応を楽しみにしてるんだからな。
 ゲドは少しだけ迷う素振りをして、それから首を振った。
「・・・瑣末な問題だ」
「・・・ふぅん」
 出来るだけ素っ気なく装って返答し、ゲドの首筋に顔を寄せる。そして、今度こそ我慢せず、笑った。
 ざまぁみろ、ワイアット。そう思う。
 ゲドが俺に向ける思いは、ワイアットに対するものとは違う。それは知ってる。それでも俺は、あいつに優越感を感じた。
 たった今、ゲドの中で自分の存在が何よりも大きく大切だと、確信したからだ。
 ゲドは、ワイアットの恋人としての自分より、英雄の右腕としての自分を選んだ。ワイアットより、俺を選んだ。
 俺が、英雄である限りは。
 だから英雄を続ける、というわけではない。ただ、利用出来るものを、利用出来るときに、利用するだけなのだ。
「・・・なぁ、ゲド、ごめんな。こんな俺に、ちょっと失望した?」
 問い掛けながら、ゲドの首筋を撫でてみた。
 小さく息を呑んだゲドは、それでも逃げようとはしない。
「・・・いや」
「本当か? 俺はさぁ」
 今度は襟に手を掛け、ゆっくり引いてみた。続けてその手を内側に差し込んでも、ゲドは動かない。否、動けない。ゲドは俺を振り解けない。
「お前がいてくれれば、頑張れる、これからもずっと」
 お前がいなきゃ頑張れない、それは嘘だけど、お前がいれば頑張れる、それは本当だ。
「なぁ、ゲド。これからもずっと、俺の支えでいてくれよ?」
「・・・・・・あぁ」
 覗き込んで答えを求める俺に、ゲドは頷いて返す。
 その答えは、俺が強要したわけじゃなく、ゲド自身が出したものだ。
 だからこそ、俺は嬉しい。
「ずっと、俺の・・・」
 更に問いを重ねようとして、気を変えた。
 きっと今のゲドは、何を聞いても俺の望んだ答えを返す。なら尋ねるだけ時間の無駄。
 それよりは、この口をもっと別のことに使ったほうが、有意義ってもんだ。
 なぁ、ゲド?




英雄があり得ないくらい腹黒くなりました。というか、ワイアット、ゴメン!(笑)
ちなみに、この話のどこが「酔」なのかというと、
ゲドは英雄に「心酔」してる、ってのでした。